第2話 白く輝く眼

真っ暗な夜の森。

そこから出るのはか弱い足音だけだった。

その方角を不安がって何人かの少年が見ている。

「・・・魔物? どうしよう?」

「戦うしかないだ!」

震える武器を力強く持つ少年たち。

注意深く森を観察する。

「・・・!」

「テクスタさんだ!」

笑顔で少年たちが近づいてきた。

僕も何とか笑ってそれに答える。

でも少年たちが僕の目の前まで来て、目を逸らしてしまった。

その笑顔が消えていくのを直視できない。

「・・・。」

僕一人だけ帰ってきてしまった。


微かな明かりだけがチラホラある森の中。

その荒い道を歩く僕を家の前で淡く怖い目しながら睨んでくる人たちがいる。

本当は帰ってきたくなかった。

合わせる顔がない。

「怪我はないのかの?」

「はい・・・」

「お腹減ってないかい?」

「大丈夫です・・・」

「他の人はどうしたんですか?」

「・・・」

僕たちは最後の希望だった。

それなのに何もできず、酷く殺されただけだったなんて。

そんなことをこの人たちに言えるわけがない。

言いたくない。

「僕だけ体調悪くなって戻ってきてしまいました」

「そうですか。」

作り笑いしながら僕は答えた。

吐きそうだ。

僕はぐちゃぐちゃの地面だけ見て、耳に入ってくる硬く大きな足音を嫌悪しながら、寝床まで歩くしかなかった。


足元が明るくなってきた。

それほど多くない松明が点いている僕たちの家。

後ろを振り向くと少し遠くに同じのが見える。

だがそれに照らされる人たちはもういない。

「・・・」

松明の周りを蛾が飛び回っている。

まるで炎を餌だと思っているみたいだ。

「もうどうにもならない」

僕は桶に井戸の水を入れて地面に置いた。

蛾を追い払わずに松明を手に取って桶の前に立つ。

このどうすることもできない炎を消すしかなくなったんだ。

「なにしてるの?」

「火を消そうとしてるんだ」

「なんで?」

「必要なくなったからさ」

「へぇ?」

「なんだよ?」

松明を握る冷たい腕を何かが温めて止めてきた。

それは見覚えのない女性の手だった。

「話があってきたんだ、副隊長さん!」

「・・・ああ」

その女性は無邪気な笑みを浮かべながら僕の手から松明を取って、元の場所に戻した。

こんな時代なのに何を嬉しそうにしているんだろう。

僕には彼女が手に持った松明が暗く見えていた。

「話っていうのは、寝る場所がほしいってことなんだけど」

「寝る場所?」

やっぱり彼女は他から逃げてきた人なのか。

見たところ、この村の女性と変わらない普通の女性だ。

生き残ってここまで来たのは凄いことだけど、それも無駄になってしまった。

「あのー?」

「ああ、ここかあっちに空きがあるよ」

「えーっと、討伐隊の寮のどっちかってこと?」

「そう・・・だね」

あの笑みが一気にご機嫌斜めな表情に変わった。

そんなに寮が嫌なのか。

「ほかは?」

「ないです。」

「ええ・・・」

「何がそんなに嫌なんですか?」

「だって、男の人と一緒に寝るのは・・・」

言われてみればそうか。

気にすることはなくなったのだけど。

「大丈夫ですよ、しばらく空いてますから」

「・・・ほんと?」

「嘘をつく必要なんてないですよ」

「へー」

彼女は首を傾げながら向こうへ歩いて行った。

これでようやく炎を消せる。

「まだ用事あるかもしれないから、その時はヨロシクねー!」

後ろから響いてくる明るい声が僕の手を再び止めた。

