第30話「All Alone With You(再)」

「……流石だな。気配は隠していたつもりだが、私に気付いていたか」

「いや」


 アキラは首を振る。


「なんか見られてる気がしたからカマかけてみた。誰もいなかった場合はともかく、仮に相手がリタじゃなかったら大恥かくところだった」

「キミそういうところあるよな……」


 リタリエは呆れた目でアキラを見た。


「ちなみに、どこから見てたんだ? 最後の場面だけだったら、俺は今から気合いれて弁解しなきゃいけないんだけど」

「安心していい。キミの推理劇が始まったあたりから聞いていたよ」

「じゃあほぼ全部じゃん。説明の手間が省けるのは助かるけど、あの名探偵気取りも見られてたのめちゃくちゃ恥ずかしいな」

「おかげで色々腑に落ちたよ」


 茶化そうとするアキラに対し、リタリエは真剣な表情を向ける。


「どうしてキミが不似合いに悪ぶろうとしていたのか、とか」

「……悪ぶるも何も、どう考えてもめちゃくちゃ悪い奴に決まってるだろ」

「そうやって自分を極悪人だと言い聞かせることで心を守ろうとしたんだろう?」


 容赦なく。リタリエは自らの見解を突き付ける。


「『自分は悪人なんだ』『だから人を殺してもなんとも思わない』そう自分で思い込もうとしていたように私には見えたぞ」

「……」

「キミのことだからそもそもそんな自己演出を始めたのも遺族の無念を慰めるためなんじゃないか? どうせ死によって贖うのなら、悪人として憎まれた方が執行時に遺族の気が晴れるだろうからな」

「凄いな。リタの方がよっぽど名探偵みたいだ」


 でもどうだったかな、もう分からなくなっちまったよ。

 アキラは力なく笑う。


「で? 俺の正体知られちゃったわけだけど、リタはどうするつもりなんだ?」

「どうする、って……」

「大量殺人犯なんてそばに置いておきたくないだろ。追放でもなんでも、好きにしてくれていい」


 なんなら殺してくれたっていいとアキラは言う。


「……キミは既に一回死罪になって償ったんだろう」

「償えてない」


 アキラはきっぱり否定した。


「俺も最初は新しい世界で自由に生きるつもりだったけど、やっぱり駄目だ。死は全ての終わりで、俺はその終わりを沢山の人に無理やりもたらした。だから俺も終わることで罰を受けたのに、今俺はここに居る。終わってない。これじゃあ何の意味もない」


 それに、とアキラは足元でまだ痙攣しているレンを見る。


「……こうして、また一人殺した。多分これからも殺す。まだ亜人相手には殺人欲求は湧かないけど、ずっとそうだとも限らない。……俺みたいなやつは、死んだ方がいいんだよ」


 手に持ったままだった二振りの剣を力なく取り落として、殺人鬼は光のない目でリタリエを見た。


「さあ、どうとでも好きにしてくれ。どんな裁きも受け入れるよ」

「……そうか」


 リタリエは頷き、アキラの傍へと近寄る。

 そして腰に差した剣を抜き放つと。


「それでは、こうする」



 その切っ先を、



 噴き出した血が、リタリエとアキラを諸共に濡らす。

 レンの体から熱が先ほどまで以上の早さで抜け落ちていき、やがてピクリとも動かない完全な死体となった。


「!? 何を……!?」


 驚愕するアキラを蚊帳の外に、リタリエは【アイテムボックス】から何かを取り出す。

 それは、魔窟ダンジョンで入手した赤帽子レッドキャップの死骸だった。

 取り出したそれを、無造作にレンの傍に置く。


「このあたりでいいだろうか」

「リタ!? これはどういう……」

「筋書きはこうだ」


 リタリエは語る。


魔窟ダンジョンから既に抜け出ていた赤帽子レッドキャップが一匹、町に潜伏していた。ニシコ・レンは外の風に当たっていたところを襲撃され、致命傷を負うもなんとか相討ちにまで持って行った――」

