第13話 足りないもの

「じゃあ、ウィリアムさんのところに戻るんですね」

「ああ、一度報告にな。ツキのことはもちろん、いろいろ話しておかなければならないことがある」


 ホマレ・ノマドリファインが空を切っている。

 ホシの表情は、憑き物が落ちたかのように晴れやかだ。

 ルグドーはそのことが自分のことのように嬉しい。

 が、悩みの種もできてしまった。

 出立前に交わした会話を思い出す。


「これからのことなんだが……ルグドー、君は何かやりたいことは見つかったか?」

「ぼ、ぼんやりとは……」

「そうか……。私との旅では、経験に偏りが出るだろう。違う方法を考える時期なのかもしれないな」


 あの時はっきりと想いを伝えれば良かったのに、躊躇ってしまった。気恥ずかしさとか、図々しいのではないかという後ろめたさとか。

 否定された時、関係が壊れてしまうのではないかという恐ろしさで。


(意気地なし……)


 自身の不甲斐なさに嘆息した。

 まだまだ足りないものがある。

 今、一番必要なものは――。


 

 ※



 ホシはサブモニターで目的地と現在位置を確認しながら、ペダルを踏んで最適な速度を保つ。

 世界の色が違って見える、と言えば大げさだが、快晴の空も、眼下に広がる森も、気負わずに見ることができていた。いつもはそこに罪悪感や焦燥感がセットでついてきたというのに。

 思考も円滑に回すことができている。ウィリアムや仲間たち……リベレーターへ、今回の出来事をスムーズに説明するべく内容をまとめているところで、不意に思考が止まった。


「この後はどうするの?」


 思い起こされるのはツキの言葉だ。

 今後の方針を訊ねられたホシは、迷うことなく回答できた。


「仕事に戻る。リベレーターとしてな」

「あの子には説明したの?」


 問われて、難色を示した。


「ルグドーは、私に憧れている。そんな状態でリベレーターのことを聞けば、疑うことなく組織に入ろうとするだろう。それではダメだ。彼にはもっとこの世界のことを知ってもらいたい。選択肢を阻めるようなことはしたくないんだ。私は常に正しくあろうと思っているが、それでも間違うのだから」


 ツキは窘めるような顔を作る。


「ホシには、他人の能力を見抜く力がある。他人をより良い形に導くことができる。でも、自分のことはてんでダメなんだから。あの子がホシのためにしたいってことを、否定しちゃダメだよ」

「……私のために?」


 疑問点を口に出す。


「にぶちん」


 ツキが呆れた。

 未だにその理由がはっきりとしない。

 どうやら、自分が理解できていない未知の領域が存在するようだ。これは昔から感じていたことだ。娼館という名称の施設でぞんざいに扱われていた女性たちを助けた時も、その悪意や狼藉については認識できても、具体的な中身についてはわからなかったし。

 好きな女を奪われたと言う男へ救いの手を差し伸べた時も、君に惚れたからあの子のことはもういいなどと言われて困惑した――あまりにしつこいので気絶させて事なきを得たが――それらの体験とその領域は密接しているように感じる。

