第2話 嘘を殺す破片
青空に鳥が三羽、いっしょに飛んでいる。
平原には麦わら帽子を被った男の人と女の人、そして女の子の三人が歩いていた。
男の人は藁がたくさん乗った手押し車を押し、女の人は女の子の手を握っていて、女の子はただ笑っている。
なんともない普通の家族だ。
風が少し強くなり、空が曇り始めた。
女の人が女の子を心配して何か話している。
それに対して男の人は笑い飛ばして、それで女の人に怒られている。
男の人は仕方なく女の子に謝っている感じだ。
女の子はそれを笑い飛ばした。
でもこの灰色の雲はどこにもいかない。
当たり前のことだ、天気は人の感情なんて関係なく決められたようになるだけだから。
近くの茂みから何かの音がした。
家族は何かが茂みにいることに気づく。
女の人が女の子を抱きしめて男の人に何かを言っている。
男の人はなんてことない感じで笑う。
怖がりながらも家族は平原を進む。
だけどまた茂みから音がする。
女の子は女の人に抱き着きながら泣き出しそうだ。
それで少し早歩きで進む。
どうすればよかった。
男の人は女の子が泣かないように楽しい話をした。
女の子は少し笑う。
それで男の人はさらに楽しい話をした。
茂みからまた音が鳴った。
だけど家族は気づかない、その笑顔で聞こえなかった。
男の人は楽しい話を続ける。
やめて。
それで女の子の笑い声が聞こえて、女の子を見た。
そのときに初めて気づく。
髭の男が斧で女の人に斬りかかってきていたことを。
男の人はそれを庇う。
やめて。
女の人は叫んだ。
女の子は泣いた。
髭の男は笑っていた。
なんで。
女の人は女の子に怒鳴った。
女の子は戸惑う。
嫌だ。
だから今度はもっと怒鳴った。
女の子は泣いた。
嫌だ。
髭の男はそれでも笑って女の人に対して斧を振りかぶる。
怖い。
髭の男はそれで女の人を何回も斧で切りつける。
血が頬に飛ぶ。
「おい!大丈夫か!」
まただ。
動かなくなっても切っている。
「おい!」
髭の男は満足したのか手を止めた。
そして雄たけびを上げた。
その声が耳の中で鳴り響き、そのせいで目がいつも急に開く。
またあの夢だ。
「大丈夫か?」
「・・・」
知らない顔がすごく近くで私を見ている。
「おい?」
「・・・うわ!だれ!」
「いでえ!」
思わずその顔を殴り飛ばす。
男は床に強くぶつかった。
「なにすんだよ!」
「お前こそなにを!」
下着姿になってるんだけど。
嘘でしょ。
「何もしてない!何もしてない!」
ベットから飛び上がり、辺りを見回す。
見つけた剣を抜いた。
そしてそれでこの男を殺す。
「まて!まて!何もしてないって!話聞けって!」
許さない。
絶対に許さない。
「死ねえええええ!」
「うわああああああ!」
剣でおもいきり斬りかかる。
「あ・・・」
足が、足が動かない。
なんでだ。
「ふぅ・・・助かったか」
まだだ。
剣を男の頭目掛けて投げる。
「あぶね!」
その割に男は剣を簡単に避けた。
なんなのこの男は。
「さぁ・・・話しをしようか・・・お姉ちゃん・・・」
「やめろ!」
男が気持ち悪い顔して近づいてくる。
体が思うように動かない。
逃げられない。
「おら!」
「くそ!」
男は私を抱えてベットに投げた。
ベットが硬くて痛い。
「許さない!殺す!」
私は感情的な殺意を向ける。
少しでも威圧する、抵抗する。
だけど男は何ともない感じだ、効いていない。
「・・・」
終わった。
「・・・」
最悪だ。
「・・・?」
何もしてこない。
それどころか布団がかけられている。
「・・・なんだよその顔、勘違いしてないか姉ちゃん」
「なにが?」
「自分に聞け、てか俺の話をまず聞け」
「・・・わかった」
私は渋々黙って男の話を聞くことにする。
男の名はライラック。
ここイーグル大町で酒場を経営している一般市民。
