第11話 樹海での死闘
メトロポリスを後にしたホシたちは、トラブルなく禁域樹海へとたどり着いていた。
EGが小さく思えるような緑と機械が混じった森を機体の中から眺める。
「テリトリーがこんなに近くにあるのに、どうして滅ぼさないんですか?」
禁域樹海の位置はメトロポリスからさほど離れていない。徒歩や車なら遠距離だが、EGならば一日ほどの距離だ。軍を率いて戦おうと思えばいつでも戦える。その疑念は、誰もが最初に抱くものだ。
「機甲獣とは共生関係を構築するのが最善なんだ。かつての地球が滅んだ一因が、機甲獣を殲滅しようとして焦ったせいだとも言われている。機甲獣は常に増え続けているが、適時対処していけば問題はない」
「滅ぼすんじゃなくて、邪魔になったら攻撃する?」
「そうだ。機甲獣の種類は様々だが、いくつか性質がある。こちらから大規模に仕掛けなければ、向こうも大勢で襲ってこない。それと、装備に応じて戦法も変えるようだな。こちらが強力な武器を使えば、それ相応の戦術と兵装で反撃してくるが、弱い武器なら脅威レベルが格段に下がる。EGがあまり強力な装備を使わない理由の一つだ」
ホマレ・ノマドリファインの武装ランクは低い。ほとんどが人間用のスケールアップモデルで、使い勝手が悪いからだ。高火力でもない。
「もし強力な装備を持った機械獣が出てきたらどうするんですか?」
「そこは腕の見せ所だな」
ホマレ・ノマドリファインが、木々の海の中へ足を踏み入れる。
※※※
ルグドーはサブモニターを睨みながらも、時折ホシの様子を窺っていた。もうすぐ、妹の生死が確定する。ホシはしっかりと受け止められるのだろうか。
ホシには危うい一面もある。
何度もそのことを思い返し、そして、また同じことを考える。
自分が支えるんだ。
だから、獣の巣窟に来たぐらいでビビッてなんかいられない。
と思っているが、この無数の樹木と、点々と存在する建築物らしき残骸が恐ろしい。
道端に転がる壊れた機甲獣も動き出さないか不安だった。
「怖いか?」
「は、はい……! いいえ……!」
「気にすることはない。私も、今回はかなり慎重になっている」
ホマレ・ノマドリファインの速度は遅かった。徒歩移動のためだ。
機甲獣と対峙する時は不意を突く方がいいとウィリアムは言っていた。
まさに狩りの如く。
――機甲獣との戦いは強さを競うものじゃない。そこに誉れはない。あるのは、生きるか死ぬかだ。弱肉強食というのもまた違う。機甲獣に食事は不要だ。連中はただ殺す。
だから、迷ったり、躊躇ったりすることはない。
獣と呼ばれているが、ただのシステムだ。
「センサーは当てにならないか」
「みたいですね……」
樹海そのものが巨大な機甲獣のように。
あちこちに反応がある。実際、小さな機甲獣が潜んでいるのかもしれない。
しかしEG用でない限り対応する必要はなかった。いちいち対処していたら弾薬も燃料も足りなくなる。
現状は、目視で確認するしかない。
全方位モニターのあちこちへ目を凝らしていると、ホマレ・ノマドリファインが停止する。
「ホシさん?」
「――来るぞ!」
上から何かが降って来た。EGサイズのサル型だ。手に持つ棒のようなものを振りかざしてきたが、刀の振り払いによって棒ごと身体を両断された。
その隙を狙ってサイ型が突撃してくるが、ステップと同時に放たれた切り返しによって首を刎ねられる。
「織姫なら、機甲獣相手でも楽勝ですね」
ホシがかつて使っていた刀の切れ味は今も落ちていない。チャンピオンの機体であるナイトマスターの首を獲ったのも同じ刀だ。
「雑魚が相手ならな。問題は……」
「何かあるんですか?」
「いや。進もう」
外套を纏う流浪人のようなEGが、自然と機械で彩られた森を進んでいく。遠くには、何の目的で作られたかわからないドームのようなものが複数確認できた。
あの中に大量の機甲獣が潜んでいるのかもしれないと考えると、ここが如何に恐ろしい場所か実感できる。
製造工場みたいなものかもしれない……と考えて、ふと疑問が舞い降りてきた。
「不思議ですね、機甲獣って。なんで群れを作るんでしょうか」
「戦いには有利だ」
