第29話「The Everlasting Guilty Crown」
逮捕から判決確定、死刑執行まで6年。殺害人数の多さと連続殺人である点を考慮すると異例の早さであった。というよりは、アキラ自身が早くなるよう警察に積極的に協力した。
死刑までに余計な時間を与えられればまた刑務官あたりを殺してしまいかねなかったからである。
「数が多いから捜査は大変だったろうけど、殺した相手のことは全員覚えてたから。正直に全部話したらかなり早く終わってくれてよかったよ」
「……全員?」
「ああ」
アキラは頷く。
「俺は、自分の殺した人間のことは全員覚えている。顔も名前も――ただの一人も忘れちゃいない」
罪悪感と悔恨が、日嗣晃の脳裏に犠牲者たちのことを刻み付けている。忘れることは決してない。
それは、異世界に来てからも同じだった。
「前世で殺した73人、こっちに来てから殺した53人……合わせて126人。全員、顔を覚えてる。……こっちで殺した相手は、名前を調べようがないけど」
「……マジで言ってます? 魔獣なんて、単なる怪物じゃないですか。人間じゃない」
「俺は人間だと思ってる」
だから忘れない。
殺した相手のことは忘れない。殺された当人にとっては何ら意味のない加害者の自己満足かもしれないが、それでも背負い続けるとアキラは決めていた。
死した人相手には、それくらいしか出来ないのだから。
「……俺の話はこれで終わりだ。これで分かったろ。俺はお前とは違う。どっちも救いようがない人殺しなのに変わりはないが、一緒にされたくはない……俺からすれば、お前が憎いくらいだ」
語り終えたアキラは言葉通り、怒りを込めた目でレンを見る。
「お前は知らないだろ。殺したくないはずなのに殺人がしたくてしたくて仕方なくて胸を搔きむしった夜を。通行人の首を締めようとする手を必死に抑えて、動悸を無理やり宥めようとした街中の昼を。知らないのにどうして――人を殺すんだ」
人が死ぬのは、最大級に残酷で、悲しいことだ。
人を殺さなくても生きられるお前が、どうしてそんなことをするんだ。
心からの憎しみと批難を込めて、アキラは再度言い放つ。
「お前と俺は全然違う。俺と似た奴なんて居てたまるか。……よくも教官を殺してくれたな、くそったれ」
あらんかぎりの拒絶を突き付けられたレンは俯き。
ぽつり、と言葉を零す。
「……るい」
「は?」
「ずるいっすよ、そんなの!!!!!」
顔を上げて、彼女は叫んだ。
「自分が最初っから特別だったからって! アタシは特別になれないって言うんすか!? アタシは先輩に憧れて、先輩みたいになりたかったのに!」
「……どこまでもずれてんな、お前」
苛立ちを隠そうともせず、アキラは言う。
「何を勘違いしてるんだ。俺もお前も、ちっとも特別なんかじゃない」
「はぁ? 何言ってんすか、アタシたちは普通の人間とは違う、人を殺すことが出来る特別な人間なんすよ!」
「人殺しなんて誰にでも出来る。やらないだけだ」
狂気に満ちたレンの言葉を、アキラはぴしゃりと跳ねのける。
「悲しいことに、殺人事件なんて世界中どこでも起きてる。ちっとばかし被害者の数が多かろうが、珍しくもなんともない。その証拠に殺人鬼なんて歴史上数えきれないほどいる」
アキラは冷たく、淡々と目の前の殺人鬼志願者を否定する。
「お前の言う通り、俺もお前も普通じゃないよ。――普通以下だ」
ただの薄汚い人殺しだよ――。
西湖蓮の瞳を真正面から見て、日嗣晃は自分ごとその存在価値を否定した。
「……もういいっす」
否定されたレンは今までとは打って変わり、低く冷え切った声で告げる。
「そんなこと言うのは、アタシの憧れたアキラ先輩じゃないっす」
「勝手に夢見てんじゃねーよ、単なる犯罪者に」
「だから――当初の予定に、戻します」
ちゃき、と。
西湖蓮は隠していたメインウェポンであるナイフを構える。
教官を含めた5人の命を奪った凶器に、アキラの目が鋭くなった。
「アンタをここで殺して――アタシがこの世界で一番の殺人鬼に、なってやる!!」
レンは吠え、そして残像が見えるほどの速度で走り出しアキラの周囲を旋回する。
「アンタの予想通り、アタシの固有スキルは《百発百中》なんてチャチなもんじゃない――本当のスキルは《
魔人の身体能力を最大限生かし飛び回るレン。常人には目で追うことすら出来ない速度をもって作り出した残像で攪乱したところで、満を持して背後からアキラに襲い掛かり――。
――そしてその両腕が斬り落とされた。
「――あ?」
「ずっと思ってたんだが――」
手にした刃を振り、血を払いながらアキラは言う。
「――隙だらけ過ぎるよ、お前。殺さないようにするのが大変だった」
「あ、ああ、あああああああああああ!!!?????」
痛みと驚愕から大声を上げるレンを、アキラは温度のない瞳で見る。
「お前……自分は『狩る側』とでも思い込んでるだろ。奪う側、支配する側だって――。だからそんなに隙だらけなんだ」
一応は命のやり取りをしてるつもりだったベリアルの方がよっぽど手ごわかったよ。アキラはそう言いながらレンに近づく。
ゆっくり、ゆっくりと。月を背にしたその影は、魔人であるレンよりも悪魔のようで。
「ひっ……」
レンの喉を、恐怖が締め付けた。
「い、いやっ……! 来ないで!!」
「……最初っから思ってたんだ。出会わない方が良かった、って。――お前は俺に出会わない方が、良かった」
どこか哀愁を漂わせながら、双剣を手にした殺人鬼は告げた。
相対するレンは涙を浮かべぷるぷると震えている。その姿はもはや魔人のものではなく、非業の運命を遂げる少女のそれになっていた。同情を引くために《変装》のアーツを使ったのか、それとも意図せず姿が戻ったのか……どちらであろうと、アキラには関係なかった。
「やだ……やだやだやだ!! 死にたくない!! お願い、助けて!!!」
「……お前が殺した人も、そう思ってただろうよ。お前はそれを聞いたのか?」
「なんでっ、なんでアタシが死なないとっ、アタシっ、アタシはただ、特別に――」
「……もういいよ。喋らなくて」
喚くレンに無慈悲に告げると、アキラの手の白刃が閃く。
レンの喉に、赤い線が一本引かれた。
「――あ」
その先は言葉にならず。ただ、ごぽりと音を立てて粘性の高い真っ赤な液体が零れて。
「じゃあな。お前が『127人目』だ。……先に地獄で待ってな」
その言葉を最後に、西湖蓮の視界は真っ黒に染まった。
無性に寂しい夜の底に、日嗣晃は独り立っている。
足元には先ほど喉を切り裂いた西湖蓮が、まだびくんびくんと体を痙攣させていた。
それを無表情で見つめていると、周囲が不意に暗くなる。
顔を上げると、大きな顔をして闇を照らしていた月を真っ黒な雲が覆い隠していた。
「……」
しばらくそれを無言で見て、やがて大きく息を吐いたアキラは呟いた。
「……そこに居るんだろ。出て来いよ、リタ」
「……アキラ」
呼びかけられ、リタリエ・ティシフォーネ・エリニュスは物陰から姿を現す。
闇夜の空気には、雨の匂いが混じり始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます