その2 歩き始めて何時間……
休みつつ森の外を目指し歩いていると、日が傾きかけてきた。本来ならもっと焦っていてもいいのだが、異世界という非日常の所為か私は妙に達観していた。
「今日一日で森を出るのは難しそうね……休める場所を探さないと。洞窟探しは難しそうだしどこか木の虚でも、いえ、樹上に登る方がいいのかしら?」
5mほどの登れそうな樹があり、枝も充分に太い。私くらいの体重で折れる事はない筈だ。落ちないように身体をしっかり蔓で括りつけてと考えているうちに、
ガサッ! っと音がした。
「っ!」そうだ、これだけの森林、私以外に何も生物が居ないのはおかしい。運良く狼や熊等の危険な動物には出くわしてはいないが、元の世界では見た事のないカラフルでグロテスクな虫は見たし(虫は苦手ではない私も叫び声を上げてしまった)、目視はしていないが栗鼠の様な小動物の気配はしていた。見た事のない樹木とはいえ実は食用に出来るのだし、動物とかも元の世界とそう変わらない気がする。
私は槍をギュッと握りしめ、道の脇に外れ警戒した。
「気の所為?いえ、油断は出来ないか…」……数時間何も警戒してない(しかも最初の数時間全裸だった)私が今更油断を口にするのもアレだが。風は冷たいとはいえ日の強さからいって初夏辺りの気候の筈だが、自然と冷や汗が出てくる。
ガサッ! ガサッ! ザザザッ!
また音がする。とはいえ…私を狙ってるような感じはしない。少し歩くと、何かが争うような音が聞こえた。
「動物同士が狩りをしてるとか?」一度立ち止まり注意深く音を聞いてみる。
オオオ~ン!
まだ遠くだがはっきり聞こえた。犬か狼?の遠吠えのような声だ。そして……。
「…○△□?!」
何をいってるのか判らないが、でもこれは人間の声だ。
「…□○△?!!」
狼のような声と共にまた聞こえた。叫び声の様だ。人間が狩りをしている?
……いや、これは……襲われているんだ! 私は拾った実を放り出し、槍を構えて声の元へ走り出していた。
私が行った所でどうにかなると思った訳ではない。武道を身に着けていたとはいえ所詮は学校の部活動、しかも私のような背格好のものが行った所で……。
それでも走っていた。簡易の服? を着てスリッパもどきを履いていたとはいえ、木々は容赦なく私の体や手足を傷つける。
「……っ!!」その時、大きな閃光が走った!
何かが爆発した様な閃光。その一瞬狼? 達の叫び声は収まったが、直ぐに先程より大きな声で、まるで威嚇するように吠え始めた。
「……○、○が効かない! 何で! どうしてっ!!」
声は女の人のようだ。その発音は日本語とはちょっと違う不可思議なものだったが、何故かスムーズに日本語として聴き取れた。
声のする方向に行ってみる。辺りは薄暗くなりかけていたが50mほど先の開けた場所に何とか視認出来た。
「……っ!!」 そこには予想通り狼の様な動物が、見る限りは……4、いや、5匹。
の様なというのは、私の知る狼より一回りは大きく、体毛はどす黒くも時折怪しく銀色に光り、薄暗い中でも燦々と赤く光る眼を持ち、口が耳まで裂け、足が6本あったからだ。まるで狼というより蟻のようにガサガサと器用に動いている。
そして、狼? が取り囲む場所には……年の頃13~4歳だろうか? 上の妹と同じ位の栗色の髪の少女の姿があった。
肩甲骨の所まで伸びた軽いウェーブの掛かった髪、布のような素材とシンプルな形状だがどこかの民族衣装を彷彿とさせる複雑な文様の描かれた服を着て、手に木の枝で出来た50cm程の杖状の物を持っている。
「いや……来ないでっ、こないでよおおおおお!!」
大樹を背に追い詰められた少女は泣き叫びながら狼達の前に杖をむける。その先が赤く光出した。私は反射的に目を手で隠す。
ゴォッ!! っという音がしたと思うと、杖の先に直径20~30cm程の大きな火球が形成され、狼達に向かって発射された!! おそらく弓ほどの速さがあっただろうそれを狼達は避けられず食らった。