「それはそうですけど……。そもそも、機甲獣が人を襲う理由があるんですかね。人を食べるわけでもないのに。は、繁殖だって、しないわけですし」
恥ずかしくて、最後の方は小声で呟いた。ホシは聞こえなかったのか、それとも気付かないふりをしているのか、普通に回答した。
もしくは、大人の余裕というものかもしれない。敵わないな。
「恐らく、何者かの意志が介在している」
「何者か?」
「私にもわからない。だが、機甲獣が自然に発生したとは到底思えない。言葉通り、機械の獣だ。機械は人間の手で作られるものだ。つまり誰かが作り、故意か偶然かは定かではないが、人類を襲い出した」
「それで、地球が滅んだ……。地球を滅ぼしたかった人が作ったんでしょうか。それとも、人類を全滅させたかった?」
「何とも言い難い。地球を滅ぼされた人類は、過去の教訓から一つの惑星に執着しなくなった。アースが複数ある理由だ。第三太陽系に流れ着いてからというもの、人は際限のない領土拡大に勤しんでいる。今となっては理由も曖昧になっているが、根源的には自分たちが滅ばないための保険だ。アースがいくつもあれば、どの惑星が滅びても人類は生き延びられるからな」
「じゃあ、もし人類を全滅させたかったのなら、目論見は失敗したってことですね」
「そうなるな」
機甲獣という敵性存在が生まれたのは古代文明の時代だ。もう黒幕なんて存在はいなくなって、形骸化した戦いが続いているだけかもしれない。でも、そのおかげで人は人間同士の争いに集中できなくなって、戦争することなく平和を謳歌している……ルグドーは複雑な気持ちになる。
「良い面があるからと言って、必ずしも存在を肯定しなければならないわけじゃない。無視しなければそれでいいんだ」
ホシはまたルグドーの思考を推理したようだ。この人は本当にすごいと改めて思う。ルーペのように直接心を読むことができるわけじゃないのに。
「なにより、機甲獣には誉れがない」
「そうですね」
生い茂る草木と入り混じるケーブルのようなものをどかした先は、湖のような場所だった。と言っても、EGからすれば浅瀬だ。通行は問題なくできる。
「このまま行きますか?」
質問したが返事がない。
「ホシさん?」
ホシはずっと正面を見据えていた。しかし湖が広がるだけで何もない。
先にある木とケーブルが混じる森の方を見ているのかな。
と思った矢先、ぴちゃん、と水面が揺れた。
「くッ!」
「うわッ!?」
機体がいきなり動いて悲鳴を上げる。自分たちが先程までいた位置で何かが爆発したのを横目で確認する。
「何が!?」
「これは……」
ホマレ・ノマドリファインの視線がソレへと向けられている。
何もない空間が歪んでいる。
「カメレオン型のステルスモードですか……?」
「それにしては形状が違う……」
ホシが武装選択をして、ホマレ・ノマドリファインが背中からライフルを取り出す。
ステルス状態が解除され、その姿が現れる。
一瞬ライオンかと思ったが、異なる部分がいくつも散見された。
下半身がヤギで尻尾はヘビだ。
それに一般的な機甲獣は白色だが、今回のタイプは黒色だ。
「これは……魔獣か!」
「なんなんです!?」
「知識としては知っていたが、私も初めて見る。機甲獣の戦闘特化型だ」
「戦闘特化……」
「通常の機甲獣は動物のコピーだ。追加武装を施されている個体もあるが、コピー元の動物を模した攻撃を繰り出すパターンが多い。つまり、弱点を導き出しやすいが、この魔獣は……」
魔獣が突撃してくる。聖地に侵入した咎人を始末するかのように。
※※※
ホマレ・ノマドリファインが前方へ魔銃を避けながら飛翔し、振り返ってライフルを向けた。が、ヘビが迫ってきて回避を余儀なくされる。
「データ出ました! キメラだそうです!」
ウィリアムがくれたデータベースの中に魔獣の情報が入っていた。しかし攻略情報は載っていない。データ不足のようだ。
ホシがトリガーボタンを押す。ライフル弾がヘビに向かって放たれたが器用に躱された。
「くッ!」
ヘビに気を取られている間にキメラが突撃してくる。
射撃戦では不利だとホシは判断し、機体の背中に仕舞わせる。
ホマレ・ノマドリファインが織姫を引き抜いた。
(パターンを見極める……!)
