第91話 第二王妃の眠り病
side ミナト
師匠とは、昨日まで一週間、続けて訓練を行った。
毎日、同じ行動をただ反復継続し続けるのは、仮想空間で行ったスキルの練度回数を得るための修練が思い出され、結構、辛いものがあった。
ただ、幸いなことに昨日、ようやく成果が現れた。「火矢」の魔法陣を覚えられた!
いつものように炎を思い浮かべて、そして魔法陣を目に焼き付け、目を閉じて脳裏に炎を思い浮かべながら必死に探ると――突然「火矢」の魔法陣が浮かんだ。
なるほど。大切なのは、炎を思い浮かべる強さのことだったのか……
イメージが記憶を呼び覚ます、まさしくその通りだった。
「よし、思い浮かんだら『魔法陣』を描くんだよ。透明な線を忘れるんじゃないよ」
師匠の言葉に頷いて、脳裏に思い浮かんだ「火矢」の魔法陣を、「魔法陣」のスキルを使って描くと……
確かに、目の前に脳裏に思い浮かんだのと同じ魔法陣が描かれたことが分かった。透明で見えないけれど、僕の魔力と繋がっているのを感じる。
「よし、起動させな」
「サー!」
あらかじめ準備されていた的の正面に火矢が出現するよう、魔法陣を起動させる。そして、見事に目的の場所で現れた火矢が、的を貫いてくれた。
「やったー!!」
飛び上がって片腕を突き上げ喜んだ僕に、お茶会を中断して見つめてくれていたエルが「
こうして、僕はなんとか弱点克服に向けて、「第一歩」を踏み出すことができた。
▼▽▼▽
今日は、師匠はお出かけだ。王様の依頼を受けたらしく、五日ほど留守にすると言っていた。
師匠は、一週間で覚えられたことについて、センスがある、教えがいがある、と喜んでくれていた。依頼を終えて帰ってきたら、今度は他の属性の魔法陣の習得に取り掛かる予定だ。
もっとも、今の段階で僕が覚えられるのは、全て初級の属性魔法スキルだけだろう。中級以上だと、魔法陣の中身は10倍以上になるので手も足もでない。なので、最終的に「記憶」のスキルが得られるように頑張れ、と言われている。
「記憶」のスキルさえ得られれば、師匠が知る魔法陣は「全て伝承するよ」と言ってくれている。
なので、もちろん頑張るつもりだ。僕が死ぬまでに生えてくるかが問題なんだけれどね……
そして今日はルーと一緒に、王家御用達の立派な店を訪れている。来週に行われる予定の、褒章の儀式で着る式服合わせのために。
「ミナト様、すごくお似合いです」
ルーがキラキラとした目で僕を見つめてくる。
「そ、そうかな……」
僕は思わず頭の後ろを掻きながら、照れてしまった。
燕尾服のように背中の部分が長く二つに割れている黒い服は、胸元が大きく開いて片側に7つ、両方合わせて14個の大きな金ボタンが装飾されている。すごくカッコいい服なんだけれど、ちょっと気恥しい。これでマントがあれば、暗黒騎士のコスプレといった感じだ。
ちなみにこの衣装は3着目。このあと、まだ2着ほど試着が残っている。
まあ、同伴するルーが恥ずかしい思いをしないようにしたいから、我慢するけれど……姿見に映し出されたのは、とても自分とは思えない。某有名ファンタジーの映画に出演できそう。
もっとも、今回の褒章の儀式の主役は僕ではない。当然だけれど、決死の思いでリアナ島に渡ったルーが主役だ。僕は、ルーに連れられてきた解呪師という脇役のポジション。ルーは主人公ポジションを望まない僕の想いを知っているから、自分が矢面に立ちます、と力を入れていたし、王様もそれを認めていた。
ただ、ルーが王族を降籍して僕に嫁ぐことはいずれ民が知ることとなる。それにイーダ様の「宣言」も少しずつ広がっている。
また、僕自身、この世界で生きていく以上、隠れて生きることが難しいことは理解していたし、ルーやアンジェにも普通の生活を送って欲しいと思っている。だから、誰にでも見せつけるというわけではないけれど、力を隠し続けなくても良いかな、と思い始めていた。