思わず息を呑む。魔法、という奴だろう。あんな大きな火球を食らったらどんな生物でも大火傷だ……だが、
「……嘘……嘘……」少女は悲鳴に近い声で叫ぶ。
そう、先程の火球は確かに狼に当たり、濛濛と煙をあげ、余波により地面と樹はどす黒く焦げ煙を上げていた……
しかし、肝心の奴らは……煙を嫌がる素振りを見せているものの、体毛の一本も燃えてない様に見える。焦げてすらいないのだ。まるで、何かに阻害された様に……。
「……ヒッ……」怯える少女。奴らは警戒する様子は見えるものの、先程よりずっと少女を取り囲む輪は小さくなって来ている。
「ど、どうすれば……」息を潜めながらその様子を見守る……何も考えず走って来たのが嘘のように、私も奴らに恐怖していた。
あの少女は30cmもある大きな火球の魔法を当てていた。ただの女子校生である私よりずっと強いだろう。こんな貧弱な槍もどきを持って加勢に行った所でとても敵うとは思えない。奴らの餌が1人から2人に増えるだけだ……。
あの少女を平らげた後……ふと手を見るとどこで引っ掻いたのか血が流れて来ている。先程の十字状の痣からの流れている感じもする。この血の匂いに惹かれこっちに来るかもしれない。この炎の煙と焦げた匂い、これが無くならないうちに逃げよう……
……気がつくと、私は足元の小石を拾って、狼の一匹に向け投げていた……
馬鹿!! 私は何をしているの? ここで注意を引き付けた所で……恐怖の為動けなさそうな少女はすぐには逃げれないだろうし、最初の狙いが私になってしまうだけ。
こんな、こんな訳の分からない異世界で、私はあの狼共に食べられてしまうのだわ……。
……本当に注意を引く為だった。一応狼の頭を狙ったとはいえ、あんな小石で倒そうとなんか思っていなかった。
でも、その石はビュン、と風切り音をあげ、狼の一匹の頭に当たり、
それを、粉砕して、後ろの木の幹に大穴を開け、森の奥に飛んでいった。
「……えっ……!?」何が起きたのか判らなかった。その少女と狼達が一斉にこちらを向く。一瞬時が止まった気がした……
ドクンッ!!
私は槍を持って奴らの前に躍り出て……
「っああああああああああっ!!」
声にならない声を上げながら狼に槍を突き立てた!!
的が大きい為外す事もなく、槍は狼の側頭部から首を貫き、何の抵抗もなくその身体を千切り取った!!
バシュッと音がし私の全身に血肉がかかる!!
「おおおおおおおおおおおっ!!」振り向きざまに先に貫いた狼の肉片ごと、槍をもう一匹の狼の身体に叩きつける。槍というより薙刀で斬りつけるような動き、無論ただの木の棒では想定していない使い道だったが、
バシュ!! その狼の身体もまるで西瓜をバットのフルスイングで殴ったような感じに弾け散り、衝撃で槍も粉々に砕けてしまった。
「ひいいいいいいいいいいい!!」少女がパニックになった様に叫ぶ!! 残った狼達も怯え、逃げ出す素振りを見せだす!!
だが遅い!! 槍だったものを捨て、近くにあった石を遠くの狼に投げる。その個体の上半身を粉砕したのを確認後、少女の近くに居た最後の狼に向けて走り出し……
「……いいいいいいいいいいいいいいいいいやあああああああああああ!!」 狼の顔面に目掛け、上から叩き付けるように拳を振り下ろす!!
グシャア、と嫌な音がして、狼だったものは瞬時に狼じゃなくなった……その勢いで前のめりに転がってしまう。くるくると3,4回転した後大木に勢いよくぶつかり止まったが、痛みは感じなかった。
「……ふぅー、ふぅー……」荒くなった息と心臓の鼓動を抑えようと深呼吸を繰り返す。
全ての狼を倒し、辺り一面血と肉塗れになった私を、先程の少女は震えながら見ている……その姿を確認した所で……
くらっ……眼の前が暗くなり、そこで私の記憶は一度途切れた。
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