第2話


 はじまりは8年前にさかのぼる……


 リリシュは母と平民として暮らしていた。

 小さな家で身を寄せ合うように暮らしていたけれどご飯に困ることはなかったし、服だってお母さんが繕ってくれた。

 贅沢といえば月に1度のクッキーだったけど、それが当たり前の世界で私はちっとも不幸だなんて思ってなかった。


 たまに屋台でおまけをもらって……


 「お母さん!おまけだって!」

 「ふふ。じゃあ半分こね」

 「うん!」


 美味しいねって笑って食べたり……


 「お母さん!みてこの布すごくきれいだよ!」

 「おお、さすがリリシュ!見る目があるわね!」

 「えへへっ」


 お祭りの安売りコーナーできれいな生地を見つけて喜んだり……



 「リリシュ、今日はお勉強の日です」

 「ええー!今日はお母さん、せっかくのお休みなのに……」

 「いい?リリシュ。文字の読み書きが出来ると出来ないじゃあ将来が違うのよ?お母さんだって大人になってようやく覚えたんだから、子どもの頃に覚えておくに越したことはないわ」

 「……はーい」

 「そのかわり、頑張ってお勉強したら今度のお休みは一緒にクッキー焼きましょうね」

 「やったー!」


 そんな平凡だけど幸せな日がずっと続いていくんだと、なんの根拠もなく信じていた。


 でも、お母さんが体調を崩しがちになって、少しずつ起きていられる時間が少なくなって……お医者さんでも手遅れと言われ、教会は寄進とかいうのが必要でとてもじゃないけど払えなくて診てもらうことすらできなかった。



 「……リリシュ。ごめんね……どうか幸せになって」

 「お母さんっ!お母さんっ」


 あっという間にお母さんは私を置いていってしまった。


 お母さんの埋葬後、大家さんから来月まではこの家にいてもいいけど、その後は出ていかなければいけないと告げられた……ほんとは泣いて暴れて嫌だって叫びたい。でも幼いわたしにできることは少なかった。

 きっと孤児院に行くことになるんだ……親のいない子はそこへいくって聞いたことあるもん。せめて思い出のものだけでも持っていけるようかき集めた。

 あのときの布で作ってくれたリボン、お祭りで買った木彫りの置物、お母さんがいつも身に付けていた小さな石のついた髪止め……そうやって荷物を整理していると木箱からお母さんの手紙が出てきたのだ。


 内容はわたしを置いていくことを謝り、幸せになってほしいとあった。ふた月ほどなら暮らせるだけのお金を残してあること、そのお金が隠してある場所など……そして、ある人にリリシュのことを頼んだけれど迎えに来てくれるかはわからない。もし、ひと月以内に迎えが来なければ孤児院へ行くようにと書いてあった。

 そっか。あのとき頑張ってお勉強していなかったらお母さんの手紙を読むことも出来なかったんだ……また涙が溢れた。


 手紙にある迎えというのはよくわからないけど、ひと月は待ってみることにした。お母さんがそう書いていたから。

 それまでは周囲の大人たちが助けてくれた……今思えば自分たちだって楽な暮らしをしているわけではなかったのに、わたしから財産を奪ってしまうこともせず迎えがくるまできちんと世話をしてくれて感謝している。


 あと数日しかないし、そろそろ孤児院へ向かう準備をしていたところ……家の前に馬車が停まった。どうやら迎えがやって来たらしい。

 馬車から降りてきたのは煌びやかな衣服を身にまとった中年のおじさんだった。多分、お貴族様。


 「リリシュ。君は僕の娘だ。これからは我が伯爵家の令嬢になるんだよ」

 「あの……」 

 「ああ、遅れてすまないね。さぁ、一緒に行こう」


 そう言ったおじさんとわたしはそっくりの顔をしていた……あぁ、本当に父親なんだと納得してしまったのだ。

 どうせ孤児院にいくかこのおじさんに着いていくしかないのだ。

 ちょっと胡散臭いけれど、嫌な人だったら逃げ出そう……そうやってご近所さんに見送られ、小さな荷物とともに馬車に揺られついたのは豪華なお屋敷だった。


 お貴族様ってこんな大きな家に住んでるんだ……


 「お嬢様、こちらへ」

 「は、はい」


 お風呂に入れられて、貴族のお嬢様みたいなドレスを着て、髪を結われ食堂へいくと……おじさんにおばさんと青年を紹介された。


 「今日から一緒に住むリリシュだ!」

 「「…………」」

 「さぁ、家族が揃ったことだし食事にしよう!」


 どうやら奥様と息子さんらしい……

 奥様が私を睨んでいるし、息子さんはちらりとこちらをみただけで声もかけられなかったけど、ひとまず目の前のご馳走をお腹いっぱい食べることに集中した。食べることは大切なのよとお母さんが言っていたから。


 あとで知ったことだが、リリシュの実父はリリシュの母が働く食堂にお忍びでやって来て身分の差もあり断りきれず……妊娠。自身の死を悟り隠していた娘の存在を手紙で伝えたらしい。

 なぜ、実父が私を引き取る気になったかはわからなかった……だって8歳の時お母さんが亡くなり、突然現れた父親に引き取られ……その父も10歳になる直前に亡くなったから。

 父と過ごした時間はものすごく短い。引き取ったことで満足したのか、引き取ったこと自体が気まぐれだったのかはわからないが、顔を合わせたのも数えるほどしかなかったから。

 ただ、他人が見ても父とそっくりな顔つきだったので血筋が疑われることはなく、貴族として最低限の生活はさせてもらえた。



 父の葬儀後、義兄さまがすぐに跡を継ぎ、父がいた頃の貴族のお嬢様生活はあっという間に終わりを告げた。


 「今日から使用人部屋にいくように。それから屋敷から勝手に外出しないように」

 「……はい」


 後にも先にも義兄さまに声をかけられたのはこれだけだった。

 多分、義兄さまはとことんわたしに興味がないのだろう……関わるとお義母さまがうるさくなる程度にしか思ってないような雰囲気だ。あ、この呼び方はお父様に言いつけられたからだけど……そう呼びかけたことはまだない。


 その後は屋敷に閉じ込められ、使用人のように屋敷の掃除や洗濯などを任された……給金?そんなものはもらえなかった。食事は賄いを食べさせてもらえたので餓死はまぬがれたけど。

 お義母さまと義兄さまの前に姿を見せたら義兄さまはともかくお義母さまは何かしらいちゃもんをつけてきたり、嫌がらせされること必須だ。辛くても歯を食いしばり遭遇を必死に回避する日々を過ごした。


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