第5話 赤い星と黒い星

ライラックは大剣騎士が次々放つ攻撃を自身の攻撃で打ち消している。

さっき町で戦った時よりも大剣騎士の力が落ちていた。

「!」

「おら!」

だがそれでも一撃を喰らえば致命傷くらいの攻撃力はある。

逆に言えばライラックの攻撃が一発当たれば大剣騎士は間違いなく倒せる。

「っく!」

「その程度か、蛮族」

「なに!?」

ライラックが強く弾かれた。

大剣騎士はわざと力を弱めていたのか。

「終わりだ、蛮族」

大剣騎士の素早い攻撃が体勢を崩したライラックに振り下ろされる。

でもこっちは二人だ。

私は短剣を二本投げた。

一本は足、もう一本は右手。

「知ってるぞ、暗殺者」

「やっぱりか」

大剣騎士はその攻撃の途中で剣を止め、回転し、こっちを向いた。

私は逃げずに短剣を三本真っすぐ飛ばした。

「アルスト!」

「うるさい」

やはり大剣騎士は足で地面を蹴り、こっちへ飛んできた。

つまりは空中にいるようなもの。

すでに読んでいる。

「・・・」

この短剣は避けられない。

空中では避けようがない。

短剣はすべて急所に向かっていく。

「・・・」

しかもあっちは高速でこっちに飛んできた。

短剣の威力は倍増する。

間違いなく即死だ。

「・・・!」

「甘いぞ、暗殺者」

そんな馬鹿な。

短剣が大きく軌道を逸れている。

そんなわけがない。

「避けろ!アルスト!」

なぜだ。

風が吹いた?