散歩していたら怪我している私を見つけ、酷い怪我だからと介抱してくれていたらしい。
そんな話が信じられるわけがない。
「だからなんだよその顔、まだ疑ってんのか?」
「・・・別に」
そもそもこの男は嘘をついている。
一般市民が私の飛ばした剣を避けられるわけがない。
「おーい!ライラック!来たぞー!」
「おー来たか、ちょっと待ってろ」
男が部屋を出て行った。
逃げるなら今しかない。
私は体をすっと起こす。
「・・・」
私は体をゆっくり起こす。
「・・・」
あれ、動かない。
さっきは動いたのに。
しかもなんか熱くなってきた。
「なんで・・・」
視界から色がなくなっていく。
しだいに白黒になって黒くなった。
もう夢は見たくないのに。
眩しい。
「・・・何?」
「お?起きたか?」
男によってカーテンが開かれた。
そこから鳥の鳴き声が入ってくる。
窓から屋台の支度をする人たちを見下ろす。
朝か。
「どうだ調子は?」
「どうって・・・」
体が起こしても全然痛くない。
「え?」
「熱はもうないみたいだな」
男が私の頭に頭をぶつけてきた。
もちろん殴り飛ばした。
「うわ!」
男は壁に強くぶつかり、その衝撃で部屋が揺れた。
「なんだこの怪力は」
「馴れ馴れしすぎ」
「命の恩人に対してそれはないだろ・・・」
私は立ち上がり、壁にかけられているローブを着る。
あれナイフが一本しかない。
「あ?なんかナイフが10本くらい入ってて危険だったから捨てといたぞ」
「・・・」
しかも財布も空だ。
空になった財布を男に投げつけた。
「お、ありがとう・・・って空じゃねえか」
「お前がやったんだろ」
「なんのことかな?」
男はそっぽを向いた。
私は一本だけのナイフを構える。
「やめろ!やめろ!悪かったから!」
「・・・まぁいいだろう」
これでもあいつは命の恩人だ。
見逃してやるか。
私は命乞いをする男を無視して部屋の扉を押す。
「まてよ、それでいいのか?」
なぜか男が私を止める。
「なにが?」
男は立ち上がった。
「姉ちゃん、噂のウィルソンを殺した殺人鬼だろ?」
「・・・」
再びナイフを構える。
私は出入口にいて逃げ場はない。
「まてまて!誰にも言ってないし、何もする気はないって!」
「じゃあなに?」
「とりあえずナイフ下ろせって」
「・・・」
戦意はないようだからナイフをしまった。
あったとしてもすぐ殺せる。
「今、外がどうなってるのか知ってるか?」
「・・・」
「ウィルソンが死んでから騎士たちはお前を血眼で探してんだよ、外に出たらすぐに捕まるぞ。」
「・・・そんなこと?」
なんなんだこの男。
止めたと思ったら取引とかじゃなくて忠告って。
下から物音がする、だれか入ってきた。
「おーい!料理ようの酒を売ってくれ!切らしちまったんだ!」
気配を消して様子を見る。
なんでこいつは笑ってるんだ、私を見て。
「・・・ああわかった!ちょっと待ってろ!」
最悪だ。
男は笑いをこらえながら下に降りて行った。
ここは男の酒場の二階、場所はイーグル大町の西通りのすぐ横。
つまり人が多いところってこと。
・・・逃げにくい。
ようやっと男が階段を上ってきた。
あれから30分くらい経ってるし遅すぎ。
「悪い悪いって・・・ほんとに逃げずにいたのか、割とビビりなんだな。」
「うるさい」
正しい判断だということがこの馬鹿にはわからないだろう。
階段も乱暴に上ってくるようなやつだし。
「で、どうするんだ? えーと・・・名前なんだ?」
「アルスト」
「いい名前だな、アルスト。これからどうするんだ? 自首するつもりもないだろうし、されても困る。」
「ん?あたりまえだ。」
もちろん私が自首することでこの男が共犯だと思われて処刑されるというのに気を使っているわけじゃない。
「まったく、本当のことを言うと助け損だ。犯罪者助けたこと知られたら・・・あー」
「気づいたときに私を見殺しにすればよかったでしょ」
