第12話 自覚
「どうなるんでしょう?」
「さあな。だが、警戒は緩めない方がいい」
スフィンクス討伐後、ライトグリーンカラーのEGに誘われるようにホマレ・ノマドリファインはドーム入りを果たしていた。
先行するディフェンダーは定期的にこちらを振り返っている。が、未だ通信はない。
「でも武装はしてませんよ?」
「EGそのものが強力な武器だし、伏兵がいるかもしれない」
ホシの危惧は真っ当なものだ。だが、なぜかルグドーは正体不明のEG乗りから敵意を感じなかった。むしろ、味方だと感じている――理性では変だと思えるのに、感覚的に確信していた。
通路を移動して程なくすると、格納庫らしきエリアに到達した。
先着したディフェンダーからはパイロットが降りている。
「……降りますか?」
「そうだな」
ホシがコックピットハッチを開けた。
「ご足労をおかけしました、ホシ・アマノガワ」
礼儀正しく挨拶してきたのは、機体と同じくライトグリーンカラーの頭髪と青い瞳を持つ男性だった。優しい瞳をした、柔和な男だ。スーツを着ている。
「なぜ私の名を」
「聞き及んでおります」
「誰にだ」
「今、ご案内いたしましょう。……お連れの方もご一緒に」
謎の男と通路を進む。白いドームと同じように内部も白いが、外部のように劣化している様子は一切なかった。清潔に保たれている。
「お前は何者だ?」
「その説明は、あの方と共にした方がよろしいかと」
「もったいぶるな。説明しろ」
珍しく苛立ったホシが男に突っかかる。
当然だ。この状況で期待しない方が嘘になる。でも、男のことは信用できない。
いろんな感情がない交ぜになり、不安定になっているのだろう。
反対に、ルグドーは安心しきっていた。なぜだかはわからない。
ここの空気がそうさせるのだろうか。
「非礼をお詫びします。あなたの妹君ですよ」
「……生きている、のか……?」
「息災でございます」
ルグドーは顔を明るくしたが、ホシは目を見開きつつも警戒を解かない。
「証明しろ」
「今から致しましょう」
扉の前で立ち止まった男が、端末に手を翳す。
扉の先は病室のような部屋だった。テーブルや棚などの家具はあるが、一番目立つのはベッドだ。
そこで一人の少女が身を起こしている。壁のモニターを眺めていた少女が、入室に気付いて顔を向けた。
「――写真の!」
風貌は多少変わっていたが、ホシとそっくりな見た目は同じままだ。
ホシより背が小さく、髪も短い。
黒い髪と青い瞳も同じだ。
「ホシ……」
「ツキか……」
ルグドーは喜ぼうとするが、ホシが手で制してくる。
「待て、迂闊に入るな」
「え? でも……」
「お前は、本当にツキ・アマノガワか?」
「信用できませんか?」
プロンプトが穏やかに訊く。
「見た目は間違いない。声も記憶通りだ。だが……」
ホシは苦々しげな表情を浮かべている。葛藤しているのだろう。
「仕方ないよ、ホシ……姉はそういう人だから。……ウィリアムは元気にしてる?」
「元気だ」
「リンダは?」
「連絡は取っていないが、元気にやっているはずだ」
「じゃあ――タケル様は?」
ホシの目の色が変わる。疑いの目が晴れた。
「お師様の名を知っているなら、本人に間違いない」
「じゃあ……!」
ホシがツキの元へ歩んでいく。
「生きててよかった……」
心の底から安堵した声音だった。
「私もだよ、ホシ」
「身体の方は平気なのか?」
「うん。彼が、助けてくれたから」
「改めて聞きたい。何者だ? ツキを助けたのか?」
問われた男が進み出てくる。ルグドーも部屋に入った。
ツキと目が合い会釈するが、まだ話せる段階ではなさそうだ。
「私の正体は、今回の件と密接に関わっています。複雑な事情がありますが、説明の前にまずお約束を」
「どういう約束だ」
「私を攻撃しないで頂きたい。あなた方と交戦する意思はありません」
「続けろ」
「まずは自己紹介から始めましょう。私の名前はプロンプト。機甲獣です」
「何……?」
訝しむホシ。ルグドーも理解が追い付かない。
目の前の人は文字通り人間だ。そこに獣の要素は一切ない。肌色は確かに白いが、その点を考慮してもこれまで遭遇した機甲獣とはまるで違う。
むしろそれで言うならまだ、自分が機甲獣と言われた方が納得できる。
ルグドーは獣の耳と尻尾を持つ獣人なのだから。
「で、でも人間ですよ? ボクみたいに獣耳でも、尻尾があるわけでもないし……」
