第255話 単調なリズム



 戦闘が始まると、ケンシンさんとヨシノさんはお互いが離れた位置のまま、ドミニクシンジに近づき始めた。


「シンジ! 覚悟!」


 まずは、ケンシンさん。剣をだらりと下げた状態で、一歩一歩ゆっくりとドミニクに近づく。


 シュンッ

 シュンッ

 シュンッ

 シュンッ


 ヨシノさんは、ケンシンさんの斜め後ろから、「縮地」のスキルを使って、斜めにジグザグと姿を現して消してを、繰り返していた。


 ケンシンさんが「静」、ヨシノさんが「動」のスタイルで攻めるつもりみたい。


 だったら僕ができる援護は――――


「魔法陣!」


 ドミニクの頭上に5つの魔法陣が浮かぶ。ちらりと魔法陣を見上げるドミニクの表情に変化は見られない。あまり気にしていないようだ。


 ――――びっくりしろ!


 僕は、魔法陣を起動させた。


「爆音!」


 ドン!

 ドン!

 ドン!

 ドン!

 ドン!


 発動させたのは「爆音」という魔法陣。単に大きな音を鳴らす魔法陣だ。それでも、閃光を放たないスタングレネード閃光手りゅう弾ぐらいの威力はある。普通の人なら、しばらく間、ショックで身動きができなくなる。


 発動した瞬間、僕たちの側には「ばりあ」を張って、200デシベル以上の大音量と音の衝撃波から身を守った。


 乾いた小さな音が聞こえてくるけれど、ショックは感じない。ケンシンさんたちも、何が起きたか分かっていないようだけれど、小さな音がしただけなので、動きに乱れはない。


 効くかどうかは分からないけれど、ドミニクの「超能力」は一瞬の溜め――――集中が必要なようだから、かき乱すことができれば効果があるはず。


 案の定、音が鳴るのと同時に、ドミニクの体がビクンと小さく動いた。


「ケンシンさん、今です!」


 それまでゆっくりと近づいていたケンシンさんが、突然「縮地」のスキルを使った。


 ドミニクからは、いきなりケンシンさんの姿が消えたように見えたはずだ。


 右側からケンシンさん、左側からヨシノさんの攻撃が交差しながらドミニクを襲う。


 同時に、アンジェとエルが手をあげた。


 ドカーン

 ドカーン

 ゴォーーーッ

 ゴォーーーッ


 ドミニクの後方にはアンジェが光弾を放ち、後退できないように牽制している。エルはドミニクの上空にブレスを放ち、これも逃げ道を塞いでいる。


 カカキキンン


 重なり合った剣戟の音。右方と左方、両方からの同時に薙ぎ払われた剣戟を、いとも簡単に防ぐドミニク。「爆音」の影響が皆無、ということはないようだけれど、それを感じさせない。


 いったい、ドミニクのステータスはどれくらいなのか?


「鑑定!」


 僕はもう一度、「鑑定」スキルを使う。


 だけど…………ドミニクの力が表示されることはなかった。


 文字化け、というより「鑑定」スキルそのものが通り抜けていく感覚なので、僕よりも桁違いのステータスを持っているというのではなく、何かの「超能力」で防いでいるとは思うのだけれど…………


 いずれにしろドミニクが、僕たちより格下の敵ではないことは確かだ。


 悔しいけれど、ドミニクの「剣技」の腕前は、僕は無論、ケンシンさん、ヨシノさんより上だろう。アンジェでようやく五分になるかどうか…………



 その時――――



「シンジ!」


 大きく叫んで、ドミニクシンジの懐に飛び込もうとしたケンシンさんだったけれど、突然、後ろに跳んだ。


 シュッ


 何かがズレるような音。


 ケンシンさんが、ドミニクの「超能力」を使った攻撃を、避けたようだ。


 さすがケンシンさん。僕がヒントを簡単に伝えただけで、「超能力」が発動するタイミングをしっかり掴んでいる。


「その技は、この体で味わったでござる! ネタさえわかれば、脅威ではないでござる!」


 そして、連続して剣を振るい始めるケンシンさん。ヨシノさんも、左から右からと、ケンシンさんの間を縫うように短剣をドミニクにぶつけていた。


 僕には ケンシンさんが何かを狙っているのが、なんとなくだけれど分かる。


 おそらくその狙いは――――「パシュパラ・ストラ」を使った攻撃だ。


 ケンシンさんは、ホイミ―山脈で会ったときに僕が進呈したネオヒュドラの魔石を使って、異世人であるドミニク、いやシンジを倒せる「異世人特攻武器」を完成させたに違いない。


