勇者が負けた後の世界

大神律

第1話 人と魔物

再び魔王が現れてから10年、世界5大国の4つが魔物の手に落ちた。

残るは南東の小さい王国マントナンだけ。

しかもその城壁まで魔物が攻め込んでいる。

どう考えたって魔物どもに勝つなんて無理だ。

もう勇者はいない。

だったら諦めてまた奴隷になるしかないのか。

「止まれ。」

分厚い鎧を着ている隊長が僕たち隊員に小さな声で言った。

ここは森の中、昼なのに暗い。

僕たち討伐隊はこの先にある魔物の拠点を目指している。

「どうしたんですか隊長?」

隊員の一人が隊長に聞くと、隊長は黙れというジェスチャーをした。

「・・・」

近くで葉が擦れるのと足音が複数聞こえる。

僕たちはじっとしてそれが過ぎ去るのを待った。

「ここから先は奴らが見回りをしているようだ、気をつけろ」

隊長はそう言った後、再び歩を進めていく。

こっちは10人、慎重に歩かないとすぐに見つかりそうだな。

それは僕以外も同じだ。

「大丈夫、安心してついてきなよ」

「は、はい・・・テクスタさん」

後ろで怖がっている若い隊員を励ましながら僕たちは森を進んでいく。


敵の拠点が見えてきた。

森を抜けた丘の上にある拠点は木の柵で囲まれており、見張り台から周りを警戒するゴブリンが見える。

「やっぱりここからだぞ、お前ら」

あの拠点は魔物どもがマントナン侵攻のために陣取ったものだ。

だから昼になると奴らは、ここからマントナンまで攻め込みに行っている。

逆に言えばこの時間帯の拠点は守りが薄い。

見張り台で欠伸しているゴブリンがいるほどだ。

「なめやがって・・・」

「感情的にならないほうがいいよ」

「テクスタさん・・・すいません・・・」

奴らはすべての人間がマントナンにいると思って警備を緩めている。

ならば我々討伐隊がそこを攻めないわけにはいかないだろう。

「よし、作戦通りに移動しろ」

隊長の命令に従って僕は部下を率いて東に移動した。


討伐隊10人のうち隊長を含めた3人は奴らの拠点から北側の茂み、僕を含めた7人がその東側の茂みに待機。

隊長が行動を起こしたら作戦は開始だ。

「うまくいきますかね、テクスタさん」

「大丈夫さ」

拠点東側の高台で呆けているゴブリンがいきなり北のほうを向いた。

そのすぐ後に鐘のような音が鳴り響く。

「今だ!」

僕は部下とともに拠点の入り口に走る。

ゴブリン共は北で騒いでいる隊長たちに気を取られてこっちに気づいていない。

「おりゃあ!」

その声に見張り役のゴブリンが気づくが遅い。

すでに大斧で入り口は壊している。

「進め進め!」

奴らの拠点に俺たちは侵入。

近接武器を持つゴブリン共がこっちに来る前に高所を取っているゴブリン共を殺す。

そして逆に拠点の高いところを取ったこっちが弓で攻撃。

ここまでは作戦通りだ。

「近接隊、ついてこい!」

「「おおおおお!」」

僕は三人の部下とともに向かってくるゴブリン共に応戦する。

弓の支援を受けながら剣で殺していく。

気持ち悪い血だ。

「テクスタ!加勢するぞ!」

隊長たちも北の入り口を破壊して激戦になっているこちら側に走ってきた。

その後は高所を支配した我々がゴブリン共を虐殺していくだけ。

やはり30人くらいであり作戦がうまく進んでいったため、死人も酷い怪我をする人も無く、完全に拠点を制圧できた。


本当に臭い。

拠点のそこら中が魔物の死骸だらけだ。

うまく奴らを倒せたのは良かったが、最悪の気分だ。

「テクスタさん、隊長が呼んでます」

「わかった」

北の高台で険しい顔をしている隊長のところに歩く。

僕も気持ちを入れ替えなければ、まだ終わっていない。

「隊長、状況はどうです?」

「見てみろ」

