え、生け贄じゃなくて花嫁ですかっ?

瑞多美音

第1話


 ここはタンハーレ王国の王城にある中庭である。

 清々しいほど晴れ渡った空の下、あるひとりの女性が中庭の魔方陣のすぐそばで数人に囲まれお別れの挨拶をしていた。



 「リリシュ、おまえを誇りに思います」

 「はい、お義母様……」


 彼女はリリシュ。

 先日まで聖女と呼ばれ教会で奉仕していた女性だ……現在も聖女ではある。もうすぐそうでなくなるが。


 聖女の正装を身にまとい、薄い金の髪に薄茶の瞳をした彼女はとくに目立つ容姿ではなく、栄養不足と日頃の疲労、精神的不安が相まって顔は青白く……とても16歳には見えない。

 細い体は今にも倒れてしまいそうだ。健康的だったなら、可愛いらしい少女だっただろうがその見る影はない。



 なぜ、彼女が周囲にお別れをつげることになったのか……それは、リリシュのそばにある魔法陣が原因だった。



 ◇ ◇ ◇



 タンハーレ王国歴362年のある新月の夜……きれいに整えられた王城の中庭に突如、魔方陣が出現した。

 魔方陣が現れたときには雷が落ちたような轟音がし、夜中にも関わらず辺りが明るくなるほど光ったのだそうだ。

 当初は中庭に雷が落ちたのだと、誰もがそう思っていた。

 しかし、騎士が安全を確認しに行くと雷が落ちたにしては中庭に焦げた跡などは見当たらない。

 それでも細かく調べていくと……王妃の特にお気に入りの花が植えてあった花壇がまるっと無くなっており、かわりに地面に複雑な模様が浮かび上がっているのに気づいた。

 その模様は円形で騎士ふたりが両手を広げたぐらいの大きさであった。


 「む。これは……」

 「た、隊長っ!これって」

 「どうやら魔法陣のようだ……至急、魔術師団に連絡を」

 「はっ!」


 もしやどこからかの攻撃かっ!と警戒し魔術師団からも派遣され急遽、調査隊が組まれた。


 対外的には中庭に雷が落ちたため、立ち入り禁止とされたが、雷が落ちることなど滅多に起こらないため、雷を神の怒りと捉えて後ろ暗いことがあるものほど怯え神に祈ったそうだ。


 日夜、警戒体制の騎士と共に調査隊が魔方陣を調べた結果……どこかの国からの攻撃魔法ではないと判明。

 周辺国に我が国を含めこのような精巧な魔法陣を作れるとは思えず、間者からもそのような情報は届かなかった。

 そして、調査隊の魔術師たちは現在使用している魔法文字ではなく、かつて途絶えたとされる魔法文字なのでは?と文献、言い伝えなどを調べると………やはり、古代の魔法文字で書かれた魔方陣と推定され、さらに調査を継続し


 『数百年に一度、新月の夜に魔方陣が現れ、魔方陣が光ったとき、聖女を捧げれば以後数百年幸せに暮らせるであろう……』

 と書かれた文献を発見した。


 「建国以来、生け贄を捧げた記録などありませんよね」

 「はい……どうやら前回魔法陣が出現したのはタンハーレ王国建国以前の様です」

 「すぐに報告を」

 「はっ」


 国が変わったのだから魔方陣が現れようとも生け贄を捧げる必要がないなどと安易に考える訳にもいかず、今度は建国以前について書かれているものも含めて探すよう指示が……文献を探すのも容易ではなく、歴史研究者や文官など調査隊はどんどんと数を増やし、図書館の禁区や歴史書やおとぎ話にいたるまで調べることになった。