違う、短剣は大剣騎士を避けるように左右へ逸れている。

一体何が。

「!」

大剣騎士の強烈な一撃が空気を斬り、空気はその斬り傷から爆発した。

間一髪で避けた私はその風圧に押されて、大きく飛ばされた。

「速いか、暗殺者」

そう、間一髪だった。

避ける準備はしていたのに、もう少し遅かったらやられていた。

「おい、大丈夫か?」

「ああ」

思っていたよりも攻撃の到達が早かった。

というか、攻撃の寸前だけ速くなった気がする。

そんなことありえるのか。

「気づいたか、あいつの攻撃」

「速くなってる」

私の予感が本当ならあの大剣騎士は・・・。

いや間違いない。

「あれは空中で加速する」

「あ、何言ってんだ?」

「だから、あの大剣騎士は自由に加速できるって言ってる」

「おいおい・・・」

あの瞬間、大剣騎士は飛んだ後に加速した。

だから避けるのがギリギリだった。

しかもあれが最高速度かわからない。

「魔法の類か」

「そうかも」

何の魔法なのか。

やっぱり普通の騎士じゃない。

「話は終わったか、いくぞ」

大剣騎士は構えた。

距離はある。

また同じ攻撃が来ても対応はできるが、本当に同じか。

「くるぞ!」

大剣騎士は地面を蹴り、一直線にこっちに飛んでくる。

速さは普通、蹴っただけの速さだ。

「どうする?」

「横に避けるだけ。攻撃してる暇はないし、受けきれない」

「そうだな」

大剣騎士が加速する前に、私たちはそれぞれ左右に走って避ける。

あの一撃をもらうわけにはいかない。

大剣騎士はそのまま飛んでいく。

「怖いなこれ」

「・・・!」

そんなこともできるのか。

大剣騎士は私たちのいた地点付近で空中にいながら90度回転し、加速して方向転換をした。

そしてライラックのほうへ飛んでいく、とんでもない速さで。

意表を突かれたライラックはそれを避けきれない。

大剣騎士の一撃を辛うじて大斧で受けたが、吹っ飛んで行った。

「なんだこら!?」

人は空中じゃ動けない。

加速するどころか方向まで変わるなんて、一体どうゆうことだ。

「あぶねえ・・・」

ライラックは防壁の角まで飛んでいき、落ちるすれすれで何とか止まった。

でもまだあぶない。

すでに大剣騎士は体勢をとっている。

「ライラック!そこから離れろ!」

「なに!?」

砕けた石が浮いた。

大剣騎士はもうライラックの前まで来ている。

一方でライラックはしゃがんでいる状態だった。

「やべえ!」

落ちるか斬られるかの二択を迫られていた。

だからこそ頭を抱えているみたいだ。

「!」

私が間違っていた。

ライラックは上に飛んだ。

しゃがんでいたのはそのためだったか。

大剣騎士の斬撃は避けられた。

「油断は、禁物だ」

「今度こそやばい!」

ライラックは空中、大剣騎士は剣を振り上げるだろう。

それを防ぐために私は短剣を投げた。

「無駄だ」

短剣は大剣騎士のところまで行って、さっきと同じようにどこかに逸れた。

もはや投げナイフは効かないか。

「・・・!」

この音は。

大剣騎士は剣を振り上げる。

ライラックは浮いたまま、私が投げ飛ばした短剣を手に取って攻撃を受けた。

「器用、だが」

なんとか堪えたライラックだが、短剣の刃は砕け散って使いものにはならない。

それどころか攻撃を受けたせいで大きく空中に上がってしまった。

大剣は天を向いている。

そして時を待つ。

「天命だ」

大剣騎士はライラックが落下するのを見ている。

その間合いに入ったら、大剣を振り下ろすつもりだ。

「そうはいくか」

私は短剣を持って大剣騎士のほうへ走る。

遠距離が無理なら、近距離だ。

本来、遠距離からの支援をするはずだったが。

「蛇足だ、暗殺者」

短剣を振った私の左手は大剣騎士の背中の寸前で止まった。

攻撃が届かない。

そしてこの音はやっぱり。

「共犯が死ぬところを見ていろ」

風が吹く音、風のバリアがあったのか。

大剣騎士の体の周りには薄く速い風が回っている。

これですべてに説明がついた。

この騎士は風の魔法を扱う騎士だ。

「・・・」

風に押される刃から波が伝わってくる。

「・・・!」

大剣は斬り下げられた。

そしてライラックは地面に衝突し、大剣はその地面を斬った。

飛び散った石が町に落ちる。

「なん、だと」

血が流れる。

だがそれはライラックのものではない。

大剣騎士のものだった。

その背中には一つの深い切り傷ができた。

「・・・久々」

大剣騎士は振り向き、その赤い眼を見る。

「血の一族だったか、暗殺者」

血の一族は赤い眼に桃色の頭髪を持つ。

そしてその能力は敵の技を覚えるというものである。

アルストは大剣騎士の風を覚え、応用したのだった。

短剣に大剣騎士の纏う風とは逆回転の風を纏わせ、それにより風のバリアはその短剣をさらに加速させた。

それゆえにその一撃は深く斬りつけられたのだ。

「さすがだな・・・」

「早く武器を持て」

「ああ」

確かに鋭いのが入ったが、第四騎士ドライアドは風で傷からの流血を防ぐだろう。

大剣騎士は血を、風で体を纏うことで止めた。

「あいつの武器は風だ、気をつけろ」

「風か、了解!」

ライラックは大斧を構えた。

ドライアドも大剣を構えなおす、私に向かって。

「生かさない、血の一族」

ドライアドは私に真っすぐ飛び掛かってきた。

でもさっきよりも遅い。

空中での加速の原理は風によるものだ。

傷を風で防いでいるから、あまり加速できない。

短剣を投げる時間がある。

私は短剣四本をドライアドの腰、心臓、右手、頭に投げた。

それは風を纏っている。

「小癪!」

「あんたの技だ」

大剣騎士は自身の上から少しの風をかけて減速し、大剣で飛んできた短剣から身を守った。

「!」

そして大剣騎士が構えを戻そうとしたとき、目の先にアルストはいない。

だが大剣騎士はゆっくりそこへ進み続けている。

「後ろか!」

「・・・!」

大剣騎士の攻撃は遅すぎた。

暗殺者の赤い眼はその両腿を斬りつけていたのだ。

大剣は空ぶるだけだった。

「っく!」

攻撃は続く。

その赤い眼は大剣騎士の両腕、足のつま先、頬、さまざまなところを斬りつけていく。

ついていけない大剣騎士は急所をなんとか大剣で守っている。

それでも赤い残像が大剣騎士の周りを纏い続ける。

「速ええ、なんだあれ・・・」

風が来る。