松明の近くにいる蛾を引き付けていく。

仕方がないから炎はつけっぱなしにした。


でもやっぱり松明を下げたくなって仕方なくなくなった。

もう嫌だ。

「ちょっと待ってよ!」

「離せ!」

「まだ朝ご飯のこと話してない!」

「知らないよ!」

川の場所や避難経路を聞いてきたのは理解できた。

掃除とか洗濯を手伝ったのも別に気にしてないし、ご飯まで作ってあげたよ。

でも服を畳め、布団を入れ替えろとか、朝になったら起こせだって。

僕は宿屋じゃない。

「朝はパンじゃなくて米がいい!」

「知らん!」

松明を消そうとする右手を両手で止めてくる女。

もう限界だ。

やってられない。

「じゃあ、あと一つだけ!」

「・・・なんです?」

「武器研ぐの手伝ってくれ・・・ない?」

彼女の腰には剣があった。

それも豪華な装飾をされている。

「それで最後ですからね。」

「やったー!」

どちらにしろ早く解放されたい。

もううんざりなんだ。


彼女の名はアルテア。

安全な場所を探して彷徨っていたらここに行きついたらしい。

森の奥にあるこの村を自力で見つけるなんて凄い。

剣を研ぐのが大雑把すぎるというところも凄い。

手伝えと言いながら、ほとんど僕がやっている。

「おー」

ご機嫌を取ろうとするなら棒読みをまずやめてほしい。

余計にイライラする。

「アルテアさん、高級な剣なんだから大事にしないと」

「えー、苦手なものは苦手なんだよねー」

本当にもったいない。

剣が可哀そうだ。

水に濡れる剣が涙のようだよ。

「あとどれくらいかかる?」

「もう少しで終わりますよ。」

「じゃあさ、今度はテクスタの話聞かせてよ」

「・・・はぁ?」

目を輝かしながら彼女は僕を見ている。

そんなにしたって面白い話なんてない。

でも最後に自分の人生を振り返るのもいいのか。

「じゃあ僕が生まれたのはエテル・・・」

「なんでテクスタっていう名前なの?」

「・・・」

「女の子みたいな名前だよね!」

話を早速遮ってきたぞ。

どこまで自分勝手なんだ。

「教えてよー?」

「・・・母さんがつけたんだ、真っすぐ生きる人間になるようにって」

「へー」

「なんだよ?」

「いい名前だね」

初めてそんなことを言われた気がする。

いい名前なんだろうか。

「でも僕はその期待通りに生きていけているかわからない」

「ちゃんと武器研いでくれてるけど?」

「こんなの嫌々だ」

真っすぐっていうのはもっと強くてかっこいいはずだ。

僕は全然そんなんじゃない。

「討伐隊とかは?」

「戦うしかないからだ」

「ここにいる人を守ってるけど?」

「そんなことはない・・・負けてばっかりだ」

「だ、だけどそういうところとか真面目じゃん?」

「・・・」

だからってなんになるんだ。

どのように生きるかなんて考えてどうするんだ。

どうやって生きるかを考えるべきなのに。

それで必死なのに。

「なんでそんなに否定するの?」

「いいだろ別に」

「もしかして嘘ついてるから?・・・」

僕は剣を落とした。

彼女はニコニコしている。

「私、見ちゃったんだ・・・森で分厚い鎧来た人が死んでるの。温かった。」

「知ってたのか」

「ええ」

最初から彼女は知っていたのか。

そのうえで俺に接していたのかよ。

「私は黙ったままでもいいと思う、死んでいった人のことを考えても仕方ないもんね。」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味。」