 知識や情報は、ホシにとっての武器だ。もし時間ができたら、その未知なる部分について見識を深めることもいいかもしれない。

 だが、それとこれとでは話が別だ。

 ルグドーにはもっと幸せになって欲しいと切に願う。

 自分のような不出来な人間にこだわらずに。

 あんなに優しい子なのだから……。


「ホシさん」

「っ、なんだ?」


 考え事をしていたせいか反応が遅れた。あるまじきことだ。


「あ、やっぱり気付いてなかったんですね。あれ、なんですけど」

「……あれは」


 ホシの表情が切り替わる。

 臨戦態勢のものへと。



 ※※※



 ルグドーが見つけたのは、遠方の街から上がる煙だった。

 原因はなんなのか。火事か、機甲獣か、何者かによる襲撃か。

 いずれにせよ、ろくでもないものであることは確かだ。

 そういう現場に居合わせた時にホシがどう行動するのか、どうしたいのかは理解できていた。


「状況確認に向かう」

「はい!」


 ホマレ・ノマドリファインが街へ接近する。

 そこでルグドーは信じられない光景を見た。


「軍が……街を襲ってる……?」


 街中では軍用EGが民間機を攻撃し、軍人が民間人に銃を突き付けていた。

 軍は曲がりなりにも市民を守るための組織だ。戦う相手は盗賊などの犯罪者か、機甲獣などの明白な敵だ。街の住民は襲うどころか守るべき対象のはずだ。


「どうして……?」

「街そのものが犯罪組織の拠点となっている可能性はあるが」


 しかしホマレ・ノマドリファインのカメラが映し出す映像では、軍が一方的に人々へ攻撃しているようにしか見えなかった。

 ホシが機体を街の傍に着地させ、こちらに気付いた軍用EGへ通信回線を開く。


「これはどういう事態だ」

『お前には関係ない。さっさとどこかへ行け!』

「説明できないことか? こちらからはお前たちが街を襲っているようにしか見えない」


 通信相手のEGパイロットが舌打ちした。


『奴らは軍の協力命令を拒否した。義務を果たさない奴らに罰を与えてるんだ』

「正当な行為だと、そう主張するのか」


 ホシがパネルをタップして、映像を拡大する。軍人が泣き叫ぶ住民から食料らしき物を強奪していた。


「物資の略奪か」

『言い方が悪いな。徴収と呼べ』

「最低限度の治安維持活動すらしていないお前たちに、彼らから物資を奪う資格はない」


 今いるフランス地方もまた、軍の警備が行き届いていない場所だ。軍の展開する地域は首都とスターダストに関係があるエリアに限定されている。惑星全てを守るのは現実的ではないため、やむを得ない部分もあるにはあるが。