「とある事情から、人間にしか見えないよう設計されています。そういう意味では、獣人よりも人に近しい存在だと言えましょう。そうですね……獣と表現するから混乱を招くのかもしれません。言い直しましょう、機甲人と」
「機甲人……そんな話は聞いたことがない……」
「我々が人類に紛れていることは秘匿です。痕跡を消し、人に紛れるための技術を持っているのです」
「だから、今まで気づけなかった、と?」
「順を追って説明しましょうか。よろしいですか、ツキ」
「お願い、プロンプト」
ツキに促されて、プロンプトは説明を始める。
「私は言わば、情報端末として……人間社会に溶け込み、情報を収集するために生み出された存在です。生体パーツを取り入れているため、基本的な構造は人間と変わりません。理由は……ご推察の通り、人間への対処方法の模索のためです」
ホシはなんとなく推理できているようだが、ルグドーはさっぱりわからない。
プロンプトはルグドーにも理解できるようわかりやすく話してくれた。
「情報収集をしていたある時に、私はツキと出会ったのです」
※※※
メトロポリスに潜入中のプロンプトの耳に入って来たのは、少女の悲鳴だった。
悲鳴自体は珍しいものではない。犯罪情報も収集対象の一つだ。むしろ情報優先度は高い。
ゆえに、偵察の必要性があると考えたプロンプトは現場へ移動した。
現場では少女がスーツ姿の男に拘束されていた。
データベースを検索。男の方は殺し屋だ。
少女の方は、要注意リストに載っている人物だった。
「やめて、離して!」
「飛んで火にいる夏の虫、とはまさにこのこと。ホシとかいうグラディエーター、サムライだ、誉れだなんだと言ってる割には卑怯な手段が全く通用しない。相手がそういう搦め手を使ってくる前提で動いているな。正直諦めていたが、まさか標的の方からのこのこと出てきてくれるとは」
誘拐事件のようだ。関連項目としてコロッセオの賭博情報を取得する。
依頼主は殺し屋にホシが負けるよう依頼したのだろう。その方法として妹を誘拐することを選んだのだ。
その理由も即座に取得できた。
「お前を人質にすれば、あの女も簡単に引き下がるだろう。妹のために人生捧げてるんだろ? 病弱で、何の稼ぎにもならない、役立たずのためにな!」
ホシ・アマノガワというグラディエーターは、妹のために戦うと公言していた。
出場理由を問われた時に、賞金をその治療に当てるためだとも回答していた。
プロンプトはそのデータを加味して演算をする。
行動方針は瞬く間に決まった。
「何をしているんです?」
声を掛ける。殺し屋はぎょっとしたが、すぐに声を荒げた。
「お前には関係ない、消えろ!」
「――介入が必要と判断。行動を開始します」
男を気絶させた後、プロンプトはナノマシンを使って周辺の修復を始めた。
痕跡を消すのではなく、戻していく。
これは機甲人の存在を秘匿するために必要な処置だ。下手に痕跡を消せば、却って何者かが存在する証明になってしまい、優秀な追跡者に見抜かれる。
だが、痕跡を元の状態に戻してしまえば、どれだけの有能が相手でも気付かれない。
「あなたは……一体……私たちの……仲間じゃない……」
「そのようですね。むしろ――いえ、なんでもありません」
温和な笑みを向けるとツキは儚げな笑顔を返したが、すぐに顔を歪めて口元を抑えた。吐血したのだ。
診断を開始。すぐに原因を突き止める。
「遺伝子に欠損が見られます。すぐにでも治療が必要でしょう」
「でも……私は、これ以上……」
「事情は推察しました。いっしょに行きましょう」
「それだと、ホシが……」
「私の推測では、あなたの姉は極めて優秀な人物だと思われます。彼に案内役を頼みましょうか」
プロンプトは移動用のディフェンダーでツキと共に移動した。目を覚ました殺し屋にわざと追跡をさせて。
優秀なホシであれば、殺し屋を道標にして追跡できるだろうと。
※※※
「ツキを見ているうちに、私の思考ルーチンはエラーを吐き出しました。人間的に言えば、情が移ったのです。これはバグの一種と言えるでしょう。客観的に分析すれば、我々は人間に近づきすぎたのです」
「だから、助けた、と」
人そっくりに近づけた結果、人のように同情して助けてしまった、ということらしい。
プロンプトが頷く。
「ええ。工廠へ戻った私は同型……いわゆる同胞に情報を共有しました」
