第22話「鏡地獄」
レンを加えた即席パーティは案外うまく機能していた。
「前方より敵接近、飛行してる。数は13……いや15!」
通路の先を索敵したアキラが告げる。
「ちょーっち数多いっすねー。こっちで減らしときますか」
複数本の矢を弓に番えるレン。
「ここの傾向から考えて、飛行してるということは恐らく
法術の詠唱を始めるリタリエ。
「五秒後に顔出す!」
「詠唱は完了したぞ」
「いつでも行けるっす!」
アキラの宣告に、リタリエが応え、レンは弓を引き絞っている。
「よし――行くぞ!」
敵がその姿を現す。リタリエの予想した通りの
号令と共に何本もの矢が放たれ、アキラも飛び出す。風を切る矢に勝るとも劣らない速度で並走、床を舐めるような低い姿勢で駆ける。会敵、狙い過たず飛来した矢は急所を射貫き何体かが絶命、突然のことに戸惑う小悪魔の隙を見逃さず両手の血桜村正が
閃、閃、閃!!
二つの銀の軌跡を追うように鮮血が迸り、角を生やした首が落ちる。状況を理解させる暇も与えず凶刃は再度閃き、援護するように背後から正確無比な矢が飛ぶ。
総数が半分になり、小悪魔たちもようやく状況を理解して小さな槍を構えるも、アキラの速度には追い付かない。
15の魔獣が15の骸に変わるまでほとんど時間はかからなかった。
リタリエとレンが追いつくころには、アキラは既に血桜村正を鞘にしまい遺骸に手を合わせている。
「いえーいっ! どうっすかアキぴょん先輩、やっぱアタシ最強じゃないっすか!?」
「リタ、法術ありがとうな。おかげで手早く済んだよ」
「いや、【アジリティアップ】はその速度に振り回されることも多い。使いこなせているのはアキラの実力だ」
「そういうもん? なんか褒められると照れくさいな」
「アタシを無視して二人で褒め合いサイクル作らないで欲しいっす!!」
不満顔のレンが割り込む。
「レン殿の弓も凄まじいな! 一度に何本も射ってそれが全て命中するとは神業じゃないか?」
「へへ、どもっす。ホラ先輩も! 褒めてプリーズ!」
「あーうん、すごいね、マジですごい。じゃあ進むか」
「心がこもってなーい!!!」
やかましいので少しは構ってやることにする。
「いやまあ、実際的確に頭数減らしてくれんのは助かるよ。よく急所に当たるな」
「へへへ、貰った固有スキル《百発百中》のおかげっすけどね。でも実際組んでみて分かったでしょ、後衛としてのアタシの頼もしさ! 先輩とアタシ、相性がいいと思いません?」
「水と油ぐらいにはいいかもな」
「卵があればマヨネーズになれますね!」
「ポジティブだなぁー」
「ね、ね、今回の件終わっても一緒に組みましょうよー。二人でボニーとクライドみたいになりましょうよー」
「それだと明日がないだろ」
何故この女子高生はこんなに自分に構うのか。アキラには分からなかった。迂闊に近づかれるとうっかり殺しそうだから本当にやめて欲しい。
「あ、そこの踏み石気をつけろ。踏んだら罠作動するから」
「ちょっとぉ!? もっと早く言ってくださいよ
ということで無理矢理に興味を逸らす。罠があるのは嘘ではない、踏んでも大した罠ではないから言わなかっただけで。
「分かりやすい典型的な罠だから気付くかと思って。罠もだけど、外見の割に中身は案外普通な感じだよな」
自然な流れでそのまま現状についての話に移行する。
「典型的な迷宮型の魔窟という雰囲気だな。思ったほど特異な感じはない。多少広いくらいか」
「出てくる魔獣も典型的な感じですもんねー」
「罠の難度も大した事ないし、教官にとっちゃ楽勝だったろうな」
「アタシからするとアキぴょん先輩もすごいっすよ。さっきの索敵とかも、よく羽音だけで正確な数を把握できましたね? 4日で叩き込まれたとは思えないっす」
「師匠が良かったんだよ」