 軍がいない場所では、その土地に住む人々が独自に治安維持活動を行っている。つまり、何もしてない軍が人々から無理やり物資を奪っている状況だ。


『軍の命令だぞ?』

「義務を求めるなら、権利を保障しろ。権利があってこその義務だ。逆はない」

『話にならんな!』


 迷彩色のディフェンダーミリタリーがアサルトライフルを向け、トリガーに指をかける……刹那、ホマレ・ノマドリファインがリボルバーを腰から取り出し撃ち壊していた。

 異変を察知したEGが一斉に攻撃態勢を取る。


「治安が急速に悪化している……か」


 それは別れ際の、プロンプトからの忠告だった。 


「来ます……!」


 敵機は九機。三機を一編成とした三分隊のようだ。

 全員がアサルトライフルを装備しており、街中から射撃してくる。


『街から出るな! ヒーロー気取りだぜ、こっちが有利だ!』


 ライフルを喪失したパイロットの通信。民間人を盾にしているのだ。

 が、ホシは敵が連携を始める前に突撃した。

 ディフェンダーミリタリーの頭部を織姫で突く。

 あえて空中に飛翔し、敵の射撃が街に累を及ぼすことがないよう配慮。

 別の敵EGに接近し、左腕のアンカーショットでライフルを取り上げる。

 街の外へ放り投げ、急降下。その機体の頭部のみを切り裂く。

 同じようなやり方で三機の頭部を破壊し、残りは三機となった。


『動くな!』


 敵の通信がコックピット内に響く。

 ディフェンダーミリタリーが損傷した民間EGを拘束し、そのコックピットに銃口を突きつけている。

 両隣の機体はこちらに狙いをつけていた。


『こいつがどうなっても――何!?』


 ホマレ・ノマドリファインは、ナイフをライフルへと投擲している。

 慌てて僚機が銃撃してきたが、ホシはダイレクトコントローラー・カタナを握りしめていた。

 街に被害が出ないよう位置に気を配り、弾丸を切り裂きながら切迫。

 ナイフを民間機に突きつけようとした不届きEGの腕を切り裂き、織姫を別の機体へと投げた。頭部に命中する。

 すかさず操縦桿へと握り替えたホシが、目の前の腕を切られたディフェンダーミリタリーを持ち上げる。

 そして、最後の一機に向かって放り投げた。


『う、うぎゃあああああ!!』


 情けない通信が轟いた後に、静寂が訪れる。

 ホマレ・ノマドリファインが、地上で茫然としている兵士たちを見下ろす。

 彼らは慌てて武器を捨てると、ホールドアップした。



 ※※※




 機体から降りたルグドーとホシは、歓声と共に迎えられた。

 ルグドーが圧倒されている間に、ホシはテキパキと指示を出している。


「被害状況は?」


 一通り落ち着いた後、ホシは街の代表者に訊ねた。周辺では民間EGが瓦礫を退かしたり、医療関係者が怪我人を治療している。


「EGや家屋、物資の破損はありましたが、おかげ様で負傷者は数名で済みました」

「それは幸いだった」


 ホシは武装解除された兵士たちがトレーラーに押し込まれている姿を眺める。

 周りでは、銃を持った自警団が睨みを聞かせていた。EGもいっしょだ。


「経緯を確認しておきたい」

「突然軍がやってきたと思ったら、物資を寄越せと言われて……突っぱねたんですが、話を聞いてくれる様子もなく……」


 ホシは改めて被害を受けた街中を見渡した。


「それだけでここまでの事態になるとは思えないが」

「いえその……若い連中が怒りに任せて殴ってしまって……」


 それで激高した軍がエスカレートしてしまった、という話のようだ。

 なるほどな、とホシは相槌を打つ。その後の展開をルグドーはよく知っていた。


「気持ちはわかるが、自分たちと相手の戦力差は考慮に入れるべきだ。戦いは正しい方が必ず勝つわけではない。戦闘能力がある方が勝つ。弱いなら泣き寝入りしろ、などとは言わないが、その局面での最善についてはよく考えるべきだ。結果的には助かったが、私がいなければどうなっていたかわからない。……その場は堪えて、助けを求めるべきだった」

「もしかしたら、死人が出てたかもしれませんしね……」


 一歩間違えれば、虐殺になっていたかもしれない。そうならない、とは断言できないほどの横暴ぶりだった。


「ですが助けを求める相手もおらず……」

「いないなら作るんだ。用心棒を雇うなり、他の街と同盟を結ぶなどしてな。……アメリカ地方には軍を毛嫌いする人々も多い。交流しておけば、いざという時の保険になるだろう。軍のみならず、機甲獣や、天災などの災害対策にもな。とは言ったものの、信頼関係の構築には時間が掛かるか」


 ホシは顎に手を当て、


「ジュリアス・アガートラムという凄腕の傭兵がいる。腕が立つ分値は張るだろうが、軍程度では相手にならないほどの実力者だ。長期間は金銭的に難しいだろうが、一時的になら適任だろう。誉れある働きに期待したい、という伝文と共に依頼すれば引き受けてくれるはずだ」

「助けてもらったばかりか助言まで……ありがとうございます」

「どうするかはあなた方次第だ」

「とんでもない。助言通りやらさせて頂きます」


 代表者がホシの提案に乗ったところで、トレーラーが発進した。

 頭部を失ったデュラハンのようなディフェンダーミリタリーたちが追従していく。


「本当に逃がしてよろしいので?」

「逃がしたわけじゃない」

「どういう……?」


 代表者は困惑したが、すぐに気を取り直した。


「あの……ぜひお礼を」

「礼には及ばない……と言いたいところだが、それは教育に悪いか」


 ホシの視線の先には頭に包帯を巻かれている若い男女がいた。


「そうだな……。アメリカ地方で、最近EGのカスタムを請け負い始めた男がいる。名をバルグという。私は彼に負い目がある。EGの修理を依頼してくれるとありがたい」

「それだけでよろしいのですか? 金銭や食料品などは……」

「誉れですからね。十分ですよ!」


 ルグドーが意気揚々と答える。


「は、はぁ……」


 代表は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。




 ホマレ・ノマドリファインは、いつものようにルグドーたちを受け入れてくれる。

 ホシはパネルをタッチして、サブモニターに地図を表示させていた。


「軍の移動拠点に向かうんですよね?」

「よくわかったな。その通りだ。発信機を仕込んである」

「ホシさんのこと、だいぶわかってきましたから」


 ホシの手が止まる。


「あれ? 変なこと言っちゃいましたか?」

「いや、そんなことはない。行こう」


 街を背に飛び立ったホマレ・ノマドリファインは、軍の移動拠点である陸上戦艦を捕捉した。

 陸上戦艦と聞くと仰々しく感じるが、実態は巨大な車のようなものだ。

 タイヤのついた緑色の箱の周りに砲台がたくさんついていて、上部に出撃口がついている。

 EGをたくさん積めるようにして、出入口が上にある車、と言えばイメージしやすいか。

 サブモニターにデータが表示される。


「コロンブス級陸上戦艦――基地が存在しないエリアでの任務のために開発された陸上用の戦艦で、母船としての運用に重きを置いている――武装がついてる運搬車ってところですか」