「できるかよ、そんな非人道的なこと」
人の金を盗んでおいて何を言うか。
こっちだって助けられ損だ。
「夜中になったら裏口から逃げる、それでいい?」
「そうだな、てか病み上がりだから休んでろ」
「余計なお世話だ」
「そうかい」
再び部屋に籠るしかない。
ここは牢獄か。
夜中までかなり時間があるし、暇だ。
外を歩く人を見れば気づかれる。
空を眺めても気づかれるかもしれない。
窓には近づけず、寝るしかない。
「おーい、開けるぞ」
「なんだ?」
「なんだって、飯だよ。腹減ってるだろ?」
「どうも」
「愛想ねえな、それじゃあ男できねえぞ?」
うざい。
こっちが大人しくしていれば調子に乗りやがって。
ライラックがアルストにトレイを渡すと、すぐにアルストは食べ始めた。
「はっはっはっは、そんなにがっついてよ。うまいか?俺の飯は?」
「うるさい」
くやしい。
でもおいしい。
「よし、もっと作ってきてやる。待ってろ」
男は乱暴に階段を下りていった。
そしてすぐに部屋に戻ってきた。
「肉だ!焼き魚!あと酒もあるぞ!」
「酒はいらない」
「飲めないのかよ」
男は料理を持ってきては空になった皿を見て喜びながら私に渡してくる。
それが数回。
「今度はトンカツだ!」
「もういい」
「おいおい、せっかく作ったのに」
「お腹いっぱい」
「そうか・・・」
私を豚にでもする気なのかこの男は。
やっぱり馬鹿だこいつは。
「ん?」
「どうした?」
「誰か来る」
蟹股で歩いている中年とその左右にチンピラか。
「おい!ライラック!出てこい!」
「やべえ」
大きな音が鳴った。
扉が蹴破られたみたいだ。
やっぱり横暴な奴だ。
男は急いで階段を下りて行った。
二階にいても話し声が聞こえてくるのはこの酒場がボロいためか、あるいは声がでかいからか。
「おい!いつになったら金を持ってくるんだ!」
椅子が飛んだ。
「今月分はもう払っただろ?」
「何言ってやがる、足りてねえんだよ」
借金取りか。
だけどただのチンピラだな。
男がビビっていないのもそういうことか。
「せめて一週間は待ってくれ」
「一週間だと?ふざけてんのか!」
三枚の皿が割られた。
かなり乱暴なやつらだ。
「今だ、今払え。それか店をよこせ」
「無理だ、明後日までならどうにかできる。待ってくれ」
くだらない会話だ。
あの男は借金しているから仕方ない。
「こんなことならあの少年を助けるんじゃなかったな」
「・・・くそ」
くだらない。
「おい、なんだこれぇ?」
「カレーだぁ?」
チンピラのうちの一人がカウンターに置かれているカレーを手でつかんで口に入れた。
「まずいなぁ!」
「こんなものを出すなら店を売った方が世のためだぇ」
そう言いながらもう一口手でつかもうとしている。
だけどそれはお前らが食べるようなものじゃない。
割れた皿の破片がその手に刺さった。
「いでぇ!」
予想通り、その顔も手もずいぶん汚かった。
「だれだ!」
「・・・なにしてんだ」
チンピラのほうはどうでもいい。
私の手が汚れるだけだ。
「その赤い目は・・・まさか、殺人鬼!?」
皿の破片を手に取り、それを横暴野郎の首に投げる。
破片は回転することなく真っすぐ飛び、その喉を貫通した。
「親方ぁ!」
「なにしてんだよ?」
ライラックが私になにか言っているが聞こえない。
関係ない。
「お人好しはほどほどにしておけ」
デカい破片を真っすぐライラックの頭に投げる。
ライラックは簡単にそれを避ける。
そのことを目で確認した後、私は裏口から酒場を出た。
「親方ぇ!」
「暗殺者だぁ!殺人鬼だぁ!」
まもなく町中に殺人鬼の目撃情報が広がった。
内容は死者一人、負傷者二人、無傷一人が被害者。
店内の状況からしてかなり大暴れしたと見られている。
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