第256話 突き刺さったパシュパラ・ストラ
side ケンシン(少し前)
「シンジ!」
懐に跳び込もうとしたケンシンは、
――――これでござるか!
咄嗟に、一歩後ろに跳び下がる。
さっきまで自分がいた場所、ちょうど胸のあたりの空間が「シュッ」と小さな音を立てた。
間違いない。今、
300年前のあの日――――四肢を失い地面に転がされたときの、突然襲った激痛の正体は、これだったのだ。
確かに、この不可視の攻撃を初見で躱すことは不可能に近い。だが、気配が分かれば話は別だ。知ってしまえば、発動のタイミングさえ分かれば、なんとかできる。
「その技は、この体で味わったでござる! ネタさえわかれば、脅威ではないでござる!」
ケンシンは、大声で叫ぶと、再び剣を振るい始めた。
一瞬、ヨシノに視線を送ると、小さく頷いたのが分かった。
――――よし。ここからは作戦通り、進めるでござる
ケンシンとヨシノは、あの「絶望の日」以来、300年以上の研鑽を積んできた。「
それも全ては、二人の家族を「石呪」の呪縛から解くこと。それだけを思い日々を過ごしてきた。
そして呪縛を解くために必要なこと、それはシンジを倒すこと。
しかし、今、ミナトたちからの援護も受けて
本当なら、「静」のケンシン、「動」のヨシノの二重攻撃が
――――やはり、
悔しいが、自分たちと
そして認めた上で、できること――――
ケンシンは、
それはまず、単調な攻撃を繰り返すことで、
とにかく必要なのは、「一瞬の隙」。それだけで良い。
おそらく、
だが、それでいい。
十分に備えさせた上で、さらに意表を突かせることができれば、それは確実な「隙」へと繋がるはずだ。
右、左、右、左、カキン、カキン、カキン、カキン…………
右、左、右、左、カキン、カキン、カキン、カキン…………
右、左、右、左、カキン、カキン、カキン、カキン…………
ケンシンとヨシノは、舞うようにその位置を変えながら、連続した剣戟を放ち続けた。
やがて、それが一定のリズムを刻み始める。
――――ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン
――――ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン
――――ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン、ドン、ドン、トトトン
…………いつしかケンシンは無我の境地に至っていた。
剣を振るう。弾かれる。剣を振るう。躱される。ヨシノと位置を変える。剣を振るう。弾かれる。ヨシノが後ろ向いたまま剣を薙ぐ。躱される…………
敵を欺くには、まず自身を欺く必要がある。ケンシンは無心になって、剣を振るい続ける。
そして――――永遠に続くかと思われるような剣舞の時間は、唐突に終わりを告げた。
!!!!!
緊張の中に訪れた一瞬の弛緩、それをケンシンが見逃すことはなかった。
カキン!
リズムを保ちながら剣を振るう。
飛ばされる剣に、反射的に視線を向ける
――――ここでござる!
剣を弾かれて体制を崩された様を装いながら、
ヨシノと共に、何百回、何千回と繰り返した訓練の通り、手を伸ばせば届く位置から放たれた
ケンシンが見ている光景がスローモーションになった。
そして…………
ゆっくりと、
▼▽▼▽
side ミナト
ケンシンさんの右手から剣が弾かれ、姿勢が崩れるのを見た僕が走り出そうとした時、倒れかけていたケンシンさんが左手を振った。
「え!?」
次の瞬間――――ドミニクの左の胸から
こ、これは…………ケンシンさんが勝った!?
