第6話堺のペース

「おまたせ。じゃあ早速行こうか」

店先に現れた堺は僕の元を訪れると何気なく口を開く。

「まずお弁当を食べたいんですけど…堺さんはお昼まだですか?」

「うん。私も適当に買ってきたから。お昼食べよ?」

「えっと…何処でですか?」

「え?藤田くんの家じゃないの?」

「僕の家ですか…」

まだ警戒心のある僕は堺を家に上げて良いのか思考を回転させる。

だがすぐに堺は返答を寄越すので思考が停止することになる。

「え?だって教科書とかノート持ってないでしょ?一回は家に行かないとダメじゃない?」

「あぁ〜…たしかにそうですね」

完全に思考は停止しており堺の言われるがままにその提案を受け入れた。

「そのまま藤田くんの家で勉強したほうが効率よくない?移動に時間取られるのって嫌じゃん?」

「はい。そうですね。じゃあ僕の家で勉強教えてください」

「喜んで」

堺は笑顔を僕に向けるとそのまま自宅へ向けて歩き出した。

数分で到着すると堺は目を輝かせて僕の家を見上げていた。

「藤田くんってここに住んでいるんだね。コンビニから近いんだ」

意味深な笑顔で家を眺めている堺に苦笑するともう一度家の中にあげて良いのか考える。

だが考えても意味のないことだと途中で気付くと堺を家に招く。

「どうぞ。何もお構いできないんですけど…」

「いえいえ。私こそ突然ごめんね。今度は手土産の一つでも持参してくるから」

「そんな。お互いにお構いなくって事で」

境はその言葉に微笑んで頷くと玄関で靴を脱いだ。

そのまま階段を登って僕の部屋に案内すると彼女は部屋中を見渡して感嘆のため息を吐く。

「男子の部屋に入ったの生まれて初めてで…ちょっと緊張するかも」

「なんでですか…勉強教えてもらうだけですよ」

「それでも。緊張はするよ。見たところご両親は不在みたいだし」

「あぁ〜…今日は二人でショッピングモールに出かけましたよ」

「へぇ〜仲良いんだ?」

「はい。いつもまでもベッタリな二人です。僕は殆ど蚊帳の外って感じで」

「そうなんだ。そういう夫婦も憧れるな」

堺の返答に苦笑すると僕らは早速昼食を取ると勉強に励むのであった。


「概ねわからないところはクリアーできた?」

十七時ごろまで勉強に集中していると堺は僕に問いかける。

「はい。本当に助かりました」

「じゃあ何かご褒美ほしいな」

急にいたずらっぽい表情を浮かべた堺は僕にジリジリと近づいてくる。

「えっと…ご褒美ですか?時給分ぐらいなら何か奢りますよ」

「うんん。そういうのじゃなくて」

「じゃあ…どういうものですか?」

言葉に詰まる僕を他所に堺の意味深な笑みは深まっていく。

「キス…してほしいな♡」

「え…」

「ダメ?」

その言葉にどの様に返事をすれば良いのか分からずにいると堺は自分のペースへと引きずり込んでくる。

「大丈夫。大人になればキスなんて誰とでもするようになるよ。飲み会の罰ゲームとか。そんなんで誰とでもするようになるの。今だけだよ。キスってものを尊いものだと感じるのは」

堺の甘言に引きずり込まれるようにつばを飲み込むとそのままぎこちなくだが流れるように堺の口にキスをする。

「これでいいですか…?」

「まぁ。今日はこれで勘弁してあげる。今度はもっと大人なキスを教えてあげるからね♡」

堺はそれだけ言い残すと僕の部屋を出て家を後にするのであった。


堺が帰っていった室内で僕の心臓はとんでもなく高速に鼓動していた。

このドキドキが恋愛感情なのか、ただの性欲なのか。

それは経験の浅い僕にはまだわからないのであった。

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