第18話「Search the best way」

「はあっ!!!」


 サージェの鉄爪が殺戮機械を襲う。

 機械は慌てることもなく冷静に、二刀を以てそれに対処した。


「はっ!!」


 その隙に背後に迫るアキラの刺突。

 だがそれも感知していた機械は、ぐるりと胴体を回転させて刃で受ける。


「ちっ!」

「アキラさん、スイッチ!!」


 教官の掛け声に従い、深追いはせずに下がるアキラ。

 サージェが対応している間に、少し息を吐いて僅かながらも回復を図る。


「この……っ!」


 教官は軽い体躯を生かして風のように舞いキラーマシーンに立ち向かうが、その鋭い格闘術もあまり功を奏してはいない。

 カウンター気味に振るわれた大ぶりな一撃に合わせて距離を取ると、アキラの横に並んで大きく息を吐いた。


 共闘開始からは、既に十五分ほどのが経過している。


「なんっなんですかあのクソ鉄屑硬すぎませんかこの■■■(要修正)! ■■■(差別的発言)! ■■■(諸事情により非公開)!」

「教官、口悪ぅ〜……」


 悪態の一つや二つ吐きたくなる状況ではあった。

 二人でスイッチしながら戦闘を継続していたが、全くもって有効打を与えられていない。衝撃自体は伝わっているようだが、アーツによる斬撃はいまいち効いていない気がした。


「なんかあの装甲に力が逃がされてるような……魔法文明の技術なんですかね、法力による攻撃を拡散する、みたいな……教官何か知りませんか?」

「知ってやがるワケがないでしょう、■■■(最大級の罵倒)な魔法文明のくそったれゴミ鉄機械のことなんて! 何で錆びてやがらないんですかあのポンコツ!! これだから旧人類の遺跡は嫌いなんですよ、私は魔窟ダンジョンの方が断然好きですね!!」


 怒りのあまり、口の悪さが限界突破していた。

 どうやら機械というか、人類文明の遺産はお嫌いな様子だ。


「……っ! 気を抜いてられないですねぇ!」


 隙を見せた途端迫りくる突進を教官が受ける。単純な運動エネルギーに押し負け、教官は大きく壁際に吹っ飛ばされた。くるりと空中で身を捻り、着地する。


「教官!」

「平気です! よそ見しやがってる場合じゃあないでしょう!」


 そう叫ぶ教官だが、少し息が上がっていた。

 無理もない。ただでさえ戦闘による体力の消耗というのは凄まじい上、ハーフリングは体格が小さい。その小さな体躯で、圧倒的にパワーで勝る相手と戦闘を繰り広げているのだ。何度も吹き飛ばされては立ち上がっている教官のスタミナ消費はアキラの比ではないだろう。


(このままだと教官がまずい……!)


 そういうアキラも疲労は溜まっている。そもそも、訓練後の疲れた状態でここに来ているのだ。いつ限界を迎えてもおかしくはない。


 だがそんな状況とは裏腹に、アキラの技は先程までとは桁違いに冴えを取り戻していた。


 疲労がピークを迎えたせいで所謂ランナーズハイに入り集中力が増したのも一因だろう。そしてもう一つの要因として——明確な目的意識によるモチベーションの増大。


 教官を死なせるわけにはいかない。


 その思いが、一人で戦っていた時の漫然とした動きとはかけ離れた本来の技を引き出していた。


(とにかく、長期戦で奴のエネルギーが尽きるなんてのを待ってはいられない。短期決戦に持ち込む方法を探さないと)


