おにぎり屋の逆襲 前

 その街は沢山のお洒落な店やビルが並んでいて、更には子どもにも優しいことで有名なところだった。街の中心にある駅の入り口近くにはおにぎり屋がある。昔ながらのその店は、売店かと見紛うくらいには小さく、ショーケースに並んでいるおにぎりの数も、コンビニやスーパーに売っているモノとは比べ物にならない。だが、いつも一日の終わりには必ず全て売り切れているし、何より買って行った客は皆が笑顔を見せていた。




 店の名前が書かれた看板を見ると、『昭和二十五年創業』と書かれていて、その歴史の長さに驚かされる。しかしながら、このおにぎり屋が今のように繁盛し始めたのはそこまで昔のことではないという。それでも令和の今からすれば充分昔ではあるのだが。




 今から五十年以上前の話である。近隣にコンビニやスーパーが出来た影響もあり、おにぎり屋は寂れつつあった。元々中年のおばさんと、二、三人の手伝いだけで営んでいる小さな店だったので、いつ潰れてもおかしくはなかった。半分近く売れ残る日もその頃は珍しくなく、売れ残りのおにぎりはゴミ箱に捨てられてしまった。




 ある日の昼、店に高校生くらいの少年がやってきた。学ランを着崩し、髪は脱色しているのか金色に見える。耳にはリングのような銀色の小さなピアスをしている彼は、梅干しと鮭おにぎりをそれぞれ注文した。会計が終わり、

「ありがとうございました」

と笑顔で返すと、彼は店に向かって唾を吐き、去って行った。




 翌日の昼も彼はやって来て、同じメニューを注文して行った。そして会計が終わるやいなや、

「あんたンとこの飯は不味いんだよ」

と理不尽なキレ方をして去った。




 こんなことが続いていくうちに、店主のおばさんはどうしようかと思い悩み始めた。そこで彼女は売れ残ったおにぎりを、閉店後こっそり持ち帰って食べたのである。今回売れ残ったのは、梅干し、おかか、明太子の三種類。全て食べたが、味が特別おかしい訳ではない。ただ、共通する点が一つだけあった。どの具も何故だか味がマイルドなのだ。そのせいで味が薄く感じられるのではないか。彼女はそう思い至り、翌日に手伝い達にも同じことをしてもらった。




「うーん、そうですねー……。確かに今一つパンチが足りないと言いますか……」

「わたしはこの味好きなんですけどね」

「そうね、パンチが足りないわよね!散々馬鹿にしてきたあのクソガキに一泡吹かせてやりましょうよ。」

「じゃあ、どこから変えましょうか?」

「そうねぇ……」

その日の夜遅くまで、企画会議は続けられた。そして……。

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