「やはり同タイプは多数存在するのか」
機甲人はたくさんいるようだ。
ルグドーも気付かないうちにすれ違っていたかもしれない。
「想像の通りです。共有後、幸いなことに数多の個体から同意を得ました。人間と共生するのも一つの方論だと。獣タイプの中にも共生論に賛同する者が出ました。そのモデルケースとして、ツキには協力してもらっています。見返りとして、その身の安全を保障し、治療を行っています」
説明は以上です――プロンプトが締めた。
腕を組んでいるホシはまだ納得していない様子だ。
「いろいろ疑念は残るが。すぐに連絡しなかったのか」
「申し訳ございません。それには――」
「身体が治ったら、いずれ連絡するつもりだったの」
プロンプトの言葉をツキが遮る。
「遅かれ速かれ、あの殺し屋を通じてこちらに辿り着くとは考えていました。ですが、どうやらうまく行かなかったようですね。いえ、うまく行き過ぎたと訂正しましょうか。ホシ様の偽装能力が素晴らしく、殺し屋は辿り着くことができなかった。結果、時期が延びてしまったようです」
「ルグドーがいなければ気付けなかったからな。事実だ」
「ボクなんていなくても、ホシさんならなんとかしてましたよ」
ルグドーは照れた。その発見方法がどうであれ、褒められたら嬉しいものだ。
「妹の治療に当たってくれているという点を鑑みて、お前たちへの詮索は最小限に留めておく。わかっているだろうが――」
「もちろん、我々と同胞は人を襲ってはいません。特にツキと出会ってからは。……残念ながら全てを掌握しているわけではないので、敵対する機甲獣も多いですが」
禁域樹海で襲ってきた機甲獣たち――キメラやスフィンクスは彼の仲間ではないのだろう。
「一応理解はした。……ツキの治療が終わる頃に、引き取りに来る」
それで一旦の話は終わり、かと思われた。
だが、ツキが反応した。
「引き取りに来るって、どういうこと?」
「そのままの意味だ。帰るということだぞ」
ルグドーはそこで違和感を覚えた。
ホシはツキを探していた。いろいろあったが、そこは一貫していた。
でも、ツキの方はホシを探しているようには感じられない。
治療が終わったら連絡するつもりだったと言うが、ある程度年月が経ったのなら、何らかの手段で連絡を取るのが普通ではないだろうか?
居場所を教えなくとも、生きているという情報だけでも。
「帰る……帰って、どうするの」
「今まで通り過ごせばいい。昔のように――」
「また、また――」
――ホシのお荷物になるの?
その言葉を聞いて、冷たい物が背中を伝った。
「え……?」
それまで理知的だったホシが初めて、驚いた声を漏らした。
「私、私はまた足手まといなの! 今までのように、私は!」
ツキはシーツを強く掴んで叫んだ。
怒っている。
悲しんでいるようにも、見えた。
「私はもうホシの足を引っ張りたくない! まだわかってないんでしょ、ホシは! 自分が今、どういう状態なのか! 私は、私は!! ッ、こほっ!」
ツキがせき込み始めた。プロンプトが駆け寄り、その背中をさする。
茫然とするホシの方を見て、彼は告げた。
「申し訳ありませんが、ツキの身体に障ります。今日のところはおさがりを」
ルグドーとホシはそのまま退室した。
居たたまれなくなってホシを見る。が、彼女は今まで見たことのない表情をしていた。ショックを受けて呆けている。
見るだけで、こっちも辛くなるくらいに。
「あの、ホシさん……」
「すまないが、しばらく一人にさせてくれ……」
ふらつく足取りでホシはどこかへ行ってしまった。
ドーム内は安全と聞いているので、身の安全は保障されている。
元よりホシの身は心配していない。なんなら、自分の方が危険かもしれない。
だけど、それ以上に。
(心の方が……きっと)
ここに来るまで、ルグドーでもわかるくらいにホシの心は傷ついていたのだ。
なのにあんなことを言われてしまったら。
でも、ツキのことを責める気にはなれなかった。
何よりまず疑問が先に来る。どうしてツキはあんな反応をしたのか。
「ボクにできることは……今までホシさんがやってきたみたいに――」
ルグドーは部屋の入り口で待ち続けた。
しばらくして扉が開く。プロンプトが出てきた。
「ルグドー様、でしたか。ツキと話したいのですね」
「そうです、お願いできますか?」
※※※
