のんびり短編集

縁田 華

謎の島

 ○○県には小さな島があった。地元の人の間では島について様々な憶測が飛び交っている。やれ、「この島は昔神域で、誰も足を踏み入れることが出来なかった」だの、

「昔この島には人が住んでいたが、太平洋戦争の時に爆弾などを製造する工場となり、戦後はそのまま打ち捨てられた」

「この島は研究施設だったが、ある時閉鎖されて今もそのままになっている」

といった憶測が立てられている。テレビで見るような著名な研究チームでさえ足を運んだことのない、まさしく秘境だった。




 確かに島の遺構の中にはコンクリート造りの建物の跡があるが、残留物などは殆ど残っていない。遺構もツタや雑草に覆われ、一見したところでは何が行われていたのか分からない。この島はそのまま人々の記憶から忘れ去られる筈だった。




 ところが、ある年に起きた台風の翌日に、この島に流れ着いた青年がいた。そして水や果物が豊富なこの島の遺構の正体を遂に突き止めたのだ。数多の草に覆われて見えないような隠し階段を発見し、乾電池式のライトとともに降りていくと、そこには小さな礼拝堂があった。マリア観音像や、オルガンもあったという。錆びついて久しい十字架に、ボロボロの祭壇の上には擦り切れるまで読まれたであろう分厚い聖書があった。朽ち果てた木の長椅子に腰掛け、彼はそこで一夜を過ごしたのだという。祭壇に近づき、聖書を開いた彼はその中に挟まれた紙切れを発見した。そこにはこう記されていた。

「我ら 身は朽ちても 魂は死なず」




 その夜、彼は夢の中であるものを見てしまった。朽ちて骨だけになったボロボロの神父が、同じくボロボロの着物を来た人々に何かを聞かせているのだ。嫌な声を耳にしたせいか、彼は神父に対して怯えていた。朝になって起きた時には夢であったことに気づき、安心したという。





 件の青年は数日後に通りかかった漁船に拾われ、事なきを得たようだったが、あの島のことについてはあまり話したくないようだった。だが、対岸にある半島の村人達は聞こうと近づいてくるので、仕方なく口を開いた。その後、青年は都会へと戻り、仕事に精を出しているという。




 青年は知らなかったが、半島の村人達もまた後から引っ越してきた者ばかりであった。島の正体を知る者が誰一人としていないのは、元々半島や島に住んでいた者達が流行病で死に絶えたからである。暫く後にやってきたのが今の村人だった。彼らは島に住もうとは思わなかったらしく、今も件の島には誰も住んでいない。




 その後もこの島に立ち入り、調査を進める者はいたが、めぼしい物は特に見つからなかった。


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