もっと色々教わりたかったんだけどな、とポツリと呟く。「強さに貪欲っすねー」とレンが返事したが、その言葉はなんかズレてないだろうか。
「ともあれ、今んとこ教官の仇っぽいやつは居ないな……よっと」
脇から飛び出してきた影に対して、目も向けずに剣を振るう。無造作な動きとは裏腹に正確に頸動脈が切り裂かれ、魔獣は絶命した。
「こいつみたいに刃物使うやつは居るけど、そこまで強くないし。……あれ、この
「
「結構強いはずなんすけど、アキぴょん先輩にかかるとあっさりっすねー」
「
リタリエはそっと手を合わせて鎮魂の聖句を唱える。そして死体の目を閉じると、恭しく持ち上げて【アイテムボックス】で亜空間に死体を収納した。
「【アイテムボックス】って死体なら入るんだっけか」
「ああ、生きている動物以外なら収納できるぞ。容量は食うが」
「魔獣の死体入れるのって抵抗ないんすか?」
「私はあまりないな。死した後は哀れなだけだ」
「いかにも聖職者っぽい言葉っすねー」
「ダンジョンの中のものって持ちだせるのか? ボスを倒したらダンジョン消えるって聞いたけど」
「魔窟が生み出したものは消えるんだが、持ちだした場合は消えないようになっている」
そういうものなのか。よく分からん仕組みだな、とアキラは思う。
雑談を挟みつつも連携して危なげなく魔獣を倒し、進む。階段を見つけては降り、進み、倒し、降り、進む。階層を経るごとに魔獣は強力になっていくが、苦戦するほどではない。
疑問が湧く。教官は本当にここの魔獣にやられたのだろうか?
今は何階だろうか。数えるのが面倒になってきたあたりで、それは現れた。
「なんだこれ」
広間のように開けた空間。そこに泥沼のようにどろどろとした黒い何かが二つ。
魔獣であることはアキラには分かる。殺人衝動が刺激される以上、人間であることに間違いはない。だが、どんな魔獣か見当がつかなかった。
「スライムか……?」
「何すかねこれ。とりあえず攻撃してみますか」
「あっお前足元」
「えっ」
ガコン。
何かが噛み合う音がして、突然せり出してきた壁によって部屋が二つに分かたれた。ちょうど一区画に一つの泥沼が収まり、レンだけがアキラ達とは違う区画に分断される。
「ちょっと
「いやごめん、魔獣に気を取られて普通にガバった。こっちの倒したらすぐ解除するからそっちはそっちで対処してくれ」
壁の向こうに告げながら、目は油断なく魔獣を見据える。うねうねと動く不定形のそれは蠢きながら全体の形を変え――獅子の顔に蛇頭の尾を有する怪物へと姿を変えた。
「
「いや違う、不定形で姿を変えるこの特性は……
リタリエが叫ぶ。同時に蛇の尾で噛みつきを狙ってきたのを、刃で払う。切り捨てた蛇は泥と化し、また本体に戻っていった。
「気を付けろ! あいつはこちらの心を映して鏡のように姿を変えるが、それは虚像に過ぎない! 手足をいくら傷つけても意味がなく、倒すためには……」
「核を攻撃すればいいんだよな、多分!」
《殺人鬼》スキルSSSのおかげもあり、初見の魔獣でも刈り取るべき命の在り方はすぐ分かる。たとえそれが不定形であってもだ。
ただし、少しばかり面倒ではあった。
「あいつ不定形の体を生かして核の在処を動かしてるな……!」
それぞれの対処は容易であったが――特に殺戮マシーンなどは、いくら姿を模したところで魔獣であったので原典よりやりやすかった――しかし核の位置が頻繁に変わるのは捉えづらくて仕方ない。
首無騎士の剣を適当に捌きつつ、アキラは考える。
「リタ! 【アジリティアップ】くれ! そのあとは【ゲイルスラッシュ】連発して!」
「どうするつもりだ!?」
「めっちゃ頑張ってこいつの体をバラバラにする!」
「いくら体を傷つけたところで――」
「ああ、分かってる。だから狙いは他にある!」
「……分かった、信じる!」
