第5話 誉れとは何か

 木々の中に隠れて様子を伺う。

 その姿は近距離からでも朧気ながらにわかる。

 もし相手が人であれば即座に看破されてもおかしくない。

 しかし相手は獣だった。機械で作られた動物。

 崖下には対人用サイズの機甲獣たちが群れを作っている。

 それをホシは見下ろしていた。ホマレ・ノマドの内側から。


「これで全てのようだな」

「わかるんですか?」


 ホシはパネルをタップしてサブモニターに機甲獣を表示させた。

 白いオオカミのような見た目で、赤い目を光らせて周囲を警戒している。


「現実のオオカミが群れるように、機械で再現されたオオカミも群れる。一匹狼もいないことはないが、そのような個体は得てして対処しやすい。前回君が出会ったクマ型よりもな」 

「確かにクマより小さいですし、頑張れば勝てそうです」

「備えがなければ難しいだろうが、普通は備えている。君みたいな例外は除いてな」


 ホシは姿勢制御ボタンを押した。ホマレ・ノマドが中腰から立ち上がり、木々に隠されていた姿を現す。

 と言っても、その全身は外套でほとんど隠れている。はっきりしているのはフードの中に煌めく青色の双眸だけだ。

 ホシは外套に覆われたホマレ・ノマドの全てを熟知している。

 対して、機甲獣たちは突如として出現したEGに対して臨戦態勢を取った。

 彼らはホマレ・ノマドの性能がわからない。パイロットが誰なのかも。


「動くぞ」

「はい!」


 ホマレ・ノマドがマチェーテを腰から抜く。跳躍し、小さなオオカミを切り潰す。

 まるで小虫を叩き潰すかのような調子で、狩りは滞りなく終了した。



 ※※※



 夜闇の中でも、ホマレ・ノマドが中腰になっているのがうっすらと見える。

 ルグドーは夜目が効く方だ。これも遺伝子操作された恩恵らしい。

 しかし例え見え難くとも、恐れることはない。


「待たせたな」

「いえ、とんでもないです」


 簡易テーブルの前で座っている状態ならば。

 人生において至上の喜びである食事の時間だった。

 今日は、というより今日もホシが調理した夕飯だ。


「……おいしそうですね」


 並べられた夕食を見て漏らした感想は、あまり喜んでいるようには聞こえない。

 しかしそんなルグドーの様子に気付くことなく、ホシは反対側へ座った。

 茹でた芋に、ビーフジャーキー。野菜の缶詰とスープ。

 栄養面で見れば文句なしの献立だ。

 味も素朴だがおいしくはある。たまに食べる分には何も問題はないだろう。


(でもまさか……毎食これだとは……)


 同じ材料でも調理方法を変えれば、違う食事ができる。

 スクラップヤードでも食材が豊富というわけではなかったが、毎食同じ料理が出ることはなかった。バルグは料理に関してかなりこだわっていたようだ。

 子どもたちにも調理番をさせて、いちいち口を出していた。

 

「いただきます」

「いただき……ます」


 出された以上、文句を言わずビーフジャーキーを口に入れる。

 素材を生かした味が口の中に広がる。昼間も食べた味が。


「どうして機甲獣を倒したんですか?」


 味に集中すると心が折れてしまいそうだったので話題を振る。


「放置しておくと人的被害が出る恐れがあったからな」


 それはわかる。が動機とは呼べない。

 つまり、本当の理由は。


「誉れだから、ですか?」

「そうだ。誉ったのだ」


 最初は意味がわからなかった誉れについても、ルグドーはうっすらとわかってきたような……気がする。

 茹でた芋をフォークで差して食べる。

 でも。


(こっちについてはわからないや)


 なぜホシは毎日同じ食事で平気なのだろう?

