第92話 始まる暗躍
side ミナト
僕は賑わう王都を、アンジェ、エル、そしてひよ丸と一緒に歩いている。ルーは王宮で別の用事があるため別行動。来週行われる褒章の儀式に向けて、街中が一色になっている。すでに、各国からの来賓も訪れ始めているみたい。街を歩いていると、仰々しい一行に時々出会う。警備の騎士の人たちが一行を取り囲んでいるので、あれがそうなんだと思う。
そして、今日も師匠は留守だ。なのでギルドに出向いて、午前中から雑用依頼を受けた。
今日受けた依頼は、少し変わった依頼だ。内容は
「従魔」のスキルによって、きちんとテイムされている獣魔なら、テイマーの言うことには従順に従ってくれる。でも、ティムして日が浅い獣魔の中には、ちょっとしたことで興奮して暴れだすことがあるので、その念のためを考えた依頼みたい。
依頼主は、眼鏡をかけた少し細身の男性。名前はテレンスさん。黒ロープで体を覆っている。テイマーというより、黒魔術師といった感じの人だ。
「ミナト君だったね。今日は、よろしく頼むよ」
「はい。お願いします」
テレンスさんの後ろにいるのが従魔のブロンズウルフ。Dランクの魔獣だ。ウルフ系の中では珍しいと言われている。沈んだブロンズ色の立派な毛並みで、大きさは大型犬程度。大人しくお座りしているけれど、尻尾は振っていない。見知らぬ僕たちを警戒しているみたい。
一応、エルには気配をできるだけ消しておくようにお願いしている。エルは幻獣だから、魔獣の本能でそれを察知されると委縮してしまうかもしれないからね。
「この子が、今日の護衛をお願いするブロンズウルフのブロコだ。ラルゼの森の浅いところで怪我しているのを助けてテイムしたんだ。ただ、他の魔獣に襲われて怖い思いをしたせいか、ちょっと激しい動きをするものを見ると、怯えて吠え出してしまうことがあるんだよ」
「分かりました。僕たちは少し離れたところから付いていきますので」
「人や動くものに慣れさせるため、2時間ぐらい街中を歩こうと思っているから」
「承知しました。ブロコも街の人たちも、面倒がおきないように見守りますので任せてください」
今日の護衛は、一つはブロコが何かに驚いて急に暴れだした時、それを怪我しないように抑えること、もう一つは、周りからブロコにちょっかいや攻撃があった際、それを防ぐのが僕たちの仕事だ。
もちろん、テイムされている従魔はテイマーが必ず一緒に行動しなければいけないのでテレンスさんも一緒だ。基本、「従魔」のスキルで繋がっているので、ブロコはテレンスさんの言うことを聞く。なので僕たちは、あくまで万一の際の保険のようなもの。
テレンスさんの少し後ろを、僕とエル、アンジェとひよ丸がそれぞれ組になって、道の両側に分かれて付いていく。
いざとなれば、僕が「ばりあ」のスキルでブロコも、あるいは街の人たちも守る予定だ。頑張ろう。
「頼んだよ。じゃあ行こうか」
「はい」
そして僕たちの、初めての「散歩依頼」がスタートした。
「よし、その調子だ。怖くないだろう?」
「ワフ!」
テレンスさんは、しきりにブロコに声をかけ、ブロコもその都度、元気よく返事している。漂ってくる美味しそうな臭いにも、時折かけられる声にも、注意が散漫になることはなく、しょっちゅうテレンスさんの顔を見上げているブロコ。その姿は、飼い主との散歩が楽しいワンコみたいだった。
今のところ、ブロコが興奮するような様子はない。
時折、ブロコに視線を送っている人もみかけるけれど、従魔の姿が珍しくない王都では、怖がっているような人はいない。ブロンズウルフが珍しい魔獣なので見ているだけだろう。
それより――エルが注目を集めすぎている。
ひよ丸はヒヨコぐらいの大きさで、アンジェが抱えていることもあって目立っておらず、注目はされていない。でもエルは僕と一緒に歩いているから、子どもたちが寄ってくる、寄ってくる。
