第7話 決意
「うまくいった……のかな?」
ソファーで横になりながら、ルグドーは独り言ちた。
今日はもう休んだ方がいい。
そうホシに言われて案内された部屋は、こじんまりではあるものの日常生活に必要な物は一通り揃っていた。
スクラップヤードで住んでいた部屋よりは上質だし、ホマレ・ノマドのコックピットよりも当然ながら快適だ。
でも、あまりゆったりはできていない。肉体的には休めているが、精神的には。
「ホシさん、まだかな……」
ドアを見つめる。
開く様子はなかった。
※※※
作業員とドローンがエンハンスドギアに纏わりついている。その姿はさながら人体にたかる羽虫のようだ。しかし人間なら鬱陶しがられる行為も、機体相手ならありがたい作業だ。
ホシが修復作業に入ったホマレ・ノマドを見上げていると、ウィリアムが近づいてきた。
「ダイレクトコントロールシステムをそこら辺の技術屋に見せなかった点は評価するがね。ボロボロになるまで戻って来ないとは思わなかったぜ」
「丈夫なパーツを指定した。……十分に役目は果たしてくれたぞ」
ホマレ・ノマドはまともなメンテナンスを受けずともここまで稼働してくれた。
ウィリアムは呆れたが、それ以上追及することはせずに話題を変えてくる。
「訓練な。なんで反対するんだ? 健気じゃないか」
「まだ子供だ」
「どこかの誰かさんが奴に戦い方を教えてとせがんだのは十歳だったか。あの子が何歳かは知らないが、それより年上に見えるな」
「その誰かには戦う理由があった」
「あの子にもあるんだろ」
「ただの気の迷いだ」
「随分強情だな。別にいいと思うがなぁ。身の守り方を教えるぐらいは」
「私には責任があるんだ」
「責任ねぇ。……お前ら、そういう関係なの?」
「どういう意味だ」
「まぁなんでもいいが、教えて損はないと思うぜ。今回だってなかなかヤバかったろ?」
「救援は想定していた。ファクトリーのテリトリーに入っていたからな」
「だとしてもだ。ずっとお前が守ってやれるわけじゃないだろう」
脳裏をよぎったのは妹の顔だ。ウィリアムがホシの肩に手を乗せた。
「戦い方を知っているから、戦いに生きなければならないわけじゃない。無理やり戦わされる兵士ほど、弱い兵士はいないからな。だが、今の世には機甲獣がいる。犯罪者もな。身に着けておいて罰は当たらん。そうだろ?」
反対意見をホシは持ち合わせていない。
ウィリアムの助言を受け、ホシの心は決まった。
ドアを開けると、ルグドーがソファーから飛び起きてくる。
「おかえりなさい! 今からごはんを――」
「戦い方を教えよう」
そう述べると、ルグドーがぴしりと静止した。
恐る恐るこちらの様子を伺ってくる。
「い、いいんですか……?」
「明日から始めるぞ。覚悟はいいか?」
「もちろんです!」
二つ返事でルグドーは了承した。
※※※
「射撃訓練、ですか」
施設内の射撃場に案内されたルグドーは少し拍子抜けした。
「不満か?」
「いえ、ただ意外だなって」
「なぜだ」
「それは……」
ホシがもっとも得意とするのは近接戦闘だと考えていたからだ。特に刀を用いた。
てっきり、刀での戦い方を教わるものかと。
「現代における戦いは射撃に始まって射撃で終わる場合がほとんどだ。近接戦闘術はそこまで重要じゃないんだ」
「え……は、はい」
とりあえず同意するが、正直何を言っているのかよくわからない。
他ならぬホシ自身の戦い方が、近接攻撃を重視しているようにしか見えないからだ。
「お前が言っても説得力ないんじゃないか」
後方から見ていたウィリアムに、思わず頷きそうになる。
が、珍しい物を見て中断させられた。ホシがムッとしている……ように見える。
「とにかく。射撃がこなせれば、大抵の相手は倒せる。安全にな。まずは銃を構えるんだ」
テーブルの上に置いてある拳銃を手に取る。ホシやウィリアムが使うリボルバーとは違う、小型の自動拳銃だった。
ルグドーは記憶を頼りに拳銃を片手で構える。
「その構え方ではダメだ」
「え……」
「誰の真似をしているのかは知らないが、両手で構えた方が反動を制御しやすい」
