牛裁判

 何も悪いことをしていない筈なのに、私はどうしてこんなところにいるのだろうか。私は何故法廷に立たされているのか、全く理解が出来ない。目の前には農場では見かけなかった黒く、立派な服を着たメガネのおじさんがこちらを険しい目つきで見つめている。

「これより、裁判を行う」

私には彼の言葉の意味が全く分からなかった。





 私はとある農場で飼われている、何十といる乳牛のうち一頭だ。数週間前に新入りの牛がやってきたこともあり、私はイラついていた。やることなすこと全てスローペースで、水を飲む時も、草を食む時も大体にしてスピードが私の半分にも満たないのだ。あまりの要領の悪さに耐えかねて、突き飛ばしてしまったことも一度や二度ではない。だが、それだけなら大して問題にはならない筈だ。




 おじさんの手で罪状が読み上げられる。

「被告人は、餌の干し草を与えようとした十二歳の少女を突き飛ばした挙句、全治六ヶ月の怪我をさせた」

ああそうだ。食べ終わらないうちに次の干し草を与えようとしたあの子を、私は突き飛ばしたんだ。あまりにもウザく思えたから。

「モォー、モー‼︎」

「被告人は、食事の邪魔をされたことに怒って突き飛ばしたようです!ですから、情状酌量の余地はあるかと考えます」

弁護士の若い男性が叫ぶように私の弁護をする。大体合ってはいるものの、微妙に違う!しかし、弁護士は人間だ。私の言葉が分かる筈もない。




「被告人は過去に、別の牛を突き飛ばして怪我をさせた前科がある。それも一頭や二頭ではない!十頭は下らないだろう。よって被告人は有罪であると考える」

「被告人がいなければ市場に卸す牛乳が足りなくなる恐れがある。それに、新入りの牝牛をいびるお局牛はどこの農場にもいるものかと……」

「甘い‼︎今回は農場内で、怪我人も命は助かったが、この暴れ牛がよその家に突っ込んだらどうなるか分かるのか‼︎」

私に対する判決は、有罪か無罪かで真っ二つに分かれている。陪審員も顔をしかめながら聴いているようだった。結局のところ、私に対する判決が確たるものになったのは三時間後のことだった。




「被告人に判決を言い渡す。余罪なども鑑みた上で終身刑とする」

私はこの判決に愕然とした。もう一生あの牧草が生えた草原に出られないことを意味しているからだ。それだけではない。干し草も食べられないし、痒いところが自由にかけない。

「モォー‼︎モォー‼︎」

私は必死に反抗したが、数人の男達に取り押さえられ、牢屋の中に閉じ込められてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る