キメラは複合生物だ。単一の機甲獣よりも、行動パターンは増えている。
近接武装はライオン顔の牙による噛みつき、全身を使った突撃、両腕の爪を用いた斬撃。ヘビを用いた拘束や喰らいつきも考えられる。リーチはヘビ部分が長いが、その伸縮性を考えるに装甲は柔らかいだろう。問題なく切断できるはず。
ヤギ部分の後ろ脚は脚力の強化しているようだ。跳躍力は通常のライオン個体よりも高く、スピードも上がっている。敵の攻撃を安全に回避した後に反撃する、というセオリーが通用しない相手だ。
とすれば、結論は一つ。
ホシはダイレクトコントローラー・カタナを持つと、それをあえて左腰へ持って行った。
連動して、ホマレ・ノマドリファインが納刀する。
左腕で鞘を支え、右手を柄に置いた。
居合の構えだ。
「また来ますッ!」
ルグドーが警告する。
光弾を放ちながら疾走してくる。ステップで避けると敵が眼前に迫る。クローと突撃を紙一重で躱した。擦れ違い様に爪が左腕の装甲を掠り、金属音が響いた。
ヘビの首がこちらを噛み砕こうと伸びてくる。
刹那、ホシはダイレクトコントローラー・カタナを振り切った。
ヘビの首が飛んだ。刀を引き抜く力を利用した高速抜刀術、居合切り。
まだホマレ・ノマドリファインの行動は終わらない。
その勢いのまま機体を反転させ、左腕のアンカーをキメラの臀部に括り付ける。
キメラが体勢を立て直す前に後方へ切迫。
その胴体を切り裂いた。
息を吐き出し、冷や汗を拭う。
「やりましたね!」
嬉しそうな声音が背後から聞こえてくる。
「ああ……」
ホシは努めて平常の声を作り、相槌を打った。
※※※
キメラを倒した後も、何度か機甲獣に遭遇した。それを時にはやり過ごし、奇襲を仕掛けて打ち倒し、または直接的な戦いになりながらも適切に対処していた。
目指しているのは一際巨大なドーム。もし人がいるとすれば、建物内の方が可能性が高いという推測だ。
黙々とホマレ・ノマドリファインを進ませるホシ。
座席越しに彼女を見るルグドーは、微かな違和感に気付いていた。
「ホシさん? どうかしました……」
「なんでもない」
「そうは見えないです。不安、なんですか」
「戦いに支障はない」
「そっちは心配してません。でも、そうじゃない方は心配です」
「……すまない」
「謝ることなんてないですよ。妹さんが生きているか、自信がなくなってきたんですよね」
頭をフル回転させて、言葉を選びながら声掛けをする。キメラなんて恐ろしい怪物を見たら、そう思うのはおかしくない。
「機甲獣を倒す度に、確信していくんだ。ツキは生きていないと。例え、死んでいたとしても、私には確認する義務があるのにな」
「義務、ですか……」
「そうだ。私は姉だ。家族として、彼女がどうなったのか知らなくてはならないんだ。どんな結末を迎えたか。私のせいで、どんな目に遭ったのか、知らなくては……」
ここで諦めないでください、と言うのは難しい。
前回は言えた。まだ情報が少ない段階だったからだ。だが実際に攫われたことを確認して、現地に足を踏み入れると、一歩進むたびに希望の明かりが小さくなっていくように感じる。
でも、暗いままのホシを見たくはない。ホシには輝いていて欲しい。
夜闇の中で人々を照らす星のように。
必死に考えて、導き出した言葉を紡ぐ。
「じゃあ、分担しますか?」
「分担……?」
ホシが振り返ってくる。ルグドーは微笑んだ。
「ボクはツキさんが生きていると信じます。ホシさんは現実的に捉えてください。これなら、結果がどちらでも対応できると思います」
「ルグドー……」
「ダメ、でしたか?」
怒らせるようなことを言ってしまったかもしれない。
「いや。ありがとう。そうだな、信じ続けてくれ。私は、君を信じる」
「ボクもホシさんを信じ――ちゃいけないんですね、えっと、なんというかその」