 そして……

 『魔方陣が現れてからふた月以内に生け贄を捧げなければ国が荒れることになるだろう』や『国に災いが訪れるだろう』

 『聖女または聖人には生け贄のしるしがある』と記されているのがはっけんされたがそのほとんどが埃を被り図書館にひっそりと存在していた歴史書であった。

 数百、数千という本を調べたにもかかわらず……発見できたのは虫食いだらけの情報ばかり。廃れた言語や保存状態の悪い文献をなんとか解読しつなぎ合わせた結果である。


 その内容が本当かどうかは誰にも分からない。だって、ここ数百年は魔方陣なんて現れなかったし、その存在も認識していなかったのだから。

 王妃お気に入りの中庭に魔方陣が現れることを知っていたなら中庭を移動するなり、その上に大きな建物で囲うなりしていたはずだ。

 ただでさえ異常事態なのに王妃はお気に入りだった中庭が以前とは全く別の景色になってしまったことでピリピリしており王城はますます雰囲気が悪くなっていた。

 


 そんな中ようやく出た調査結果は……

 『中庭に現れたのは魔王への生け贄の魔法陣である。至急、生け贄となる聖女または聖人を探すべきである。期限はふた月、チャンスは2度。これは国の存亡に関わるため最優先事項にすることを推奨する』だった。

 いくつもの似たような内容が確認できたことでそれなりの正確さはあるとされた。残り時間を考えるとこれが限界であった。


 「ふむ。大司教。心当たりはあるか?」

 「ええ……ひとりおります。陛下」

 「すぐに呼び出せ」

 「かしこまりました」



 それからすぐにリリシュが辺境から呼び出されることが決定した。




 ◇ ◇ ◇




 「立派なお役目である」

 「はい」

 「あとはお任せください」

 「はい」


 わたしはただ返事をするばかり……


 それまでは『汚らわしい庶子が』とか『なり損ねが』と噂したり嘲笑っていたのに。手のひら返しですか……いや、面倒ごとを押し付けているのは相変わらずか。


 だって、わたしは生け贄になってしまったのだから……


 文献では新月の夜に魔方陣が現れ、満月の日に作動するとあったそうだ。チャンスは2度。それを逃すと災いが起こるとも。

 すでに1度目は作動してしまった後なのでチャンスは次しかありません。なんせ辺境から王都まで遠い上、調べるのに時間がかかったそうなので。わたしが知らされたときはすでに1度目が作動した後でしたし。


 1度目のときは作動したらどうなるとかチャンスが2度あるとか書かれた文献も見つかっておらず言い伝えや予測ばかりが先走り上層部は大混乱……生け贄が見つかる前に魔法陣が作動してしまった。

 災いがおとずれるのか……と戦々恐々していたところ、数日後に詳しい文献が見つかったそうでチャンスがまだあると知り安堵したとか。

 他にも『魔王は醜く逆らえば一族皆殺し』『魔王に言葉は通じず一撃で城を無に帰した』などと書かれているものもありました。


 もし、今度の満月に魔方陣が作動しなければわたしはどうなるだろう?

 ふふ、きっとどこかの部屋に軟禁されて力が枯渇するまでこき使われるか、以前のように雑用ばかり押し付けられる生活。もしくは役立たずと呆気なく殺されてしまう可能性も……どちらにしろ自由はなさそうだなぁ。

 生け贄の魔法陣がきちんと作動したら、わたしは表向き病死したことになるそうで、一部の貴族のみが生け贄になったと知るそうだ……



 「ああ、これでやっと終わります。貴女がこの国から消え去るなんて清々しますわ」


 そう、このお義母様とは血が繋がっていないのです。伯爵だった父の過ちで産まれたのがわたし。その父もすでになく、お義母様は教会へ入ったわたしにあえてきつい仕事がいくように手を回していたらしい。嫌われてるなぁ……まぁ、わたしもお義母様のこと好きじゃないからお互い様だけど。


 といってもお義母様と顔を合わせたのは6年ぶりのことだけども……薄笑いでそういうお義母様にわたしはなにも言いませんでした……

 


 何故リリシュが魔王様への生け贄に選ばれたのか……その理由は彼女の右の手の甲に浮かぶ紋様にあったのだ。

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