 まだまだ彼女の謎は多いようだ。





「そうか、知らないか。ありがとう」

「ここもだめでしたね……」


 アメリカ地方を統括する輸送拠点での聞き込みも空振りに終わった。人員や荷物の中継拠点であるここならば、各地に点在する街で直接聞き込みするよりも可能性が高いということだったが、ダメだったようだ。

 ルグドーはがっかりする。見つからなかったことも残念だが、一刻でも早くホシが安心するところを見たかった。


「スターダストエネルギーを補給できるんだ。無駄足ではないさ」

「そうですね」


 ホマレ・ノマドはSDスタンドにて補給を受けていた。

 通路をトレーラーや運搬用EGが動き回り、人間用通路にはビジネスマンが歩いている。

 展望フロアからそれらを眺める。物資や人、EG、輸送機がここに集まって、また多くの人たちがいるところへ羽ばたいていく。


「なんかすごいですね……」

「そうだな」


 同調したホシだが、彼女はじっと一点を見つめていた。

 人気のない場所にある倉庫。端末を取り出して情報を閲覧している。


「何か気になることでも?」

「あそこにあるのは不便だと思ってな」

「余剰在庫を向こうに置いてるのでは」

「ガードがいないのも変だ。まるで気にしないでくれと言わんばかりだな」

「考えすぎ……というわけではないですよね」


 ホシには経験がある。彼女が言うならそうなのだ。


「あなたがノマドという機体のパイロット?」

「そうだが、何か?」


 突然声を掛けられる。眼鏡をかけたスーツ姿の男性だった。


「従業員に聞いてね。変わったEGが運びこまれたと。燃料補給だけして機体はいじるな、なんて変なオーダーがあったとね。うちのスタンドは点検も料金に含まれているのに」

「潔癖症みたいなものだ。気にするな」

「実際、そこは気にしてない。ただその腕前に興味がある」

「……どういう意味だ?」

「おっと、別に正体を探ろうなんて腹じゃない。訳ありの奴はここじゃ珍しくないしな。単純にその実力がどうなのかってことさ。仕事を依頼するに値するかだよ」

「私は傭兵じゃない」

「傭兵かどうかは重要じゃない。戦って勝てるかどうかさ。子連れ、弟連れ? なんでもいいが、金はあるだけ得だろう。EG乗りならよくわかっているはずさ。不意に機体が壊れた時に金がなければ終わりだ。それで、強いか?」