彼女はまっすぐ俺を見ている。

それも変わらない表情で。

ありえない。

「違う、お前が言っているのは無駄だからってことだろ! 死んだ奴なんてどうでもいいからってことだろ」

「それはテクスタも同じじゃない?」

「そんなわけないだろ!」

俺が仲間の死を、家族の死をここの人たちに話さないのは、ここの人が明るく生きるためだ。

死を知ったら悲しんで絶望するだけだ。

それになんの意味がある。

「そんなに怒る?」

「あいつらの死が無駄なわけない」

「もしかして、伝えるのが無駄ってこと? だけどそれって死んだこと自体なかったことにするってことじゃない?」

「・・・」

「それって一緒にならない?」

「うるさい!」

僕の叫びが夜中の村に響いた。

それを正面から喰らった彼女は嫌そうな顔をして耳を塞いでいる。

そして口を開く。

「!!!」

聞こえない。

森から騒音が飛んできて彼女の声は掻き消された。

「いったいなんだ?」

「この感じは・・・魔物じゃないの?」

「嘘だろ!」

疑いつつも自分の感覚が知っている。

これは聞いたことがある鳴き声だ。

「zxvbxbvzx!」

「zcvczzcvzzz!」

村にみんなが家から出てきて慌てている。

南西方向からの不審な光と騒音に村もざわめいていた。

「テクスタさん、どうしますか!」

少年たちがこっちに走りながら聞いてきた。

考えている暇はない。

今できることは一つだ。

「避難だ! みんなを連れて村から離れるんだ!」

「え・・・わ、わかりました!」

少年たちは僕の命令に戸惑いながらも走っていった。

逃げる場所があるかなんて迷っていても仕方ない。

今はとにかく逃げるんだ。

「お前もさっさと逃げ・・・?」

彼女はいない。

逃げ足だけは速いのか。

「テクスタさん!」

「ああ!」

魔物どもがやってくるまで数分だろう。

僕もみんなを避難させないと。


マントナンの東にある森の奥には小さな村がある。

この村はずっと昔から存在しており、マントナンで戦乱が起こって町や村が無くなっていったときも巻き込まれることなく森の奥にあった。

それほどに森は村を隠してきたのだ。

だから初めて村を見つけた冒険家は“隠し村”と名付けたのである。

しかしそれは村を隠すだけであり、村に入った人間を無かったことにはできない。

「森が・・・」

お爺さんの顔が強い光に照らされている。

「逃げますよ」

燃えていく森から目を離さないお爺さんを引っ張っていく。

奴らが森をこうしたのは疑うまでもない、でもまだ村は見つかっていない。

森の中のどこかにあるのはわかっていても、ここを見つけるまでにはまだ時間がかかるだろう。

「テクスタさん、その人で最後みたいです・・・!」

「!」

大きな音が耳に届く。

向こうで大きな木が一つ倒れた。

それによってできた隙間から赤くされた空に煙が昇っていくのが見える。

そしてその中から数えきれないほどのゴブリンが現れた。

「zxzcvcxz!」

「zxcxzxxx!」

喚き声がうるさい。

「ど、どうしますか?」

魔物が村に入ってきている。

まだ僕たちは見つかっていないが、見つかったらもう逃げ切れない。

「みんなを連れてできるだけ遠くまで行くんだ!」

「テクスタさん!」

震える手で剣を抜いて走る。

ここで逃げたらだめだ。

死んででもみんなを守らないといけない。

「zxlk!」

耳障りな叫ぶ鳴き声が村を燃やしていっている。

その炎に虫のように近づいていくゴブリン共はあまりにも醜い。

「くそ!」

「zxlkc!」

その群れに飛び込み、剣を振るう。

ただがむしゃらに剣を振る。

ゴブリン共の血が顔に張り付いてきて気味が悪い。

「くそ!」

「zxxc!」

すべて魔物のせいだ。

アイツらがいなければ俺たちはもっと生きられた。

許せない。

「くそ!」

「zlckl!」

斬った剣の感覚が、重さが、気持ち悪い。

力を込めるほど、怒り憎しむほど斬れない。

それも嫌だ。

何が間違ってんだよ。

「zxcbvlll!」

「!」

重いのが脇腹に入った。

皮肉にも柔らかくなった地面にぶつかる。

「qwrtryyp?」

この鳴き声はあいつだ。

目で見て確かめてもやはりあいつ、鎧の魔物だった。

大きい槍をその手に持っている。

「っく・・・」

鎧の魔物が現れて周りのゴブリン共が静かになった。

その甲冑に隠れた鈍い眼光が俺を突き刺してくる。

「qwrwpyty!」

「「zxxcvx!」」

鎧の魔物が何かを叫び、ゴブリン共が武器を掲げた。

一体何なんだ。

「!?」

ゴブリン共は俺から回れ右して森の中に走っていく。

しかもその方向はみんなが逃げた方だ。

「やめろ!」

「qwtyryyrty・・・」

やっぱり俺の願いを聞かずにゴブリン共は森に消えていった。

その様を何か言いながら鎧の魔物が見下してくる。

「なんでだ・・・」

体が動かない。

さっきの一撃のせいか。

こうなったらもう無理だ。

「qwrtytrtp」

鎧の魔物が槍を構えた。

トドメを刺す気だろう。

魔物のくせに騎士みたいな恰好しやがって、ふざけるな。

「くそ・・・」

抗おうとしてももうどうすることもできない。

俺は死ぬ。

最後まで何もできなかった。

初めから神は俺をまったく見ていなかったんだな。

「qwtrypyw!」

「・・・」

俺は目を閉じた。

あたりは燃えているから瞼の裏は少し赤い。

甲冑の擦れる音が近づいてきた。

生まれ変わるなら魔王がいい。

神を僕は許せない。

「zczbzmbbzbzzbczcz!!」

白くなった。

ゴブリン共の叫びとともに赤いのがすべて吹っ飛んで真っ白になった。

目を閉じているのに白くて眩しい。

一体なんだよ。

「!?」

白さが消えて目を開く。

映ったのは空を飛んでいる沢山のゴブリン共。

違う、飛んでいるんじゃなく落ちているのか。

ってなんで。

「qwwtrptyr?」

鎧の魔物があっちを向いて何かを言っている。

「うわ」

近くに落ちたゴブリンの血と液が顔にかかった。

てか一面ゴブリンの死体ばかりだぞ。

「待たせたね!」

「え?」

俺は耳と目を疑った。

森のほうから現れたのがアルテアだったからじゃない。

アルテアが笑顔でこっちに歩いてきているからでも、手に剣を持っているせいでもない。

彼女の眼が白く輝いているからだ。

「せっかく戻ってきたのにどうしたの?」

「その眼は・・・?」

「あれ、自己紹介がまだだったっけ、私はアルテア。勇者だよ。」

あいつが勇者なわけがない。

敵を前にして笑い飛ばす彼女が神に選ばれた救世主だって。

嘘だろ。

アルテアの白く輝く眼光は確かにそこにあった。

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