「そうだ。機甲獣を相手取るには戦艦では小回りが利かなすぎる。モグラ型に地面から攻められたら打つ手がない。それでも、補給や修理などの移動拠点としては有用だからな」

「センサーで機甲獣や敵EGを警戒し、敵が出没したらEGによる露払いでどうにかする。意外となんとかなるものですね」

「モグラ型の数は減っているという調査報告がある。……プロンプトのような機甲人が、今の人間相手には非効率だと結論付けたのだろう。その結果、戦艦を運用する隙が生まれたとも言える。戦艦が欠点を改善したわけじゃない。――勝機は十分にある」

「じゃあ……行きましょう!」

「ああ」


 ホマレ・ノマドリファインが強襲を開始した。



 ※※※



 紫髪で小柄で童顔、緑の軍服を纏う軍人は、EGをデュラハンにされた情けない部下たちを前に苛立ちを隠せずにいた。


「さーせん、オレン隊長……」

「田舎者にむざむざ敗北するとはどういうことだ! 大した腕もない、民間EGだぞ! そもそも、なんで戦闘なんて事態になったんだ! ただ、物資を分けてもらうだけだったろ!」


 年上だらけの部下に怒鳴る。一人が不貞腐れたように言い訳した。


「連中、殴ってきたんすよ。だからしょうがないでしょ」

「なんでだよ! くそ、どいつもこいつも使えない……! 今何が起きようとしているのか、お前たちはわかってない! 我々の任務がどれだけ重要なのかを!」


 またあのガキ隊長が説教してるよ、という陰口が遠くから聞こえてくる。

 部下たちの態度はただの一人も気に入らなかった。

 それなら自分で行けばよかったじゃないすか、という言い訳にも腹が立つ。残した部下を信用できないから出れないというのに。

 オレンは十代の少年のように見える見た目から、よくバカにされやすかった。

 それはまぁいい。容姿については改善しようがない。整形などするつもりもなかった。

 だが階級も役に立ってないとは何事か。少佐に軍曹が適当に応じるとか、これが本当に軍の姿なのか。

 紫のおかっぱ頭を掻きむしり、憤る。

 確かにオレンの階級は正当なものではない。ただ親が富裕層だったというだけで、気づけば少佐となっていた。

 実力不足は否定しない。それでも、オレンは軍という仕事に誇りを持っている。


「お前たちにはないのか! セカンドアースを守りたいという強い意志が!」

「精神論とかやめてくれます? そういうの興味ないんで」

「何を!」


 怒りに任せて部下に鉄拳制裁を加えようとしたところで、警報が響いた。


『敵機襲来。これは――ボンジュールタウンで確認された機体です!』




 パープルカラーに塗装された専用のディフェンダーに搭乗したオレンは、出撃準備をしながら指示を飛ばす。


『砲台が次々に無力化されています。幸い、死傷者はいませんが……』

「くそ、機体の修復を急がせろ! 時間を稼ぐ!」

『あーそれがですね、頭部パーツばかりやられてるんで、直せる数は限られてます』

「なんだと!?」

『胴体の次に繊細ですからねえ、頭って。ここのリソースじゃ直せて二機ぐらいっすねえ』

「だったら、俺とカニスで対処する! 他は艦で待機しろ!」

『全員で戦わないんですか?』

「あのなぁ、これでもし全滅なんてしたら基地に帰れなくなるだろうが! そんなこともわかんないのか!」


 気の抜けた了解という返事の後に、うっざ、という声が通信回線に載せられた。

 怒り心頭のまま、僚機と共に出撃する。

 黒い外套を着た機体が待ち構えていた。


「あんな連中でも俺の部下だ! 仇は討たせてもらう! 挟撃するぞ、カニス!」


 奇跡的に全員が軽度な怪我程度で済んでいるが、だからと言って恩義を感じる気はない。


『きょ、挟撃ですか?』


 カニスはオレンより年下の女性パイロットだった。おどおどとしているが、唯一信頼できる部下だ。


「急所を外す、というだけならそれなりに腕が立つパイロットなら誰でもできる。だが、頭部だけを意図的に壊し続けるなんて芸当は、相当な腕がなきゃできない! 単独撃破しようなんて思うな! 着実にダメージを与えるんだ!」

