第6話 死中の際

『くそっ、どうなってやがるんだ! 狙い目だと思ってたのに警備がえらい固くなってやがる! ありゃ同業者が守ってやがるぜ! 盗賊を雇うってどういう神経してんだ! 有り得ないだろ!』


 通信相手はかなり腹を立てていた。その気持ちをわからなくはない。

 あのまま何もなければ、例の輸送拠点は今頃手中に収まっていたはずだ。

 そして密輸品を手にしていた。大量のスターダストを。

 イージーな仕事のはずだったのだ。先んじて同業者が拠点を襲撃するという情報は掴んでいた。

 後は漁夫の利を得るだけ。

 だったのだが、襲撃に向かった同業者は何を考えたのか拠点の警備として雇われた。

 しかも拠点には大した被害もない。あろうことか、その雇われた連中のEGも損傷は軽微であり、即日に警備体制を敷いた。

 そして、密輸品も瞬く間に正規ルートで売り払われてしまった。その金をどう奪うか計画を立てていた矢先に、


『神のお告げとやらでも聞いたのか? 周辺地域に防衛網を構築しやがった。おまけに同業者を素性関係なしに雇うから、連中の戦力は日に日に増してやがる。こりゃもうお手上げだぞ! どう頑張ったって割に合わねえ!!』

「すごいじゃないか。もうこれは一つの集合体だ。有象無象を見事にまとめている。一部の金持ちが資産を吸い上げて、貧民がまともに暮らせなくなり、その結果金持ちもまともに生活できなくなる……なんて本末転倒な事態は辺境では珍しくない。しかしこの拠点のリーダーは貧民を味方につけた。目先の利益を見ているだけでは不可能な芸当だ」

『あの密輸野郎がそこまで賢いってのかよ』

「素養はあったんだろう。だが、きっかけは入れ知恵だな」

『誰のだ?』

「来たのさ」

『あ?』


 苛立ちを隠せない通信相手に金髪碧眼の男――ジュリアスは不敵な笑みで応じる。


「奴らが来た。待っていた、この時を。千載一遇のチャンス、逃してたまるか」

『何言ってんだ! おい、まだ依頼は――』


 通信をオフにする。


「雪辱を果たさせてもらうぞ。このジュリアス・アガートラムと、シュバリエのな」



 ※※※



「座り心地は悪くないか?」

「い、いえ……いや、はい大丈夫です! ホシさんこそ……!」

「問題ない」


 今日のホマレ・ノマドの乗り心地はいつもと違う。

 ホシはシートに座っている。

 そしてルグドーはホシの上に座っていた。

 複座式ではない以上どちらか片方は、主にルグドーがシートの後ろで立っている形となっている。それでは疲れるだろう、とホシが提案したのがこの乗り方だった。

 一応、シートの後ろにスペースはあるにはあるが……衝撃吸収装置の効果が最大限に発揮されるのはシートだ。長期間の二人乗りは想定されていないのだ。


「狭いかもしれないが、立ちっぱなしよりはマシだろう。この渓谷を超えるまで、人気のいるエリアはない。今しばらく辛抱してくれ」

「はい……」


 狭さは問題じゃなかった。むしろ快適すぎる。

 心地良さまで感じてしまう。

 太ももの柔らかさとか。

 それ以上に主張の激しい、後頭部付近に当たる二つの膨らみとか。


(なんで……こう、変な気持ちに……)


