その7 異邦人(エトランゼ)

「……エトランゼ?」

 聞き慣れない言葉だ。昔の歌謡曲にそんなタイトルか歌詞があった気がする。

「他の世界よりこの世界に迷い込んだ人間の事だ。過去に幾つかの事例が確認されている……しばし待ってくれ」

 ムラオサさんはそういうと部屋から退出し、しばらくしてから幾つかの書物を持ってきた。

「文字は読めるか?」

「……はい」

 どう見ても日本語ではない、が何故かすんなり読めてしまう。

「それも異邦人の特徴だ。過去の異邦人は殆ど言語的な齟齬がなかった」

 ムラオサさんは幾つかのページを開き、

「この国で厄災が起こる時、藍さんのように黒い髪の異邦人が各地に現れ、その危機を救ってきたのだ」

 ……黒い髪…私と同じ世界、国の人だろうか?

「彼女たちは様々な能力を駆使し、武力として、また異世界の知識を持つ知恵者として活躍してきた」

 彼女たち…複数の女性だったのかな?


「かくいう私も彼女達と一緒に戦っている。最後は……80年ほど前か?」

  ……さらりと衝撃的な事をいう。一体ムラオサさんは幾つなのだろうか。

「ああ、私は人間でも、見た通りの年齢でもないよ」

 確かによく見ると、ネコちゃんたちとは違い耳が長く尖っている。舞が見せてくれたらいとのべるにも出てきたエルフ、という種族なのだそうだ。

 耳の尖った見た目麗しい、深い森の住人で、永遠ともいえる時を生き、総じて魔力が高い、とかだっけ?

 確かにネコちゃんや衛兵さん達はじめ美人が多いこの村でも一際違った、神々しさすら漂う美しさだ。


 彼女はパラパラと本をめくりながら説明を続ける。

「そのオオカミ達は、魔獣ビーストといわれるモノだ」

「……ビースト?」

 思わず聞き返したネコちゃんがすいませんと謝るのを笑って許すムラオサさん。

「ああ、厄災を巻き起こす為にこの世あらざる所から来たといわれる化け物だ。目は赤く光り多少の魔法はまるで効かない」

 私は聞く。

「そのようなモノがいるのに、何故武器がないのですか?」

「**から聞いていると思うが、普通のケモノは魔法に怯え滅多に人に近寄りはしない。魔獣が現れる間隔は短くても数10年の間が空く為、魔法に慣れたこの地では武器が発展しないのだ」


 ……もしかすると昔ムラオサさんと共に戦ったという異邦人も同じ質問をしたのかもしれない。

 約80年前が私の世界の80年前と同じなら、世界大戦の真っ最中だ。そんな遥か昔から現在まで、私の世界では多かれ少なかれ戦いがあった。

 ただしそれには目的があった。例えば食料、資源、豊かな土地の奪い合い、そして考え方の対立等。だが「魔法」という物がある場合、様々な問題が解決するであろう。

 先程の農業の問題もそうだが、とかく生活に必要な事が大抵魔法で解決してしまう。奪い合いがない=争いがない、現在の私が見ても羨ましい世界なのに、80年も前の人間にとっては天国だっただろうな。


「……話を続けていいか?」

「あ、ごめんなさい」

 知らずに考え込んでしまっていたようだ。


「繰り返すが、数10年単位の不規則な間隔で、魔獣と呼ばれる化け物が現れる。君たちが遭遇したオオカミ等のケモノに似たものから、まるでこの世界のモノとは思えないものまで様々だ。彼らは魔法がほとんど効かず、人間やエルフ等を襲って食べる。君が**を助けた時は、間一髪だった訳だな」