『はい!』


 オレンはセミオートライフルを撃つ。敵は難なく回避してみせた。

 カニスがアサルトライフルで敵を牽制し、オレンがセミオートライフルで狙う。

 十字砲火は単純だが効果的な攻撃だ。

 しかしそれすらも、外套の機体は躱した。

 軍とは比べ物にならない技能を持ったパイロットだ。

 民間の方が優秀と言われがちなセカンドアース軍では、まともにやり合ったところで……。

 いや、と。

 オレンは弱腰になっていた自分自身に喝を入れる。


「我々には使命がある! 軍としての誇りが!」

『あのような蛮行がか?』


 通信を傍受していたらしい相手から返答がある。情報戦でも負けているという事実を頭の隅に追いやった。


「必要なことなのだ!」


 オレンはカニスに目配せする。カニスは即座に理解して、ライフルを連射しながら突撃した。

 オレンが狙撃。再びクロスファイアに晒された正体不明機はやはり最低限の動作で避け続ける。が、とうとう困難になったのか初めて防御行動へと移った。

 突撃したカニス機がソードを取り出し振り降ろしたところで、その右腕を掴んだのだ。


『ッ!? 今です隊長!』


 目論見は失敗したが結果オーライだ。即座に引き金を引こうとした刹那、オレンのメインモニターいっぱいに迷彩色のボディが映し出される。


「ぐッ!?」『きゃあああ!!』


 敵はカニス機を投げ飛ばしたのだ。射撃を躊躇ったオレン専用ディフェンダーにまともに命中した。

 激突したカニス機は姿勢制御に失敗し地面へと落ちていく。もし墜落してEGの衝撃吸収装置は優秀なので、パイロットは無事だろう。気絶はしてしまうかもしれないいが。


「おのれッ!」


 空中制御で体勢を立て直したオレンはパネルをタッチし、ソードを選択。アクセルペダルを踏む。

 相手は達人だ。普通に考えれば近接戦闘で勝ち目は薄い。

 それでも、譲れないものがあった。これは必要なことだ。


「うおおおおッ!」


 気合の叫びと共に横に振られた剣を、敵機は初めて武装で防いだ。

 刀だ。学のない部下たちは気付かなかったようだが、オレンは日々研鑽を重ねている。刀はその繊細さゆえに扱いが難しく、使い手は限られていた。

 その正体を思い当たる。


「貴様――ホシ・アマノガワか!?」


 回答のように、通信相手がサブモニターに表示される。

 凛とした眼差しの女性と、その背後に座る獣人の少年が。


『略奪をすることが、お前たちの誉れなのか?』


 誉れ。名誉や誇りを意味する単語。

 オレンは当然とばかりに応じた。


「セカンドアースを守るためにはなッ!」


 腹が減っては戦はできぬ。

 物資がなければ軍は機能しない。

 来るべき事態に備えた正当な行為だ。


『無理だな』

「なに――ぐッ!?」


 簡単に弾き返される。オレンは負けじと剣を振り返した。


『そんなやり方では、セカンドアースを守れない』

「なんだと、くッ!」


 問答と共に似たような動作が繰り返される。

 オレンが斬りかかり、ホシが弾く。縦横斜、様々な角度から斬撃を放っても、ホシはその全てを弾いていた。


「綺麗事では、う、どうしようも、ないことも、く、ある!」

『汚い手段を講じたとして、必ず勝てるわけではない』

「ふざけ、ぐう!」


 剣が弾かれる度に衝撃が機体に奔る。それでも負けるにはいかない。

 心の底からセカンドアースを守りたかった。この気持ちは嘘偽りではない。

 奇妙なこともあるものだ。親の力で少佐になったのに、金欲しさに自力で入隊した連中よりも仕事熱心だとは。


「連中は危機感が、ない! もしこのままうぅ、危惧する通りに事態が進めば、取り返しの、おぐ、つかないことに……なるんだ!」


 オレンは苦悶の表情を浮かべているが、ホシは涼しい顔をしている。


『危機感不足はお前たちもだ。もし少しでも危機感を持ち合わせていたのなら、常日頃から備えていたはずだ。辺境だから、田舎だからと切り捨てることなく、軍としての職務を全うしていれば、反発なく支援を受けられたはず。この結果は、日頃の行いだ』

「因果応報だと!」


 刀と剣での鍔迫り合いになる――否、そうしてくれているとオレンはわかっていた。


『そうだ。戦いに――戦争に勝つためには連携や結束が必要だ。不和を生むようなやり方をしているお前たちに、勝ち目があると思うのか』


 ホシは気付いているようだ。全てを見通しているように思えてくる。

 だがオレンも折れない。操縦桿を強く握りしめる。


「ではどうしろと言うんだ!」


 紫のディフェンダーが黒の機体を力押しし始める。

 行ける……!