そういったこともあって、今のうちに僕の顔見世をした方が良いだろうという王様の意見に従い、僕はルーと一緒に褒章の儀式に出席することにした。
「そういえば、儀式には外国からも大勢招待しているんだっけ?」
「はい。大陸内の各国へは全て招待状を出しております。さすがに別大陸は距離の問題もあるので出していませんが……昨年、停戦を結んだ帝国からも来賓が来られる予定になっています」
「大々的な式なんだね」
「はい。国外もそうですし、国内に向けても我が国が安泰であることを示す必要がありますから……」
ここ一年ほどは、王妃様の呪詛によって国内の
その危機が回避できたことを国民に大々的に知らしめることで、人々の心も明るくなり、国力全体を底上げできることを王様は狙っているみたい。その考え方は、良く分かる。
「そういえば、ルーの衣装はどうするの?」
「私ですか?私は、手持ちの中から選びます……すでに王族から離れた身ですから、あまり煌びやかな衣装は着られませんので。それに、ど、どんな衣装であろうと、み、ミナト様の隣に並び立つ以上に輝くことはできませんから」
恥ずかしそうに上目遣いになるルーを僕は思わず抱きしめそうになっていた。
「ごほん……仲睦まじいようで大変よろしいかと思いますが……ルーヴァ様、ミナト様にそろそろ次の衣装へのお着替えをお願いしてもよろしいでしょうか?」
次の衣装を持ってニコニコしながら、見つめ合う僕たちに声をかけてくる店員の人に僕たちは「「は、はい」」とハモりながら答えていた……
▼▽▼▽
side レドクーラカ(王宮の医局室)
「レドクーラカ様、ホイターバ教国、風土病研究所からお手紙が来ております。こちらになります」
「うむ。ありがとう」
執務机に座っていた王宮医師長のレドクーラカは、秘書の女性から
「ウォーラー殿か……」
昨年、依頼していた件についての返事だろうか……
レドクーラカは、机の引き出しを開けて細いペーパーナイフを取り出すと、封蝋を外して中身を取り出した。そして、一瞥する。
「こ、これは……」
驚きの表情を浮かべたレドクーラカは、先ほど手紙を持ってきてくれた秘書に声をかけた。
「スロポさん、今日、フット研究員はどこにいますか?」
「フット様ですか?少々お待ちください――今日は、S研究所におられます。こちらにお呼びいたしましょうか?」
「ああ、そうしてください」
レドクーラカが頷くと、秘書がフットを呼び寄せるため、伝令の騎士に声をかけに医局室を出ていった。
秘書を見送った後、レドクーラカは、椅子に座り直すと、もう一度、手紙を手に取った。そして今度は、同封されていた資料を含めて、じっくりと中身に目を通す。
■□■□
第二王妃パトリシアが「眠り病」の診断を受けて数年が立つ。
「眠り病」は、
ただ、「眠り病」は正確に言えば病気や呪いではない。「背が低い」のと同じように、その人が持つ遺伝子上の特徴、特性に過ぎない。病気や呪いではないため、「治療」や「解呪」のスキルで治すことは出来ない。背が低い、という特徴をそれらのスキルで治せないのと同じだ。
突然眠る、そして単に眠る時間が長い、というだけで致命的な症状ではないのだが、一度、眠ると自然に起きるのを待つしかない。耳元でどれだけ大きな音を出しても、体を必死に揺すぶっても起きない。そのため、栄養の補給回数がどうしても少なくなる。その眠る頻度と時間に規則性があれば、目覚めている時に次の起床時までに必要な栄養を摂取する、という方法も取れるが、「眠り病」にはそうした規則性がなかった。そのため、どうしても栄養の補給が減り、少しずつ衰弱していく。
この世界では、ミナトの世界で言えば点滴にあたるような、体力を回復させるスキルもある。ただし、そうしたスキルを使用することは安価ではない。魔道具の場合は、膨大な魔力が必要になるので以ての外となる。そのため、一般庶民の場合「眠り病」は、長い時間をかけて衰弱死に至る死病だった。
