第5話 魔法の訓練を始める



目を開けると、天井が見えた。木目調の天井だ。どうやら、ベッドの上で寝ていたみたい。自分の状況は、すぐに思い出せた。


ここが女神様が言っていた仮想空間か……


手を上げると体の感覚は失われていない。仮の肉体と言っていたけれど……動かしてみても違和感は感じなかった。


とりあえず起き上がってみると、ログハウスのような室内にいることが分かった。窓からは、外の風景が見える。深い緑色は、森の中にたたずむ小屋を連想させた。壁際には机と椅子があって、その上に、一枚の紙と横長のデジタル時計のようなものがあった。



■ 1年1月1日 12:10 ■



おそらく、経過時間がわかるように用意してくれた、カレンダー+時計だ。その他の調度品はなく、ドアが一つあるだけ。


ベッド、机、椅子、そして時計。


殺風景な部屋だけれど、この体は食事も必要ないみたいだから、これで十分なんだと思う。


机に向かい、置いてあった紙を手に取ると、スキルを使う際の情報が書かれていた。その内容は、最初に女神様から聞いたものとほとんど同じだったけれど、新しい情報もあった。


それは魔力について。


魔法系とかのスキルを使う際には魔力MPが必要らしい。魔力を使い続けて少なくなると、魔力欠乏症になる。命を失うことはないようだけれど、意識は失うみたい。


また、魔力は体力と同じように休むことで回復、そして、寝るのが一番回復量が多いと書かれている。また、ステータスやスキルのレベルアップ、あるいは、MPを使いきることで、使える魔力の量が増える。


それと、パッシブスキルをパッシブ状態にしておくと、常に魔力を使い続けるから注意が必要と書かれていた。魔力が少ない状態でパッシブ状態にすると、すぐに魔力欠乏症に陥りそうだから気をつけよう。


とりあえず、一度試した鑑定スキルを使ってみることにした。


『鑑定』と念ずると、ステータスが頭の中に浮かんできた。



種族:人(魂)

名前:湊

LV:-

HP(体力):-

MP(魔力):9

魔法力:G

攻撃力:-

精神力:G

防御力:G

素早さ:-

運:G


生活スキル:言語理解(LV1)、清掃(LV1)、料理(LV1)、灯り(LV1)


普通スキル:鑑定(LV2)、察知(LV1)、耐性(LV1)、治療(LV1)、転移(LV1)


パッシブ:-



なるほど。LV、HP、攻撃力、素早さのステータスが抜けているのは、魂だけで肉体が本物じゃないからだろう。


それと、言語理解、清掃、料理、灯りの生活スキルが、女神様が言っていた「標準セット」だな。たぶん。


お?……鑑定がLV2になっている。


女神様の前で1回、今が1回で、合わせて2回使ったから上がったのか……おそらく、今のMPが9ということは、仮想空間にきた段階でリセット、初期値が10で、鑑定スキルの魔力消費はMP1だと予想できる。


次のスキルレベルアップは、錬度が2回の倍で4回か……


一応、確かめてみよう。


部屋の中のいろいろなものを鑑定してみた。


【机】

机のようなもの


【椅子】

椅子のようなもの


【壁】

壁のようなもの


【シーツ】

シーツのようなもの


「のようなもの」とあるのは、たぶん仮想空間だからだと思う。あまり気にしないことにする。


よし、早速、ステータスを見てみよう……おっと、その前に……


イメージすれば良いのだろうから、自分を鑑定するなら、やはりあの言葉がふさわしい。


『ステータスオープン』


鑑定する、というイメージをしっかり持ちながら口にすると、ちゃんと表示された。やはり言葉が大事なのではなくイメージが大事ということだ。でなければ、会話の中でそうした言葉が出てくるたびに、発動してしまう。



種族:人(魂)

名前:湊

LV:-

HP(体力):-

MP(魔力):4

魔法力:G

攻撃力:-

精神力:G

防御力:G

素早さ:-

運:G


生活スキル:言語理解(LV1)、清掃(LV1)、料理(LV1)、灯り(LV1)


普通スキル:鑑定(LV3)、察知(LV1)、耐性(LV1)、治療(LV1)、転移(LV1)


パッシブ:-



鑑定がLV3になって、MPが5つ減っているのが確認できた。鑑定のスキルを、机、椅子、壁、シーツ、そして、もう一度自分にかけたから合計5回。ちょうど推論の通りだ。


問題は、MPが増えない限り、1日で成長させられるスキルに限りがある、ということだ。おそらく、使用するスキルによって、MPの消費量も違うはずだし。


錬度が倍加していくことを思うと、改めて、スキルのレベル上げがエグいのが良く分かる。


とりあえず、他のスキルもどんな感じか試してみるか……


その前に、一度、外に出てみることにした。どうせ、残りのMPでは大したことはできない。


部屋のドアを開けて外に出ると、そこは穏やかな風が流れる草原が広がっていた。かなり遠くに、森や山が見える。思い切り深呼吸をすると、見たことがない広さの草原からは草の匂いがした。


仮の肉体なのに……この匂いは本物にしか思えない。


一面に広がる緑は、前世で言えば、ちょうど5月頃のイメージだ。上を見上げると、雲ひとつない青空が広がる。緑と青のコントラストは気持ちを落ち着かせてくれる。


僕は、田舎で暮らしたことはない。都会っ子だったわけだけれど、コンクリートが一切見えない世界も悪くないな。


肌に感じる風も、漂う草の匂いも、そして頭上から降り注ぐ陽の光も現実としか思えず、ここが仮想空間であることを忘れて、しばらく立ち尽くしていた。


よし……そろそろやるか……


今度は転移のスキルを試してみる。本命のスキルだ。イメージは瞬間移動、って感じで良いと思う。うん。


とりあえず10メートルほど先の地点に、自分がいるイメージをしてみる。


心の中で『転移』と強く念じてみた。


………………?


何も起きない。


え?ダメなの?


ちょっと焦る。


何がいけないのか。


1.イメージが足りない

2.MPが足りない


どちらかだろう。


そう言えば、『転移』のスキルの説明では、レベルで距離と量が変わるんだったっけ。ならば、10メートルが長すぎるのかもしれない。


今度は、1メートルほど先のところでイメージしてみる。


『転移』


ふわっ


突然の浮遊感に思わず「おっ」と声が出た。今度は成功したみたいだ。一面草原なので分かりづらいが、後ろを見ると、小屋との距離が少しだけ離れていたから間違いない。


アニメとか映画の世界では、「転移」のイメージは、人がシュッ、と消える感じだけれど、今の感覚は「シュッ」じゃなくて「フワッ、グニャ」という感じだった。


第三者から見ると、どう見えているのかな……


まあ、いいか。とにかく成功したみたいだし。


それに――ついに僕も魔法が使えたんだ……!


「鑑定」も魔法だけれど、鑑定は簡易魔法、そして「転移」は本格魔法、って感じのイメージだから、嬉しさのレベルが違う。


もう一度だ。今度は元の位置に戻ってみよう。


『転移』


「うわっ!」


突然、小屋が目の前に現れたので少し驚いたが、今回も上手く転移できたようだ。


うっ…………


成功したことに喜んだのは一瞬で、唐突に気分が悪くなる。立っていられない。膝をつくと、世界が回っている感じがした。


目眩の症状……ああ、これが魔力欠乏症か……


えっと、確か外に出る前、残りのMPは4だった。自然回復はしていないと仮定して、2回の転移でMP切れなら、近くへの転移のMP消費はたぶん2か……


不思議と冷静に状況を分析できたが、意識は遠のいていった。


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