 心臓が早鐘のように鳴っている。最初は憧れる人だからだと思っていた。

 が、数日過ごして、ホシが隣にいる状況にも慣れてきた。

 話したり、食事をしたり、歩いたり。

 日常生活において、胸がドキドキすることはあまりなくなった。

 しかしこのような身体的接触が伴う時は違う。

 いっしょにお風呂に入った時よりは控えめだが、それでも自らの心音をうるさいと思うくらいには激しい。

 顔を上げてホシの状態を確認する。彼女は通常運転だった。

 視線に気づいたホシと目が合う。慌てて逸らす。


「どうした? ……やはり窮屈か?」

「だから大丈夫です!」

「……? それならいいが」


 嘆息しようとして、やめる。自分に呆れる。

 ホシのようにどっしりと構えたい。なんでいちいちこんなに反応してしまうのかわからない。

 いや、呆れている場合じゃない。気をしっかり保つべきだ。

 と覚悟した矢先、背後の膨らみを押し付けられて飛び上がりそうになる。


「ほ、ホシさ……!?」

「静かに」


 ホシの顔を見てハッとする。臨戦態勢だ。

 前屈みになったのだ。前方を鋭い視線で見つめている。

 手を伸ばしてパネルをタッチ。望遠モードを選択。


「エンハンスドギア……!?」


 遠くからEGが高速で接近してくる。

 ただの移動であればあれほどの速度は必要ない。

 つまり。


「狙いは私たちのようだな」

「で、でもなんで!?」

「注意を引きすぎたか」


 ホマレ・ノマドが空中で制止する。ホシは地形情報をスキャンし、作戦を立て始める。

 が、敵の動きが素早かった。

 大量のミサイルがこちらに飛来してくる。


「くッ」


 ホシはホマレ・ノマドを上昇させた。

 渓谷を利用すればいいのではないか、とルグドーは考えたが、ホシの教えを思い出す。

 EG戦では上を取られた方が不利になる。考えなしに下に逃げるのは止めた方がいい。

 しかし上へ逃れたとしても、ミサイルは追尾してきた。

 ホシはパネルで装備選択をしトリガーを引く。

 ホマレ・ノマドの脚部から赤い球体が放たれた。フレアだ。

 球体を敵だと認識したミサイルたちが追いかけていく。

 だが、本当の危険はこれからだ。

 白い騎士が迫ってくる。


「来るぞ!」


 ホマレ・ノマドが二丁拳銃で迎撃する。

 白い騎士はマントをはためかせ、左手の円形シールドを構えながら突撃。銃撃は全て防がれている。

 騎士が右手に持つランスを向けた。

 砲撃が飛んでくる。ランスとキャノンが一体になっているようだ。

 ホシが砲弾を回避する。その隙に敵機が肉薄。

 そのディティールが露になる。バケツヘルムのような頭部に、頭上で主張する羽飾り。水色のバイザーの内側で黄色く光る双眸。

 突きが放たれる。

 ホマレ・ノマドはマチェーテを抜刀。防いだ。

 が、左手が繰り出すシールドへは対応できなかった。


「衝撃に備えろ!」

「――ッ!」


 シールドがホマレ・ノマドへ殴りかかる。下へと叩きつけられた。

 ルグドーが回転する機体の中で悲鳴を上げる。シートベルトをしてなかったら、身体をあちこちにぶつけていたに違いない。

 対照的に冷静なホシはパネルをタッチしていた。シールドバッシュが直撃した瞬間に、腰から白い縦長の物がパージされていたのだ。

 スタングレネード。

 姿勢制御を試みながら、左手のリボルバーで頭上に浮いているそれへ照準を合わせる。


「目を瞑れ!」


 閃光が炸裂した。




「平気か? ルグドー」

「はい、なんとか……」


