第3話 酔い止め

イーグル大町の昼時の西通りは人にあふれている。

それは西通りに屋台が並んでいるからではなく、殺人鬼の目撃情報がそこであったためである。

町の騎士たちは西通りを忙しなく走り回っていた。

「まだ近くにいるはずだ!探せ!」

「はい!」

騎士たちは一般市民に情報を聞きこんだ後、注意を促している。

それでも西通りの一般市民は恐れることはなく、普段通り暮らしていた。

「隊長!北西街の路地でそれらしき怪しい人を見つけたと情報が!」

「よし!お前らにそこを任せる!」

「はい!」

若い騎士たちが威勢よく駆けていく。


ここは町の東側、裏路地から目の先にある塔を覗いている。

確かこの町の西側は商店街だから騎士の数は多い。

逆に東側は風俗街で昼に騎士は特に少ない。

狙うならここしかない。

「でもその後はどうする・・・」

イーグル大町は厚い防壁に囲まれた大きな町。

その中の6つの塔から防壁の上に上がることができ、その先が私の知っている脱出口だ。

正門は騎士に警戒されていてそこからの脱出は不可能、でもその上からなら可能性はある。

クロードは正門の上から降りて、すぐ外にある馬小屋で馬を盗んで逃げただろうし、やっぱりこれしかない。

「どうかしたか、暗殺者?」

「!?」

後ろから知っている声がした。

この気配は。

私が後ろを確認すると、すでにその大剣は振り下ろされていた。

それを飛んで避ける。

「さすが、暗殺者」

こいつはあの時、私を防壁から落とした大剣騎士。

なんで近づいてきたのに気づけなかった。

「驚くか、だが驚く暇はない」

大剣騎士は巨大な剣を構えた。

この騎士、やっぱり普通じゃない。

私は壁を蹴って家の屋根の上に上った。

「逃げるか」

相手にしたら負ける。

こっちの武器はナイフ一本だけ、そもそも私は戦闘特化じゃない。

今は逃げるのが目的だ。

私は屋根を伝ってとにかくアイツから離れる。

「・・・」

でもどうする。

逃げ道は防壁の先にしかない。

そもそも塔の上に上るのが難しいか。

「・・・」

せっかく作戦がうまくいってたのに、あの大剣のせいでめちゃくちゃだ。

ありえない。

私の動きがわかっているみたいに見つかった。

「・・・!」

嘘でしょ。

気配は上から。

「ここ家の上だ!」

「だったらなんだ!」

大剣が私を目掛けて上から降ってくる。

それもすごい気迫で。

「おらあ!」

私は倒れこみながらもそれを避ける。

後ろからは割られた瓦の破片が飛んできた。

「それでも騎士?」

家の屋根が砕け散った。

あの威力、喰らったら即死みたいだ。

「次は外さん」

大剣騎士は剣を構えた。

あの構え、また飛んでくるつもりか。

「!?」

消えた。

さっきまでそこにいた大剣騎士がどこにもいない。

違う、足元の影が大きくなっている。

頭上を見ると大剣がすぐそこにあった。

「っく!」

ナイフで弾きながら横に飛んで避ける。

しかしその衝撃で私は大きく飛ばされ、壁に強打、そして地面に衝突した。

「うわ!人が降ってきたぞ!」

「あんた大丈夫か!」

武器屋とか屋台がある。

町の東の端から西の端くらいまで飛ばされたのか。

なんて威力。

「おい、凄い怪我だぞ!」

体のそこらじゅうが痛む。

でもこのまま倒れているわけにもいかない。

「どいて」

「ええ?」

なんとか体を持ち上げて立つ。

手に持ったナイフはもうボロボロだ。

原型がほとんどない。

「・・・!?」

嘘でしょ。

正気じゃない。

私は自分を疑いながらも頭上を確認する。

「離れろ!」

「え?」

「いいから離れろ!」

アイツが来る。

避けないと死ぬ。

でも足がうまく動かない。

「なんだありゃ!」

周りにいた市民も気づいて逃げ始めた。

「死ねい!暗殺者!」

足を引きずりながらそこから離れる。

背中擦れ擦れで避けられたが、その風圧で私は吹っ飛んだ。

逃げていた市民にぶつかって倒れる。

「外したか」

大剣騎士は平然としている。

その視線が私に刺さっているが、私は倒れたままだ。

もう動けない。

「体力切れか、暗殺者」

大剣騎士の足音がゆっくり迫ってくる。

騒々しいあたりの足音とは違う、ブレない足音だ。

「おい!あんた何してる!」

逃げられない。

私は負けた。

殺される。

「いいからよこせって!あとこれも!」

殺される気分ってこんな感じなんだ。

ほとんど全員が怖がっていたけど、変なのか。

私は全然恐怖を感じない。