「ボクが知る限り最高の人です!」


 声を大にしてルグドーが答える。


「それはいい。きちんと報酬は払うし、そうだな、さっきこうも聞いた。人を探していると。引き受けてくれれば周辺にその人物がいないか調べよう」

「……わかった。引き受けよう。内容は、拠点の護衛か?」

「目ざといな。期待以上だ。詳細なデータを送るから対処してくれ」


 男が立ち去った。さっきは思わずホシのことをプッシュしてしまったが、それで良かったのだろうかと不安になる。


「あ、あの……咄嗟に答えちゃったんですけど」

「構わない。好都合だ」


 ホシは送られてきたデータを閲覧する。


「ふむ……なるほど」


 ホシは何か理解したようだ。

 それをすごいと思いながらも、ルグドーはその思惑がわからない。


「行くぞ。まずは下見に行く」

「はい……!」


 いずれ自分もわかるようになれるかな。

 そんな風に思いながらついていく。



 ※※※



「エネルギー循環良好。補充率98%。各種動作不備なし」


 ホマレ・ノマドのコックピットの中で、ホシは機体状態をチェックする。サブモニターにはメンテナンスの必要アリという注意文が表示されている。

 が、あえて無視した。

 というより、無視するしかないという表現が正しいが。


「操縦桿のパフォーマンス正常。各種ペダル反応異常なし」


 ホマレ・ノマドには通常のEGよりも多くのペダルが備わっていた。

 通常ならばペダルは加速とブレーキ、上昇下降、サイドスラスターの4種類程度だ。

 しかしホマレ・ノマドにはターンペダルやダイアグナルペダルのようなものまで設置されている。

 その原因であるシステムを手に取る。

 ダイレクトコントローラー・カタナ。

 これのせいで、本来は操縦桿でできる方向変更をペダルでカバーしなくてはならなくなっているし。

 これのおかげで、ホシが持つ戦闘力をダイレクトに反映することが可能となっている。


「カタナタイプの連動システムオールグリーン」


 コントロールパネルに刀を戻す。

 今度は上部に備え付けられているデバイスへと手を伸ばす。

 白い拳銃の形をしたそれを、画面に向かって構えた。


『ホシさん、終わりました?』

「ルグドー。今終わった」


 外からルグドーが声を掛けてきた。

 拳銃型デバイスを戻し、コックピットハッチを開ける。下ではルグドーが手を振っていた。しっぽも左右に振れている。


「お食事にしましょう! ここの食堂を使っていいそうです!」


 心なしかルグドーが活き活きとしているように感じた。

 なぜだろうか? 栄養は普段の食事で足りてるはずだが。

 しかしその疑問を解消するのはもう少し先になりそうだ。


「食事は後にするとしよう」

「え? まだ何かあるんですか?」

「仕事が始まる」


 ホシは遠方に煌めく青い光を注視する。

 ワンテンポ遅れて拠点内に警報が鳴り響いた。



 ※※※



「いいか、手筈通りだぞ」

『わかってますよボス』


 カスタムEGディフェンダーを駆る女に応じる、部下の口調は気楽そのものだ。

 ディフェンダーは四角張った五体で構成された機体だ。

 黒塗りで統一された機体の数は全部で六機。それぞれがロールに応じて異なる武器を所持している。


「狙撃及び砲撃機は後方からの支援。タンクと囮が敵の攪乱。アタッカーが警備にとどめを刺す。もう一度頭に叩き込んどけ」

『言われなくてもわかってますよ。基本じゃないっすか』

「その基本を度忘れしてやられる奴が大勢いる。他の連中を見てみろ。損害なしで仕事をやってのけるのは我々だけだ」

『軍の訓練も無駄じゃなかったってことですかね』

「あいつらは気に入らないが、戦術に関しては学ぶところもあるってわけだ。敵は戦い慣れしてない警備用EGのみだ。素直な戦術でも――なんだ?」


 拠点から一機が突出してくる。

 セオリーを無視した行為だった。


『単騎で突撃してきますぜ。報酬を独り占めしたいのかな?』

「ならば現実を教えてやれ。戦いは一人では勝てないと」


 女はライフルの照準を黒い外套を纏う機体に向ける。

 狙撃銃にハンドガン、キャノン、サブマシンガンなどそれぞれの得物が敵に銃口を合わせた。

 すぐ終わるだろうという女の目論見は、


『うわッ!?』


 部下の悲鳴で崩れ去った。


「まだ射程外のはず! どういうことだ!?」



 ※※※




「ダイレクトコントローラー・テッポウ、動作不備なし」


 敵集団に接近しながら、ホシは拳銃型のダイレクトコントローラーを二丁拳銃にして発砲していた。

 引き金を引くごとにホマレ・ノマドが両方の手に持つリボルバーが吠える。

 マニュアル操作でオートエイムによるロックオン範囲外においても、精確な射撃を実現していた。


『スナイパーライフルがやられました……!』

『この距離でそんな威力があるのか!?』

『いえ、スコープと銃身を破壊されて……!』

『バカな!』


 繊細なパーツであれば、有効射程外でもダメージを与えられる。

 こちらの射撃武装が拳銃タイプだったため油断したのだろう。

 敵はセオリー通りに動いている。なら対策は単純だ。


「セオリーを逆手に取る」