「そんなチャチな工作、すぐバレるに決まって……」

「バレないよ」


 リタリエは静かな声音で言う。


「キミたち人間を見ていて気付いたんだが、私たち亜人は基本的に『悪事を犯す』という考え自体が薄いんだ」

「え……?」

「そもそも発想自体が思い浮かびにくいし、浮かんだとしても本当にやるなんて考えもしない。……ベリアルの言葉を信じるなら、そういう風に『作られた』んだろう」


 その方が都合がいいだろうからなと、少しばかり自嘲気味に笑う。


「だから、それらしい筋書きを用意してやればそれを疑うものはまずいない」

「で、でも、なんでこんなことを」

「アキラは」


 リタリエはアキラの目を正面から見て、言う。



「アキラは、私の剣になってくれるんだろう?」



「――――」

「私の復讐にはキミが必要だ」


 言葉は続けられる。


「私の故郷を滅ぼしたのは恐らくベリアルやレンと同じ魔人だろう。悔しいが、今の私では彼らに敵うとは思えない」


 一瞬目を伏せたリタリエは、だがしかし顔を上げると強い意志を秘めた瞳でアキラに向き合う。


「だから、キミを利用する。これからもたくさん人間を殺してもらう。殺人を嫌うキミを私は救えないし、救わない。キミが憎む殺人衝動を、キミが大嫌いな殺人技能を、私のために存分に発揮してもらう」


 空は重苦しい暗雲が覆いつくしていた。

 雨の気配が濃厚になる中、雲の切れ間から僅かに差した月光がリタリエを照らす。

 煌く銀髪を見て、アキラは初めて彼女と出会ったとき天使と勘違いしたことを思い出した。



「代わりに、キミの罪を私も背負う。剣の罪は、主人の罪だ。キミの手綱を握り、制御してやる。……付き合ってあげる。キミと共に、地獄への道を」



 これが私の下す裁きだ。嫌とは言わせない。

 真正面から大罪人を見据えて、エルフの亡姫はそう言い切った。


「……はは」


 アキラは笑う。

 暗雲は既に夜空を埋め尽くし、堪えきれなくなったように水滴を降らせた。

 ぽつりぽつりと様子を窺うように降り出したそれは、やがて勢いを強くする。


 アクーナの町を、雨が洗い流していく。

 アキラとリタリエに付着した血も降り注ぐ雨が拭い去り、流れと共にどこかへ運び去っていった。

 それでも、罪はこびり付いたままだ。


「……一つだけ、約束してもらってもいいかな」


 静寂の中、アキラは言う。


「何?」

「もし俺が転魔したその時は……どうか、殺してほしい」

「分かった」


 リタリエはすぐに頷く。


「その時は、主人の責務としてこの命に代えてもキミを殺してあげる」

「なら、もう言うことはないや」


 それを聞いて笑うと、アキラは冷たい雨に打たれながらリタリエの前に跪いた。

 その肩にリタリエは剣を置くと、厳かな声で告げる。



「エリニュスの姫、リタリエ・ティシフォーネ・エリニュスが問う。汝、ヒツギアキラ、我が剣となりて怨敵たる転魔たちを葬ることを誓うか?」

「日嗣晃はここに誓う。我が身を貴女の剣として、命果てるまでその身を守り、転魔を尽く葬り去ることを」



 誰も見守ることのない夜の底で契約は結ばれた。

 姫と騎士の主従契約が。あるいは、殺人者同士の共犯契約が。

 罪色の契りで固く結ばれた二人を、雨音だけが包んでいく。





 明くる朝、早朝の内にアキラとリタリエは町を出た。

 目の前には広大な荒野が広がっている。


「次はどこに行くんだ?」

「そうだな……」


 アキラを後ろに乗せたリタリエは、話しながらエンジンを始動させる。

 不毛の荒野に内燃機関の咆哮が轟いた。


「とりあえず真っ直ぐに行こう。振り落とされるなよ」

「ああ」


 アキラはリタリエの腰に手を回し、しっかりと抱きしめた。

 アクセルが開かれ、バイクが走り出す。

 行く手に待ち受けるのはどんな地獄か。それはまだ誰にも分からない。

 それでも二人は共に征く。その先に待つのが血と殺戮に満ちた未来だとしても。



 鉄馬に跨った二人の転魔殺戮者は、赤茶けた大地に一筋の線を引くように、どこまでも亡界を進んでいった。


〈第五章:罪に濡れた二人 了〉

〈第一部 完〉

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