ホシさんです、とは言わないことにする。怒られそうなので。
「片手撃ちは相応の訓練を受けてからするもんだぜ、少年」
ウィリアムが口を挟む。ホシはルグドーの左手を拳銃のグリップに添えさせた。
「これが一般的な構え方だ。手ブレと反動を抑えられる。トリガーに指をあてるのは撃つ必要がある時だけでいい。暴発の危険性が減るからな」
そう言われても、少しブレてしまうような気がするし、これで遠くの的を射抜けるのかというと疑問が残る。
ホシはあんなに簡単に撃っていたのに。
と、ホシがルグドーの背後に回り、ルグドーの両手を包み込むように握った。
すなわち、背後から抱き着かれているような形に。
「うぇ!?」
「今は狙うことよりも、手ブレを抑えることに集中するんだ。弾丸を狙い通りに飛ばすためには、まず自身の――む? どうした」
ルグドーの鼻腔にはホシが昨夜に使ったシャンプーの匂いが入ってくるし、背中に当たる二つの膨らみは柔らかいし、耳元で囁かれる言の葉は心をかき乱してくる。
「心音がだいぶ早いな。初めての銃で緊張するのはわかるが、安全には配慮している。過度な緊張は怪我の素だ。まだ実弾も装填していない。安心しろ」
「安心……はしてます……」
「だが、鼓動が……」
ルグドーは必死に鼓動を抑えようとするが、心音の操作など狙ってできるものではない。
なぜだろう、と最近よく思う。似たような接触は何回かあるのに、まるで慣れる様子がない。
なんで……?
「ったく、俺は何を見せられてんだ? ホシ、まず手本を見せてやったらどうだ」
「そうだな」
ウィリアムの提案に従うホシが離れる。ほっとするが、相反する感情に気付いた。
(ボク今、残念に思った……?)
自己分析する暇もなく、ルグドーは下がるように言われる。
ホシは射撃台の前に立つ。慣れた手つきで拳銃にマガジンを装填。スライドを引きテストボタンを押した。
遠くで人型の的が次々と現れる。それを間髪入れずに撃ち抜いていく。
右腕、右肩、左腕、左肩。右足、左足。両脇腹……。
「それじゃ参考にならんだろ」
「……そうだな」
ホシはマガジンを排出し、台の上へ置く。再装填。
次に現れた的たちは全て頭部を撃ち抜かれて終わった。
「すごい……」
「あくまでも一例だ。これほどまでに速く対処する必要はない」
その鮮やかな射撃に見とれて、さっきの小さな疑問はどこかへと吹き飛ぶ。
代わりに別の疑問が湧いてきて、少し迷いながらも訊ねた。
「あの……どうして、急所を外したんですか?」
「ルグドー、君は……」
「い、いえ、殺すとか殺さないとか、そういう話ではなく、純粋な興味と言うか……まずかったですか?」
「そんなことはない。質問に答えよう。もし君がいきなり襲われたとしよう。何の脈略もなく突然に、素性もわからない相手に襲われた時、君はどこを庇う?」
質問に質問が返ってくる。慌てながらも考えをまとめて、自分の頭と左胸を順番に触った。
「頭と、心臓?」
「そうだな。それが一般的に急所とされる場所だ。他の部位なら直撃を受けてもどうにかなる場合があるが、その二つに直撃を受ければ、生還する可能性は極端に低くなる。最悪即死だ」
と言われて、合点がいった。
「そうか、急所以外の防御は疎かになるんだ」
「そういうことだ。戦いに不慣れな人間ほど、急所ばかりを意識する。他の部位に攻撃を当てやすくなるんだ。それはEGでも変わらない」
「ちゃんとした戦術、なんですね」
「それだけとも言えないがね」
ウィリアムは定期的に口を出してくる。
「茶々を入れるな、ウィリアム。とにかく……それが誉式銃撃術、そして、誉流活人剣の基本だ。私は、意味のない行為をしないように心掛けている。特に戦いにおいてはな。なぜなら……」
「誉れがないからですね! 尊敬します!」
ルグドーは目をきらきらと輝かせる。やはり、ホシはホシなのだ。
ルグドーが知らないことを知っているし、考えつかないことを考えている。
「そんな流派があるなんて知りませんでした!」
「そんなもんないぞ」
「え……?」
ウィリアムへ振り返る。彼はさっきからずっと呆れているように見えた。
「我流みたいなもんだ。俺が教えた銃技はそんな名前じゃねえ」