しかし、王族である王妃は、回復のスキルを使用することに制限がない。そのため、生命維持について大きな支障はなかった。ただ、いつ眠るか分からないため、王族としての務めを果たすことは難しく、症状が現れてからは、床に伏していることが多くなっていた。
王国でも数年に一度、現れるかどうかの、非常に珍しい症状だったため、これまで「眠り病」は医療の研究対象にはなっていなかったが、王妃が罹患したことで、専門の研究機関が設けられた。それが眠り病研究所、通称「S研究所」だった。
5年間の研究で、過去の文献などを探り、クォーター以下の特定の妖精族の血を持つ人族の女性に現れるのでは、という仮説を立てるに至った。そして、ある種の風土病ではないか、という推測の元、第一王妃が呪詛を受ける前の時点で、ホイターバ教国にある風土病研究所で妖精族の風土病研究を行っている第一人者のウォーラーに問合せを行っていて、今日、その回答が届いたのだ。
■□■□
「フット、どう思いますか?」
眠り病研究所で主任研究員を務めるフットが、執務机に座るレドクーラカの前に手紙を手にして立っている。
「はい、医師長。このウォーラー様の書簡は非常に興味深いと思われます。ここに書かれているギリー族に伝わる『眠眠病』が眠り病と言われても違和感がありません」
それは、風土病研究所に、眠り病の症状を詳しく書いて、似た風土病がないかの問い合わせに対して寄せられた回答だった。ギリー族という妖精族の女性に時折現れる「眠眠病」の症状が、口伝という形で伝承されていて、眠り病の症状とほぼ同じだったのだ。ただ、そのギリー族の生き残りは今はいない。
「そうですね。その症状が現れるのが高齢の女性、という部分を除いて、眠眠病と眠り病は全く同じ症状ですから」
「高齢の女性、という部分も、人族との混血を繰り返すことでその条件が変化した、という可能性は高いと考えられます」
フットの言葉に、レドクーラカは頷いた。
「ええ、私もそう思います。なので、ギリー族で眠眠病の治療として伝わっていたスリスリン草という薬草について、大至急調べて欲しいのです」
「承知しました」
「ただし、ギリー族が滅んでから100年以上が経っていて、スリスリン草がどういった薬草なのかが分かりません。ウォーラー殿からいただいた手紙に書かれていた「青い袋の中にある実」という部分がヒントになると思いますが……」
「はい。私が知る薬草の中にも青い色の薬草はいくつかありますが、『青い袋』という表現には一致しません。おそらく、今は薬草と認識されていない植物の可能性が高いかと」
「そうでしょうね。たぶん、眠眠病以外に薬効を持たなければ、今は薬草と認知されていなくても不思議ではないですからね」
数年に一度しか現れない非常に珍しい症状、それも伝染性がないと考えていられたため、眠り病に対する研究の記録はほとんど残されていない。そして、すでに滅んだ妖精族に伝わっていた疾患の研究の記録も皆無だ。伝承にしろ、よくこんな記述を見つけてくれたものだと、レドクーラカは遠く離れた地のウォーラーに感謝していた。
「王には、私の方から報告を上げておきます。とりあえず一週間を目途に、中間報告を貰えますか?」
「承知しました。全力を尽くします」
第二王妃パトリシアも、ソラーサと同じく民と共に歩む姿勢を見せ、国民から愛されていた王妃だ。フットももちろんその国民の一人だった。5年間、研究を続けて成果らしい成果を何も上げられずに心を痛めていたが、今、大きな糸口を掴むことができた。
フットは、勢いよくレドクーラカに一礼すると、小走りに部屋を出ていった。
第一王妃の解呪とほぼ同じタイミングで見つかった手掛かりに、レドクーラカは神の思し召しを感じ、机に座ったまま両手を握り、深く祈っていた。
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