アルストロメリア
ラッセルリッツ・リツ
第1話 月に落とされた花
暗い海を真っすぐ進んでいく小さい帆を月明かりが照らしている。
夜空の星を雲が隠しているが、それでも月だけは彼女らをはっきりと覗いている。
「見えてきたぞ。」
黒いローブに身を隠す白髪の男と桃髪の少女が船の先から見える丘の屋敷を確認した。
「もう一度作戦を言っておく。」
「はぁ・・・」
少女はため息をついた。
「屋敷の裏にある私有港から侵入。丘を登って屋敷の内部に入り、二階の図書室にいるであろうジョー・ウィルソンを仕留める。」
「・・・わかってるって」
男は少女の返事にかまうことなく、船の操縦に集中する。
それを見た少女はますます顔を曇らせた。
「その機嫌、着くまでには整理しておけ」
「はいはい」
男は後ろにいる少女の不機嫌な顔を一度だけ見て前を向きなおす。
それに対して少女は首を傾げた後、少し笑っていた。
イーグル大町。
世界で最も権力のある四貴族の一つであるウィルソン家が支配する大きい町。
そこにあるウィルソン家の屋敷の裏には私有の港を構えていて、ウィルソン家はそこから様々なものを密輸している。
「おい、ついたぞ。」
「・・・」
私はフードを被った。
港には大きい船が三隻、それと騎士何人かが警備しているみたいだ。
クロードは船を港の隅に止めた。
「警備が厳しい。これは戦闘になりそうだ、準備しとけ」
「できてる」
またクロードがニヤけている。
気持ち悪い。
騎士は港に四人程度、近いほうに一人、奥に二人、屋敷への道に一人。
装備は一般的な騎士の剣と盾だけ。
港と屋敷は一つの道でつながっていて、屋敷は壁の向こうの坂の上にある。
「いくぞ」
「・・・」
クロードは近くにいた騎士を後ろから殴って気絶させ、すぐに横にある壁を飛び超えた。
私は倒れた騎士を海に落とし、クロードの後をついて行く。
そしてクロードと同じように暗闇に紛れて港と屋敷の道を見張っている騎士から隠れた。
「みろ。」
「・・・」
クロードが示したのは二階の窓。
その奥から一人の気配だけ、おそらくあれがウィルソンだろう。
図書室は二階の真ん中の部屋、すでにウィルソンはいるのか。
「屋敷の二階、何人の騎士がいる?」
「・・・10人。」
なんで聞いてくるの。
それくらいわかるのに。
「11人だ。」
「え?」
嘘だ。
10人しか騎士らしい気配はしない。
「ウィルソンも昔は騎士だった。」
「・・・性格悪い」
「ターゲットのことは調べておけ、どんな些細なことでもな」
「・・・うるさい」
クロードはあごで二階の角にある窓をさす。
私はうなづいて、クロードの後ろをついていく。
屋敷のすぐ周りにも何人かの騎士がいる。
どれも大した装備をしていないし、歩き方が若い。
怪しい。
「上るぞ。」
「・・・」
私たちは騎士が向こうに行ったのを見てから、屋敷の角側まで走る。
そしてクロードが一階の窓枠から二階の窓枠へ上って窓を斬り、中へ入った。
私は左右を確認した後、中へ入る。
二階の廊下の曲がり角、見張りはこっちへ向かってきているみたいだ。
「こっちだ。」
「・・・」
開いているすぐ近くの部屋に入り、こっちへ歩いてくる二人の騎士から隠れる。
この部屋は倉庫だ。
「わかってるな」
「はいはい」
扉のすぐ近くで待機しながらタイミングを待つ。
「・・・」
騎士の足音が大きくなってきた。
止まった。
「窓が斬られているぞ!」
「大変だ!」
足音が鳴り始めた。
一歩目に対して二歩目は遠い、今だ。
扉を早く静かに開け、すぐに廊下を走るその背中を捉える。
そしてナイフで刺す。
「ぐ・・・」
私が一人を殺してクロードのほうを見ると、すでにもう一人を殺し終えて窓側に歩いて行いていた。
「まだまだだな」
「うるさい」
悔しいけどクロードのほうがまだ腕は上だ。
でもすぐに追い抜いてやる。
「感情はおいておけ」
「・・・」
クロードは窓からイーグル大町のほうを見ながら、私に背中を向けて言った。
いつまでも子ども扱いしないでほしい。
「あれ、港が」
「ああ」
早くも侵入したのがバレたみたいだ。
港にいる騎士が海に浮かんでいる騎士に気づいて動き出している。
「3分だ、それまでにここを出る。俺は帰路を確保する、ターゲットは任す」