「大丈夫だ。行こう」
心なしか、ホマレ・ノマドリファインの動きが軽快になったような気がした。
「何のために作られた施設なんでしょうね、これ」
ホマレ・ノマドリファインは、ようやく目的地であったドームに辿り着いた。
前方にそびえ立つドームを見上げる。都市一つがすっぽり入ってしまうような大きさだが、外側からはどんな機能を有しているのかさっぱりわからない。
「大方、機甲獣の製造工場のようなもの、と推察できるが……」
機甲獣に棲み処は不要だ。普通の動物とは違い、休む必要がないのだ。燃料節約のための休眠モードが搭載されている程度である。
ゆえに、ホシの推察は的中している可能性が高い。
そんなところにツキがいて、無事かどうかは考えない。
ルグドーは生きていると信じている。
「どうやって中に――」
ルグドーがサブモニターで周辺状況を確認した瞬間だった。
青白い閃光で目が眩んだ。
「何……?」
「奇襲か!」
ルグドーならなす術なくやられていたであろう攻撃を、ホシが避けてくれた。
よく見るとドームの上に金色の何かがいる。
それはルグドーたちの目の前に着地すると、こちらを睨んできた。
機甲獣なことはわかる。身体はライオンのようだからだ。
異様なのはその顔面だ。
人の顔である。被り物をした人そのもの。
「また魔獣……!?」
「いや違う……! これはお師様が以前言っていた……神獣だな」
ホマレ・ノマドリファインが飛んだ瞬間、胸元に格納されていたキャノンから光が放たれた。青白い閃光が森を焼き尽くす。
「これって……!?」
「スターダストウエポンだとッ!」
スターダストリアクターが生み出すエネルギーは、EGなどの機械群の燃料になるだけではない。兵器としての転用も可能だった。
スターダストエネルギーを用いる兵器は、総じて
「これほどの破壊能力をなぜ有している……!?」
疑念を口に出しながら、ホシがトリガーボタンを引く。SDレーザーを放った神獣は、動作が鈍っていた。
ホマレ・ノマドリファインのライフルが、人型の頭部を狙撃する。
キィン、という金属音が響いた。
「弾かれたか。防弾装甲……いや」
金色にコーティングされたアーマーをホシが注視する。ルグドーはその間にデータベースを検索した。
「機甲獣のデータベースには載ってませんが、それらしき名称が古代文明の中に。スフィンクスと呼ぶようですがこれは……」
表示された文献に攻略のヒントになりそうな情報は載っていない。神話生物であるスフィンクスにレーザーが付いている、なんてものは。
「……飛ぶか!」
スフィンクスが格納していた翼を展開、こちらへ飛行してくる。
ホシが迎撃のため、ライフルから織姫――ではなくナイフへと持ち替えた。
右爪による斬撃にナイフを合わせる。
手首を狙った刺突。
「やはり……!」
ナイフが弾かれて落ちて行った。力負けしたわけではない。
装甲に歯が立たなかったのだ。
「物理攻撃を……無効化する装甲か」
「そんな……! だ、だったらバルグの時みたいに装甲の隙間を狙えば!」
「隙間が見当たらない。関節部もコーティングされている。唯一弱点と呼べる個所はSDレーザー砲だが……それを見越した設計だろう」
不用意に接近すればクローが放たれるし、何よりレーザーの餌食になりかねない。
「でも、チャージに時間がかかるんじゃ」
「そう思わせて、迂闊に突撃したところを穿つんだろう。単純な設計思想だが、効果的だ。……内部にまでアーマーは施されていないだろうから、関節技を食らわせればダメージを与えられそうだが」
「じゃあ、その手で行きましょう!」
ホシから返事がない。
「ホシさん?」
「ダメだ、危険すぎる。――撤退、しよう」
「な――だ、ダメです!」
「これほどの性能をもった敵がいるとは想定していなかった。あのアーマーを突破するにはSDウエポンが必要だ。現状の武装では勝ち目がない。あれほど機敏に動く相手に、柔術を仕掛けるのは得策とは言えない。ここまでだ」
「でもツキさんが……!」
「この場をなんとか切り抜けたとしても、スフィンクスが一体とは限らない。今こうして戦っている間にも、機甲獣が集まってくるかもしれないんだ。今退却しなければ、こちらがやられる」
「そんな……こんなことって……」
後少しでツキと会えるかもしれないのに。
でも、ルグドーにはこの状況を打破するアイデアが浮かばない。
戦闘面でホシが間違ったことはない。
逃げることが嫌なのはホシだって同じはずだ。
ルグドーにできることは、ホシに黙って従うこと。
はらわたが煮えくり返りそうになる。己の無力さに、どうしようもなく腹が立つ。
怒りに任せて絶叫しようとしたところで、センサーが反応した。
「な、なに……?」
人型の何かがドームにいた。
ノーマルタイプのディフェンダーだ。ライトグリーンに塗装されている。
「EGがなんでここに……!?」
「どういうことだ?」
ホシが訝しむ。EGの存在もだが、その手に持つ武装についてもだ。
巨大なランチャーを所持していた。
間髪入れずにランチャーを放り投げてくる。
「使えってこと……?」
「しかし、罠の可能性も――」
「いえ、使いましょう! 罠ならもう攻撃されてます!」
「――そうだな」
地面へと投げ落とされたランチャーを、レーザーを掻い潜りながら掴み取る。
ホシはすかさずダイレクトコントローラー・テッポウを取り狙いをつけようとしたが、
『エラー。互換性がない装備です』
「やはりダメか」
テッポウを定位置に戻し、操縦桿で対応する。
チャージが開始された旨がサブモニターに表示された。すぐには撃てないようだ。
しかしおとなしく待ってくれるスフィンクスではない。
レーザー砲が連射される中、反撃できずに回避を続ける。
しかも、脅威はそれだけではなかった。
「増援か」
「機甲獣……!」
機甲獣の群れが飛んできていた。カラス型だが、余分な装備が背中に搭載されている。機銃だ。
数十匹のカラスが機銃を乱射しながらこちらに向かってくる。
「く……!」
ホマレ・ノマドリファインが右手でリボルバーを構える。
白いカラスを何羽か撃ち落とすも、センサーはさらなる増援を捉えていた。
このままではじり貧になる。
そう思った瞬間、チャージ完了の文字が表示された。
「よし……!」
リボルバーを格納し、ランチャーを両手で構える。
標的はもちろんスフィンクスだ。だが、すぐには撃てない。
「ホシさん!?」
「チッ、誤射を避けるための安全策か。ロックオンしないと発射できない仕様のようだ。しかしこの物量では……!」
ロックオンが定まる前にカラスが乱入してきてロックできない。
カラスを避けるとスフィンクスが照準内から消え、スフィンクスに集中するとカラスが邪魔をする。
ホシは操縦桿やペダルを忙しく操作しながら悪戦苦闘している。
それをルグドーは後ろから見ているだけだ。
自分には何もできないのか。
それで、いいのか。
(ボクは……)
ルグドーは座席に備え付けられている予備の操縦システムを見つめる。
再び、ウィリアムの言葉が脳裏をこだました。
――話が通じない奴とは、初めてだろうがなんだろうが、戦うか、逃げるかだ。生き残るためにはそうするしかない。
(でも、逃げたくない)
そうしなきゃならない理由がある。
――お前はホシと旅を続けたいんだろ? だから訓練なんて頼んだんだ。今のままじゃ足手まといだと思ったんだろ?
訓練はしてもらったが、足手まといなのは変わらない。
それでも。
――いつかあいつにも助けが必要な時が来る。絶対にな。その時、お前はどうしたいんだ?