 キャノン装備の敵が慌ててこちらを撃ってくる。が弾道は素直だ。

 一番回避が難しい狙撃銃を最初に潰したので、中距離までは簡単に詰められた。

 距離が近づけば回避難度も上がってくる。アサルトライフルやサブマシンガンなどの連射武装は、一撃の威力よりも命中率を重視した設計だ。


『一発でいいから当てろ!』

『なんで避けるんだよ!?』


 だとしても、銃口を見れば弾道は容易く予想できる。さらには敵の射撃には明らかな意図があった。

 誘導している。その誘導先がわかれば理想的な回避先も計算できる。


「タンクか」


 回避先にタンクが回り込んできた。左腕にシールドを持ち、ハンドガンでこちらを牽制してくる。ここで対処に手間取ればアタッカーかサポートにやられる。

 ホシは左手に持つテッポウの照準をタンクのハンドガンへ。

 もう片方をシールドの覗き穴へと向けた。


『ぐわッ!!』


 武装と視界を奪われたタンクが怯んだ瞬間、蹴りをシールドに放つ。

 壁キックの要領で後方へ方向転換した。追い込もうとしてきた二機へリボルバーを発砲。サブマシンガンは破壊したが、アサルトライフルを持つ隊長機は避けた。

 遅れて飛んでくるキャノンの砲弾を避けて、右手のテッポウ側面に備わるリロードボタンを押す。

 連動してホマレ・ノマドが左のリボルバーを腰に戻し、後ろ腰にある弾薬入れへと手を伸ばす。右のリボルバーを中折れさせて五つの薬莢を排莢。装填を開始しようとしていた。


『隙ができた! チャンス!』

『いや、待て!』


 隊長は止めたが、ソードを構えたアタッカーが接近してくる。

 ホシはリロードを中断して、未装填のはずのリボルバーの薬室を閉じた。


『えっ? うわああああ!!』


 敵の頭部を撃ち抜く。ホシが装備するフロンティア社のリボルバーは六連発。

 手品でもなんでもない。ただのブラフだった。

 正常な思考状態では簡単にわかる。しかし今、敵は混乱していた。

 だからこんな単純な嘘にも引っかかる。


『おのれ! だが、今度こそ本当に弾切れだ!』


 アサルトライフルを撃ちながらディフェンダーが接近してくる。ホシはダイレクトコントローラーの接続を解除し、操縦桿を握りしめた。

 ホマレ・ノマドがマチェーテを取る。弾丸を避けるように上下左右に機動しながら相対し、擦れ違い様にライフルを切り裂く。

 慌てて剣を取り出そうとした隊長機の背中に向けて後ろ蹴りを放った。

 バランスを崩した敵が重力に引かれていく。


「後は……」


 最後の標的に向けて飛翔する。ディフェンダーが砲撃するが、弾速は見切っている。

 左右に躱すだけで辿り着けた。キャノンを叩き切り、その首元にマチェーテを突きつける。


『降参だ……降参する……!!』

「まだスナイパーが残っている。やりようはあるんじゃないか?」

『無理、無理無理無理! 壊れたライフルとナイフだけですから!』

「なら武器を捨てろ」

『はい!』


 スナイパーが潔く武装解除する。

 ホシは下へと視線を向けた。

 隊長のディフェンダーカスタムがこちらを見上げている。

 ワンテンポ置いて両手を挙げた。


『降参だ。……どうすればいい?』



 ※※※



「数的有利の状況ではどうしても油断が発生する。プロでもな。口では油断するなと言いながら、心のどこかで問題なく対処できるだろうと考える。もちろん、敵が予想以上に強かった場合、相応の対応へ切り替えるだろう。それでもタイムラグがある。その一瞬が命取りだ。よく覚えておくんだ」

「勉強になります」


 ホシの講釈を聞くルグドーは、依頼主によって会議室のような場所に案内されていた。扉が開いて、依頼主……と、捕まった盗賊たちが入って来た。


「なぜ彼らを連れて来いと? 依頼の遂行はありがたいが、疑問は尽きない。戦闘はモニターしていたが手加減していたようにも見える。なぜだ」

「依頼を完遂するためだ」

「脅威の排除、つまり彼らの無力化が今回のオーダーだ」

「拠点の護衛を請け負った」

「イコールだろう」

「短期的に見ればそうだが、長期的に見れば違う」


 ルグドーは端末でデータを表示した。輸送拠点の全体図が映し出される。


「この輸送拠点が狙われた理由はなんだ?」

「そんなもの、考えるまでもない。このエリアに搬入される物資の管理はほとんどうちが担っている。輸入も輸出もな。そして物資があるところには、金も集まる」

「そうだ。考えるまでもなく、わざわざ拠点を襲撃するバカはいない」

「どうしてですか?」


 ルグドーが問うと、ホシはちゃんと説明してくれた。


「まず難易度の問題だ。拠点にはガードもいる。盗賊だけじゃなく機甲獣対策も兼ねてな。しかし拠点から物資を仕入れる業者の守りは薄い。護衛がいない場合もある。儲けとしては少ないかもしれないが、安全だ。イレギュラーも少ない。私のような、な」

「でも入念に計画を立てれば、できなくはないんですよね?」

「次の問題が肝だ。先程、彼はこのエリアの物資を管理しているのはここだと言っていたな。万が一、ここが破壊されれば物資の輸送が停止する。つまりこのエリアの生命線というわけだ。物資の中には生命活動に必要なものがたくさんある。そんなことをすればどうなるか」

