第17話「REUNION」
端的に言うと、ピンチだった。
「やばいな……」
殺戮機械の凶刃が閃く。殺人鬼も逆手で持った白刃で受ける。二つの凶器が交錯し、亡びた施設の眠りを妨げるように甲高く耳障りな金属音が静寂を引き裂いた。
そのまま鍔迫り合いに移行するかと思いきや、アキラは不意に力を抜いた。押しとどめていた敵の刃が滑り、アキラに迫る。その脅威を無視し、滑らせた勢いのままアキラは懐に飛び込んだ。顔面を掠めた剣が髪の先をいくらか刈り取っていく。
がら空きの胴体に両手の血桜村正が迫る――寸前で《危険感知》スキルが胸を騒がせる。咄嗟に二刀を交差させるのと、その交差地点に胴部から射出された槍がぶつかるのはほぼ同時だった。
「っぶね」
槍の勢いは殺さず、むしろ受け止めて後方へ跳躍、大きく距離をとって息を吐く。一歩間違えれば腹に大きな風穴が開くところだった。
休む間もなく、滑るように距離を詰めて追撃を図ってくるキラーマシーン。アキラは足を止めて迎え撃った。二刀と二刀が何度も激しく撃ち合わされ、ノイジーなオーケストラを奏でる。
「……【フェザーステップ】!」
数合の打ち合いの後相手の武器を床に叩きつけるように流し、アキラは跳躍する。機械の頭を踏んでその後方へ。さらに空中で体を捻る。
「【ゲイルスラッシュ】」
風の刃の反作用でさらに飛距離を伸ばす。宙返りして危なげなく着地。
飛ぶ斬撃を受けた殺戮の機械は。
「……岩山くらいなら斬り飛ばせるんだけどなぁ」
変わらず無傷で存在していた。
『対……の脅威……ベルを更新……モードに移行……』
「音声は途切れ途切れなのに動きは滑らかなんだから、ヤになるぜ」
機械には痛みも、疲労もない。間断なく襲い掛かってくる。
一方、アキラは防戦するばかりだった。
日嗣晃の一種異様なほどの強さは、彼が天性の殺人鬼であることに由来する。
幼少期から殺人衝動を抱え、常に「どうやって殺すか」「どうすれば殺せるか」という目線で他人を見てきたアキラの中には、確固たる殺人のイメージが根付いている。
関節の可動域、骨格の強度、筋肉の動き、神経の伝達、動作の起こり。人体解剖学的に見た、種々の人間の機能。そこから導かれる卓越した殺しの術理。それこそが日嗣晃の強み。
それは転魔相手にも適用出来るものであった。
どれほど異形の姿に変わり、心を亡くしていたとしても相手は元人間。どうしてもその動きには人間の残り香がある。
鉄のように硬い鱗や大地を切り裂く爪も、どれだけ強力であったところでその使い方が人間としての思考に基づくものであれば――それは防具や武器と何も変わらない。
全く同じとは言わないが、十分対応できる。問題なく、殺せる。
人間の思考と動作、それに対する理解度――。それこそが大量連続殺人鬼である日嗣晃の強み。
殺人に関する知識と実際の経験、それらが形作る強固な殺しのイメージに対抗しうるものは、ほぼいない。
だがしかし、眼前の相手に対してはそれらは全く意味をなさないものであった。
血ではなくオイルが通い、骨でなくフレームが体を支え、筋肉でなくアクチュエータで駆動するブリキ人形相手に、アキラのスキルは通用しない。
無論、相手がある程度人間を模している以上全くの無力ではない。なんとか対処は出来ている。だが非常にやり辛かった。
二つのアームに取り付けられた刀を振るう上半身はともかく、下半身は安定感のある四つ足。胴部にはいろいろと仕込みがあるようだし、カメラアイは視線を読めない。
何よりもその思考。
人類とは違う機械的な思考は、合理性という点において武術と通ずるところはあるものの、時に予想も出来ない行動を仕掛けてくる。
今のところ何とか反応出来ているものの……このままではいつか致命傷を負いかねなかった。
そして、上記以上に最も大きな問題が一つ。
それは。
「やる気出ねえ~~~~~~~~~~」
深刻なモチベーション低下だった。
日嗣晃は殺人鬼であって武道家でもバトルマニアでもない。
武道武術、戦闘はあくまで人間を殺すための手段だ。目的にはなりえない。
多少困難があった方が達成感を感じるということはあるが、それも人間を殺せる前提であり、人間でない相手との戦闘は全くやる気が出なかった。
「まあ動物兵器とかよりはマシだけどさぁ」
動物を傷つけるのが苦手なアキラとしては傷つけても心が痛まない分まだマシだったが、マシなだけだ。
帰りたい。もうめっちゃ帰りたい。
しかし今背を向けるのは明らかに危険だった。
隙を見せた瞬間に殺戮機械は攻撃を仕掛けてくる。
「おっと」
アキラはそれを辛うじて捌くが……しかしモチベーション激減に伴うパフォーマンスの低下は目に見えて明らかだった。
