第7話 無慈悲な鎧の塊、政府騎士団第五隊長、バファリ

「やっぱ風の魔法、便利だな」


日は隠れ、月の灯りが窓から差し込み始めた空き家。ライラックは何十回目か、適当に呟いた。

私は呆れた顔でライラックに「黙れ」と伝えるが、ライラックはまた気持ち悪く笑うだけだ。


こいつはたぶん、静寂が怖いのだろう。間を埋めなければ落ち着かないタイプだ。


「町も落ち着いてきたな、これなら宿に泊まれそうだな!」

「いい加減黙れ」


――――それからしばらく経ち、辺りの家々から明かりが消された頃、緩やかに風を扇ぐ羽がこちらへ近づいてきた。



「ああ、港町なのにカラスが飛んでやがる。いや、コウモリか?」

「どいて」

「え? まさかお前、いよいよコウモリ食べる気か? いくら腹音立ててたからって」


私はいつかこの男を殺してしまうかもしれない。というかもう一度同じようなことを言おうものなら、確実にその口から首を引き裂くと殺気を飛ばした。


そうしているとカラスは窓まで寄ってきて、巻物を挟んだ嘴のままガラスを突いた。

私がその巻物を受け取ると、カラスは速やかに飛び立って夜闇に消えた。


「なんだったんだ、あれ?」

「……ライラック、この町で一番高い緑色の屋根を探せ」

「あ? それなら……あれだな!」


ライラックはとたんに扉を開け、丘の上にある別荘を指さすと走り出した。

答えるのが早すぎて適当言ってるのか不安だけど、自信満々に胸を張っているし、時間もなさそうだから信じてみるか。

私は目を凝らして、本当に緑色?なのか確認しながらついて行く。


「おいおい、そんなに信用できないのかよ。だったらなんか賭けるか?」

「どうしてそうなる」

「次の料理当番、もしもあれが緑の屋根だったらアルストな」


やばい、めんどくさい。てかうざったい。

そもそも緑色であってほしいし、じゃなかったら困るんだけど。


雲に隠れた月光が別荘を照らした。それは幻想的で――――あ、緑色だ。


「よし、楽しみにしてるぞ」

「……飯抜きは料理に入る?」

「入んねえよ!」


こいつに料理作るとか、だったら巻物破いて自分で逃げた方が良かった。絶対に。


私が巻物を握りつぶそうとして悔しがっていると、ライラックは不思議そうに巻物を見つめて、呟いた。


「そういえば行ってどうするんだ? 巻物にはなんて書いてあるんだ?」


中身はクロードから、「一番高い緑の屋根、その岸で待つ」という内容。でもライラックに教える義理は無い。せめてもの仕返しだ。


「おい、教えろよ?」

「教えない」

「教えろよ~?」


私はうるさすぎるライラックを無視しながらその場所まで向かった。



――――緑の屋敷、その丘の下の岸、小さな船が一つ放置されていた。でもクロードも操縦者もいない。


「俺は船の操縦わからないな、アルストは?」

「できない。だから待つ」

「おお、暗殺者の仲間か。ならちゃんと身だしなみを整えた方がいいか……」


元々汚れた服のくせに今更身だしなみって、しかもクロードはそんなの興味ないだろうし。馬鹿馬鹿し――――!?



「待っていたよ。小童らよ!」


高く籠ったような声が町のほうから響くとともに何十もの足音が続いて近づいてきた。

町の兵に待ち伏せされていたのか。


「なるほど指名手配の通り、桃色の髪、赤い瞳の少女と大斧を担いだ野郎で間違いないようだ。町の船の所在を片っ端から調べた甲斐がありましたなぁ」


現れたのはニヤリと笑う髭男、片手にそれぞれ長い槍と大盾を持つ、膨らんだ重装鎧の騎士。また、その後ろに五十余りの兵士が私たちを町に逃がさないように壁の様に並んでいる。

私たちの後ろは海、完全に囲まれた。


「なんだよ、ただの重苦しそうなおっさんじゃねえか」

「そう息巻くなよ、小童、こうみえてもワタクシは――――政府騎士団第五番隊長、バファル様だ! はっはっは! 命乞いをしろ!」


ライラックは大斧を取り出し握り、私を守ろうと前に立った。兵士の番えた矢がこちらに向いていため、それに備えて。それと私の考える時間を稼ぐために。


でもそんな必要はないはず、私たちは船を動かせないし、動かそうとしている間に矢で穴だらけにされる。だったら前を突き破るしかない。

考えるまでもない、バファルを殺せば――――違う。バファルの太い鎧、月明かりに七色に光っている。


「ライラック、あの髭デブの鎧に細工があるのか?」

「みたいだ。これは勘だか、あれは硬質化だろうぜ」


「ほほう、さすが第四騎士トライアドを倒しただけあるな。この髭デブの――――って誰が髭デブだ! これは鎧がデカいから太って見えるだけだ!……ごほん、その通り、この鎧には魔法、硬質化がかかっている。お前らの武器なんぞじゃ、傷一つ付けれないというこ――――」