「だから、まともな人なら襲わない……。一瞬だけお金持ちになっても、必要な物が手に入らなくなるし、いろんな人に恨まれちゃうから」

「そうだ。自分の首を絞めるだけだからな。それなら小さい盗みをたくさん働いた方がずっと得だ」

「じゃあ、この人たちはバカな人ってことで……ひっ」


 女隊長に睨まれる。ホシが庇うように前に出た。


「そうは思わない。連携は完璧だった。何かしらの訓練を受けていたな……軍上がりか?」

「そうだよ。脱走させてもらったけどね」

「プロというわけだな」

「あんたの前でそう名乗る自信はもうないが、そうだね」

「そんなプロがわざわざ狙う理由……リスクを遥かに上回るメリットがここにはある。そうだな」

「……何の話をしてる?」


 依頼主が眼鏡を動かす。

 ホシは全体図の一画を拡大した。人気のない倉庫だ。


「密輸してるな。密輸品はここか」


 依頼主の表情が険しくなった。


「普通の商品ならここまで隠す必要もない。となれば、考えられる物は一つ。スターダストだ」

「スターダスト……」


 ルグドーがスクラップヤードで偶然手に入れた、リアクターを精製するための結晶。

 セカンドアースが第二の地球として選ばれた理由。


「スターダストの取引には多くの制約がある。認められた企業しか採掘できず、リアクターへの加工も然りだ。年々需要は高まっているのに、産出量は減っているからな。今ではセカンドアースの切り札だ。他のアースではスターダストほど効率の良い資源を発見できなかった。セカンドアースとしてはその管理を徹底したい。そして、管理が厳しくなればなるほど値段は跳ね上がる」


 バルグがリアクターを何としても手に入れようとしていた理由だ。 


「スターダストが手に入れば、人生の大半を働かずして過ごすことも可能だ。それほど価値のあるものがここにあるなら、周辺住民に恨まれてでも襲う価値はある。手に入れた後、別のアースにでも逃げてしまえばいい」

「そうさ。その予定だった」


 隊長が首肯する。依頼主は慄く……かと思えば反応は薄かった。


「それで? 確かに密輸は事実だ。だからどうしたというのだね。軍にでも密告するのか?」

「密告するつもりはない。ただ、密輸は止めるべきだな」

「どうしてだ?」

「彼らが気付いたということは、既に何人かは気付いている。いずれ軍の耳にも入るはずだ。取締局がやってくる前に取引を止めた方がいい。正規ルートでもかなりの金額になるだろう」

「その点については一理ある。だが、彼らは?」


 依頼主が盗賊たちを見回す。ルグドーはその後の展開がなんとなくわかっていた。


「拠点の護衛として雇え」

「メリットは?」

「今の護衛よりも練度が高い。正規ルートでスターダストを取引するとなると、襲撃の頻度も多くなる。その腕前が役に立つだろう」

「なるほど。しかし、連中が素直に従うか?」

「それは彼らが何のために盗賊をしていたかによる」


 ホシに促されて、隊長が部下たちと目配せする。


「ただ幸せになりたかっただけさ。軍は利益を優先して……金を対価に不正を見逃したりしてた。そういうのが嫌になって脱走して、辺境に来て……いざ生活しようとしたら金に困ってね。気づけば盗賊になっちまった」

「ここでまともに暮らそうと思ったら、何らかの悪事に手を染めなければ成り立たない。我々と同じだと? そういうことか?」


 非難するかと思いきや、依頼主は同情的な反応を示した。


「別に同じだなんて言うつもりはない。むしろ私たちは嫌な奴だろう。勝手に逃げて、金に困って盗みを働いて、我ながらすごい嫌な人間だ」

「軍の横柄さには私も憤りを感じている。……もし我々の仕事を果たしてくれるというなら、こちらに何の文句もない。ガードの練度不足は現状の課題だからな。相応の待遇も約束しよう」