傷を負わないようになんとか対処こそしているものの、積極的に相手を倒そうとする気迫、闘志に欠ける。
こんな消極的な戦い方では、いずれ大怪我を負うであろうことは必定だった。
「まずいな。割とピンチだぞこれ。まさか最終試験にこんな落とし穴があるなんて」
言いながらも、戦闘に身は入らない。
このままだと死ぬかもな、という考えが頭を過ぎる。
死ぬことは問題視していない。ただ、リタリエの復讐に協力できなくなるのは少々困る。
「こんなとこで勝手に死んだら、リタ怒るよなぁ……」
怒らせるのは嫌だなと思う。
復讐の剣のくせに、情けない話である。
「――あ」
そんな余計なことを考えていたからだろうか、隙が生じてしまった。
がら空きになった喉元にキラーマシーンの凶刃が迫る。
(あ、これ無理だな)
驚くほど平静にアキラはその事実を受け入れた。
ただ、謝罪する。
「ごめん、リタ――」
「【ペネトレイト】」
その刃が命を刈り取る寸前、黒い弾丸が襲来してマシーンを弾き飛ばした。
現れたのは。
「生きてやがりますか、アキラさん」
「教官!?」
「助けに来ましたよぉ」
そういうサージェ教官は両腕に鉤爪を装備していた。身軽さと器用さを旨とする
「助けに、って……え、ついて来てたんですか?」
「はい。【ハイドアンドシーク】で姿を隠しつつ一定の距離をとって【ファーサイト】で監視してましたよぉ」
危険なトラップなどを作動させてしまった場合に助けられるようにねぇ、とサージェは言う。
「ってことは……俺不合格ですかね……」
「違います。これは試験外のトラブル、アクシデントですよぉ」
「トラブル……? 俺がトラップに気付かずにこいつを作動させたから、アウトでは……?」
「いえ、今まで最終試験で何度もここを利用していますが、こんなものが出たのは初めてです。そもそも戦闘訓練してないのにこんなのと戦わせるわけないでしょ」
それもそうである。
しかしまさかこいつと出くわしたのが自分一人とは。
「なんで俺の時だけ……」
「さあ。記念すべき100人目の侵入者とかじゃないですかぁ?」
「そういうのこの世界にもあるんですか?」
話している間に、吹き飛ばされて転がっていた殺戮の機械が立ち上がり、教官を無視してアキラの方へ突っ込んでくる。横合いから再び教官が突っ込み、その軌道を反らした。
「完全にアキラさんを狙ってやがりますねぇ……! 何か恨まれることでもしました?」
「不法侵入ですかね……」
「それは恨まれますねぇ。なんてことを」
「あんたがやらせたことでしょうが!」
というか不法侵入は教官もしている。
「まあ、でも――」
再度転がされた機械がゆっくりと立ち上がる。頭部カメラが音を立ててサージェを見据えた。
『妨害確認。優先排……象を……から、亜人/分類ハーフ……に変更』
「これで標的がこちらに移ったでしょう。最終試験は終了です、さっさとお帰りやがりください」
「さっさとお帰りやがりください、って言われても――」
アキラはキラーマシーンと教官を見比べる。体格差は歴然だ。キラーマシーンの方はアキラよりも大柄で、対するサージェ教官はその半分以下。パワー勝負では明らかに押し負けるだろう。
明らかに不利なマッチングなのは明白だった。
「教官を放っておくわけには――」
「いいから、さっさと立ち去りやがれって言ってるんですよ! 教官の言うことが聞けねえですかぁ!?」
「サー、イエッサー!」
反射的に返事する。この数日で体に染みついた悲しい習性だ。
返事を聞き、教官はにやりと笑う。
「それでいいんですよ。教え子を守るのが教官の務めなんですから」
アキラさんが逃げたら私もそこそこで撤退します、という教官の言葉を聞き、アキラは(嘘だ)と直感した。
教官は責任感が強い。アキラが確実に逃げ切れたと判断するまでは時間を稼ごうとするだろう。
そしてその上で教官が逃げ切れる可能性は、恐らく低い。
アキラの見たところ、教官は直接戦闘を得意としていない。武器を持っている以上ある程度は戦えるだろうが、専門はあくまで野伏としての活躍のはず。
それでも心配ないとサージェ教官は笑って見せる。
なので、アキラは。
「分かりました、帰ります」
そう素直に告げて。
「――ただし、こいつを倒した後、教官と一緒に」
武器を構えた。
「……聞き分けの悪い教え子ですねぇ」
「二人でタゲ分散した方がいいでしょ。それに、俺のせいで死んだら教官化けて出そうじゃないですか」
「こっから出た後覚えてやがってください」
師弟での共闘が始まる。
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