その3 ……ああ、ここでワタシは死ぬのだな……

 - 少女視点 -


 ……と、思った。


 森を馬鹿にしていた訳ではない、と思う。一人で入る事は殆どなかったにしろ、ハハさまと一緒に入り口付近で食用の野草を摘む事もあったし、村の仲間と更に奥に入る事もあった。

 魔法の才能はムラオサさま始め皆に褒められていたが、自分の腕を過信していた訳でもない、と思う。

 10歳にもなれば皆が使える魔法……ホノオ、ミズ、カゼ、ツチ……これらを使って大人に混じり、村に迷い込んできたはぐれケモノを追っ払った事もあった。ホノオが当たらなくても彼らは火を恐れる。危ない事なんか無かった筈だった。


 オオカミ。この森のケモノでは比較的よく見る方だ。大きさは何時もより一回りは大きかったが、驚く程ではない。

 私達ヒトと彼ら森のケモノは普段あまり相容れる事はなかった。家畜を飼う今は野草、薬草を摘む以外でヒトが森に入る事は滅多にないし、彼らもヒトの魔法を警戒して近付いて来る事もなかった。森には彼らの大好物なウサギやシカ、イノシシが住み、わざわざ好き好んでヒトを襲う事はなかった。


 ……ハハさまが熱を出し、常備していた筈の熱冷ましの薬草が切れていた。大した事はないといっていたが、少しでも早く元気になって欲しいと思い、イモウトに一時の看病を任せ一人で森の奥の薬草を摘みに行った。

 光に弱いその薬草は村で栽培は出来なかったが、森奥の群生地までの道はしっかりしてたし、ワタシより小さい子でも一人で摘みに行ったという話を聞いていた。

 そう、何も危険な事はなかったはずだった。


 ……そのオオカミの目は、赤く光っていた。そして普段は近付いてくる事も無かったのに、気が付けば数匹の群れに囲まれてるのを感じた。

 何なの……何かおかしい……ワタシは杖を振り被り短い呪文を唱え、目の前に子供の頭くらいのホノオ、火の玉を出した。

 普通のケモノはこれに当たると熱く、痛く、火傷をする事を知っている。恐れを知らない子供のオオカミの大きさには見えなかったが、彼らはあまり怯む事なく唸り声をあげている。

 ……仕方がない。当てる事は不慣れとはいえ目前に落とせば去っていくだろう。呪文を追加詠唱し、彼らの足元に向けてホノオを発射した。

 ボッ、という音と共に彼らの一匹の足に当たってしまった。躱す動作をした様だが間に合わずキャンという短い叫び声を上げた……当てるつもりはなかったけどこれで逃げ出すだろう……ごめんね。


 ……確かに当たった筈だ。実際当たった場所の地面の草は燃え、今も炎をあげている。だが、彼らの身体には……影響がないようだ。


「……えっ、どうして?」……ケモノはホノオに弱い。すぐ逃げていく筈だった。ワタシは続いて呪文を唱え、先程より一回り大きいホノオを出した。

「…近付いて…こないでっ!」ホノオを発射する。こんな大きな物では森にも影響が出てしまうかもしれない。

 彼らの正面に当たり、ゴオオという音とともに顔を焼き尽くした……筈だった。火に包まれた筈のオオカミは、何も変化なく、そこに立っていた。


「……ほ、ホノオが効かない! 何で! どうしてっ!」余波が当たった地面は先程より激しく燃えている。そのままにしていたら大火事になってしまうが、燃焼を抑えようと考える余裕すらなかった。

 オオオオオオオオオオオ~~~~~~~ン!! ワタシの魔法が効かないのを確認したかのようにオオカミたちはジリジリ近付いてきて、ひときわ大きな叫び声を上げた。

「…ひっ!」すぐさまワタシはホノオだけじゃなく、彼らより大きなケモノでも吹っ飛ばせる筈のミズの水流、彼らの胴体より太い樹木の幹でも切断出来る筈のカゼの刃を当てていく。

 しかし、そのどれもが効いていない……正確には、彼らの前で何か透明の盾の様な物に遮られてる感じだった。そして……


「いや……来ないでっ、こないでよおおおおお!!」今出せる最大のホノオが虚しく遮られたと同時に、ワタシの中で何かがプツン、と途切れる感じがした。

「…っ……嘘……嘘……」魔力切れだ。小さい頃魔法の練習をしていた時何度かなった事がある。あの当時は自身の魔力の限界を知る為に、ムラオサさまに敢えてわざとその感覚を覚えさせられていたものだ。

 切れても死ぬ事はないが、回復するまでに数日を要する……そう、まさにこの様な事態にならないように、限界を図っていた筈なのだ。

 もしかするとこのオオカミ達は、わざと魔法を撃たせていたのかもしれない。かくしてワタシは糸の切れた操り人形の様に、その場に崩れ落ちてしまった。それを確認したかのように、オオカミたちはその輪をゆっくり狭めてくる。


「……ヒッ……」オオカミが唸り声をあげた。ワタシは、失禁していた。涙も鼻水も出ている筈だ。だが、何も出来ない。


 ああ、ワタシは、このまま、彼らに食べられてしまうのだ……あの大きな口に、あの尖った牙で砕かれながら……。

 彼らが近付き口を開ける。ワタシは目を瞑った。


 ……


 ……眼の前が真っ赤になった。

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