第5話

「何をする!」


 それに気づいたのが女王ツキモリだ。怒りで真っ赤に燃えた瞳を上空に向けた。ユーディをひときわ鋭いまなざしで見つめると、


「この裏切り者め!」


 と、その両腕を突き出した。


 十本の指から炎がほとばしる。


「シマニャン!」


 ユーディが叫ぶのと、シマニャンが体を旋回させるのが同時だった。ユーディは固く目を閉じ、必死にシマニャンの背中にしがみつく。炎が自分の顔の脇をすり抜けていくのを感じた。


「きゃああっ!」


 の悲鳴に目を開く。その小さな体がくるくると回りながら、壁の上空へと飛ばされている。ツキモリの指から放たれた炎がをかすったのか、その青いブーツから煙が上がっている。


「よどりん!」

「てっめえ!」


 は何度か回った後、上空で体勢を立て直した。その両目が、怒りに燃えたぎっていた。


「これでもくらええええええっ!」


 ぶうん、と、頭を前に振った。後ろにしていたポニーテールの髪の毛一本一本が真っ白なエノキダケになり、女王ツキモリに向かって伸びた。


「くらえ! エノキアタック!」

「おのれ、こしゃくな! 全部まとめて、焼きキノコにしてくれるわ!」


 ツキモリはもう一度両腕を振りかぶった。よどりんが体をひるがえすのと、その十本の指から炎が放たれるのが同時だった。


 大量のエノキが燃やされ、キノコが燃える匂いとともに焦げたにおいがその場を覆った。


 と、


「な、なにをする!」


 ツキモリが苦しい声を上げた。燃えずに残ったエノキがツキモリの腕に体に巻き付いてその動きを封じているのだった。


「ユーディ!」


 賢者シマニャンが低い声でつぶやいた。


「なんだ」

「とどめを刺すなら今にゃ」

「……え?」

「その為に来たにゃ」


 全身に鳥肌が立った。


 この賢者は……一体どこまでを知っているのか。


 鋭い視線をツキモリに向ける。ツキモリは歯を食いしばりながら、その拘束から逃れようと必死にもがいていた。


 胸の底に閉まっていた思い出が今にもよみがえりそうになる。それを必死で押し殺し、嫌な思い出だけを心の奥から取り出す。


 母が国を統治していた時、自分も不快に思っていたのではないのか。金のために不正を見過ごし、罪もない人々に責任を押し付け、高い税金を搾り取っていた母を疎ましく思っていたではないか!


「やるなら、早く!」


 剣の柄に手をやった。


 すまない、母上!


 剣を抜き、素早くシマニャンの背中から飛び降りた、そのときだった。


「ぬおおおおおおおおおおおっ!」


 地の底から吹き上げるような声が空気を震わせた。


 ぶちっ、ぶちっ、ぶちぶちぶちっ! 


「あああっ!」


 ツキモリの体をぐるぐる巻きにしていたエノキたちが音を立ててちぎれはじめたのだった。


「おのれ……よくも……」


 ツキモリは目をぎらつかせ、ユーディを見ていた。ユーディの全身から血の気が引いて行った。柄にかけたその手元を凝視しているのだった。


「おまえまで私を殺そうとするのかああああっ!」


 ぶちぶちぶちぶちっ!


 そしてツキモリの体が大きく膨れ上がった。ツキモリは自由になった方の手でまだ体に巻き付いているエノキを引きちぎり、の髪を手繰り寄せた。


「な、なにすんのよっ!」

「ほざけえええっ!」


 ツキモリはを強く地面にたたきつけたのだった。は体を強く打ち付け、焼けた地面に転がった。


「あついっ、あぢぢぢぢぢっ!」

「よどりん!」


 シマニャンがピンクの光のように飛んできて、のそばに降り立った。すぐに賢者の姿に戻り、


「こっちにゃ!」


 その細い腕でを担ぎあげ、焼け焦げたキノコとした草の間を縫ってそこから離れた。

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