 ネコちゃんが怯えるようにぐっとこちらに身体を寄せてくる。


「……彼らが人やエルフを襲う目的はなんなのでしょうか?」

「よくわかっていない。人間を襲わなくてもケモノは数多くいるのだしな。80年前に仲間だった異邦人の知恵者は、我らの「魔力」が食料だったのでは、と推測していた」


 ……


「私達、異邦人を呼び出した者の正体は解りますか?……また、元の世界に戻れるのでしょうか?」

 ムラオサさんは少し黙り込んだが、

「残念ながら、呼び出したものは解らない。この世界には藍さん、貴方の住む異世界に送り返す魔法は存在しない」


 ……少し覚悟はしていたつもりだが、いざはっきり言われるとショックだ。

「藍さん…」

 ネコちゃんがぎゅっと手を握ってくれる。いい子だ。


「……80年前に、ムラオサさんと戦ったという方々はどうなったのですか?」

「この騒動が収束した後、各地に散って行ったよ。元の世界に戻れない事は悲観していたが、彼らの世界に比べこの世界は平和らしいからな」

 確かに戦争中の世界よりはこの世界の方がずっと暮らしやすいだろう。私もまだ来たばかりだが魔法のあるこの世界は住みよいと思える。だが……


「…元の世界に家族が、妹達がいるんです……来てしまった事は仕方なくても、せめて妹たちに一言言いたかった……」


「……」

 ムラオサさんは一瞬考えた後

「君がこの世界に来る前に、妹さんたちはどこにいたのかな?」

「……私と一緒に家にいました」

「他に人は?」

「……すぐ下の妹の友達の女の子が2、3人ほど」

「……もしかすると、だが」

 続くムラオサさんの言葉に私は息を呑んだ。


「その子達も、藍さんと一緒にこの世界に来ているかもしれない……」


「……えっ……だ、だって、私が気付いた時には私の周りには誰も……」

「前の異邦人達も、皆姉妹や友人だったそうだ。皆で一つの場所にいた時に、こちらに来たらしい。君の妹さんやその友人達も、巻き込まれた可能性は充分ある」

「そんな……」

「そして召喚され出現する場所は、一箇所ではない。この国の各地にばらばらに飛ばされていた」


「じゃあ……妹達は……舞は14歳、御衣はまだ8歳なんですよ!! あんな化け物に襲われたりしたら!!」


「落ち着け!」

 ムラオサさんの声にはっと我に帰る。激昂していつの間にか立ち上がっていたようだ。ネコちゃんが必死に抑えている。

「……すいません」ムラオサさんが悪い訳ではないのに……。


「とりあえず、彼女たちは無事だ、と思う」

「……何故ですか?」

「まず、**を助けた時に君は魔獣を一人で蹴散らしたね。その様に異邦人には状況を切り開く「パワー」が与えられている」

「……パワー、ですか?」

「80年前の彼女達も、魔法の才能はまちまちだったが、全員が魔獣を倒す事の出来る力を与えられていた。その力があれば、例え魔法が使えなくても危機を乗り越えられるだろう」

「……でも、私達はただの学生でした……舞も御衣も、ご飯支度すらろくに出来なくて……」

「……食べ物に関しては、祈るしかないな。異邦人は抵抗力も強く毒を含んだものを食べてもある程度は大丈夫らしいが、食べ物が見つからない事までは大丈夫と楽観的に言えない」

「……すぐ、探しに行きます」

「まあ、そういうと思ったよ。だがこの世界に来たばかりの君が、あてもなく探して妹さん達がすぐ見つかるとは思えない」

「でもっ!」

「気持ちは解る。それなりの準備が必要という事だ。例えば食料、水、夜安全に寝る為の道具等……まだ魔法の使えない君では、隣の町まで行くだけでも力尽きてしまうだろう」

 ……その通りだ。いくらあの不思議な力があっても、飢えや寒さ等はどうにも出来ない。


「…その魔獣を倒した力も、今は上手く使えないんじゃないかな?」

 そうだ。あの後試しに素手で石を割ろうとしたり、太い木の枝を折ろうとしてみたが、びくともしなかった。あの時のように何かしらの危機に遭遇しないと発動しないのかもしれない。


「うちの村から誰か供の者を付けてあげたいが……」

「わ…わたしがっ!」

 ネコちゃんが立ち上がって叫んだ。

「私が藍さんのお供になります!!」

「……今は駄目だ」

「どうしてですか!」

「魔獣が現れたという事で、村の者総出で防壁を強化する必要がある。村毎移動するには蓄えが少なく今は出来ない。**、君の力も必要なのだ」

「それは……そうかもですが」

 ネコちゃんはこの村でも魔力的に相当の実力者のようだ。後で聞いたが村一番のムラオサさん、二番目の衛兵のお姉さんに次ぐ実力らしい。


「ただし、とりあえずの脅威をどうにかしたら話は別だ」

「え?」

「藍くんの力を借りて、森の中にいる魔獣を殲滅する。80年前と状況は違うかもしれないが……魔獣が現れた周辺には魔獣が湧くシンボルというものがある筈だ。とりあえずそのシンボルを封印すれば、そこからは魔獣は出てこなくなる」

「……では、私がそれに協力したら……」

「嗚呼、**を供にしてもいい、食事等の供給もしよう」


 ……まだ混乱はしているけれど。


「わかりました、私で良ければ協力します」

 妹たちの為に出来る事をやるしかない。らいとのべるの用語を借りれば、強制イベント、というヤツだろうな……不謹慎ながら私は少し微笑んだ。

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