第2話

「ちわっす」


 そのうす暗く、廃れた小屋の古びたドアを開けたとたん、薬草をいぶす臭いがユーディの全身を包んだ。


「おえっ」


 思わず嘔吐しそうになるのを白いハンカチで押さえ、咳き込んだ。


「相変わらずすごいにおいっすねえ、賢者シマニャン」


 部屋の奥に背を向けて立つ、白いローブに身を包んだ小柄な人物がちらりと顔を向けた。しかしその風貌は目深にかぶったフードのせいでユーディからは見えない。


「早く戸を閉めるにゃ」


 そしてまたすぐに背を向ける。シマニャンは火の上にかけた鍋を大きな木の棒でかき混ぜているところだった。


「もう少し待つにゃ」

「あんまり長く待たせない方がいいっすよ。今回、相手は火を使ってるんでね」

「黙るにゃっ!」


 その者はいきなり振り返り、鍋から棒を取り出してその棒をユーディの方へと向けた。棒の先についた蛍光イエローの液体が部屋中に飛び散る。


「や、やめっ!」


 ユーディは大袈裟な身振りでその液体をよけるように体をよじった。それは肩をかすめて飛び、壁につるされた黒い帯のすぐ脇にどろりとついた。

 ユーディはそれに気づくと、困ったように笑った。


「やっぱりこれ、やるんですか……」

「それ以外、女王ツキモリを追い払う手段はにゃい」

「ですよねえ……」


 その間にも、シマニャンは鍋の中の液体を陶器の入れ物に移し替え始めた。


「その帯を持つにゃ」


 ユーディは言われたとおりに帯を取り、自分の手にぐるぐると巻きつけた。


「ハサミも忘れるでにゃい」


 そしてちらりとユーディが腰に差した剣に視線をやった。


「……それを使うのか」


 鋭い視線で見てくる。ユーディはいつもの笑顔で切り返した。


「護身用ですよ。宰相が持って行け、というので」


 シマニャンは満足げに「ふん」と、小さく鼻で笑った。

 その陶器を片手に抱え、もう片方の手で古い木でできた太い杖をつかんだ。その細く小さな体に似つかぬ力強い足取りでユーディのとなりを通り過ぎる。


「あれ? もう行くんすか?」


 ハサミを探すユーディが顔を上げると、シマニャンは足を止めた。フードの下からその薄い水色の瞳でユーディを鋭くにらんだ。


「早くしろと言ったのはおまえにゃ!」


 そして、そのまま先に小屋を出た。


「ま、待って! 待ってくださいよ、シマニャン! ハサミが見つからない!」

「テーブルの上の袋ごと持って来るにゃ!」

「ふ、袋……?」


 ユーディは古びた机の上に散らかった古い紙やら木の根っこやら、干からびたカエルの下から小さな麻袋を見つけ出すと、あわててシマニャンの後を追うのだった。

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