第4話 ハム助の転生を待つことにした


「だいたい決めました……一つだけ教えて欲しいのですが、転生すると何歳から始まるのですか?」


「基本的に10歳以上ね。赤ちゃんからスタートすると、生存するのに他者から影響を受ける要因が強すぎるから、ギフトを持ってても不自然じゃない年齢でお願いしているの。だから10歳以上なら、何歳でも良いわよ。

ちなみに、種族も選べるから。エルフはかなり長寿命だから、長生きしたいならいいかもね。けもみみが好きなら獣人、物が作りたいならドワーフ、その他、魔人、竜人なんかもあるわ。

さすがにドラゴン族や魔獣族は、あなたの場合、選べるのが人の中からになるからダメだけど。あと、一応言っておくと、性別も選べるわよ」


10歳以上か……やはり自分で身を守る方法は持っていないと、すぐに死んでしまいそうだ。


それと、ドラゴン族は選ばないから大丈夫。見た目、ヒト型じゃないよね。間違いなく。


長命種も遠慮しておこう。目立ちそうだし。普通に人族で良い。


とりあえず種族とかは、後で考えよう。まずは女神様に「転移」「耐性」「察知」「治療」「鑑定」、5つの普通スキルを選んだことを伝えた。


「あら、普通スキルを選んだのね。久しぶりに見たわ、その選択」


「やっぱり、ほとんどの人は、ユニークスキルを選ぶんですか?」


「ええ。今まで100人ほど転生者を見てきたけれど、ユニークスキル以外を選んだのは、あなたで3人目かしら……」


僕はユニークスキルを選ぶのが間違いだとは思っていない。自分としては、「波乱万丈」な生活を避けたかっただけだ。


「選んだスキルを見ると、戦うためのスキルがないわね。もしかすると、スローライフ希望しているのかしら?」


「うーん、そういうわけでもないんですが……まあ、戦いの人生は避けたかったというか……」


「ふふふ。あなたの人生だから何を選んでも良いのよ。気にすることはないわ」


女神様が、軽く笑った。


「ところで、転生したら、何かやらなきゃいけないことってあるんですか?例えば、魔王のような敵を倒すとかなんとか、転生の目的と言うか……」


「そうね、目的はあるわ。他の世界の魂を招くのは、最初に言ったように、この世界に刺激を与えるため。でも、魔王はいるけれど倒せとかはないわよ」


魔王はいるんだ……


「魔王は魔人族の王、というだけよ。あなたのイメージで置き換えると、世界の西側と東側の対立程度、の感覚かしら。今は表立って両者が侵略戦争を仕掛けることはしていないわ」


なるほど、「善悪」とは客観的なものではなく主観的なもの、という世界か……


「だから、あなたに世界の調整をお願いしたいのではないわ。簡単に言えば世界の停滞を防いでほしい、という感じかしら。無事に生き続けてくれれば、それでいいわ」


少し安心した。勇者召喚、といった感じじゃないから大丈夫だとは思ったけれど……魔王を倒す必要はないみたい。


「じゃあ、早速、スキルを授けるわね」


そして、女神様が手を振ると、5つの小さな、ピンポン玉ぐらいの大きさの光の球が浮かびあがってきた。


これがスキルか……


少し感動していると、女神様が手を振り、その球は、僕の胸に向かって飛んできた。


「うおぉっ……」


胸の中に、光が吸い込まれる不思議な感覚に、思わず変な声が出てしまった。


「ふふふ。気持ち悪かったかしら。みんな体に吸い込まれる感覚は驚くのよね」


そりゃ普通はそうでしょ。両手で体をペタペタと触ってみるけれど、何か変化があったようには感じられない。


「うん。上手くいったようね。試しに、自分に鑑定スキルを使ってみて。使い方は、自分を調べるイメージで念じれば良いわ」


念じるか……呪文じゃないのか。無詠唱で、どや!って言うのは無いんだろうな。


早速、イメージしながら「鑑定」と呟いてみる。



種族:人(魂)

名前:湊

スキル:鑑定、察知、耐性、治療、転移



キタコレ!


頭に文字が浮かんできた。まさに異世界って感じで、かなり感動だ。


「見えました!……あれ?HPとかMPとか、魔力とかは表示されないんでしょうか?それとも、そういったのはない世界ですか?」


「いいえ。あるわよ。でも、まだ鑑定のスキルレベルも低いし、あなたは死んだ状態だから、表示される内容は限られているわね。

それに、ここにいるあなたは魂の情報だけだから。そうね、あなたのイメージなら、魂をバーチャル化して肉体に見せかけている、といった感じかしら」


なるほど、自分の体と感じているのは、バーチャル化したイメージのようなもので、今は魂だけなのか……


改めて自分の体を眺めてみるが、服も着てるし、体の感覚もあるから不思議な感じだ。


「転生する体の種族とか年齢、性別はどうする?容貌、体型も、希望があれば可能な範囲内で調整するわよ」


「一応、聞いておきたいのですが、この世界で成人と見なされるのは何歳からですか?」


「そうね。国や種族によって違うけれど、人族ならほとんどの国が15歳からよ。ちなみにお酒とか喫煙の年齢制限はないわ。もちろん、あなたがいた世界の少年法、ってのも存在しないわね。犯罪を犯せば、年齢関係なく、犯罪の内容によって裁かれるわ」


なるほど。年齢が若く――例えば乳児からスタートする利点は、あまり感じられないな。王族とか貴族とか、生活環境によほどの庇護がない限り、穏やかな生活を送ることは難しそうだし。もちろん、目立たない異世界ライフを送りたい僕に、王族や貴族の地位は願い下げだ……