「ホシさんのお師匠さん……なんですか?」
「銃回りはな。射撃精度があまりにも悪かったこいつを――っと、怖い怖い。少年、君はまず自分の訓練を優先するんだな。ホシさんの機嫌が悪いぜ?」
「えっ? す、すみません!」
「別に怒ってはいない。実際に撃ってみるぞ。まずは射撃の感覚に慣れるところからだ」
応じるホシの表情は、少しばかり不機嫌のように見えた。
「つ、疲れた……」
部屋に戻って早々、ソファーへと倒れ込む。
射撃訓練の後は近接戦闘術について学んだが、ひたすら転ばされていた記憶しかない。殴りかかれば畳の上に寝かされて、蹴りに行けば畳で横になっている。
ずっとそんな感じで、勝てる気が全くしなかった。
ヨーグルトタウンで何もできずに倒されていた青年の気持ちがわかった気がする。
(やっぱり才能ないな……)
もしこれが強くなるための修業だったら、もう心が折れていたかもしれない。
けれど、
「勉強しなくちゃ」
ルグドーはソファーから身体を起こす。
これはついていくための訓練だ。だから疲れてもやる気には満ち溢れている。
「戦いは賢さ……だったよね」
強さとは力ではなく賢さだとホシは以前話していた。
だから知恵をつけるべく渡された教本を読む。まずはどれを読もうかと表紙を見比べて、
「戦争……?」
見知らぬワードに目が留まった。
※※※
「――お願いします! 私に戦い方を教えてください!」
少女は頼み込む。書斎にて正座をし、書物を読みふける男に。
和服を着こむ男の隣には刀が置いてあった。黒髪の男は振り返ることなく告げる。
「お前にはまだ早い」
「しかし、妹共々救ってもらった恩、今返さずしていつ返しますか!」
「恩義など感じる必要はない。お前は子どもで私は大人だ。大人が子を救うのは至極当然のこと。感謝など、いちいち述べてくれるな」
「で、ですが、私は――」
「一つ聞こう。誉れはあるのか?」
「誉れ……?」
男は立ち上がり、こちらを見下ろしてきた。黒笠を被ったため、表情は窺えない。
「そうだ。お前の、誉れ。――戦うための理由だ」
あの時の衝撃を、ホシは片時たりとも忘れたことはない。
機体を受領し、ホマレと名付けたのは、原初の気持ちを忘れないという意味合いもある。
(私の誉れは、まだ胸の内で燃えている)
刀の素振りをしながら、コンディションを確かめる。
我が刀は折れていない。
――迷ったらEGを見るといい。EGはパイロットと合わせ鏡だ。
機体の状態を見れば、パイロットがどんな状態かも一発でわかる。
かつて機体を受領した時に聞いた、ウィリアムの教え。
「……」
刀を振る手が止まる。ホマレ・ノマドは被弾箇所以外も相当なダメージを受けていた。
刀の刃を見下ろす。ホシの顔が反射している。
(私は問題ない)
自分の姿に不調は見られない。機体が傷ついたのはちゃんとした理由がある。
自身がダメージを負っているわけではない。自分はまだまだ戦える。
成すべきことを成せる。必ず妹を見つけ出す。
……どんな状態であろうとも。
素振りを再開しようとして、気配を感じた。
「ルグドー。起きていたのか」
「すみません。邪魔をするつもりは……」
「遠慮する必要はないんだ」
ルグドーは一冊の本を持っていた。タイトルは戦争と書かれている。
「戦争って、なんですか? 戦いとは違うものですか?」
「古文書だな。古代文明の記録だ」
「古代文明……地球の話ですか?」
「そうだ。地球の歴史の一つだ。かつての人々、我々の祖先は、戦争というものをしていたらしい」
「機甲獣と?」
「いや」
ホシは刀を鞘に戻す。
「人間同士でだ」
部屋に戻ったホシはルグドーと並んでソファーに座り、座学を始めた。
「私も詳しくは知らない。が、戦争とは、国家や人種、宗教、資源など複数の理由を掲げて行っていたものらしい」
「いろいろ聞きなれないんですけど、まず、国家って……?」
ホシはしばし考えて、
「人々の集合体とでも言えばいいか? そうだな、ヨーグルトタウンがあっただろう」
「はい」
「その規模を大きくし、結束を固めたのが国……というものかな」
