スパチャ配信冒険者たちによる秋のBAN祭り
ちびまるフォイ
その配信は命をともなう
どこまでも広がる草原。
手には洋風の剣を持っている。
「ついに俺は異世界にきたんだ!!」
実家より見慣れた「異世界」というバカンス地へと足を踏み入れた。
異世界での"作法"というものも勉強済み。
まずは町へいって冒険者ギルドに登録するまでが定番。
さっそく一番近い町へ入るや、冒険者たちでにぎわっていた。
「さすが冒険者が訪れる最初の町。にぎわって……あれ?」
にぎわい方が思っているのと違っていた。
みんな切羽詰まった顔で、異世界に持ち込んだスマホに愛想を振りまいている。
「はい! それでは今日も冒険していきたいと思います!」
「あの、なにしてるんです……?」
「おいバカ入ってくるな! 今配信中だ!!」
「は、配信……?」
スマホの画面にはコメントがひっきりなしに流れている。
「変な人が来たんでいったん配信とめますね~~!」
配信ストップするなり、冒険者は真顔でキレ始めた。
「おい」
その低くドスのきいた声は今にも小指をつめろと言わんばかり。
「てめぇ、冒険者なら配信中に邪魔すんじゃねぇよ常識だろ」
「いや冒険者が配信なんて聞いたことなくて……」
「え、まさかお前……初異世界?」
「はあ」
「なるほどな。それじゃ教えてやるよ。
この世界じゃ魔物を倒してもお金は手に入らないんだ」
「え!」
「金を手に入れる手段はただひとつ。
配信して、視聴者にお金をいれてもらうしかない」
「ええええ!」
この町にいる冒険者がみなスマホ片手にデカめの独り言を話していたのは配信中だからと合点がいった。
「冒険者どうしじゃスパチャもできないから、
こうしてどこかにいる視聴者に金をせびってるのさ」
「視聴者とあったりできないんですか?
お金を入れてくれるくらい裕福なら、会って支援してもらうほうが早そう」
「できるわけないだろ。視聴者のひとりでも会ったことはない。
みんなそうさ。冒険者はけして視聴者に会えないんだ」
「まじで配信でお金かせぐしかないんですね……」
「いい防具、いい武器、いい飯を食うためには
とにかく配信しつづけて視聴者を楽しませなきゃいけないんだよ」
「この世の地獄すぎる……」
「初心者への先輩からのアドバイスは以上だ。
さあもう行った行った。視聴者が待ちくたびれてる」
ふたたび先輩冒険者は配信スイッチが入り、
元気で明るく前向きなキャラクターに切り替わった。
このままでは自分も今日の宿すら泊まれないので、
なぜか持っていた配信用スマホをONにする。
「こ、こんにちは~~……冒険者の〇〇で~~す!」
一定数の視聴者はいるもののすぐに離れてしまう。
こんなんじゃスパチャで恵んでもらうどころではない。
「これからダンジョンでモンスターを倒しに行きたいと思います。
えっと、が、がんばるぞ~~!」
視聴者数:3人
数字は絶望的だった。
初期装備の剣はあまりにボロく、
ダンジョンで魔物を切りつけた2撃目で折れてしまった。
何についても金がかかるように異世界設計してやがる。
「うあああ! もう武器がない!!」
目の前には棍棒をもったゴブリンが大挙して襲ってきた。
武器もアイテムもなければスパチャもない。
ただ死にたくない一心で生存本能が暴力へと転化する。
「こんなところで死んでたまるかぁぁぁ!!」
身ひとつでゴブリンを撲殺していくその様子は、
視聴コメントいわく「鬼神のようだった」という。
拳で抵抗する冒険者というのは珍しいらしく、
戦いが終わったあとには爆増した視聴者と大量のスパチャだけが残った。
「こんなにもらえるなんて! よかった! 今日は野宿せずにすみそう!!」
このひとことでまたスパチャが届いた。
町に戻ってギルドに報告を済ませる。
ふと、なんのきなしにギルド受付に訪ねてみた。
「そういえば、先輩冒険者を知りませんか? こういう顔の人なんですけど」
「ああ、BANされました」
「BAN!? そんな概念あるんですか!?」
「視聴者数かせぐために難しい依頼を受けたんですが、
ダンジョンの最奥にいたモンスターにBANされました」
「え……まさかBANって……」
この世界での「死」を意味しているものなのか。
冒険者たちは明日の生活のために配信をしているが、
ただ依頼をこなすのだけでは視聴者の期待に答えられない。
つねに危険と隣り合わせの戦いを強いられ続けているのだろう。
「ひ、ひどい世界だ……」
今日をBANされずにすんだことへ感謝しながら宿屋へ向かった。
何軒か回ってみても、宿屋はどこもいっぱいだった。
「すみませんねぇ、ここも満室なんですよ」
「これで10軒目ですよ!? どうなってるんですか!!」
「常連の方が長期で部屋を取ってるもんで、
なかなか空きができないんですよ」
「魔物との戦いにこっちはヘトヘトなんです。
宿屋でゆるゆる生活している冒険者なんか、
1日くらい外で野宿させても平気ですよ!」
「あちょっとお客さん! 勝手に部屋に入らないでください!」
「宿屋にいるニート冒険者なんか俺が追い出してやるーー!!」
宿屋の部屋に押し入ったときだった。
部屋には布1枚を羽織っているだけの女冒険者が、
スマホの前でギリギリのポージングをしている最中だった。
「きゃーー!!」
「うわわわわ!?」
その後に行われた謝罪会見は自分の冒険者人生において、
非常に不名誉かつ汚点となるために大幅カットされた。
結局、俺は宿屋の物置にシーツを引いて寝かされることとなった。
壁画のような体勢で眠っていると、さっきの女冒険者が訪ねてきた。
「その、さっきはごめんなさい。驚いちゃって……」
「でもなんであんな配信を?」
「私、ぜんぜん強くないし。それに冒険を配信するよりも
服を脱いだほうがずっと安全だしいっぱい稼げるのよ」
「……そうなんだ」
どこも宿屋が満室だったのは、同じ"脱ぎ配信"でスパチャ稼ぐ冒険者がこぞって部屋を取っていたのだろう。
「ねえお願い。あなたは本当に強い冒険者でしょう!?