「そうかおっさん、だったら試してやるよ!!」


ライラックは大斧を大きく振り上げると、その言葉に反してバファルの頭目掛けて振り下ろした。

まだ喋っていたバファルは不意を突かれ、驚くも急いで大盾を構え、攻撃を受け止めた。


「野蛮な奴め、卑怯だと思わないのか!」

「最終的に勝てばいいだろうがよ! 文句ならあの世で言ってろ!」


ライラックはすぐさま追撃を仕掛ける、全部頭に向けて。バファルは大盾を振り回しなんとか守っていた。

またバファルの武器は長槍、すでにライラックはバファルの間近くで槍を使うこともできない。


そして周りの兵士たちは弓をライラックのほうへ向けるも、隣にいる兵士、なによりバファルにぶつかる危険性から放てない。

ライラックの不意を突いた攻撃に、一瞬でも兵が判断に迷えば、こちらのものだ。


「おい、血の女はどこに行った?」

「いないぞ!」


――――兵士らが視線を戻すとアルストは消えていた。兵士らは辺りを見回し、探すが、見当たらない。


「おい、まさか海を泳いだんじゃ?」

「そんな馬鹿な、波一つ立ってないぞ」

「だったらどこに……」

「そこらへんのもの影じゃ、お前ちょっと見て――――!?」


その兵士が横を向くと、友人はいなくなっていた。いや、視線を落とし、首から血を流して倒れているのを見つける――――ただ、その瞬間に彼の意識もまた消えていた。


アルストを逃がさないように囲んでいた兵士は次々と見えない何かによって、バタバタと倒れていく。まるでドミノの様に。


「ほれほれ、どうだ、おっさん!」

「っく!」

「反撃してみろよい!」

「おい、兵共、支援しろ!」


「おい、兵共――――なに!?」


バファルは頭を抱えたかった。周りにいた五十の兵、その片翼が死体に変貌していたからだ。でも困惑する暇もなく、大斧は降り注いでくる。しかもその間隔は、大斧のものではなく、予想の二回りほど速かった。


「そうか、暗殺者。まさか、ここまでとは!」

「オラオラ! 頭かち割ってやんぞ!!」

「ぐぐ――――ぬ!!」


明らかに重い一撃、もはや大盾をも割る勢いの。ただそれはタブーだった、重い一撃は次の一撃への間隔を遅らせる――――すなわち、バファルは髭を笑わせた。片手の槍を短く持ち替え、握りしめ、空きっ腹へ突き刺す絶好の機会だった――――が、


「血の女はどこにいった?」


アルストを完全に忘れていることに気づく、いや、気づかされた。バファリはその後頭部から強烈な殺気を感じ取り、気づかされたのだ。

そう、明らかに重い一撃、ライラックの今の一撃がフェイクであったことを、この隙を作り出すための罠だったと。


「髭デブ、終わりだ」

「!!!――――仕方ない、これを使うか」


アルストの短剣がその頭に触れる寸前、バファリの構えていた大盾、握りしめていた長槍、その両方が眩く光り出し、同時にバファルから爆風が放たれた。

アルストとライラック、また兵士らもそれによって大きく吹き飛ばされた。


「な、何が起こったんだ? 倒したら爆発するタイプの人間か?」

「わからない。でもトドメはさせなかった」


――――砂と水滴が風にまき散らされ、一帯の視界はハッキリとしない。あと数ミリで頭にぶつかったところを何かで躱されたみたいだ。


「なんだ?」

「避けろ!」


兵士?が大砲の様に飛んできた。視界が悪い中、私たちのいる方向がわかっているのか。

また兵士が一人二人、飛んできてそれが確信に変わった。


「ふぅ~、当たんなかったか? だったら!」


砂霧の中、この高く籠った、さらに籠った声。バファリだ。

次はどこから――――!


「ライラック斧構えて船のほうへ向かえ!」

「船、船ってこっちだったよな?」

「急げ!」

「ったくなんだよ、いきなり、今のうちに逃げるってのか?」


ライラックは船の前につくと間抜けに大斧を構え――――そこに兵士がニ、三人一気に飛んできた。ライラックの間抜けずらも焦りに変わって、斧で兵士を撃ち返していく。


「船を狙うとか、性格が悪い。それでも騎士か」

「お前の人使いも大概だぞ!」


さらに十人ほど兵士を撃ち返して、砂霧は止んでくる。視界が開け、周りがよく見えてきて、兵士弾も止まったみたいだ。

ライラックは息切れをしてヘトヘトになっているのも良く見える。


「……ふん、これで最後か」


投げられた兵は息もなく、待った砂の下に転がり、月の灯りは彼らを見つけられない。

ただ強く反射する鎧の塊――――その巨大な手に頭を握りつぶされ、ぶら下がる兵士の死体は照らされていた。


その手はボールを投げるように船に向かって兵士を飛ばした。

ライラックは斧を盾のように構え、ぶつかった兵士を寝かせた。


「あんまり兜は嫌いなんだ。視界が見えにくい……さて、第二ラウンドといこうか」



前に聳え立つのは無慈悲な鎧の塊、頭に光る兜を被り、太い鎧はさらに太く、両手は鎧拳。

先程よりも反射が強くも見える。


――――

バファル=バファリ。ということにします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アルストロメリア ラッセルリッツ・リツ @ritu7869

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