マントナンの平原が一望できる。

ここは戦いの状況を確認するのに十分すぎる場所だ。

だがそれは悲惨な現状もよくわかるか。

厚い城壁の周りに夥しいほどの魔物がいる。

「阻まれてはいるが、もう長くはもたないだろう」

「・・・」

「その前に私たちが奴らの拠点のほとんどを制圧し、補給を絶たねばならん。気合を入れろテクスタ。」

「そうですね」

魔物どもが弓や魔法、羽のついたやつが上から壁の上にいる兵を攻撃している。

なんとか兵は戦えているが、もって後三日くらいか。

「次はどこを攻めます?」

「その前にここを完全に取らないといかんだろ、奴らは戻ってくるぞ。」

「そうでした」

むしろここからが本番というところだ。

拠点を守っていた奴らよりも攻めに行ったやつのほうが強い。

「では準備を急げ」

「えっと、それだけですか?」

「ああ、それだけだ」

「・・・?」

もっと重要な話があるのだと思っていたから拍子抜けしてしまった。

「テクスタさん、後片付け終わりました!」

「じゃあ少し休んでいいよ!」

「わかりました!」

「・・・?」

謎の視線に違和感を感じて振り向くと、それは隊長だった。

なぜかうなづいて僕を見ている。

それが居心地悪いから、僕はさっさと作戦の準備をすることにした。


奴らが建てた拠点は割としっかりしている。

壊れた個所を修理し、再利用して戻ってくる奴らを倒していく作戦なのだが、十分にその役割を果たしてくれそうだ。

丘の上に丈夫な壁を持った拠点での防衛戦でも数はこっちのほうが遥かに少ないから気を引き締めなければ。

「隊長、敵は動きましたか?」

「ああ、外壁にいる魔物も減ってきているぞ」

気づけばもう夕暮れ。

奴らがマントナンから拠点に戻っていく時間帯。

「お前らここからが正念場だ! ここを勝たなければ人は敗北するのだ! 恐れずに戦うぞ!」

「「おおおおおお!」」

隊長の鼓舞で討伐隊のみんなの士気が高まってきた。

そうだ、俺たち討伐隊が人の最後の希望なんだ。

絶対に負けられない。


綺麗な夕の空に対して現実は非情だ。

だがそれを嘆くだけじゃどうにもならない。

戦うしかない。

「・・・」

静かなる森からざわめく動物の鳴き声が聞こえてくる。

奴らが帰ってきているのだろう。

僕たちは高鳴る心を落ち着かせながら時を待つ。

「zxcvbmlkjhgfds!」

「m、lkzxcvbd!」

奴らの鳴き声が大きくなってよく響いている。

森を抜けて丘の前あたりまで来ているか。

「隊長、まだですか?」

「まだだ、やつらの声に耳を澄ませろ」

僕は手を握りしめて耐える。

早く終わらせたい。

「mbvcbvxz?」

「zcjbdlkm・・・」

煩わしい音だ。

「zzzzlhfm!?」

「!!!」

かなり大きな叫びが聞こえた。

「今だ! 撃て撃て!」

隊長の声とともに拠点の壁から顔を出し、その位置に矢を一斉に放つ。

思った通り魔物どもが落とし穴にはまって混乱している。

無情な矢はそこへ真っすぐ向かっていき、奴らを射抜く。

「zxcvbvcvxbhg!」

「撃て撃て!」

雨のように矢が降り注ぐ。

「zxvcbvcbx!」

「数は60くらいか」

思っていたよりも数が多いが、全く恐れることはない。

それは奴らが怯んで逃げて行こうとしているからだ。

「pytrwqwqtt!!」

「zxcxzxzcvbcmm!」

大きい槍を持った鎧の魔物が何かを叫んだ。

それによって周りの魔物が元気になっている。

「かまうな! 撃て!」

異様なその光景に驚いて手が止まっている隊員に指示を出した隊長。

隊員たちは指示通りに矢を放っていくが、それに意味を感じられない。

なぜなら魔物どもは怯むことなく全速力で正面から丘を登ってきているからだ。