覚悟はもう決まっている。
後は行動あるのみだ。
「ホシさん!」
「どうしたっ」
「ボク、ボクが回避行動をします!」
「ルグドー、しかし!」
ホマレ・ノマドリファインがカラスの群れから逃れる。その先にいたスフィンクスのレーザーを紙一重で避けたが、外套の端が焦げた。
「このままだと二人ともやられます! 信じてください!」
「なら回避ではなくロックオンの方を」
「無理です! ボクの腕前では狙えません! でも、避けるだけなら……!」
ホシはほんの僅かに逡巡し、結論を出してくれた。
「わかった。私はロックオンに集中する。無理だと思った時はすぐに操縦を変わるんだ」
ルグドーはサブモニターを左脇に移動させ、シートのボタンを押す。収納されていた操縦桿とペダルが出てきた。そこに手と足を乗せる。息を吸って吐く。
「絶対に、ツキさんを見つけ出すんです!」
アクセルペダルを踏むと、ホマレ・ノマドリファインが前進した。
その感覚は初めてのはずなのに、あまり違和感がない。ずっといっしょに過ごしてきたから、身体に馴染んでいるのだ。
「ロックオンにかかる時間は!?」
「五秒あればいい」
「わかりました!」
たかが五秒、されど五秒。ホシを見ていると勘違いしそうになるが、戦いとは本来、一瞬で決着がつくものだ。今こうしている合間にも、直撃すれば死ぬかもしれない。
逆に言えば、うまく動ければ一瞬で片が付けられる。
(でも……!)
サブモニターのセンサーとメインモニターの映像を同時に見ながら、ベストな位置を探す。ホマレ・ノマドリファインは低空飛行でスフィンクスとカラスの群れから逃げている。
まずは視界内にスフィンクスを捉える必要があるが、カラスが纏わりついてきた。
「こう囲まれていちゃ……!」
思わず弱音を吐きそうになる。が、そんなことをしても何も解決しない。
敵の動きを見極める。フィールドは狭い。ドーム前の開けた空間のみ。
森の中に逃げ込めばカラスはやり過ごせるが、こちらの動きも制限される。
その間にスフィンクスによる砲撃を食らうのがオチだろう。無論、その前にホシが操縦を代わって、撤退することになるだろうが。
地表にいたら埒が明かない。となれば。
ルグドーは上昇ペダルを踏んだ。
「上昇するのか? 危険だぞ」
「なんとかします!」
これは考えなしの動きではない。
敵の頭上を取れば狙撃しやすくなる。案の定、スフィンクスは翼状のスラスターの火を吹かせた。
すぐさまカラスの群れに囲まれる。ホシがこの戦法を取らなかった理由だ。
地上であれば下に注意を払う必要はないが、空中に出れば全方位に気を向けなければならない。
(敵の動きを読む敵の動きを読む敵の動きを……!)
後方からカラスが三羽突撃してくる。
それをレフトサイドスラスターを吹かして避ける。
スフィンクスが下から迫ってくる。飛んできたレーザーを回避し、ルグドーは周囲に目を凝らす。
カラスは着々と包囲網を構築しようとしている。
が、それは同士討ちのリスクも上がるということだ。攻撃がないポジションが絶対にある。
(逃げてるだけじゃ、勝ち目がない!)
「ルグドー……!」
ホシの心配する声が聞こえる。
(なんとかするって決めたんだ、だったら、どうにかしてみせろ!)
スフィンクスへ意識を集中する。それを妨害してくるカラス。
せめて、スフィンクスの行動パターンが読めれば。しかし、機甲獣とはまた違うランダムな動きで動きを予測しにくい――。
(あれ?)
スフィンクスは右に動くような気がする。
そう思った瞬間、右に動いた。
今度はカラスが上から五羽来る。
そんな気がしたので、機体を反転させ蹴りを入れた。
回し蹴りの要領で五羽を一気に蹴り砕く。
「――行きます!」
「わかった」
カラスに囲まれているが、まっすぐ進めば、カラスに遮られることなく抜けられる気がした。直感を信じて、ホマレ・ノマドリファインを前進させる。
敵の攻撃は散発的だった。恐らく群れによる壁を作って行動を制限し、スフィンクスでとどめを刺す作戦だったのだろう。
逆側に誘い込む算段だったのだ。しかしホマレ・ノマドリファインは群れを突破した。
追い込もうと動いていたスフィンクスの真下へ降下する。
「今です!」
ピピピピ、とロックオンアラートが鳴り響く。スフィンクスを守るべくカラスが降下してくるが、ホシは群れを抜けた時点でロックを始めていた。
スフィンクスが慌ててレーザー砲の照準を向けてくる。
「――終わりだ」
SDランチャーが放たれる。
青白い閃光がスフィンクスとその周囲にいたカラスを包み込む。
眩い閃光が煌めいて、戦いが終わった。
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