 ホマレ・ノマドは岩陰へと隠れていた。現在地が開けた渓谷であったことが幸いしたようで、点在する巨大な岩が障害物となっている。

 が、見つかるのは時間の問題に思えた。不安になってホシを見上げる。

 深刻な表情をしていた。初めて見る顔だ。


「ルグドー、ここなら安全だ。敵に見つかる前に、機体を降りてくれ」

「え……」


 眼下では穏やかに川が流れている。岩の後ろには僅かだが地面があった。


「いっしょじゃ――」

「ダメだ。今回の相手は今までとは違う」

「そう、ですか……」


 悲しいし、怖い。

 でも納得する。このままじゃホシはその実力を発揮できない。


「降ります」

「手の上に乗ってくれ。降ろす」


 ハッチを開けて、ホマレ・ノマドの手のひらに乗る。


「待ってますから……!」

「わかった」


 肯定以上のことも言って欲しかったのに。

 ホシはそれ以上何も言わずハッチを閉じる。

 ホマレ・ノマドの機械的な右腕が、ゆっくりと下降していく。



 ※※※



 ルグドーを降ろしたホシはあえて派手に音を立てて飛翔する。

 敵の注意を逸らすためだ。まさか二人乗りをしているとは思ってもいないのだろう。

 敵は即座にこちらへ反応した。

 上空で待ち構えていた騎士がこちらへ接近してくる。


『偽善もここまで徹底すると、もはや芸術だな』

「何者だ」


 通信が入る。金髪の男がサブモニターに映し出された。

 初めて見る顔だ。しかし敵はまるでこちらを知っているのかのように話し出す。


『セカンドアースの辺境に、まともなEG乗りはいない。そう思っていたか』

「何の話だ」

『その機体構成、戦闘用じゃないな。外套越しでもよくわかるぞ』


 見抜かれている。

 ホマレ・ノマドは長期放浪を目的とした機体だ。まともなメンテナンスを受けられない前提で組まれたため、丈夫だが重かったり、防御力は低いが壊れにくいパーツなどを意図的に選んである。

 戦闘という一点においては、かつてのホマレのデチューンと言っていい。

 それも既に限界に近い状態だった。ギリギリまで妹を探すという名目で、かなりの無茶をさせてきたのだ。


『雪辱を果たさせてもらうぞ……! このシュバリエでな!』

「雪辱だと……くッ!」


 シュバリエの突進。機動力で負けているホマレ・ノマドでは、その猛追を振り切ることはできない。

 加えて武装の差も顕著だった。

 こちらの射撃武装はリボルバーのみ。近接武器はマチェーテ。

 後はアシストウエポンがいくつかあるだけ。

 対してシュバリエは大型のランスと、円形シールド。ランスは砲撃兵装内臓。

 装甲は白く硬く、スラスターも高出力のものだ。

 ホマレ・ノマドが唯一勝っている部分は恐らく――。


(しかしこの状況では)


 唯一無二のシステムは使えない。

 操縦桿を握りしめ、リボルバーを撃つ。

 急所はシールドに守られ、それ以外の部分を命中させても弾かれてしまった。

 防弾仕様のアーマーだ。その性質上、近接戦闘には弱い。

 が、それは向こうも百も承知だ。むしろ接近戦を挑ませたいのだ。

 だが、手数に負け、スピードも劣るホマレ・ノマドでは、素直に斬り合っても勝ち目は薄い。

 相手が手練れでなければ、真っ向勝負もありだったが……。


『この程度か、この程度なのか。私が長年待ちわびた相手は。あの男の足元にも及ばないとは』


 こちらがリロードを行う隙にシュバリエが最接近。

 リボルバーを格納し、マチェーテで迎撃。何度か斬り合うが、出力でも負けている。

 ランスの振り払いで後方へと飛ばされた。


「く……ッ! このままでは……!」


 ――待ってますから……!