「な・・・」

「隊長、大丈夫です! 罠はまだあります!」

矢を受けながら走ってくるのは勝手だ。

でもどれだけ頑張ったところで僕たちはお前らを倒すだけだ。

「zxcvcxvmblj!?」

落とし穴は一つではない。

この拠点までに三つある。

二つ目の落とし穴に前線の魔物どもが落ちて行った。

そこへ空かさず矢を放つ。

足止めを受けるのは落とし穴に落ちたやつらだけでなく、落とし穴によって転んだやつらもだ。

ここは丘だから一回転べば下まで落ちていく。

地の利は得ている。

「いいぞ!その調子だ!」

「qqwrtytrtyp!!」

また鎧の魔物が雄たけびを上げた。

だが無駄だ。

討伐隊はその空気を引き裂くように矢を撃ち続ける。

「cvcvcvbm!」

「なんだと!?」

奴らはやっぱり異常だ。

他の生物のルールが通用していない。

普通なら撤退するのが最良の判断のはずだし、そうするしかないのに。

奴らはそれでも向かってきている。

向かって来られるわけがないはずなのに。

それを可能にしたんだ。

「・・・撃て撃て!」

奴らは生きている仲間を盾にしながらこっちへ走ってきている。

魔物どもがなぜ盾を持たないのか疑問だった。

そういうことだったのか。

「怯むな!落とし穴はあと一つある!」

「zxmjcxzlk!」

奴らは落とし穴に落ちていく。

それでまた一瞬だけ足を止めることができたが、すぐにまた丘を登り始めた。

「っく・・・」

「岩だ! 岩を投げてくれ!」

「「は、はい!」」

奴らの盾のせいで数が減らなくなってきている。

上と前がダメなら足元を狙うしかない。

「zxmcczmbv!」

岩で前線の魔物どもは丘を転がっていく。

それにより丘を走る魔物のほとんどが連鎖的に転んで丘を落ちていった。

「時間は稼げるけど、無駄か」

「そんなことはない、転んだところを矢でねらえ!」

隊長の指示で矢を撃つ。

ここまでで60ほどいた魔物が大分減って30ほどになってきていた。

やはり地の利は強力だ。

「qwrtytrqw!」

「・・・」

劣勢の事態に鎧の魔物がまた何かを叫んでいるみたいだ。

でも魔物どもは沈黙して丘を走ろうとしない。

奴らは転がっている死体に恐怖しているのか。

「・・・qwrrtyytr」

「やったぞ!」

鎧の魔物は俺たちに背中を見せて森のほうへ歩いた。

他の魔物もそれに続いて行った。

撤退する感じか。

「ここを離れろ!」

森から無数の細く輝く線が出てきた。

「まずい!逃げろ!」

僕と隊長はそれを知っている。

それで真っ先に逃げた。

その後を他の隊員がついてきた。

でもそれでも遅かった。

「「うわああああああああああ!」」

知っている声の悲鳴が後ろから聞こえてくる。

それと同時に周りが砂ぼこりで見えなくなった。

でもまだ終わっていない。

「「ああああああああああああ!」」

あれはまだ降ってくる。

地面に突き刺さる音でだけがある。

「「・・・」」

真後ろに。

それでも走って、拠点の建物の中に入った。

「・・・」

音が消えた。

すべての音が消えた。

「・・・大丈夫か?」

生き残ったのは僕と隊長だけ。

後ろを向いても何があるのかわからないほどの砂埃だけ。

「・・・今のうちに逃げるぞ」

まただ。

やっぱり無理なのか。

ただの人間では魔物に勝てないのか、神に選ばれた勇者でしか世界を変えられないのか。

僕はなんで勇者じゃないんだ。

僕と隊長の二人は撤退した。






まさしく兵器。

空で一瞬輝いた無数の細い線は槍の集団だ。

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