「わかった」
クロードは窓を開けて外に出て行った。
ターゲットは図書室、私はすぐ廊下を走り出した。
騎士は周辺に2人か。
図書室はまだ先のようだ。
「3分はきついかも」
暗殺するのに1分以内でないと外にいた騎士が中に入り、ターゲットに侵入がバレて逃げられるだろう。
少し早く走って図書室を目指す。
すぐ目の前にある図書室の前を植木鉢に身を隠しながら覗き込む。
図書室の前には二人の騎士、少し豪華な装備をしている。
欠伸しながらつまらない話で盛り上がっていて、かなり油断している。
やっぱりなんか変だ。
「あと30秒くらいか」
時間がない、図書室に出入りは一つだけ。
ここは強行突破か・・・いや冷静にいこう。
石を図書室前の廊下、向こう側に投げる。
「なんだ?」
「見てこい」
「わかった」
一人が音に反応して離れる。
一人は図書室の前で待機したまま。
ただ突っ立ている間抜けに音を立てないで速く近づく。
「っぐ・・・」
一人をナイフで仕留めて、そのナイフを投げる。
それは離れた騎士の首に刺さり、倒れた。
「残り20秒か」
扉に手をかける。
なんだもう来たのか。
「侵入者だ!屋敷に侵入者が入ったぞ!」
下のほうから声が響いている。
時間がない。
扉を一気に開く。
図書室の扉を開けて真っすぐ、目の先には窓と背の付いた椅子。
ターゲットはそこに座っている。
運が悪かったみたいだ、ナイフを飛ばせない。
すぐに私は全速力でそこに走る。
「だれだ!?」
ターゲットは気づいて椅子から立った。
でも距離はもう詰めている。
目が合った、でももう終わった。
その腹からナイフが引き抜く。
私の目の前で倒れたターゲットの首にナイフを投げ刺して確実に仕留める。
「・・・」
足音がくる。
もう騎士が来たのか。
ナイフを取り出して構える。
扉は空いたまま、そこに現れた瞬間に投げる。
出口はそこしかない。
「・・・」
直ぐ近く。
でもなんだこれ。
この感じは。
「・・・!?」
もしかしてこれは。
やめて。
来ないで。
手が震える、鼓動が途切れる。
「パパ~?」
小さい女の子。
目が合ったまま私の時が止まった。
「え・・・? パパ・・・?」
動けない。
わからない。
投げれば殺せる、それで終わる。
なんで、どうして、やめて。
体が勝手に動くのを無意識に止めている。
さらにいくつもの気配が来る。
「ウィルソン殿!」
「これは!暗殺者!首にナイフ、暗殺組織ニバリスだ!」
まずい。
騎士が四人。
出口が塞がれた。
「おい!あいつ目が・・・赤いぞ!」
いや出口はある。
そうだ。
窓を割って外に飛び降りる。
「逃げたぞ!」
落下しながら下にすでにいる騎士数人を確認。
どれも大したことはないが、人数が多い。
「暗殺者だ!捕まえろ!」
着地したときには囲まれていた。
退路はどこだ、クロードはどこ。
気配を探る。
「・・・」
この視線は・・・。
屋敷の壁の上にクロードがいる。
私が気づいたのがわかると、クロードはそのまま壁の上を町の方向に走っていく。
逃げ道は町側か。
「おりゃあああああ!」
斬りかかってきた騎士を避け、壁に向かって走る。
「逃げたぞ!」
後ろと前にもいる。
「とりゃああああ!」
前から走ってくる騎士たち、その後ろには壁がある。
届く。
斬りかかる騎士を飛び越え、壁で着地。
「なんだあれ!」
町のほうを見ると、クロードが家の屋根の上で待っている。
私はすぐに走った。
騎士が町に走りこんでいき、町の騎士たちも忙しなく動き回りだした。
そのせいで夜中の町は騒がしくなっている。
「殺人者が町の中で逃亡中!」
「探せ!」
夜中のイーグル大町は騎士の掲げる松明の明かりで満ち溢れていた。
だがその明かりは彼女らを照らせてはいない。
彼女らはその明かりより高いところ、屋根の上にいた。
「逃亡は初めてだったか」
「腕がいいから」
「それだけじゃやっていけないけどな」
「・・・」
「出口はあそこだ」
「・・・わかった」
クロードが走り出し、私はその後ろを走る。
出口は町の高い防壁の先みたいだ。
家の屋根よりもずいぶん高いし、防壁には何十人もの騎士が待機している。
そして防壁に上る手段は町の各所にある6つの塔だけ。