 ルグドーの言葉が脳裏をよぎる。

 ホシは覚悟を決めた。


『これほどに呆気ないものとは。失望したぞ』


 シュバリエがランスの先端を向ける。内蔵された砲身がこちらに向いた。

 どの対処方法をしても次の手は防げない。詰みと言っても差し支えなかった。

 砲撃が来る。

 ホマレ・ノマドの左腕が吹き飛んだ。


『終わりだ、リベレーター!』


 次は刺突だ。

 ランスがコックピットを貫通する――刹那。

 ホシは機体をシュバリエの右側面に回り込ませた。


『何ッ!?』


 すぐに横薙ぎが来るが、それを下方へ回避。

 マチェーテで両足を叩き斬る。


『そうか、重量が減ったか!』


 肉を切らせて骨を断つ。

 左腕をなくしたことでホマレ・ノマドの機体重量が軽くなった。

 その分、速度が上がったのだ。


『だが、それでも!』


 シールドが投げられる。それをホシは弾いた。

 ダイレクトコントローラー・カタナで。


『ええい!』


 突きをマチェーテで受け止める。

 その分の負荷がカタナにかかる。ホシはそれを右手で耐え、受け流した。

 バランスを崩したシュバリエの右腕を切り裂く。

 そのまま体当たりし、殴りかかって来た左腕へ突きを合わせ、下へ蹴り飛ばした。


『バカな……!』


 落下したシュバリエが川を飛び石のように跳ねていき、浅瀬で停止した。

 ゆっくりと機体を下降させ、行動不能になったシュバリエの前に立つ。


「リベレーター……その名を知っているのか」

『殺すがいい……!』


 ホシはダイレクトコントローラーをパネルへ戻した。

 連動してホマレ・ノマドもマチェーテを左腰に戻す。


『な、なぜ……!?』

「殺す理由が見当たらない」

『どういうことだ……いったい何を言って……!』

「誉れがない」

『ほまれ……? 誉れだと!!』


 目に見えて相手が激昂する。


『あの男もそうだった……! 誉れがなんだのと……!! 私のことをバカにしているのか! どうして殺さない!?』

「お師様か……」

『いいだろう! 私は諦めない! 生きている限り何度でもお前を、お前たちを襲うぞ!!』

「好きにするといい」

『何ィ!』

「何度でも相手になるぞ。私や、私の仲間が」


 告げると相手は放心し、項垂れた。

 通信をオフにして、ルグドーの元に戻る。

 手を振ってホマレ・ノマドを出迎えてくれた。


「待たせたな」

『いえ、全然!!』


 端末越しに聞こえるルグドーの顔は喜びにあふれている。

 その姿を見て、ホシも笑みをこぼした。



 ※※※


 

 ルグドーは定位置であるシートの後ろに戻っていた。


「大丈夫だったか?」

「ボクは平気です。けど……」


 サブモニターに映るホマレ・ノマドの全身図では左腕が赤く染まっていた。

 エラーメッセージが複数見える。意味がわからない単語がいくつも表示されているが、良くない状態ということはわかる。


「こうなっては仕方がない。戻ろう」

「戻る? どこにです?」

「修理にな」


 