空室を見つけたホシはその端で蹲っていた。
理解が及ばない。なぜなのか。
なぜ妹は自分に声を荒げたのか。
あれはもはや明確な拒絶と言って差し支えない。
一体、どうして。思考を深める。
「最初から、嫌われてた……?」
思い返せば、ツキは自分から出て行ったのだ。
その結果、ホシを陥れようとしていた連中に捕捉され、最終的にプロンプトに保護される運びとなった。
その後も、連絡を寄越さなかった。
情報を持っていた殺し屋を野放しにしておくという、不確実かつ消極的な方法で手掛かりを残していただけだ。
「余計なことをしていたのか、私は」
武者修行を終えリベレーターとして活動している合間に、妹は病魔に侵されていた。
その知らせを受けたホシはすぐさま飛んで帰り、治療のための手筈を整えようとした。
第一段階として、コロッセオに出場し優勝賞金を手にする予定だったのだ。
リベレーターの支援を受ける気にはなれなかった。世界には、自分たちよりも不幸な身の上の人間が山ほどいる。
ホシたちは機会に恵まれていた。支援は、機会がなかったり失敗をして機会を失ってしまった人たちへ与えられるべきものだと。
ツキもそのことには反対していなかったはずなのに。
「私は……」
ぽたぽた、と水滴がズボンを濡らした。
ホシは自分が泣いていることに気付いた。修業で心の律し方を学んだはずなのに、制御できない。その事実がまた情けなさに拍車をかける。
止めたいのにとめどなく溢れてくる涙を拭っていると、
「ホシさん」
ルグドーの声が聞こえて、顔を上げた。
※※※
これまた初めて見る表情だった。
涙を流し泣き腫らした顔を見ていると、なぜか、綺麗という感想が出てくる。
不思議なことに嬉しさを覚えてしまった。また、新しいホシの一面を知れたのだと。
だけど、悲しさも覚える。ホシにこんな顔をさせてしまったことへの罪悪感に、胸が締め付けられる。
「ホシさん」
「ルグドー、すまないが今日は」
「待って!」
立ち去ろうとするホシの腕を掴む。
「待ってください……!」
「放っておいてくれと言って――っ!?」
咄嗟にルグドーはその背中に抱き着いていた。
なぜそうしたのか……判然としない。
でも、ルグドーがホシに触った時はドキドキして。
あったかくて、それでいて。
安心したから。
そうするのが一番だと、思った。
「ホシさんは頑張ってます。だから、これ以上自分を責めないで」
「私――私は、妹に……嫌われることをしたんだ。独善で、迷惑を掛けた。だから」
「ツキさんは、ホシさんのこと嫌ってませんよ。話を聞きました」
「なに……」
ようやくホシが落ち着いたので、ルグドーが離れる。
二人向き合って、床に座った。
「でも、だったらどうして」
「ツキさんは、ホシさんが頑張り過ぎて……あなた自身が傷ついてることに気付いていないから怒ったんです」
「傷ついている……私が?」
「自覚はあるんじゃないんですか? ボクも見ていて、そう感じましたし」
ホシは自分の手のひらをじっと見つめている。
「ホシさんは、ボクが見ている限りはずっと、他人のために頑張ってきました。たぶん、ずっと前からそうですよね? それが、ホシさんの誉れだから」
人々が幸せに暮らせるようにすること。
それが、ホシ・アマノガワの誉れ。
「でもホシさんは、他人のためには努力するのに、自分のために何かしている様子は見られなかった。食事は、栄養が取れればそれでいい。報酬もとりあえずは受け取るけど、それで何か好きな物を買うとか、そういうことをするわけでもない。ツキさんは、そんな姿に怒ったんです。他人のことばかりで、自分のことを顧みないあなたに」
ルグドーはツキから聞いた言葉をなるべくそのまま伝えた。
本心では改変したかった。もっと優しい言い回しにしたかった。
でも、そうしたらきっとまた誤解を生んでしまう。
自分は姉妹の橋渡しになると決めている。
「そ、そんな……」
ホシから再び涙が溢れ出す。今までの自分を全否定されたような気持ちになっているのかもしれない。
「だって私は……! それこそが私の誉れで……たったひとりの家族は、絶対に私が守らなくちゃいけなくて……!」
泣き叫ぶその姿を見て、ルグドーも悲しみに包まれる。
がそれ以上の驚きが衝撃と共にやってきた。
今度はホシが抱き着いてきたのだ。
驚きながらも優しい顔を作り、その背中をさする。