「こんなにうまい話があるのか?」


 依頼主との話がトントン拍子で続いた女隊長が困惑する。


「思い描くほど理想的とは限らない。困難も多くあるだろう。それでも挑戦する意義はあるはずだ」


 ホシの忠告を聞いて、隊長の覚悟は決まったようだった。


「わかった。お願いする」

「よろしく頼む。警備計画を立て直そう」


 契約が成立したところで、ホシが口を挟んだ。


「もう一つ提案だが、似たような境遇の盗賊を護衛として雇い入れ、業者による輸送にも護衛を貸し出してやれ」

「旨味があるのか」

「敵が減り、味方が増える。治安が良くなれば経済も活性化すると思うが」

「長期的に見ろ、と」

「アメリカ地方で一番余力があるのはこの拠点だ。一人勝ちで良いのは気分だけだぞ」

「その提案を受け入れよう。他に何かあるか? 提案や要望の類は」

「もうない」

「そうか。では報酬の話に入ろう。仮想通貨と現金、どちらがいい?」

「半々で頼む」


 提示された報酬を見つめて、てきぱきとやり取りしていく。

 そんな何気ないやり取りもルグドーは憧れた。


「それと、もう一つの報酬の方だが」


 緊張が奔る。今回のメインはそちらだ。

 依頼主はもったいぶらずに結果を伝える。


「調べてみたが、見つからなかった。影も形もないそうだ。考えるに、アメリカ地方を訪れたことはないんじゃないか?」

「そうか。ありがとう」

「ハズレですか……」


 ルグドーは肩を落とす。ホシは平然としているが、内面はどうなのだろう。

 彼女の気持ちについて考えていると、聞き捨てならない単語が聞こえてきた。


「増強計画を提案してくれたお礼だ。物資も持っていくといい。食料や弾薬は足りているか?」

「そうだな。弾薬と食料をお願いする。今、必要分を――」

「あの! 食料のことなんですけど」

「どうした?」

「も、もうちょっとバリエーションあってもいいと思うんです!」

「わかった。考えてみよう」

「ありがとうございます!」


 元気にお礼を言って思い改める。いちいち落ち込んでいられない。


「……最後に、一つ質問をいいか? なぜこんなにしてくれる?」


 依頼主が疑問を呈する。ルグドーはその理由を知っていた。


「誉れです!!」


 依頼主は目を丸くすると笑い始めた。しかしその笑い方に一切の邪気は感じない。気づけば隊長たちも笑っている。

 屈託のない笑顔に包まれて、ルグドーはホシと顔を見合わせた。





「うまくいかないこともあるんですよね?」


 調理器具を使うホシの背中に投げかける。

 三度、ホシが人々を取り成す姿を見た。ルグドーから見て成功率が100%でも、ホシからすれば違うのではないか。


「そうだな。今回は運もあった」


 ルグドーの問いを首肯するホシ。彼女は何かを茹でている。

 前方ではまたホマレ・ノマドが片膝をついて座っており、焚き火にちらちらと照らされていた。


「うまくいかなかった場合は……」

「都合の良いことを言ってみんなを騙した、悪い女がいたというだけだ」

「そんな言い方しなくても」

「私にできるのは、最善と思える方法を提案するだけだからな」


 すごいことをしているはずなのに、ホシはずっと謙遜をしていた。

 コロッセオで中継を見た時からそうだ。そんなホシの姿に、みんな惹かれたのだ。

 みんなのために淡々とすべきことをこなす。

 それこそが――誉れ。


「誉れについて、ボクもわかってきた気がします」

「それはいいことだ。だが、一つ、君は誤解をしている」

「誤解?」

「誉れとは人の数だけ存在するものだ。君が理解しつつあるものは、私の誉れだ」

「ホシさんの誉れ?」

「そうだ。だから……もし君が、誉れについて本当に理解したいのなら、見つけるべきだ。君だけの、誉れを」

「ボクだけの誉れ……」


 自分だけの誉れ。見つけられるだろうか。

 なんて想いを馳せていると、目の前に食事が出された。

 バリエーションが増えた食事。誉れについて考えることも大事だが、ごはんも生きる上で大切だ。

 一体どんな料理になったのだろうとうきうきしながら献立を眺めて、


「え――」


 絶句する。茹でた芋に、ビーフジャーキー。野菜の缶詰とスープ。

 夢にまで出てきた料理だ。主に悪夢でだが。

 硬直するルグドーの前に、どん、と何かが置かれる。

 調味料だった。


「君の言った通り、バリエーションを増やしてみた」


 得意げに言うホシ。


「味の変化がないと楽しめないのは道理だ。今まですまなかったな。これからは――」


 ルグドーは挙手する。


「ルグドー? どうした?」


 困惑するホシに対し、ルグドーは宣誓する。

 満面の笑顔で。


「これからはボクが調理を担当しますね! 食材の管理も!」

「待て、どうしたんだ。私は君に対し責任が――」

「いいですよね!?」

「あ、ああ……わかった……」


 強引に調理番へと名乗り出て、思う。

 ホシのことを少しずつわかってきたかもしれないと。

 いい面も、ダメな面も。

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