 オレンが勝利を確信したその時、


『頭を下げろ』

「何!? しまッ!?」


 剣が宙を舞っていた。ホシは剣を受け流し、体勢が崩れたところで叩き落としたのだ。落下した剣が地面に突き刺さる。

 茫然としているオレンを、黒の機体が見据えている。

 試すかのように。


「頭を下げろだと、軍が、民間人に?」

『お前たちはすべきことを成さなかった。それでも協力を仰ぎたいのなら、誠意を見せるしかない。まずは謝罪し、その後に協力を願うんだ。セカンドアースを守りたいという気持ちが伝われば、協力してくれるだろう』

『うまくいかなかったらどうする!?』

「うまくいくまでやれ。他に道はない。勝ち筋のある道はな」 

「……」


 言葉を失ったオレンは、視線を遠方へ移す。

 部下たちが襲撃したボンジュールタウンが見える。

 セカンドアースを守るためには物資が必要だ。そこは間違いない。

 だが、方法は正しかったのか?

 確かに部下は悪かった。だが、それを指揮した自分にも責任はあるはず。

 アマノガワ機が納刀する。斬る気はないようだ。


「忘れるな。人々は味方だ。敵じゃない。守るべき対象のはずだ」


 言いたいことだけを言って、黒い機体は去って行く。

 オレンは、彼女がなぜそんなことをしたのかを考える。

 いつでも斬れたはずだ。部下たちも含めて、いつでも。

 敵なのに殺さなかった?

 否。

 敵じゃないから生かした。

 なぜ自分に話しかけた?

 部下たちのようにすぐ戦闘不能にしてしまえば良かった。

 いや……期待していたのだ。

 オレンに。

 お前には見込みがある、と。

 オレンはカニスへ通信を送った。


「無事か?」

『は、はいなんとか。一瞬気絶しましたけど』

「なぁ、お前は俺のことをどう思ってる?」


 問うと目に見えてカニスが動揺した。


『いやえ、その、見た目が、かっかわいいってのもありますけど、不器用ながらも頑張るところとか、酷い目に遭ってもめげないところとか、そういうところがカッコいいっていうか、あの、はい、はっきり言うと、す、す、すっ――』


 いまいち要領の得ない返答なので、質問を変える。


「俺に、軍を変えることができると思うか? 人々を守れると?」

『あ、そっち……。えと、難しいかもしれません。ご存じの通り、みんなやる気ないですし、隊長が頑張っているのはずっと見てましたけど……厳しいですね』

「そうか」

『で、でもですね、同じように、軍の状態に不満を持っている人は多いんですっ! ですから、そういう人たちと協力することができれば……!』

「頭を下げろ、か。業腹だがな」

『隊長?』

「戻るぞ、カニス。やることが多い。お前にも手伝ってもらうからな」

『は、はい喜んで!!』


 オレンは陸上戦艦へ機体を飛ばす。

 やるべきことは多いし、時間も限られている。

 だが、それをやらないことへの言い訳にしてはいけない。

 求めるものが、あるのなら。



 ※※※



「ホシさん」


 本来のルートに戻ったホマレ・ノマドリファインの中で、ルグドーは話しかける。

 ホシはルグドーの疑問をお見通しのようだ。


「さっきのことか」

「はい。戦争って……」


 軍の行動を見聞きして、ホシが結論付けた危機。

 

「まさかとは思ったがな。まだ詳細がわからない。ファクトリーに戻って情報を集めよう」

「わかりました」


 応じて、自分なりに考えてみる。

 古代文明の時代にしか存在しなかった、未曽有の危機に。 

 でもやっぱり実感が湧かない。

 今までなかったものを、あると考えるのは難しい。

 代わりに、ツキに言われたことを思い出す。


 ――ルグドー君。ホシのこと、よろしくね。


(今のボクに必要なものは、やっぱり……)


 誉れは見つけた。

 後は勇気だ。

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