「泣きたいなら思いっきり泣きましょう。でも、誤解しないでくださいね?」
「ごかい……?」
「ボクもツキさんも、あなたの誉れを否定しません。ボクはホシさんの誉れに救われたんです。だから、胸を張って言えます。あなたの誉れは正しいと」
「そう、おもうか……?」
「そうですよ。ただ、誤解があるだけなんです。ちょっとした言い方だったり、やり方だったり。ホシさんも、自分のこと、誤解してるんじゃないですか?」
「わたしのことを、ごかいしてる……?」
「守らなくちゃいけないんじゃない。守りたいからそうしてたんですよね?」
「あ……」
「そのことをもう一度伝えた方がいいと思います。義務じゃなくて、義理でもなくて、そうしたかったんだって。ツキさんが大好きだからだって。――妹さんを守ることが、本当に、自分にとっての誉れだったということを」
言わなきゃならないことは全部伝えた。
どうなるか、と緊張の一瞬の後、泣きじゃくる声が聞こえてくる。
「……とう」
「え?」
「ありがとう……ルグドー……」
その後もホシの涙は止まらなかった。
ルグドーはホシが泣き止むまで、その背中をさすり続けた。
「おはようございます」
「……おはよう」
返事をするホシはどこか気恥ずかしそうだ。
プロンプトに案内された部屋で一夜を過ごし、これから朝食だ。
その後、ツキと面会する。
それからどうなるのかは、二人に任せるしかない。
「ルグドー、昨日のことは……」
「何のことですか……って言えたらよかったんですけど」
ルグドーも顔を赤らめた。今思えば、強烈な体験だった。
動画で見ていた憧れの女性に、号泣されながら抱き着かれるなんて。
「情けないところを見せたな」
「ボクは、今までホシさんのことを誤解していたかもしれません」
「失望、させたか」
「とんでもない!」
心の底から出た否定だった。失望なんてするわけない。
「ボクはホシさんを途方もなくすごい人だと考えていたんです。人とは違う特別な存在だと。だから強くて、すごいと。でも違いました。ホシさんはきちんと泣ける人。ボクたちと変わらない、ただの人。そんな人がきっと、ものすごく努力をしてすごくなったんだと思うと、心の底から尊敬します! やっぱりホシさんは、ボクにとって憧れの人です!」
「そうか……そう思ってくれて、嬉しいよ」
ホシが微笑む。その笑顔に見惚れてしまう。
「あ、えっと、ごはんですね、ごはんごはん」
照れ隠しのようにすべきことを思い出し、朝食の用意を始めた。
「ホシ」
「ツキ。落ち着いたか」
病室で、昨日と同じようにホシとツキは向き合っている。
違うのは、どちらもまっすぐにお互いを見ていることだ。
「うん。そっちは?」
「私も、落ち着いた。伝えたいことがある」
「私も。先にお願い」
「わかった」
ホシは深く呼吸をして、想いを紡ぎ始めた。
「私がツキを守ってきたのは、家族だからとか、病弱だからとか、そういう理由じゃない。きっかけはそうだった。でも途中から……本心から、守りたいと考えて行動していたんだ。私は、お前と一緒に過ごす時間が大切だった。幸せに、感じていたんだ。妹であるお前が大好きだった。お前の姉で誇らしかった。だから、その空間を守るために、戦ってきた」
そっか、とツキは相槌を打つ。恐る恐るホシがツキの様子を窺う。
ツキもまた、考えながら言の葉を吐き出した。
「私も大好きだったよ、ホシのこと。ちょっと、ズレたところもあるけど……そういう部分も全部、愛おしかった。カッコいいと思ってたし、自慢の姉だったよ。でも、無理をしているのもわかってた。だから少しでも負担を軽くしようと思って……動けるようになろうと思って、外に出たの。調べていたらさ、もっと低負担でも治療ができる方法があるって見つけて……。バカだよね。そんなうまい話あるわけないのにさ。騙されちゃった」
正直に気持ちを吐露して、姉妹は見つめ合う。
そして、互いを抱きしめた。
「すまない、ツキ」
「ううん、ごめんね、ホシ」
ホシとツキが和解できた。
そのことが、自分のことのように嬉しくてたまらない。
心の中をあたたかいもので満たされて、ルグドーは気づく。
(見つけたかも)
――ボクだけの、誉れを。
確信を得ながら。
ルグドーは二人の再会を心の中で祝福した。
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