 剣戟を続けながらアキラは探る。勝利への道筋を。

 まともにやってもジリ貧だ、何か弱点はないか。

 剣風を避け、いなし、転がって後ろに回って。目を皿のようにして糸口を探す。

 なんでもいい。勝ちに続く扉は――。


「――あ」


 その瞬間、気付く。

 あるじゃん、扉。


 相手の薙ぎ払いを大きく後ろに飛び退って避け、教官の元へ戻る。


「アキラさん! 平気ですかぁ!?」

「教官……」


 ぽたぽたと、汗を垂らしながらその瞳は油断なくキラーマシーンを見据える。


「見つけました、勝利への扉」

「……おお!」

「ただ、これをやるにはちょっと相手の注意を引いてもらわないといけないので……悪いんですけど足止めお願いできますか」

「私がですか? 足止めならアキラさんの方が適任かと思いますが。私の方がその作戦をやってもいいんですよ」

「いや、多分これは俺じゃないと出来ないと思います。今説明するんで――」

「あー、要りませんよぉ。とりあえず足止めしとけばいいんですね?」


 ひらひらと手を振った後、サージェは鉤爪を構えた。


「……いいんですか? 作戦聞かなくて」

「時間の無駄です。アキラさんにしか出来ないんでしょう? だったらさっさとやりやがってください」


 疲労の色が濃い横顔が、しかしニヤリとニヒルな笑みを浮かべる。


「自分の教え子を信頼できないようじゃ、教官なんてやってられませんよぉ」


「教官――」

「分かったらさっさとあのイカレ機械を役立たずスクラップにしやがってください……返事!」

「……サー、イエッサー!」


 勢いよく返事をすると、アキラは作戦のために駆け出した。

 注意を引くことを頼まれたサージェ教官は、大きく深呼吸して。


「さあて――見せてやりますか、白金級プラチナランク野伏レンジャーの実力ってやつを」


 眼前の鉄鬼を静かに睨みつけ、呟く。


「【ファントムミラージュ】」


 瞬間、サージェの姿が幾重にも分裂し。

 それぞれが注意を引くべく、殺戮機械へ飛びかかる。




 響き渡るのは、くろがねのぶつかり合う咆哮ばかり。

 金属音が奔流する鈍色の空気の中、海底を泳ぐ魚のようにアキラは深く静かに潜航する。

 【シャドウラン】、そして【ハイドアンドシーク】。

 足音を消し、気配そのものも消す。どちらも《隠密》スキルによるアーツだ。

 まだまだ未熟なアキラ一人では敵に気付かれる恐れもあったが……教官が全力で気を引いてくれている今、その懸念はない。

 音もなく、影もなく。滑るようにアキラは床を駆け、殺戮機械の背後を取る。


(……やっぱりあった)


 そこにあるのは、勝利に繋がる扉だ。

 扉、というのは比喩ではない。

 丸みを帯びた機体の表面に刻まれた、一目では気付かないほどに細い線と、小さな丸穴。


 


 機体内部のメンテナンスやチューニングを行うために設けられた、文字通りの扉だ。

 これを、こじ開ける。

 外部がいくら強固であっても、内部はそうではない。むしろ外装が強固であるというのは中身が弱点であることの裏返しだ。

 開くことさえできれば、きっと勝てる。


 鍵開けというのは野伏レンジャーの専門分野だ。

 なので本来であれば教官に任せたいところだが、今回ばかりはアキラがやるしかない。


 からだ。


 この戦闘中に、悠長に実際に鍵開けを試みるわけにはいかない。

 故にアーツで無理やり開けなくてはいけないのだが――その際に必要なのは、イメージ。

 いくら鍵開けに詳しい教官でも、機械嫌いの彼女ではこの機体に刻まれた線を扉だと認識するのは難しいだろう。

 メンテナンスハッチを開けるイメージを持てるのは、アキラしかいない。


(やれるか……!?)


 背後を取ったアキラの胸に、不安が過ぎる。

 

 自分の《罠解除》スキルのランクで本当に開けられるのか。アーツによる鍵開けは装甲に弾かれないか。そもそもあれは本当にメンテナンスハッチであってるのか。

 不安要素は多分にある。だが。


 機械越しに奮闘する教官の姿を見る。アキラを信じて必死に戦ってくれている。

 思えば、誰かに命がけで信頼されたことなんて、この世界に転生するまではなかったかもしれない。

 その信頼に、期待に、応えたい――。その思いが胸を満たしていく。


(やるしかない……やれる……やる!!!)


 両手の血桜村正をしっかりと握りしめる。

 そして、アキラは跳んだ。


 殺戮機械の背後に、ぴたりと着く。【ハイドアンドシーク】は解除された。今のアキラには、攻撃と同時に維持出来るだけのスキルはない。

 機械がアキラを認識する。数秒後には、その凶刃がアキラに向かって振り抜かれるだろう。

 勝負は一瞬。たった一度だけ。

 アキラは双剣の切っ先を、鍵穴に向けて思い切り突き込む。

 イメージするのは、成功のみ。



「開け――【アンロック】!!」



 果たして。

 カチリ、と命を預けるには軽すぎる音がして。

 外装の一部が開き、内部の弱点が露出する。


 刹那、眼前の教官を無視してアキラに向かって振り抜かれる機械の刃。

 それを全く意に介することなく――アキラは目の前の複雑な回路群に向かって、二つの刃を突き出した。

 刺し貫くのに特化した、必殺のアーツ。



「【ペネトレイト】――!!!」



 妖刀が機械の体を穿つ。

 バチバチと稲妻が走り、立ててはいけない音を立て、内部機構が破壊される。

 機械の凶刃はアキラの髪を刈り取り、首を薄皮一枚切り裂いて。

 そして――それ以上は進むことなく、ぴたりと停止した。


 ぱちりぱちりと、回路がショートする音だけが既に死した研究所に響き、機械の動作が完全に静止する。

 師弟は二人揃って床に膝をつき、大きく大きく安堵の息を吐いた。

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