 それからしばらく移動の日々が続いた。これまでは街に立ち寄って、トラブルを解決し、また移動の繰り返しだったが、今回は可能な限り人里へ接近しないように移動していた。

 戦闘を極力避けて、目的地に向かう。

 順調に進んでいるように思われた。

 森で大型機甲獣の群れに遭遇するまでは。


「迂回します……?」

「そうしたいのは山々だが」


 ホシはサブモニターを険しい表情でチェックする。

 機体状態が芳しくないらしい。

 左腕を失ったことで、これまで蓄積していたダメージが一気に噴出したのだ。

 最低限のメンテナンスを受けていればここまで酷くはならなかっただろうが、ホシはずっと拒否していた。

 その理由を、ルグドーはそれとなく思い当たる。

 ダイレクトコントロールシステム。

 そのシステムを衆目に晒すのが嫌だったのではないか。


「安全を考慮すれば、突破は危険か。迂回しよう」


 ホシが機体を転回しようとした矢先、バチッ、と左肩がスパークした。


「しまった!」

「うわっ!」


 スパーク音に反応し、機甲獣たちが集まってくる。

 ホマレ・ノマドはあえて前進した。

 その先の地形――崖下の広野の方が有利と判断したようだ。

 着地した瞬間、前に機甲獣が降ってくる。

 白いゾウだった。EGより巨大で、全長は30メートルほどだろう。

 ゾウは細長い鼻を振り回してくる。

 ホマレ・ノマドはマチェーテで受け流した。三度攻撃をいなし、攻勢に出るためホシがアクセルペダルを踏む。

 ホマレ・ノマドが駆ける――代わりにアラートがコックピットを反響した。


「何……!」


 小さな爆発音が響く。サブモニターに表示される左膝関節が赤くなっている。

 負荷に耐えきれず破損してしまったのだ。


「掴まれ! くッ!」

「わああああ!!」


 鼻の打撃をまともに受け、ホマレ・ノマドが後方へ飛ばされる。崖に激突し、寄りかかるように倒れた。


「無事か!?」

「はい、なんとか。でも」


 巨象はこちらを叩き潰さんと近づいてくる。

 このまま突進されれば、EGですらひとたまりもない。

 ホシは全方位にくまなく視線を動かした。逃げ場を探しているのだろう。

 だが、遠吠えが左右から聞こえた。

 白いオオカミ型だった。以前見た物よりもはるかに巨大だ。

 流石にゾウほどではないが、ホマレ・ノマドの半分くらいの大きさはある。 

 二体が崖上からこちらに睨みを聞かせている。逃げたら許さないとでも言うかのように。

 さらには崖下にも三体が降りてきていた。

 絶体絶命。

 ルグドーはそう思いかけてホシを見る。

 ホシはいつでもこちらの予想を上回る機転で状況を乗り越えてきた。

 今回もきっと。


「なんとかなります……よね?」

「……」


 ホシは押し黙ったまま、周囲の状況を確認している。

 そして、操縦桿から手を離した。

 ダイレクトコントローラーに手を伸ばすこともしない。


「ホシさん?」

「無理だな」

「え――」


 絶句する。今までそんなことなかったのに。


「安心しろ、ルグドー」

「ど、どういうことですか?」


 死地を前に矛盾したことを言い放つホシ。

 その答えはゾウの背後にある林から放たれた。


「任せるんだ、彼に」

「援軍――!?」


 林から緑色のコートを纏うEGが飛び出てくる。

 撃ち抜かれたオオカミ型が崖の下へと落下した。



 ※※※




「ようやく戻って来たと思ったら、お客様連れとはな。世話の焼ける」


 エンハンスドギアハンターを動かす男、ウィリアムは呆れた。

 が、すぐに思い直す。


「掃除が遅れたせいでもあるか。仕方ない」


 ハンターは緑色のステルス塗料を塗ったコートに、頭部にはハット型の防具が装備されている。前開きのコートからは、茶色に塗装されたアーマーとフレームが見え隠れしていた。

