第3話 暗闇に燃え盛る炎

僕は勇者に憧れていた。

なぜなら魔物を倒して人間を救う英雄だったから、誰もが笑顔になってたからだ。

本当にカッコよかった。

あの光がすべてを、魔物に虐げられていた世界を変えてくれたんだ。

それなのに勇者は負けてしまった。

戻ってこなかった。

代わりに戻ってきたのは大量の魔物。

―――

だったら勇者のしたことは無駄だったのか。

違う、そう思いたい。

それを証明したかったから僕は強くなった。

僕を救ってくれた彼がいたから、僕が世界を救って彼に感謝を届けたかった。

でも無理だった。

僕は勇者になれなかったんだ。

神に選ばれなかった。

―――

神が選んだのは彼女だったから。


勇者を名乗る女性はその輝白を体に持っている。

それはまさしく神から与えられた力だ。

「qwtryr?」

燃え盛る森の中、鎧の魔物と白く輝く眼を持ったアルテアが睨みあっている。

俺の仲間を簡単に殺したやつと笑って面と向かっている変人がアルテアだ。

「さっきから何言ってるか、わかんない」

「qwrwq・・・」

アルテアはその豪華な装飾をされた剣を左手に持ち、構えた。

それに応えるように鎧の魔物も大槍を彼女に向ける。

「じゃあ行きますか!」

「qwrtyr!」

同時にアルテアと鎧の魔物は斬りかかった。

鎧の魔物の槍がアルテアを突き刺そうとするが、アルテアは軽くそれを上に飛んで避け、飛びながら剣を振り下ろす。

それを鎧の魔物は横に避ける。

「あれ?」

「qwyry!」

鎧の魔物が槍で攻撃したのをアルテアが避けて攻撃する。

でもそれをさらに鎧の魔物が避けて攻撃。

これが何度も続いている。

あの甲冑であんなに動けるのか。

「qwrtyrty」

「あー、うっるさいな!」

アルテアもものすごい体力だ。

あれだけ動いても息切れ一つない。

本当に人間なのか。

「!」

アルテアの一撃が命中。

体力負けしたのは鎧の魔物のほうだった。

それに一瞬だけ止まった鎧の魔物だが、その甲冑のおかげか攻撃は効いてないようだ。

すぐに槍を構えて突く。

「なんで!」

逆に攻撃が効かないことに驚いたアルテアが右手に一撃受けてしまった。

腕から出血がすごいことになっている。

さすがにアルテアの笑みも消えているようだ。

「qwr!」

「ずるい!」

怯んでいるアルテアに追撃をかけた鎧の魔物。

アルテアはなんとかそれを避け、距離を取った。

これは勝負あったか。

戦闘を舐めているからそうなるんだよ。

「あーこんなに血が出てる、痛いよー!」

「qwrtyt・・・」

「痛いなー!」

「qty!」

鎧の魔物が槍をすばやく突いた。

その一刺しを避けようとしたアルテアだが、運が悪いのか怪我の酷い右手にそれは刺さってしまった。

やっぱり神は選ぶ人間を間違えたみたいだ。

「なんてね」

「!」

笑っている。

気味悪さか驚愕したのか鎧の魔物は硬直した。

そこへアルテアは左手に持っている剣を鎧の魔物の首を目掛けて振り下ろす。

「うわ!」

首が半分まで切れていたところで鎧の魔物は距離をとった。

その槍からはアルテアの赤い血が垂れている。

アルテアのほうはボロボロの右手からの出血でもう動けないように見えるが、笑ったまま。

さすがに顔色が悪いのもあって気持ち悪い。

「qwtyr」

「だから何言ってるかわかんないって、もしかして謝ってる?」

「qwtt」

「あー、もういいや」

なんであんなに元気なんだ。

致命傷なのに。

「もう武器の感じはわかったし、終わらせよっか。」

「qw?」

アルテアは真顔になった。

そしてボロボロの右手を二度振る。

一度振った時に血が垂れた。

でも二度目は垂れなかった。

右手が治っていたから血が止まっていたんだ。

「じゃあいくよ」

「qt・・・」

アルテアは両手で剣を握り天に掲げた。

白く輝く眼の光がその体に広がっていく。

対して鎧の魔物はアルテアを背にして歩いている。

あれはもしかして・・・。

「おい、気をつけろ!」

「・・・」

聞いてない。

こっちは振り絞って大きい声で言ったのに。

アルテアは構えたままだ。

「qwrtyy!」

空に無数の槍が飛んだ。

あれがくる。

「避けろ!」

「・・・」

「おい!」

動け。

このままじゃ死ぬだけだ。

もうあれで殺されるのを見るのはうんざりだ。

「・・・!?」

彼女は空から降ってくる槍を一度見た後、嗤って鎧の魔物のほうを向いた。

必死に動かそうとした足がそのせいで止まっている。

もはやすぐ上にまである槍の大群がまったく怖くない。

それよりも彼女の表情が恐しかった。

