エリンギ魔法少女よどりん
月森 乙@「弁当男子の白石くん」文芸社刊
第1話
「お呼びでしょうか」
涼やかな男性の声に、女性はカップを口に運ぶ手を止めた。
三十代前半であろうか。彼女はすらりとした長身に軍服をまとい、金色の美しい髪を結いあげている。背筋をのばして窓の外を見つめていた。
広い窓の外に広がるのは、肩を寄せ合うようにして建つオレンジ色の壁に茶色い屋根を持つ家々。その向こうに囲まれた、分厚い石の城壁。この国を悪い魔女と化した元女王の手から守るものだ。
男がもう一歩足を踏みだした。
「ニワ宰相」
「ユーディ! 遅いではないか」
いらいらと振り返ると、そこにはニワよりも頭一つ分くらい背が高い、二十代半ばの男が立っていた。同じく軍服を身にまとい、甘いマスクのその口元に笑みをたたえている。ニワはその姿を見ると明らかに顔をしかめた。
「なぜ、この非常時にもそんなにキラついていられるのか」
ユーディはさらに口元をゆるめ、照れるでもなく指でそのさらりとした髪をかき
上げた。自らが一番美しく見える角度でにわを見つめる。
「キラついてるなんて人聞きが悪い」
「……」
「呼ばれたのは、あの件についてですね」
ユーディのキラキラした笑顔の下で、瞳の奥が鋭く光った。
城壁の向こうに黒い煙が立ち上っている。その間からかすかに赤い炎も見え始めた。ニワはその整った眉をわずかに寄せ、うなずいた。
「心配はご無用です。賢者シマニャンによって、あの城壁には目に見えない防御幕がはられているはずです」
「そんな呑気なことを言っている場合ではない! ツキモリの魔力は日に日にその強さを増して行ってるのだぞ。あれが街の内部に飛び火したらどうするのだ」
「しかしあれは威嚇の意味合いが強いと思われます。実際に街を焼こうとするなど……」
「……追いはらえ!」
強い言葉で遮られ、ユーディはため息交じりに窓の外を見る。女王の性格は知り尽くしている。この状況で完全にこちらを敵に回すことはしないはずだ。
「兵を出しますか?」
「よどりんだ」
その言葉に、ユーディはわずかに顔色を変えた。
「それは……」
「魔法には魔法で対抗するしかあるまい」
「そうなった場合、どちらかが死に至る場合も……」
「賢者シマニャンを連れて行け。そして……おまえもだ」
さすがにユーディも表情をゆがめた。けれどもその口元に浮かべた笑みは崩さない。
「もし、ツキモリを殺さねばならなくなったら、わたし自ら手を下せ、と?」
「そうすれば、おまえに反逆の意がないと皆に示すことができる」
「それは……」
ユーディはニワの意図をはかりかね、そのとび色の瞳を見つめた。ニワは強い光でユーディの目を見つめ返した。
「この国には、王が必要なのだ」
ニワは笑った。
「ツキモリを追放した時、おまえはまだ十五歳だった。もう、後ろ盾は必要あるまい。私は今後もずっとそばにいて、おまえを支え続ける」
「宰相……その言葉は本当ですか?」
ユーディはうるんだ目でまっすぐニワを見つめた。ニワはその視線に戸惑ったように、わずかに頬を赤らめた。
「私は、嘘を言ったりはしない」
ユーディは思わず近づいて行ってニワの細い指に触れた。ぴくりと動いたが、振りほどかれはしなかった。
「本当は、公務だけでなく……プライベートの時にも支えてほしい……」
耳元で囁いた。ニワがごくりと唾を飲むのが分かった。ユーディはその姿を見ると、小さく笑みを漏らした。
「では、剣の用意を」
踵を返す。部屋を出かけたところで、ニワがためらいがちに口を開いた。
「後悔しないのか? あの者は……ツキモリは……」
ユーディは足を止めた。
「ええ。……わたしの母です」
苦しい声で絞り出した。そして振り返り、悲しみの色を気取られないようにニワを見つめた。
「それでも、あなたがそうしろとおっしゃるなら、いつでもその命にしたがいます」
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