例え話はルグドーにうまく伝わっていないようだ。
「うーん……? 街が大きくなったのが国ってことですか? でも結束って、そこまで結びつきは強くないような? 国のために戦ったんですよね? 普通、そんな風に戦えます? 街のために?」
「当時の人間はそうだったらしい。無理やり当てはめなくとも、そういうものだとだけ知っていればいい。何千年も前の話だ。覚えていなくても支障はない」
「はぁ。じゃあ、人種って言うのは? 人に種類があったんですか? ……ボクとホシさんみたいな感じですかね?」
「生まれだったり、肌の色だったりで区別をしていたようだな。私のような人間と君のような獣人の差とはまた違う。……地球が滅んだ時に消えたものもあるからな。私たちが本当の意味で理解するのは難しいのかもしれない」
ホシとて完全に理解しているとは言い難い。古代文明についての知見は、受け売りでしかないのだ。
「言語もいっぱいあったんですね。今は一つだけですよね?」
「そうだ。統一語だけだ」
「じゃあ、地球が滅んだから、戦争を止めたんですね」
「それは違う」
「え? けど……」
「君も知っているはずだ。その原因を。とてもよくな」
「あ……機甲獣」
機甲獣のせいで地球が滅んだ。
それは機甲獣のせいで戦争が止まったのと同じ意味を指す。
※※※
『最低限度の操縦はできるみたいだな、少年』
「教えられてましたから。戦うのは無理ですけど、普通に動かすくらいならできますよ」
ハンターの操縦席でルグドーはウィリアムに応える。かつて乗っていた作業用EGに比べれば大きいが、特別な操作を必要としない操縦ならお手の物だ。
貸与されたハンターの操縦系統は、作業用EGよりも複雑ではあるが基本は同じだ。
ホマレ・ノマドのようにたくさんのペダルも、ダイレクトコントロールシステムもない。
「これならボクにも操縦できます」
訓練場の中でハンターを走らせる。ウィリアムのハンターカスタムのような緑色のコートとハットはついていない。全身がオレンジ色に塗装された機体だった。
連携して狩猟する時に誤射を避けるため、あえて派手な色をしているらしい。
ハンターがジャンプし、パンチし、キックを繰り出す。
慣れた手つきで操縦桿を動かしながら、思い返すのは昨日の話だ。
――人類の歴史にはいつも戦争の影が付きまとっていた。何度も何度も戦争を繰り返していたらしい。そんなことをしても、大きく利益を得られることはほとんどない。最初はうまくいってたのかもしれないが、時代が進むにつれて不毛なものになっていたんだ。だけど、誰も止めることができなかった。やらなければやられると思ったから。どれだけ無駄だと心の中ではわかっていても、止められなかった。
打撃練習用の棒を手に取り、縦に振る。
右レバーで軌道を修正し、様々な角度から的を殴りつけた。
――そんな時に現れたのが機甲獣だ。機械の獣には人類の都合など関係ない。あらゆる勢力を平等に襲った。抑止力と呼ばれるほど強大な力を持った兵器もあったが、人相手の抑止が獣に通用するはずもない。無限に湧く獣には時間稼ぎがせいぜいだった。当時の対人兵器も、獣を狩るのに向かなかった。戦車はモグラに地中から襲われて、戦闘機は無数のトリに囲まれた。戦艦はクジラにへし折られ、戦闘ヘリはネコに忍び込まれた。
唯一まともに対抗できたのは狩猟用武器を持った生身の人間だ。獣を狩るには人型がもっとも適した形だった。
それで生み出された兵器。それが――。
「エンハンスドギア……」
ハンターは人間そっくりな動作を軽快に行っている。走ったり、止まったり。
物を持ち上げて、別の場所に移したり。
――世界は一致団結し、エンハンスドギアを開発した。
戦車のように硬く、戦闘機のように素早く、人間のように柔軟に動ける。
エンハンスドギアがあったからこそ、人類は地球を脱出し、セカンドアースへ辿り着くことができた。そして、移民するにあたって、戦争の原因となった文化を排除したんだ。どのアースにも国家はなく、人種はなく、宗教はない。獣人差別や経済格差、スターダストを代表する資源問題はあるが、それも戦争にまでは発展していない。