 ドミニクシンジとの実力の差は、ケンシンさん自身も分かっているはずなのに、真正面から向かっている。そして…………動きにも余裕があった。間違いなく「必殺」の武器を持っていて、それを放つタイミングを窺っている。


 やがて――――少しずつ、少しずつケンシンさんの攻撃が単調なリズムを刻み始めた。


 右、左、右、左、カキン、カキン、カキン、カキン…………

 右、左、右、左、カキン、カキン、カキン、カキン…………

 右、左、右、左、カキン、カキン、カキン、カキン…………


 ヨシノさんの攻撃も、餅つきの「合いの手」のように絶妙なタイミングで繰り出されている。


 ――――ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン

 ――――ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン

 ――――ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン


 二人の攻撃に巻き込まれるかのようにドミニクも一定のリズムを刻みながら動き出した。時折、「超能力」による反撃を行っているけれど、それすらもリズムの中に組み込まれている。もちろん、ケンシンさん、ヨシノさんともに、しっかり躱している。


『アンジェ、エル! 牽制は中断して』


『りょ』


『分かったわ』


 どうやら、ケンシンさんはドミニクを一定のリズムの動きの中に閉じ込めようとしているみたい。そのリズムに僕たちが合わせられないと、刻んだリズムが狂って、閉じ込めに失敗することになるからね。


 ケンシンさんたちの狙いは、わざと同じリズムで攻撃を繰り返すことで、突発的に行うリズムを外した攻撃を回避し辛くすることだ。


 おそらくドミニクも、ケンシンさんの目論見は気がついているんじゃないかな。振るう剣筋は、そのリズムにわざと合わせているような節も見受けられるからね。でも、その目論見を避ける必要がないと考えているのか、敢えて受け手に回っているみたい。


 ドミニクが作り出した「エリア」の中央で繰り広げられている三人の戦いは、まるで剣舞を見ているかのようだった。



 右、左、右、左、カキン、カキン、カキン、カキン…………

 右、左、右、左、カキン、カキン、カキン、カキン…………

 右、左、右、左、カキン、カキン、カキン、カキン…………


 ――――ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン

 ――――ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン

 ――――ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン


 三人が繰り広げる単調なリズムを聞いて、そして見て、頭の奥が少しボーッとする感覚を覚え始めた時――――



 カキン!



 突然、小気味よい音と共に、ケンシンさんの手から剣が弾き飛ばされた。



 ――――え? ミスした?



 一瞬、僕は目を見開いていた。


 そして、それはドミニクも同様だった。



 ▼▽▼▽



 side ドミニク



 右、左とリズムよく繰り出される攻撃を剣で弾き、あるいは躱しながらドミニクは、タイミングを計っていた。


 ケンシンの狙いなど、とうに見抜いている。単調なリズムの殺陣たての中に、本物の攻撃を紛れ込ます。


 もっとも、ケンシンも見抜かれていることを前提に、その「罠」に誘い込んでいるのだろうが…………


 今、ケンシンたちと自分が行っているのは、言ってみればタヌキとキツネの化かし合いのようなものだ。お互いが相手の土俵の上で戦っているように見せながら、その実、自分の土俵に少しずつ誘導していく。相手に気づかれることなく、自分の土俵に乗せた方が勝つ。


 そして――――ドミニクが気にしていたのは、ケンシンやヨシノの攻撃ではなかった。ミナト、エル、それとアンジェの位置関係だ。


 近すぎてはいけない。無論、遠すぎてもいけない。


 ケンシンは、まだ気がついていないだろうが、すでにこの場はドミニクが支配している。ドミニクの「土俵」の上にいるのだ。


 ――――さて、いつまで続けるつもりなのでしょうか、この茶番を……


 僅かにドミニクの脳裏に浮かんだ思いが、わずかに気を緩めたのか…………


 さっきまでと同じ動作で、ケンシンが薙ぎ払ってきた剣をドミニクが弾くと――――突然、その剣がケンシンの手から弾き飛ばされた。


 カキン!


 反射的に、飛ばされた剣に視線を向けるドミニク。



 ――――なるほど。さすがですね……



 そしてドミニクは、死角から放たれた短剣が自分の胸に吸い込まれていくのを、スローモーションとなった視界の中に捉えていた。


 そのやいばは確かに、闇のようなどす黒い赤色に光っていた。


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