「――」

アルテアは何かを小声で言った後、上に迫りくる槍を無視して真っすぐ鎧の魔物のほうへ飛んでいった。

そのスピードはすさまじく、白い光が瞬間移動したようだ。

「!?」

何が起こったんだ。

頭擦れ擦れにまであった槍が止まって消えていく。

アルテアのほうは剣をしまっていた。

鎧の魔物はどこだ。

辺りを見てもいない。

「大丈夫?」

「うわ!」

さっきまであっちにいたアルテアが目の前に。

音も無く近づいてくるな。

「・・・」

眼は元の色に戻っている。

「はい、ついでに治してあげるよ」

「え?」

白く輝く光が僕の体を覆う。

すぐにそれは消えると痛みが引いていった。

いや、体が自由に動かせる。

治ってるみたいだ。

不思議だな。

「あ、これあげる」

「なんだよ・・・って!?」

彼女が投げたものが両手に重く乗った。

渡してきたのは鎧の魔物が持っていた大槍。

「どういうことだ、っておい!」

彼女は僕を気にせず、森に入ろうと歩いて行っていた。

相変わらずムカつくな。

「おい!」

「な、なに?」

肩を掴んで止めたら、なぜか驚いている。

こっちが驚いてばっかりだというのに。

「何が起こったんだよ、鎧の魔物はどこいった?」

「どこって・・・あの世?」

「え?」

「倒したって言ってんの、死体ごと消したから確認はできないけど」

何ともない顔して言うから余計によくわからなくなってきた。

鎧の魔物は死んだのか。

あの魔物が倒されたのか、一瞬で。

「じゃあ、そういうことで」

「おい、待てって!」

「なに?」

「本当に死んだのか?」

僕は信じられない。

あの魔物に何人もの人が殺された。

それも瞬く間に。

そいつをたった一発で消したなんて、信じられるわけがない。

「しつこいなぁ、あの魔物が槍を捨てて逃げたとでも言うの?」

「それは・・・」

「それとも私のこと疑ってる? 勇者だよ私。」

勇者の一言で納得してしまった自分が嫌だ。

だけど認めざるを負えないのか。

たしかに勇者だったらそんなことをしてもおかしくない。

いや、違う。

混乱してきた。

「もういい? 私は次の安全地帯を探すから。」

「!?」

安全地帯を探すだと。

その言葉が頭に刺さってわかった。

そしてイラついてきた。

「まてよ!」

「なに?」

「安全地帯探すって、勇者だろ。ここにいる魔物を倒せよ。」

「・・・なんで?」

彼女は笑ってそう返してきた。

ああそうだ。

この女はそういう奴なんだ。

「勇者である前に、一人の人間なの。命令しないでほしい。」

「あ?」

思わず俺は掴みかかった。

「お前、世界中の人が今どんな風に生きてるか知ってるのか?」

「知ってるけど、それがどうしたの?」

こっちの怒りを逆なでするように笑ってそう言ってきやがる。

頭の血管が切れそうだ。

「どうしたじゃないだろ、救えよ!」

「だから救って何の利益が私にあるの? 興味ないの、他人のことなんて。」

わかった。

俺はこいつが人間として嫌いなんだ。

「それともあなたが何かくれるわけ?」

「なんでだよ、何ももらわないでもやれよ」

「・・・そんなの奴隷じゃない。」

僕の手は勝手に緩んだ。

驚きのあまりに力が抜けた。

その眼は勇者のものとは思えなかった。

「じゃあ、もういい?」

「・・・」

女は歩いていく。

なんでこいつなんだよ。

「おい!」

「なに、しつこいけど?」

「なんで俺を、村のみんなを助けた?」

俺たちを救ったところでアイツには何の利益もない。

一体何で俺は生き延びた。

あの時、勇者がしたのと同じように生き延びたのは何の理由だ。

「武器の具合を見たかっただけ、ついでにアンタがいろいろしてくれたのもあるわ。じゃあ」

武器の具合。

俺はそんなので命拾いしたのか。

「ふざけるな!」

暗い森の中へ消えていくアイツに怒号を飛ばしたが、なんとも反応はない。

その離れて行く背中は確かにただの女性のようだった。

だけど視覚でそう感じても、頭では奴が勇者だってわかってんだよ。

だから許せない。

気に入らない。

あの時、救ってくれた勇者はそうじゃなかった。

シャリオはそんなんじゃなかった。

「くそ!」

暗闇に消えていく勇者。

それに対して燃え盛る炎にテクスタは向かって行った。

その両手には大きな槍を担いで。

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勇者が負けた後の世界 ラッセルリッツ・リツ @ritu7869

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