地球から脱出して以降、第三太陽系で戦争が起きたことは一度もない。
(じゃあなんで、あんな本があったんだろう)
覚えることがほぼない、慣れ親しんだEGの訓練はあまり身に入らない。
と、いきなり機体に衝撃が奔る。サブモニターは左肩に被弾した旨を伝えてきた。
被弾箇所が赤く染まっている。ペイント弾だ。
「な、なに!?」
『ぼさっとするな。考え事をしてる場合じゃないぞ』
「何するんですか!」
ルグドーはウィリアムに抗議する。搭乗機であるハンターカスタムがこちらに訓練用のライフルを向けていた。
『基本ができてるなら言うことはない。実践あるのみだ』
「な、無茶ですよ! まともに戦ったことなんてありません!」
『そう言えば敵が止まってくれるのか? おおなるほど、悪かった。別の奴を狙うから行っていいぞって? ……わかってるだろ?』
「そりゃ、そうですけど」
そんな風に親切な相手を敵とは呼ばない。
『機甲獣だって話を聞いちゃくれないさ。話が通じない奴とは、初めてだろうがなんだろうが、戦うか、逃げるかだ。生き残るためにはそうするしかない』
『待て、ウィリアム。まだその段階じゃ――』
訓練を見守っていたホシが割って入るが、通信が切れた。
オフにしたのだ。ウィリアムが。
『お前は、ホシと旅を続けたいんだろ? だから訓練なんて頼んだんだ。今のままじゃ足手まといだと思ったんだろ』
「そう、です」
ウィリアムの指摘は図星だ。否定する理由はない。
『その心構えは評価する。なにより、恩返しなんて理由じゃないのが好ましい。ちゃんと自分で戦うって決めた顔だ。そういうことなら、俺は全力で応援するさ』
「応援――うわッ!」
ペイント弾が機体の至近距離を通過する。
『さぁ始めるぞ。まずは避けてみろ!』
ルグドーはサイドスラスターペダルを踏む。操縦桿を右に押していたので、ハンターは右側にステップ移動した。が、動いた先で被弾する。
『初心者は利き腕の方向に逃げやすい。動かしやすいからな』
「そう言ったって!」
警告音が響く。ハンターを上昇させ左側に逃げたが、また被弾してしまった。
『意味もなく飛ぶな。意外な動きをしようとでも思ったんだろうが、ちゃんと考えないとただ意外なだけで終わるぞ。重要なのはどう動くかじゃなく、どう当たらないかだ』
着地し、改めてハンターカスタムを観察する。
棒立ちのままライフルを構えている。一撃は避けられるが、その先で毎回やられていた。
明らかに手加減している。なのに命中してしまっているのだ。
悔しい。
けど、それ以上に嫌なのは。
「置いてかれちゃう……」
厳密には、ホシが自分を置いていくことはないと思う。
だけど、そのうち耐えられなくなる。
ホシの足を引っ張る自分自身に。
『あいつには危ういところがある。お前も勘づいてるんじゃないか?』
ウィリアムの通信が身に沁みる。
ホマレ・ノマドがシュバリエと戦った時、自分がいなければどうなっていたか。
降ろすなんて手間がなければ、もっとうまく戦えていた。ルグドーにはわかる。
だって、ずっと――ファンだったから。
今もファンだから。
『いつかあいつにも助けが必要な時が来る。絶対にな。その時、お前はどうしたいんだ?』
「ボクは……」
強くなりたいわけじゃない。だって弱いことが悪いことだとは思えないから。
弱いなら弱いなりにやりようはあるとホシに気付かされた。
戦いもあまり好きじゃない。試合を見るのは好きだけれど、人が傷つくような戦いは嫌いだ。命のやり取りなんてもっと嫌いだ。
でも、それ以上に嫌なのは。
自分がなりたいのは。
「ボクは――ホシさんを助けられる人間になりたい!」
無理難題とはわかっている。でも、知ったことじゃない。
だってそうなりたいのだから。無理かどうかなんて些細なことだ。
ルグドーはアクセルペダルを思いっきり踏む。そして、操縦桿の操作に集中した。
『いい覚悟だ』
ハンターカスタムが射撃する。それをまず左に避ける。次に右。また右に避けて、今度は左。
目指すのはハンターカスタムに接近すること。近づけば近づくほど回避難易度は上がる。