今回の散歩はブロコが人や街に慣れるのが目的だ。ブロコに注目が集まりすぎるとハプニングが起きやすくなる。なので、テレンスさんから、後ろで護衛する立場のエルが目立つことは、ブロコへ集まる視線も分散させることになるから問題ないですよ、と言われているからいいんだけれどね。
「ちゅう、ちゅう、ちゅう」
エルも注目されることが、今日の仕事の一部と分かっているので、楽しそうに鳴きながら歩いている。そして、しょっちゅう立ち止まって、寄ってきた子どもたちの相手をしていた。
こうして、ブロコはトラブルもなく、穏やかにテレンスさんとの散歩を続けた。そして、今回の散歩の折り返し地点になる広場に到着した。
「お疲れ様」
ベンチに座ったテレンスさんが、近寄る僕たちに声をかけてきた。テレンスさんの前でお座りするブロコも、散歩が楽しかったのか、その尻尾がゆっくりと振れている。
「お疲れ様です。散歩の方は、どうでしょうか?」
ニコニコしているテレンスさんの表情が結果を物語っているけれど、僕は尋ねてみた。
「うん、おかげさまで順調にいっているよ。今日一日でブロコも随分、周囲の環境に慣れてくれたようだしね」
「良かったです」
僕は、ブロコの前にしゃがんだ。
「ブロコ、楽しかった?」
「ワフ!」
尻尾を激しく振りながら、ブロコが返事をしてくれた。後ろについて歩いただけなんだけれど、僕たちにも慣れてくれたみたい。うん、可愛いね。僕は背負ったリュックの中に手を入れる振りをしながら、アイテムボックスからテレンスさん用とブロコ用の、それぞれの飲み物を取り出した。
「どうぞ」
「ああ、すまないね。君たちも休憩して良いよ」
「ありがとうございます」
テレンスさんは飲み物を受け取ると、ごくごくと一気に喉に流し込んでいた。
「ぶはーっ。生き返るね」
そして、テレンスさんは皿を出してブロコ用の飲み物を入れた。「ハァハァ」と舌を出すブロコに、「よし」と声をかけると、勢いよく飲みだす。
柔らかな日差しの中で、穏やかな公園の光景に心が弾む。
アンジェはテレンスさんが座るベンチの後ろで、ひよ丸を抱えて静かに佇んでいる。黒スーツに黒メガネをかければ、某スパイ映画に出られそうな雰囲気だ。エルもアンジェの横でお座りしている。ブロコには近づないようにしているみたい。僕たちも休憩しようかな。
そして僕がアンジェたちの側にいって、飲み物を渡していると突然、後ろから声がかかった。
「ほほう。可愛い魔獣がたくさんおる公園じゃの、婆さんや」
「そうですね、お爺さん。めんこい子ばかりじゃないですか」
振り向くと、そこには腰に手を当て杖をつく、お爺さんとお婆さんの姿があった。
「ちゅう?」
「ピヨ?」
飲み物を持ったエルとひよ丸が不思議そうな顔をしている。
「ほほお。賢い子じゃの。飲み物を手で持っておる」
「ほんに。それにお爺さん、冒険者タグをつけていますよ」
お婆さんの言葉に、お爺さんの目が丸くなる。
「本当じゃ。この国では獣魔が冒険者をしておるのか」
「いいじゃないですか、お爺さん。獣魔が冒険者をしていても。禄でもない冒険者の連中より、よほど賢そうな顔をしていますよ、この子たちは」
「そうじゃな。よく見れば、なかなか強そうな気配も漂わせておるの」
「そうですよ。お爺さんじゃ、このハムハムちゃんに軽く撫でられたら、明日にはお迎えがくることになりますよ」
「怖い、怖い。お迎えはまだ来て欲しくはないの」
「えっと……」
エルとひよ丸を見ながらマシンガントークを始めた二人に、何とか僕は割り込んでみた。
「おお、すまん。すまん。この子たちは少年の……?」
お爺さんがニコニコしながら僕たちの方を向いた。
「はい、僕の家族です」
「ふむ。可愛いハムハムにヒヨコじゃ」
そして、お爺さんがエルに近づいて手を伸ばすと――
「ちゅう!」
突然、エルは後ろにジャンプして、四つ足になって身構えた。警戒態勢だ。
「エル!」
僕の声に、ハッとした表情を見せたエルが「ちゅう……」と情けない顔に変わる。
「す、すいません。何かびっくりしたみたいで」
エルはどうやら無意識に立ち向かう姿勢を取ってしまったみたいだ。
「ほらほら、お爺さん。悪人顔だから、ハムハムちゃんがびっくしたんですよ」