 フロンティア社の狩猟用量産機ハンターのカスタム機だ。


「数はそれなりか」


 本来なら狙撃で対処するところを、あえて林から飛び出て注目を集めた。

 護衛任務では如何に防衛目標から注意を逸らさせるかが大切だ。

 対人なら通用しなかったかもしれないが、対獣だと面白いくらいにこちらへ興味を向けてくれる。


「オオカミが邪魔だな」


 操縦桿のコッキングボタンを押す。連動してハンターカスタムが両手に構えるレバーアクションライフルのレバーが動かされる。

 薬莢が地面に落ちていく。ほぼ同時にオオカミ型が崖から転がり落ちた。


「こんなでかいの、久しぶりに見たな」


 照準を崖下のオオカミたちに狙いをつけながら、ぼやく。トリガーを引いて、発砲。コッキングという動作を三度繰り返し、狼の全滅を確認する。

 その間にゾウはこちらを向いていた。試しに一撃、その頭部へ放つ。

 すると、ゾウは鼻を回転させて銃撃を防いだ。シュールな絵面だが、笑う気にはなれない。


「面倒だな」


 と言っても、ホマレ・ノマドがあんな状態では離れるわけにもいかない。

 ウィリアムはハンターカスタムをゾウへ接近させた。鼻による迎撃を躱す、といきなり牙が飛んできた。


「聞いてないぜ」


 驚きつつも避け、左の操縦桿を動かす。

 ハンターカスタムがコートを投げた。

 ゾウの視界が塞がれる。が、器用にも鼻でコートを掴んで取り払った。


「したり顔か? 残念だが」


 次にゾウが見たのは、右目にライフルの狙いをつけるハンターカスタムだったはずだ。

 機械的な加工がされた悲鳴が轟く。

 ゾウが怯んだ。後は腰に備わるナイフでその首元をかき切るだけだが、


「頼んだぜ」


 さらなる絶叫が響き渡る。

 ゾウがスパークしながら横に倒れた。ホマレ・ノマドが片膝をついている。

 マチェーテがゾウの臀部に突き刺さっていた。


「連携は忘れていないようだな」


 そのまま会話を続けようとしたが、アラートが響いて上を見る。

 トリ型の機甲獣が接近していた。六機。


「なるほど。レバーアクションで早撃ちは難しい。だから勝てると思ったわけか」


 六体による同時攻撃を、ライフルでいなすのは難易度が高い。

 普通の狩りならともかく、傷だらけの仲間がいる場合は。

 ゆえに、ハンターカスタムの武器が変わった。

 ライフルを背中に戻し、右腰のホルスターにぶら下がるリボルバーを取る。

 同じような動作がコックピット内でも繰り広げられていた。

 ダイレクトコントローラーリボルバー。

 ウィリアムがリボルバーの引き金を引き、凄まじい速度で撃鉄を叩く。

 六羽のトリは瞬時に風穴を開けることになった。

 ファニングショット、と呼ばれる古代文明より伝わりし銃術だ。


『助かった。礼を言う』

「気にするな――あ?」


 普段の調子で話しかけたウィリアムの目が見開かれる。

 サブモニターに映るパイロットに変わりはない。想定通りの人物だ。


「ありがとう、ございます……?」


 その背後に立つ想定外の人物が、感謝を口にした。



 ※※※



 ホマレ・ノマドは、ウィリアムが操縦するハンターカスタムに抱きかかえられる形で山へ到着した。


「ここは……」

「フロンティア社のファクトリーだ」


 山肌が開き、道ができる。その中をハンターカスタムは歩いていく。

 まるで秘密基地のようだ。外から見れば何の変哲もない緑に溢れた山なのに、その中身は機械で彩られた工場だ。

 ルグドーのしっぽはぶんぶんと左右に振れている。わかりやすく興奮していた。


「なんか、ワクワクしますね……!」

「そういうものか?」


 ホシにはその興奮がわからないようだ。ハンターカスタムが作業用スペースにホマレ・ノマドを座らせる。

 ハッチを開けて、機体から降りる。座っている状態だったため、降下用ロープを使わずに降りられた。

 その先で、ウィリアムと対面する。テンガロンハットとダスターコートを身に着けた、黒髪で、髭を生やした男。

 どことなくEGと雰囲気が似ていた。


「ウィリアム」

「ホシ。変わってないな」


 ウィリアムはホシを吟味するように眺めて、


「いや、多少は変化したか」


 ルグドーを見つめる。ルグドーは反射的にぺこり、と頭を下げた。


「腕の修理とメンテナンスを頼めるか?」

「メンテ? 何言ってんだ。オーバーホールだ。一から組み直しだ」

「そこまでする必要があるのか?」

「そこらへんは相変わらずだな。他者の感情の機微には敏感なくせに、自分のダメージには疎い。EGには乗り手の性格が出るって言っただろ?」

「……わかった。急ぎで頼む」

「休暇と思ってゆっくりするんだな。ずっと探してるんだろ。あっちの成果もちゃんと出してるようだしな」

「あっち……?」


 ホシがルグドーに話しかけてくる。


「ルグドー。ホマレ・ノマドが万全な状態になるまでここで過ごすことになる。いいか」

「それは別に構いません。けど……」


 ルグドーはホマレ・ノマドを見た。ボロボロ、と言って差し支えないだろう。

 その原因は自分にもある。もしホシが二人乗りでなければ、この間の敵にも後れを取ることなく対処できたかもしれない。

 足を引っ張ってしまったのだ。でも、ホシについていくのを止める気はなかった。

 もっといっしょにいたい。

 そのためにやるべきことは。


「気がかりなことでもあるのか? もし、旅をすることに疲れたのなら――」

「差し支えなければ、なんですけど」

「遠慮するな。言ってみろ」


 意を決して、ルグドーは伝える。


「ボクを訓練してください!」


 少しでも長くホシといるため、するべきだと思ったことを。

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