第3話


 わたしが伯爵家から追い出されなかったのは王国民は10歳のときに教会で聖女(聖人)判定を受けるのが常識だったからだと思う。

 このときばかりは孤児たちも10歳前後とみられるものは教会へいくのだが……リリシュも庶子とはいえ国に届け出が出されていたため、お義母さまも無視はできないらしく渋々判定へ行くことに。


 かつて着ていたドレスを身につけ、体裁だけは整えさせられた。

 とはいえ……髪は痛んでるし、手は水仕事でがさがさ。とりあえず服だけ着替えさせられたのがまる分かりだ。

 たった、数ヶ月前のドレスなのに袖や裾が短くなっていた……それなのに腕周りや胴回りは大きくなっているってどういうこと?ちょっと、栄養が足りてないのかもしれない。


 「リリシュ……様はあちらの馬車にございます」

 「はい」


 お義母さまとは別の馬車で教会へ向かうらしい。わたしと同じ馬車は嫌だったのだろう……わたしだって息がつまる。難癖をつけられないよう必死に避けてきた相手と誰が同じ馬車を使いたいと思うか。


 ただひたすらジッと息を殺しているうちに……うとうと。

 あっという間に到着したようだ。見張りもいなかったし久しぶりに羽を伸ばして寝られたよ!えへ。


 聖女(聖人)判定は半年に1度、判定期間というのがあるらしく教会は多くの人で賑わっていた。判定期間は大体10日ほどあり、大きな街の教会で行われているんだって。

 神の像の前で祈りを捧げ、手の甲に聖女の紋様が浮かび上がったものは聖女、聖人候補として教会預かりとなる。年に数人候補が見つかるそうだ。



 大人しくお義母さまの後ろをついていき椅子に座る。

 荘厳な雰囲気の教会に見とれていると次々と子どもが個室に入っていくのが見えた。

 貴族の子は名前を告げると順番を早めてもらえるようだ……お義母さまはさっさと済ませて帰りたいのだろう。従者が伝えに行ったようだ……はぁ。教会にはあまりいい思い出がないからさっさと済ませたいのは同感だけど、横入りするのは気まずい。


 判定自体は個室で行われるようで、そこへ入れるのは司教と本人だけらしい。

 聖女(聖人)判定に関してのみ、賄賂など一切の厳禁とされ厳しく取り締まっているそう。

 

 わたしの番になったらしく、部屋へと案内された。


 部屋へ入ると司教様が水の入った器を持ち上げ


 「像の前で祈りを捧げ、こちらの器に両手を浸してください」

 「はい」


 言われた通りにすると聖女候補とよく似た紋様が右手の甲に浮かび上がったのだ。びっくりだよ、ほんと。


 「少々、お待ちを」

 「は、はい」


 司教様はさらに上のひとへ知らせにいったようだ。小走りで部屋を出ていった。


 「これが聖女の紋様なの?」


 手の甲に浮かび上がった紋様は見ようによっては花のようにの見えるし文字らしきものが書いてあるようにも見える。

 うっすら光を帯びているが痛くも痒くもない……


 「え、これずっと光ってんの?ランプいらず?」


 日中は役に立たない程度の光でも、夜などにいちいちランプを用意しなくていいのは便利かも……明るく感じたら手に布を巻くなり手袋すればいいし。いや、そもそもランプなんて使わせてもらえないからすごい便利だわ。


 「あ、消えちゃった」


 そんなことを考えていたのに光は消えてしまい、薄ピンクの紋様が残った。

 後に聖魔法を使うと紋様は光るとわかったが、残念ながらランプがわりにはならなかった……


 手の甲の紋様が微妙に違うとかで若干のいざこざがあったようだが、とりあえず紋様浮かび上がったのは事実だし、紋様が消えるまでは候補でいいだろうと決まったらしく、気付けばわたしは聖女候補になっていた。


 「リリシュ・ルーズ。貴女を聖女候補として歓迎します」

 「えっと……」

 「貴女には聖女候補として教会で過ごしてもらう必要があります」


 教会で過ごす……もう伯爵家で使用人をしなくていいのか。


 その後も年に数回は生家に戻れること、生家には支度金が支払われること、15歳までに手の甲の紋様が消えた場合慰労金が支払われ職や縁談の斡旋があることなど告げられた。


 お義母さまも同席していたが、これ幸いと教会に放り込むことを決めたのはいうまでもない。

 うん。中には教会に売るようなものだと渋る家もあるらしいからね。

 その時のお義母さまったら貴族のくせに表情が崩れまくって、追い払えるのが嬉しくて仕方ないって顔に出ていたっけ……


 「明日、こちらの書類をお持ちください。印のある部分にご当主の署名が必要です」

 「ええ。明日、この娘に持たせますわ」


 一度、準備のため家に帰される決まりがあってよかった。あのまま放り込まれたらお母さんの形見や荷物を持ってこれないところだった。え?支度金……お義母さまのドレスか宝石にでも変わったのでは?

 はぁ。教会か……聖女候補ってなにすんだろ。


 男神を崇める教会に聖人を女神を崇める教会に聖女が引き渡されるらしい。あ、神の像はきちんとふたつ並んでいたよ?

 この国では神は夫婦だったと信じられているため、本来はどちらの教会だろうと関係ないのだが、大人の事情というやつである。

 聖女、聖人候補たちは修行という名の奉仕として各地の教会に派遣されるのだが……必然的に王都やその近辺は貴族や豪商の親族たちで固められるため、聖女でも身分の低い出身者や問題児などが辺境に派遣される。


 その年は珍しく5人もの聖女、聖人候補が見つかったそうだ。

 1人しか候補が見つからなかったのなら王都に派遣されたかもしれないが、リリシュの年は5人もいた上……そのうちの3人が上位貴族や豪商の子、1人が辺境伯の子であった。

 それに今回の判定で候補となったのはリリシュと上位貴族のみ。あとの3人は半年前に候補となり、すでにそれぞれの家の力が及ぶ教会に派遣されていたようだ。


 次の日には教会へ……書類を確認後部屋へ案内された。本来なら家族との別れや準備のため5日ほどの猶予があるだがさっさと追い出されてしまったので教会側の準備が整っていなかったようだ。


 数日滞在した後、派遣のための調整が終わり辺境に派遣が決まったと聞かされた。


 つまり、リリシュは辺境伯の子がいない地区の辺境へ派遣されることとなってしまった。

 辺境は基本的に危険が多く、王都のようにキラキラした社交界とは程遠く泥臭い仕事が待っているため人気がない。

 しかも聖女候補の教育などろくにしてもらえないまま教本を数冊と向こうの教会で司教に渡すようにと書簡を預かり出発なんて……もう少しなんかあったでしょ!と思ったが、わたしには一切の反論は許されなかった。


 小さな鞄ひとつで王都から教会の馬車で揺られること半月以上……旅行気分なんて味わう余裕もなく、教本は何周目かが読み終わりほとんどを暗記し、お尻がとうに限界を迎えたころようやく到着した。


 辺境の街は……街というより大きな砦のような雰囲気で、塀には補修した後や焦げた跡が見受けられた。


 「はぁ、前途多難な予感がする……」


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