騎士が多いところほど出口に近い。
「だいぶ活発だな」
「そうみたい」
あれから数分、騎士たちは町をくまなく走り回っている。
あきらかに私たちの存在に気づいてからの行動が早すぎる。
「おりるぞ」
「ええ」
屋根の上を防壁の騎士たちが警戒し始めたため、路地裏に降りる。
見つかるのも時間の問題だから急がないと。
最も手薄だった塔の前に着いた。
さっきまで数人しかいなかったのに数十人に増えている。
見つかっていないのになんで先回りされているのか。
「これはやられたな」
「読まれてるってこと?」
「ああ」
「どうするの?」
「足に自信がないのか?」
クロードは塔に突っ込んでいく。
塔の前の騎士数人が怪しい黒いローブの男に気づくが、声を出す前に倒れていた。
「いくぞ」
クロードの後をついていく。
塔は真ん中に支柱、広い螺旋階段が周りを囲う構造。
隠れるところはないが、移動しやすい分ありがたいか。
「おい!見つけたぞ!」
後ろにもいるみたいだ。
しかもその声で塔の中にいる騎士が動き出した。
「急ぐぞ」
「わかってる」
螺旋階段を上っていく。
「いたぞ!」
「槍を構えろ!」
目の前の階段の先に槍を持った騎士たちが現れた。
彼らは横に並んで道を塞ぎ、こっちの足は止まった。
厄介すぎる。
後ろからもぞろぞろと騎士が迫ってきているし。
「降参しろ!」
完全に囲まれた。
「いくぞ」
「それしかないか」
クロードが壁を走りだした。
「なんだと!?」
私も同じように走って前にいる騎士たちを無視する。
「くそ!追え!」
ここは下にいる騎士で全部みたいだ。
あとは防壁の上にいるから、また囲まれる前に走り抜けるしかないか。
塔を登りきると、向こうに海が見える。
でもそんなに一安心する暇もなく、左右の一本道から騎士が走ってきている。
「こっちだ」
町の門に近いほうにクロードは走っていく。
そっちは騎士が多いが、もはやそれしか道はない。
私はクロードについて行く。
「残念だな!行き止まりだ!」
また騎士たちが並んで道を塞ぐ。
やっぱり真正面からじゃ流石に不可能だった。
だけどクロードには策があるみたいだ。
「逃がさんぞ!なに!?」
クロードは防壁の手すりの上を当たり前のように走っていく。
それもものすごい速さで。
私も同じようにするが、そこまで速く走れない。
「逃がすな!」
それでも必死にクロードの後ろをついていくけど、追いつけない、離れていく。
「落とせ!落とせ!」
騎士たちが剣や槍で足を狙ってくる。
それを飛んだりしながら避けて走る。
クロードの真似をしてやっているが、簡単に見えても全然きつい。
「なんだこれ!」
こんなことをあの速さをキープしたままでクロードはやっている。
クロードの背中が離れていく。
「くそ!速いぞ!」
町の入り口正面の防壁の両脇の塔から外に出られる。
「逃げられるぞ!」
クロードはすでに塔までついていた。
攻撃する騎士を飛んでかわし、塔の壁に剣を当てながら落ちて行った。
やっぱりクロードはすごい。
「なんだあれ!」
遅れたけどこっちも少しで着く。
騎士は数十人が防壁の上、避けられる。
「あきらめるのは速い」
あと数メートル。
横からの攻撃を飛んで避けながら走る。
もう少しで出られる。
ずいぶん遅れたけど追いつけるか。
「落ちろ」
なんだこの気配。
後方から追ってきている。
速い、私よりも速い。
「!?」
嘘だ、そんなわけがない。
攻撃してくるのか。
私は一気に止まり後ろを振り向いた。
遅かった。
すでに大剣の騎士が飛んで斬りかかってきていた。
うごけない、避けられない
ナイフを取り出す。
「食らえ!」
大剣がくる。
ナイフでそれをはじこうとするが、はじききれない。
まずい。
「・・・っく!」
重い一撃で私は殴り飛ばされた。
落ちていく。
背中に風が当たっている。
この高さから落ちたらまずい。
「・・・」
どうすることもできない。
落下しながら私が見ていたのは大剣の騎士ではなく、星の見えない夜空だった。
それから少しして私は目を閉ざす。
不思議と怖くはなかった。
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