「それはすまんかったの、ハムハムや」
一瞬、好々爺を装った敵かと思ったけれど、どこからどう見てもただのジジババだ。
「ここにおられましたか!」
その時、騎士の格好をした二人組が駆けてきた。
「ハオラン様、ユートン様、勝手に出かけられては困りますよ」
「おお、すまん、すまん。良い天気じゃったから、婆さんと散策をしようと思ったんじゃ」
「言ったでしょ、お爺さん。勝手に出かけると困らせるって」
「そうかもしれんが、勝手知らぬ国に来たのじゃ。せっかくだから、いろいろ見て回りたいじゃろ?」
「でもこれで帰ると、ご飯抜きかもしれませんよ?」
「何?奴らは年寄りを敬う気持ちはないのか?」
「三年前も、同じ事をしていますよ、お爺さん」
「そうじゃったかの」
再びマシンガントークを始める二人に、駆けつけた騎士も苦笑を浮かべながら見ているしかないようだったけれど、区切りがついたのを確認してから声をかける。
「お二人とも、そろそろお戻りいただけないでしょうか?」
「うむ。仕方ないの……」
そしてお爺さんが僕の方を向いた。
「少年よ、騒がせてしまい申し訳なかったの」
「いいえ……」
「また近いうちに会えるかもしれんの。その時は、ぜひハムハムたちと遊ばせておくれ」
「は、はあ……」
「では、まいろうか、婆さんや」
「まいりましょう、お爺さん」
そして、騎士たちと一緒にお爺さんとお婆さんは去っていった。
はあ。なんか、疲れてしまった。嵐のようなお爺さんたちだったなあ……
「ブロコ!どうした!」
二人の後姿を見送っている僕の耳に、テレンスさんの声が飛び込んできた。慌てて、ブロコのところに行くと……
ブルブルブルブルブル
はっきりと分かるぐらい震えているブロコをテレンスさんが、一生懸命撫でている姿があった。ブロコは目をむき出しにしている。
「どうしました!」
「ミナト君のやり取りを見ていたんだが、お爺さんが帰って行ったので、ブロコの方を向いたら、震えていたんだ」
慌ててブロコを鑑定すると、状態が「恐怖」となっていた。僕は急いでスキルを発動させる。
『治療!』
白い光がブロコの体を覆い――そして消えた後には、穏やかな表情に戻ったブロコの姿があった。鑑定してみると、「恐怖」の異常状態も解除されている。
良かった……
でも、なんでブロコは突然、恐慌状態に陥ったのだろう?さっきまで散歩は順調だったのに……
「さっきの二人」
その時、アンジェが僕に近づき呟いた。
「さっきのって、お爺さんとお婆さん?」
「そう」
「あの二人、危険な感じはしなかったけれど……」
「私も感じなかった。でも魔物や魔獣は本能で悟る。だからエルも反射的に身構えた」
え?さっきのエルの反応って、本当にお爺さんに向けてのものだったの?
エルに視線を向けると、エルは不思議そうな顔をしていた。
「本能で反射的に行動しただけだから、気がついていない」
なるほど。無意識の反応なら、そういったことがあるのかも……
「一応、気を付けた方がいい」
「分かったよ、アンジェ」
僕は特に感じなかったけれど、アンジェの警告なら覚えておいた方が良いだろう。
それにしても……
今、思い返してみても、ちょっと変わったお爺さん、お婆さんだったな……
▼▽▼▽
side ハオラン、ユートン
「ふふふ、面白かったの婆さんや」
「そうですね、お爺さん。王国に、あんな若者がいたんですね」
「それに気がついたか?」
「あのハムハムとヒヨコのことでしょう?」
「そうじゃ。あれは、普通のハムハムやヒヨコではないぞ。儂らでもちょっと手が出せん存在かもしれん」
「それは、あの少年、それと少女も同じでしょう」
「その通りじゃ。一応、探ってくれと言われたから、軽い気持ちで見に行ったが……どうやら本気で備えておく方が良いかもしれん」
「そういえば――」
褒章の儀式を前に、王国ではいろいろな暗躍が始まろうとしていた。
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