第6話 手紙
初代駐日本米国総領事
タウンゼント・ハリスより
ミスカトニック大学 考古学教授
ジェイムズ・コンラッド・アダムズに宛てた手紙
親愛にして尊敬すべき友よ。
とうとう、君との約束を守るべき時が来たようだ。
君とはかれこれ十年の付き合いになる。当時、私はニューヨーク市の教育局長で、フリーアカデミーの設立に向けて、東部のさまざまな教育機関と協議を重ねていた。中でもミスカトニック大学には、たびたび足を運んだものだ。頭の固い教授陣は私の頭痛の種だったが、なぜか、君とだけはうまが合った。特にアジア方面の国々に対する君の豊富な学識は、私の好奇心を満たしてくれた。
私が公職を辞して貿易商になった後、君の知識は、私にとってますます必要なものになった。インドや中国、それから南太平洋の島々を巡る日々の間にも、君との手紙のやり取りは続いた。私は現地で見聞きした珍しい風物や習俗を君に伝え、君は私の見聞を学識で裏打ちしてくれた。特に西インド諸島のセンチネル族に関する君の助言は、私の命を救った。いくら感謝してもし足りないほどだ。
君と最後に会ったのは、私が領事の任を得て日本へ赴く直前。ニューヨークのあるホテルのレストランだった。私が外国から持ち帰った、たくさんの土産話のなかで、ポリネシアのある島で見た、呪われた粘土版の話になった時、君の表情は心なしか引きつった。それはもしかして、こんな図案ではなかったかと、ホテルのメモにさらさらと、君は走り書きしてみせた。今度は私が戦慄する番だった。それはまさしく私が見た通りの図案だった。東洋の龍のようでありながら、魚や烏賊などの海棲生物をも思わせる。おぞましくも冒涜的な図案だ。
*
同じような図案は、実は世界各地で見つかっているのだと、君は説明した。アラスカやグリーンランドの少数民族、南太平洋の一部の部族、北アメリカの先住民族。それぞれ、ごくわずかにしか見つかっていない上に、発見された地域や年代があまりにもかけ離れているため、研究者たちもほとんど気づいていない。自分が気づいたのも、ささいな偶然からだった。
だが、粘土板の図案や、それが作られた時の状況は、調べれば調べるほどよく似ている。たいていはその地域に、大きな地震や噴火が起きた後で、現地の住民が不思議な夢を見る。そして憑かれたように粘土板などの作品(絵画や彫刻の場合もある)を制作する。作品の持ち主は海で亡くなる、というような怪談めいた話まで共通している。持ち主と一緒に作品がなくなるケースも多い。わずかに現存している作品は、「村の宝」「教団の本尊」などとして、個人で所有しないよう、慎重に管理されている。それでも時おり、不幸な犠牲者が出る。ミスカトニック大学にも2点ほど保管されているが、幸い自分はまだ今のところ、何も異変はない。
メモ帳の落書きを、指先でトントンと叩きながら、最後に君は警告した。
「いいかね、ハリス君。もしも今後、君が世界のどこかで、このような作品を目にすることがあれば、悪いことは言わん、ためらわずに破壊したまえ。死の呪いをこうむるのが嫌なら、ミスカトニック大学の収蔵品として私に送ってくれてもいい。なぜならあれは、当事国や合衆国だけでなく、この地上に住む生きとし生けるものすべてにとっての脅威であり、害悪なのだから。私にはわかる。この作品には、持ち主が死ぬ、ということ以上の何か、さらに邪悪な目的がある。さらに言うと人を海に引き込んで、何かをさせようとしている。死はその結果に過ぎないのだ」
到底、科学的な知見とは言えないがね、と付け加えて、君はこの話を締めくくった。
君の話でなければ、私は信じなかったであろう。いや、話を聞いた後でさえも、信じられないでいた。先月、この日本でまた、あの作品を目にするまでは。
幸いなことに、今回は作品の出どころ、つまり作者がはっきりと分かっている。売買のルートをたどり、可能な限り買い集めて、破壊するつもりだ。だが、それも私の目の届く範囲での話だ。捜索からもれてしまう作品については、この国の人々に委ねる外ないだろう。
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