この世界の魔王"ゼアチューブ"を倒して、この世界を解放して!」
「だ、誰!? ぜあちゅーぶ?」
「この世界のお金をスパチャ経由でしかもらえなくした魔王よ」
「そんな設定が……」
「そいつを倒せばもうこんなことしなくてすむ!」
「でも今でもけっこう稼げてるんでしょ?」
「今はね。でも視聴者は常に"もっと"を求めてくる。
私がフルヌードになったらもう先はない。
飽きられてしまったら私は行きていけないのよ」
「……わかった。俺のこんなスパチャ冒険なんかうんざりしてたんだ。
その魔王を倒してこの世界を救ってみせる!!」
その日を境に「冒険を楽しむ」から「世界を救う」に考え方が変化した。
自分の冒険や魅せる戦い方で視聴者を楽しませつつ、
スパチャで稼いだお金は仲間や新人冒険者に分け与えて
冒険者全体の成熟をうながしていく。
この世界はひとりのヒーローで救えるものじゃない。
多くの冒険者たちが協力する必要がある。
すっかり有名冒険配信者となった頃。
自分の周りには最新鋭の武器防具をスパチャで揃えた配信仲間たちが揃っていた。
「みんな、いよいよ今日が決戦だ!
魔王ゼアチューブはこの先にいる! 準備はいいか!!」
「「 おおーー!! 」」
全員が武器を振り上げたとき。
暗雲がたちこめ魔王ゼアチューブが現れた。
「おろかな人間どもよ。叶うと思っているのか?」
ついに最終決戦。
視聴者から応援という名の投げ銭が飛び交う。
絶対に負けられない。
「いくぞみんなーー!!」
自分が声をはりあげて一番先に魔王へと切りかかった。
すると魔王は冷静に魔法を直撃させた。
「レッド・ヴァン・サンダー!!」
「あびゃびゃびゃ!!!」
秒でまっ黒焦げにされたことを理解したときには、
すでに時分はBANされた後だった。
・
・
・
次に目を開けたときには、見知らぬ部屋に閉じ込められていた。
目の前にはモニターだけ置かれている。
部屋には扉どころか窓もない。
「ここは……いったいどこなんだ?
BANされてから俺はどうなったんだ……」
モニターの電源を入れてみる。
配信している冒険者の映像が映った。
「これは……。お、俺は視聴者になったのか?」
映像を他の冒険者の配信に切り替えることもできる。
そして、配信されている画面の横に「スパチャを送る」ボタンがあった。
ボタンを押すと、大きな注意事項が広がった。
===============
【 ゼアチューブへようこそ! 】
あなたがスパチャを送った冒険者が
世界を救うとあなたは部屋から出られます!
右上の数字はあなたの寿命です!参考にしてね!
===============
気づかなかったがモニターの上には寿命が出ていた。
残り82年もある。
「ここで82年も閉じ込められるなんてまっぴらだ!」
配信を切り替えて強そうな冒険者にスパチャを送る。
大きな金額を送れば送るほどやる気になってくれるので、
どんどんスパチャを送って強くなってもらう。
「よしよし、どんどん強くなってくれ!
そして俺をここから出してくれーー!!」
が、さんざん貢いだ冒険者があっさりBANされてしまった。
一気にお金が入ったことで戦闘技術はまるで向上していなかった。
「ああもう! この冒険者は失敗だ! 次に救ってくれそうな人は……」
映像を切り替えて次の投資先を探したときだった。
モニターに表示されていた寿命が減っていることに気づく。
「寿命……残り10年!? なんで!?」
原因はひとつだった。
おそるおそる少額のスパチャを冒険者に送る。
寿命は残り9年となった。
「そんな……。それじゃスパチャは俺の命そのものだったのか……」
もう残りの寿命はわずか。
仮にこの寿命を冒険者ひとりに全部投資したとしても、
世界を救うほどの経済力にはならないだろう。
となると、「救ってくれそうな人」に投資するしかない。
星の数ほどいる冒険者から英雄を探し当てるなんて、
それこそ宝くじを1枚買って1等当選するより難しいだろう。
自分に残った9年ぽっちの寿命に残された選択肢はごくわずか。
「あ、ああ……あああ……」
絶望に情けない声が口から漏れる。
もう自分はこの部屋から出ることはできないだろう。
現実逃避か、寿命を悟った生存本能がそうさせたのか。
配信されている映像を切り替える。
モニターには布1枚であられもない姿の女冒険者が映る。
震える指で最後のスパチャを押した。
『わぁ! ありがとうございます~~!!』
いつか見た宿屋の女冒険者は喜んでくれた。
お礼にきわどいポージングをしていたようだが、
もうそのときには寿命は尽きていた。
スパチャ配信冒険者たちによる秋のBAN祭り ちびまるフォイ @firestorage
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