それでも、障害物がない状況で、遠距離武装を持つ相手に対処するためにはこうするしかない。
『そうだ。今の状況では逃げられない。なら、どうにかするしかない』
相手の銃口を見る。EGの弾は人間用の弾丸よりも空気抵抗に強い。風にも流されにくいため、その銃口を見れば軌道を予測しやすい。射撃訓練の時にホシとウィリアムに教わった。
回避先で命中するように感じたならまた追加で回避する。
スラスターがオーバーヒートしないように注意しながら、最高速度を維持する。
何度か避け続け、ハンターカスタムが間合いに入った。
「ささやかでも、力になりたいんです!」
右操縦桿のトリガーボタンを押す。ハンターの右腕がハンターカスタムへ迫る。
が、避けられた。
しかしそれは予想している。
「このッ!」
左手を横に振るう。ハンターカスタムは待ってましたとばかりにしゃがんで避けた。
――近接戦闘は射撃よりも読み合いが命だ。一つのミスが致命傷に繋がる。
闇雲に攻撃を振るうな。相手の隙を狙うんだ。
しかし相手のミスを待つだけではダメだ。
こちらの動きに対応した結果、相手がミスをするように動くんだ。
「今だ!」
キックボタンを押す。中腰状態のハンターカスタムで前蹴りを避けるのは至難の業だ。
キックがヒットする。
が、両手で足を掴まれていた。ウィリアムはライフルを手放していたのだ。
「なッ――うわあああ!」
そのまま足を引っ張られて、体勢が崩れる。スラスターで復帰しようとしたが間に合わない。地面へ仰向けに倒されてしまった。
「ダメだった……」
相手の行動を読み足りなかった。ホシやウィリアムだったらまだ攻撃を繰り出していただろう。
落ち込むルグドーの耳に通信が入る。また指摘されるのかと思いきや、
『お前の勝ちだ、少年』
想定外のセリフが聞こえた。
ハンターカスタムがハンターに手を伸ばしてきている。
その手を掴んで体勢を戻す。
「どういうことですか?」
『武器を手放したら負けだと考えていたんでね。流石に初心者の、しかも丸腰相手に本気になったりはしないさ』
「それは感じてましたけど……」
『あの連携攻撃は良かった。足を掴まれた瞬間に腕で攻撃していたら、どっちが倒れていたかわからんぞ』
「でも、ウィリアムさんなら対処できてたんじゃ」
『そりゃ俺ならな。だが、そんじょそこらのEG乗りがそこまで的確に対処できるかどうかは怪しいぜ。なんせ、素手相手にライフルを使って、まんまと近づかれるような腕前だぞ』
「うーん……」
褒めてるのか自慢なのかよくわからない。確かにウィリアムの本来の実力なら、近づくどころか動く前に撃ち抜かれてそうだが。
でも、一応戦えるのはわかった。自信がついた気がする。ちょっとだけ。
『俺が相手だと手加減が露骨になっちまうな。適当な奴を見繕うか。もしくはオートモードで練習を――おい?』
べちゃ、と音がして、ハンターカスタムが汚れた。ハンターの手を掴んでいたままだったので避けられなかったのだ。
いや、避けようと思えば避けられたが、配慮してくれた……のだと思う。
『おいおい! 機体が汚れちまったじゃねえか! 何するんだよ!』
閉じられていた回線をオープンにしてウィリアムが文句を言う。
『敵はそんなことを聞いてはくれない。そうだったな、ウィリアム』
「え? 怒ってる……?」
聞こえてきた声音はそうとしか感じられない。
だが、通信相手は否定した。ハンターが一機、ゆっくりと近づいてきている。
『私は至って冷静だ。だが、最近はなかなか実力者と対決する機会がなかったのでな。腕が訛っていないか確かめたい』
『待てよ、お前が相手なら機体を変える! ペイント弾の掃除は大変なんだぞ!』
『時間が惜しい。……始めるぞ』
『待て、ホシ!』
静止を聞かずにホシが駆るハンターがペイント弾を撃つ。
凄まじい模擬戦が始まった。とても参考にはならないレベルの。
しばらく唖然と眺めていたルグドーだが、なんだかその様子が子どもの喧嘩のように見えて。
込み上げてきた笑いを、堪えずに吐き出した。
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