法術により速度を上げたアキラは、目にも止まらぬ速さで双剣を振るう。後ろから飛んでくる風の刃を紙一重で避けながら、的確に魔獣を寸断していく。切り離された体は風で吹き飛ばされる。
その結果、少しずつ――全体の体積が減る。
これがアキラの
「――そこっ!」
核を保持した部分を僅かな泥を残して切り離し、吹き飛ばす。残るは大人一人分にも満たないほどの僅かな容量。もはや逃げる余地はない。本体を有した泥の塊が何かに変化しようと蠢くが、あの量ではもはや大したものには変化できまい。
勝った。リタリエが確信したその瞬間。
「――――!!!!」
10歳ほどの、幼気な少女。それが怯えた瞳で、殺さないでと懇願するように手を伸ばす姿に、思わず【ゲイルスラッシュ】を放っていた剣が止まる。
それはどう見ても、か弱く、庇護されるべき存在で。
「~~~~~~~ッ!!! 騙されるな、アキラ!! あれは鏡像だ、まやかしだ、人じゃない!! 知性もない!! その証拠に喋りもしない!! ただの防衛反応として、『殺したくない姿』になっているだけで――」
手を止めた己を叱責するようにリタリエはアキラに叫ぶ。だがその言葉はアキラに届かない。
言葉が脳に届くより早く、切っ先が鈍ることなく。アキラの振るう血桜村正は少女の姿をした
核を斬られた
「…………」
「アキラ!! 平気か!」
リタリエが心配して駆け寄る。
「……大丈夫だ」
「そんなわけがないだろう! いくら鏡像とはいえ、あんな少女を斬り殺してしまって――」
「大丈夫なんだ」
きっと酷い表情をしているだろう、落ち着かせてやらないと。そう思って肩を掴んだリタリエの体を、アキラは優しく押しのけて顔を逸らす。
「俺は、大丈夫だ。……大丈夫な、人間なんだよ」
「アキラ……?」
その言葉に何か不穏なものを感じ、改めて顔を見ようとしたリタリエだったが。
「すんませ~~~~~~ん!!! こっちも終わったんですけど早くこの壁なんとかしてくれませんか~~~~!!」
壁越しのレンの絶叫が、それを静止するように響いた。
「……今解除するから待ってろ」
「アキラ……」
そのまま罠の解除に走るアキラ。
せり上がった壁が床に引っ込む頃には、その表情はいつもと変わらなくなっていた。
「いや~一人でなんとかしましたよ、先輩!」
「お疲れ」
「レン殿は平気か?
「あ~~~~~~こっちも化けてきたっすけど、流石に気分悪いんで目をつむってコアを射抜いたっす! 狙ったとこに確実に当たるのがアタシの固有スキルなんで!」
「……それでやれたのか?」
「そーです! 頭いいっしょ! 褒めてくれていいんすよ!」
「……おー、凄い凄い」
「心がこもってなーい!!!」
叫ぶレンをまたも無碍にしてアキラはリタリエを見る。
「で、多分これボスじゃないよな?」
「あ、ああ。ボス級ではあるが……二体も居たし、
「よしじゃあ行こう、すぐに」
アキラはすたすたと歩きだす。レンも「待ってくださいよー!」と小走りで追いかける。その態度に、リタリエは言葉をかけるタイミングを失った。
……キミは、本当に大丈夫なのか?
その言葉は、魔窟の闇に紛れて形にならない。
リタリエの予想通り、そこから大して進むこともなく、恐らく最深部であろう地点に辿り着いた。
大仰に過ぎる豪奢な扉の前に三人は立っている。主となるモンスターはこういった厳重で威厳漂わせる扉の先にある広大な空間に居ることが多い。
「準備はいいか?」
「ああ」
「っす!」
二人の返答を聞いて、アキラがゆっくりと扉を開く。罠がないことは確認済みだ。
ぎいいと、軋むような音を立てて扉が開いた先には――。
「ほう、久しいな。我が神域に同胞が訪れるなど、幾年ぶりだ?」
まがい物ではなく、明らかな知性を漂わせて喋る男が玉座のようなものに座して待っていた。
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