あのときはあんなに怖かったのに。

「命乞いもしないで受け入れるか、暗殺者」

空に向けられた大剣は輝いていた。

それは太陽が私を拒んでいるからだろう。

「敬意を払おう、暗殺者」

正義の剣が振り下ろされる。

それは私の首に行きつく。

正しく確かに真っすぐに私の首を斬るだろう。

だから怖くないのかな。

「・・・」

耳から地面の振動がよく入ってくる。

慌てた足音ばかりある中で一つだけ異様なものがあった。

死に際なのにそれの音に私は見惚れていた。

なぜならその音が乱暴なくせに躊躇いなくこっちに向かってくるから。

「食らいやがれ!」

「む?」

そうだ。

本当に嫌な音だ。

ライラックの攻撃を大剣騎士が振り下ろしていた剣を止めて受け止める。

「だれだ」

「あ?共犯だろうが!」

大剣と大斧が交差して震えている。

「そうか」

だが大剣騎士は空気を扇ぐようにライラックを払い飛ばした。

「まじかよ!」

ライラックは屋台に激突した。

芋が宙に舞い、私の頭にぶつかった。

馬鹿みたいだ。

「お前からだ、大斧」

私は震える足を立たせた。

大剣騎士はライラックのほうへ歩く。

対してライラックは芋を投げた。

「おら!」

「・・・」

「おらおら!」

「・・・」

大剣騎士は飛んでくる芋を斬りながら向かっていく。

たまに外れる芋が私のほうに飛んでくる。

「こざかしい」

「そうかい?」

至近距離に来た大剣騎士にライラックは隠していた短剣を数本投げた。

しかし大剣騎士は簡単にそれを避ける。

「やっぱりだめか」

「舐めているのか」

「舐めちゃいないさ、あんたは騎士様だからな」

ライラックは笑い、大斧を素早く振った。

だがわかっていたかのように大剣騎士は受け止めた。

「お見通しってことかい?」

「よくしゃべる」

「なぁ、騎士様は市民を守るのが仕事だろ?」

「・・・」

「じゃあ俺を見逃してくれよ」

「罪人は対象外だ」

大剣騎士は大剣で大斧を押し放し、振り上げる。

押し負けた大斧よりも大剣のほうが振りは速い。

だからライラックは大斧を手から離し、大剣騎士を蹴った。

それにより大剣は軌道を外れ、ライラックの隣に落ちた。

「甘い」

避けきったライラックは大斧に手を伸ばす。

しかし大剣騎士はそこから大剣を振り上げる。

「おい、まじかよ」

大剣騎士の一撃はどれも重く、速い。

あたれば即死級という意味では強力であるが、逆にそれは次の攻撃の遅さを意味している。

つまり一撃の後の隙が狙い目だった。

だが大剣騎士の次の攻撃は想像よりも速すぎていた。

「くたばれ」

その速い一撃はまもなくライラックの体を引き裂く。

ライラックは死の淵にいた。

それなのにあきらめることなく大斧に手を伸ばし続けている。

だからこそ大剣騎士はライラックの顔を見ていた。

「!?」

その表情は大剣騎士を驚かせる。

なぜならそれはいままで見てきたものとは異質すぎたからだ。

そう、ライラックはこの状況で笑っている。

「・・・」

大剣騎士とライラックの見ているものは違っている。

同じように私も違うということだ。

その二発目は私にとっては遅すぎた。

「なに!?」

すでに三本の短剣は大剣騎士のすぐ後ろにあった。

気づくのがあまりに遅い。

こっちは暗殺者だ。

「っぐ」

そして三本の短剣は刺さった。

これにより振り上げた大剣は軌道を逸れて、ライラックの頭をかすめる。

それと同時にライラックは大斧を握った。

「・・・!」

すぐにライラックは大斧を横に振りはじめる。

大剣騎士は重い一撃目の後の二撃目が空を斬り、三撃目を出そうとしても間に合わない。

騎士はもはやどうしようもない。

「誉あれ」

ライラックはそう言いながら鈍重なその一撃を大剣騎士にぶつけた。

大剣騎士は吹き飛ばされ、鍛冶屋の壁を壊して倒れた。

「ふぅ、なんとかなったか」

「・・・」

大剣騎士に大ダメージを与えられたが、まだ生きている。

普通の騎士なら死んでいるはずなのに。

だがあれじゃ当分動けないだろう。

「おい、ライラック!」

「なんだよ?」

増援がやってくる。

その前に逃げるしかない。

「逃げるぞ」

「お、おう!」

屋台と店が壊された西通りの現場から消える少女と若い男を多くの市民が目撃していた。

だが彼らは後で来た騎士たちにその情報を言うことはなかった。

それは彼らが酔っていたからだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る