よし。


「じゃあ、普通の人間で良いです。男性で年齢は成人した15歳、体力がありそうな俊敏な動きができる体型で、見た目は目立ちにくい顔立ちが希望です」


エルフ、魔族、獣人とか、特別な種族はどう考えてもやっかいごとに巻き込まれそうだ。もちろん本心でいえば、見目麗しい顔立ちを望む気持ちもあるし、ハーレム願望がないわけでもない。でも、女性にモテすぎると、平穏な日々から遠ざかることになるのは間違いない。


目指したいのは、戦いに巻き込まれない安全で穏やかな生活だ。一時いっときの快楽や承認欲求のため、それ安全で穏やかな生活を捨てたくはない。できれば、モブの立ち位置でちょうど良い。


体型だけは、動きが鈍いと生き残る確率が減りそうだから、細身を希望したい。


「うーん、つまんないわね。本当にそれでいいの?世界に埋もれていきそうよ」


「それがいいんです」


何度も言うけれど、派手な華々しい人生は望んではいない。つつましく生きたいと思ってる。世界に埋もれて結構。ぜひそうなって欲しいものだ。


「あ、そういえば……」


僕は、突然、脳裏に浮かんだ疑問を口にした。


「何?」


「もし可能ならば教えて欲しいんですが、ハム助は今、どうなっているか分かりますか?」


「ハム助?ああ、あなたが飼っていたハムスターね。いいわよ。調べてあげる。ちょっと待ってね」


おそらく、もう生きてはいないだろうけれど……


「――――分かったわ。あなたの後を追うように、老衰で死んだみたい」


やっぱり……


今更だけど、ハム助を残してしまったことを考えると、心に痛みが走る。


……そうだ!


「もしかして、ハム助の魂も僕と一緒に転生することってできませんか?」


唯一の家族と言えたハム助が一緒なら、異世界も頑張って生きていける気がする。


しかし、女神様は首を横に振った。


「ごめんなさい。一緒に転生させることはできるし、希望は聞いてあげたいのだけど……ハム助は元の世界で、すでに転生しちゃったの」


そうか。残念だ……



――?



先ほどと同じように、ふとした考えが脳裏に浮かぶ。


もしかすると?……どうだろう?……聞いてみよう。


「ちなみに、ハム助が次の転生を迎えるまで待ってから、一緒に転生するのはダメでしょうか?」


なぜか、女神様が柔らかく微笑んだ。


「ダメじゃないけど……ハム助の転生先を調べてみるわね」


ふとハム助が、僕の指を掴んだような気がした。何かが繋がっているように感じる。


「えっと……あら、チンチラね。まあ近い種族に転生するのが基本だから不思議じゃないけれど……モフモフ感がアップしたわね。たぶん」


おお、ハム助はチンチラに転生したのか。チンチラはネズミの仲間だから、転生先に選ばれたようだ。良い飼い主と巡り合っていて欲しいが……


「チンチラの寿命は、ハムスターの何倍かあるわよ。寿命を迎えるまで生きると、10年以上になるけど待てる?」


10年以上か……確かに長い。何もせずに待ち続けるのは耐えられるだろうか……


「待つ間、冬眠とかさせてもらうことはできますかね?」


一応、妥協策を聞いてみる。


「冬眠?今のあなたは、魂だけの存在だから、活動を停止させておくことはできるわよ」


「じゃあ、ハム助が次の寿命を迎えるまで、そうしてもらえますか?」


「まあいいけど……でも、少しもったいないわね」


女神様はそう言うと、小首を傾げて考え始めた。


「そうだ。せっかく10年も待つのなら、私が場所を用意してあげるから、スキルの訓練とかしてみたら?スキルレベルが高いと、転生した時、すっごく楽に暮らせるわよ」


なるほど……スキルの訓練か……


スキルの説明を聞いた限りでは、高レベルのスキルを育てるのは、並大抵の努力では足りなさそうだったけど、集中して10年も取り組めば、ある程度は、育てることができるのかもしれない。


「どんな場所を用意してくれるんですか?」


「そうね……あなたが異世界で訓練するとしたら、どんなイメージかしら?」


うーん、どうだろう……


たいてい異世界への転移先は森のことが多いよな。で、狼とかを仲間にしたり、魔物や盗賊に襲われた少女を助けたり……


「そうですね。魔の森、って感じでしょうか?」


「緑がいっぱい、って感じで良いのね。わかったわ。自然たっぷりで、転移のスキルが訓練できるような広い場所を用意してあげるわね」


「ありがとうございます」


「ただし、他の魂を一緒にするわけにはいかないから、植物は魂の質が違うから作れるけど、人や魔物は作れないわ。孤独だけど一人で耐えられるかしら?」


完全に一人だけ、という生活はしたことがないけれど、孤独には慣れている。それに10年という「終わり」を目標にできる。大丈夫。


「たぶん、頑張れると思います」


「そう。スキルアップさせるのに必要な魔力とかは魂に連結させておくわ。

肉体も本物に近いものを準備するわね。本物じゃないから食事はとらなくても大丈夫だけど、魂の疲労はあるから、睡眠はとるようにしてね」


「はい」


なるほど。肉体はなくても精神は活動を続けるわけだから、その疲労は避けられない、ということか。睡眠って、その日の嫌なことなども、リセットする機能もあると聞いたことがある。寝ればスッキリ、という奴だ。


「じゃあ、さっそくだけど、仮想空間バーチャルスペースに送るわね。行けばだいたい分かるようにしておくから」


女神様がそう言うと、さっそく意識が薄くなっていくのを感じた。


「ハム助が次の転生をするときに迎えに行くわ。肉体がないから死ぬことはないけど、魂が削られないように頑張るのよ……」


魂が削られるとどうなるんだろう、と考えていると、いつしか意識は完全に消失していた……


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