悪魔と町医者(後)

 変わらず私は大忙しだったが、悪魔が助手を務めてくれるようになったからか、多少は楽になった。寧ろ、彼が来てからというもの少しだけ私の生活に色が付いたような気もする。素っ気ないラジオの音だけで埋められていた灰色の日々が、薔薇色になっていった。





 今日も今日とて沢山の患者が私の診療所に押し寄せて来た。待合室は風邪など些細な病の患者ばかりだが、小さな子供から大人まで今ざっと数えても二十人以上はいるだろうか。悪魔は私が診療に追われている中でも雑務をテキパキとこなしていた。受付も実は彼がやっている。その要領の良さは見習いたいと、私は少しだけ思った。





「先生、今日は患者が沢山来たな。お疲れ様」

「ありがとう」

「今日はちょっとしたご褒美に開けちゃおうぜ?」

そう言って悪魔は懐から高そうなワインのボトルを出して、食卓の上に置いた。慎ましい食事にはとても似合わないソレを、彼は慣れた手つきで開け、グラスの中に注ぎ込む。美しく妖艶な血のような紅は一瞬にしてグラスを満たし、私が一口飲むとぶどうの渋みと甘味が一瞬で舌を支配していった。

「美味いなコレ。どこで手に入れたんだ?」

「ははは、ちょっとな……」





 私が仕事をこなしたところで暮らしぶりは変わらない。今まで感謝の言葉とお金を貰うだけ。だが、悪魔が与えた病はすぐそこまで確実に迫ってきていた。




 そのことに気づいたのは、彼を助手として雇って一週間経った日の夜のこと。私が軽い入浴を済ませようと浴室に向かった時、洗面台に何かを吐いてしまった。恐る恐る見てみると、それは血だった。いや、ただの血ではなく血痰だ。穢らわしい血痰が、白い洗面台を汚しているのだ。

「あーあ、来ちまったか」

いつの間にか私の真後ろには悪魔が立っていた。どこか楽しそうな声で、

「今更死にたくないって言ってももう遅いぜ?お前の魂は俺のモンだ」

そう言って私を嗤う。だが、

「私からすれば願ったり叶ったりだ。ありがとう」

私は泣きながら彼の手を握った。




 翌日、私は碌に起き上がることさえ出来なかった。休診日だったのが不幸中の幸いだろうか。傍にいるのは悪魔だけ。あの後、どんな食べ物を口にしても吐いてしまい、身体も怠くなっていった。眠っている間に熱はどんどん上がっていき、今はもう動けない。だが、そんな私を彼は見守ってくれる。





「なあ、お前さん。こんな人生で悔い無えのか?」

「あるって言ったらどうする?」

「……知るか」

「やっと家族のところに行けるんだ。私は嬉しいよ」

それを聞いた悪魔は泣きじゃくった。私の身体を抱きしめて、意識が無くなるまでいつまでも泣いていた。

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