まだ感覚が合わないから、深い傷はあまり追わせられなかったか。

ドライアドは風のバリアを大きく張って、私を退けた。

だがそれは自身の傷へのバリアを外すということである。

「ライラック、手を貸せ!」

「お、出番来たか」

私はドライアドと距離をとった。

そしてライラックが私の横に来た。

「一対二、だがこれで決着だ」

「・・・」

わかっている。

私は騎士ではないが、あいつの考えがわかってきている。

次の攻撃が最後の攻撃。

そしてそれはあの攻撃だ。

それも強化された、全力のもの。

「・・・」

正直、私もさっきの攻撃で大分消耗してしまった。

それに次の攻撃は一人じゃ負ける。

ライラックが必要だ。

「ライラック、踏ん張れ!」

「了解、アルスト!」

私は短剣を、ライラックは大斧を構えた。

「いくぞ、戦士たちよ」

そして第四騎士ドライアドはさらに風を体に纏わせ、上に飛んだ。

いままでで一番高く。


イーグル大町に一つの星が見えた。

それは夕の空、紅い輝きが町に届いている。

市民たちはそれを不思議がりながら眺め、騎士たちは哀しげに見つめていた。

彼らがそうしたのはその星が黄昏の色をしていたからだろう。

その星が落ちるとき、彼らの旅が始まる。

「おいおい、ずいぶん高いとこまで行ってないか?死ぬ気か?」

「あれが騎士なんだろう」

この攻撃は絶対に避けられない。

避けようとしても軌道を変えて終わるだけだ。

方法は一つ。

「私を飛ばせ、それでいいか」

「わかった、まかせろ」

私はライラックの斧の上に乗った。

これしか作戦はない。

目をつぶる。

「・・・」

止まった。

「・・・」

落ちてくる。

「・・・」

加速しているか。

「・・・」

さらに加速。

「・・・」

あと少し。

「・・・」

もう少し。

「・・・!」

今か。

目を開き、その光が見えた。

「上げろ!」

「あいよ!」

ライラットは大斧を振り上げ、私をおもいきり空へ突き飛ばした。

そして私は風で加速する。

「・・・」

紅い空の中に二つの星。

赤い星は落ち、黒い星は昇っていく。

「・・・」

さらに加速。

「・・・」

ドライアドの姿が見えた。

大剣を握り、鬼のような気迫で迫ってくる。

凄い速さ。

私は短剣を六本構える。

「・・・!?」

頬に血がぶつかる。

予想外だった。

ドライアドの体は一切風を纏っていない。

そこまでするのか。

「やってみろ、戦士よ」

目が合う。

私は六本の短剣から手を放し、一本の短剣を両手で持った。

体を狙う必要はない。

「・・・」

獰猛な大剣が迫る。

それは私を確実に捉えている。

もう逃げられないなら、立ち向かうしかない。

「・・・」

大剣の強烈な風が私を吸い寄せる。

私はその回転と逆の回転の風を体中に纏わせ、抗う。

それによって体は大剣から少し反発し、擦れ擦れで攻撃を避けた。

その先にあるのはその首。

「・・・!」

短剣を一振り。

私は風を止めた。

「・・・」

空中へ上昇されながら私はライラックの下に向かっていくドライアドの背中を見ていた。

その残された血が私にあたる。

「ライラック・・・」

仕留めきれなかった。

首を狙って斬ったつもりだったが、断ち切ることは疎か、少し切り傷をつける程度しかできなかった。

だけど問題はない。

「きたか」

ついに見えた空から降ってきている星に、ライラックは大斧を構える。

それはさっきよりもかなり速くなっていた。

アルストに斬られたあとも空気で加速し続けていたのだ。

「・・・」

だからライラックは少し戸惑っていた。

感覚的ではあるが、思っていたよりもかなり速かったのだ。

しかも見えてきてもなお、加速し続けている。

「・・・」

近づいてきた。

ライラックは大斧を握りなおす。

そして息を吐いた。

まだ加速するその星を警戒する。

「・・・」

その一瞬、血まみれの体がよく見える。

大剣に纏っているであろう強風は大剣の姿を隠している。

「・・・そうか。」

ライラックは騎士のほうを向いたまま、大斧を構えるのをやめた。

星は落ちて来ている。

また、大剣はより鋭くなっている。

それがすぐ目の前に迫ってきている状況でライラックは構えるのをやめた。

「・・・。」

星は落ちた。

ライラックの頭の寸前で風は止み、それで軌道が変わる。

それはライラックの横を落下した。

大剣騎士の命はライラックの目の前で途切れていたのだ。

「・・・そこまでするか、普通」

ライラックは死んでもなお、剣を握っている大剣騎士を見下ろした後、空を見上げる。

そこには夜空に星が映り始めていた。

そしてもう一つの星が落ちてきていた。


風をうまく調整して落下。

でもまずい。

「おー」

ライラックが陽気な顔で私を見上げている。

そんな場合じゃない、やばい。

「ライラック!」

「ん?なんか言ってるか?」

口の動きで何を言ってるかはわかる。

聞こえてないのか。

「ライラック!」

「あー?」

やばい。

風がコントロールできない。

「おい!」

「だから聞こえねえ!」

もう限界だ。

風が出なくなっている。

ある程度の怪我は仕方ないか。

落下死するほどの速さじゃない。

「どけ!」

「どけ?」

「どけ!」

「?」

もう一つの星は落下した。

その顔がご機嫌斜めなのは落ちどころが悪かったからだろう。

「・・・放せ」

「ん?了解。」

ライラックは両腕を広げる。

それによってアルストは地面にお尻をぶつけた。

「・・・」

「なんだよ」

「別に・・・」

「それよりも、逃げるんだろ」

遠くからたくさんの足音と甲冑の音がする。

援軍か。

いや、どうだろうか。

だけど逃げるのは変わらない。

「借りるぞ、第四騎士ドライアド。」

ボロボロのその大剣にはその名前がはっきりと刻まれていた。

ライラットは彼から鍵を取って、鍵が閉まっている塔の扉を開けた。

「いくぞ」

「わかってる」

「なんだよ、怒ってるのか?」

「うるさい、置いていくぞ」

三人の去った戦闘跡、その上には曇りなき夜空と様々な星があった。

そこに着いた騎士たちを月の明かりは照らさなかったが、遠くの赤い星の輝きはたしかに彼らに届いている。

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