「見たか! シンジ!!」
体勢を立て直し、仁王立ちになったケンシンさんが吠えた。
「くっ!」
跪いたドミニクは、胸に刺さった柄を握り、ゆっくりと引き抜いた。一瞬、激しく噴き出した血は、すぐに止まった。治癒系の力を使ったのだろう。ただ、口の端からは血が流れている。かなりのダメージを受けた。
ドミニクにゆっくりと近づいていくケンシンさん。その後ろにはヨシノさんが続いている。
「…………終わりでござる。シンジ!」
ドミニクの前に立ったケンシンさんが、言葉を絞り出した。横に並んだヨシノさんも冷たい視線をドミニクに向けている。
「その剣は、『パシュパラ・ストラ』。異世界で生まれた魂を持つ異世人のみを傷つけることができる武器でござる。『パシュパラ・ストラ』によってつけられた肉体の傷は治癒することができても、一度傷ついた魂は、二度と回復することがないでござる。よって――――お前は間もなく死ぬ、いや…………魂を失うことで輪廻転生の輪からもはじき出されることになるのでござる」
胸から引き抜いた「パシュパラ・ストラ」を握りしめ、顔を歪めるドミニク。
僕たちはケンシンさんたちに近づいた。向かい合う三人を横から見守る。
「……確かに、傷を塞いでも私の『生命力』が流れ出すのは止められないようですね。これが異世人特攻武器、『パシュパラ・ストラ』ですか…………」
「お前に殺された我が鬼族の恨み、今、ここに果たしたでござる!!」
「お師匠様……!」
そして、ケンシンさんは右手を突き上げた。
「これで…………ヒトミも、師匠であるヨシノの両親も、その家族も、ようやく300年の呪いから解放されるでござる!」
横では、ヨシノさんの瞳から大粒の涙が溢れた。
「……何か言い残すことはあるでござるか? 憎き仇敵とはいえ、一度は父と慕ったこともあるゆえに、聞いてやるでござる」
すると………突然ドミニクがフフフと小さく笑みを浮かべた。
――――?
僕は、その笑みに微かな違和感を覚えた。
この浮かべた笑みは敗者の笑みではない。何かを成し遂げたような笑み。
――――なんだ?
「…………あの時、あなたに言った言葉、覚えていますか?」
跪いたドミニクがケンシンを見上げた。
「言葉? 何の言葉でござるか?」
「真の絶望とは、希望があってこそ生まれるという言葉ですよ」
「…………」
ケンシンさんは答えない。何かを思い出しているようだ。
「あなたは今、私を倒すという目的を果たし、これで『石呪』に囚われた家族が解放され、再会できるという希望を持ったでしょう?」
確かに、一切の希望を抱いたことがない人に「絶望」という感情は生まれないかもしれない。希望を望むからこそ、絶望を感じるのだから。
でも………ドミニクが言う言葉は理解できるけれど、胸糞が悪くなる言葉だ。
「さっき教えたはずですが?…………私は確かにシンジですが、あなたの前に立ったシンジではないと」
ドミニクの言葉に、ケンシンさの顔色が僅かに変わった。
「ま、まさか…………呪いはまだ解けていない、というのでござるか?」
「フフフ、良い表情です。そう、希望を抱けば、絶望を知ることができる」
「な、何を言っているでござる!」
ケンシンさんはしゃがみ込むと、ドミニクの胸倉を掴んで引き寄せた。
「まさか…………お前はシンジではないのでござるか!?」
「さっきも言いましたよ。私はシンジだと」
そして――――だらりと腕を下げていたドミニクが突然、その手を振り上げた。「パシュパラ・ストラ」を握った手を。
ドミニクの胸倉を掴んでいたケンシンの胸に今度は、「パシュパラ・ストラ」が埋まった。
「け、ケンシンさん!」
「ばりあ」を張るまもない一瞬出来事だった。
しかし…………
「大丈夫でござる! ミナト殿!」とケンシンさんが手をあげて、近づこうとした僕を静止した。
「え?」
ドミニクが「パシュパラ・ストラ」を引き抜いたけれど、ケンシンさんの胸から血が流れだすことはなかった。
「言ったはずでござる。『パシュパラ・ストラ』は、異世界で生まれた魂を持つ異世人のみを傷つけることができる武器だと。この世界の人間である拙者を傷つけることは出来ないでござる!」
確かに今、「パシュパラ・ストラ」はケンシンさんの胸に突き刺さったはず。それなのに、痛がる様子もなく、さらに服の上から刺したのに、破れてもいない。
「パシュパラ・ストラ」が異世人特攻の武器だという意味が分かった。
「そう。このようにあなたをこの武器で傷つけることは出来ません。ですが――――」
そして、胸倉を掴まれたまま、ドミニクが僕を見た。その目が――――怪しく笑っている。
――――え? 狙いは…………まさか、僕!?
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