第16話「敵はどこだ?」

 過酷な訓練は数日に渡って続いた。

 毎日毎日死にそうになりながら組合アライアンスに通っていたアキラだが、スパルタ特訓の成果はその分目覚ましく表れる。


「うおおお……!」


 歓声を上げながら自分のステータス画面をスクロールするアキラ。

 《隠密》S、《隠蔽》A、《軽業》A、《索敵》B、《危険感知》B、《罠知識》C、《罠解除》C。

 どれもこの数日の猛烈な特訓により新しく取得したスキルだ。


「私の見込んだ通りですね~」


 サージェ教官も感慨深そうに頷く。


「アキラさんには適性があると思っていました~」

「サー、ありがとうございます、サー!」

「特に隠密系の習熟度は素晴らしいですね~天才と言っていいです」

(我ながら暗殺者みたいなスキルばっかりよく伸びてんな……)


 そっと喜ぶように目元を拭い、サージェ教官は告げる。


「これで四日間の講習は終わりです~野伏レンジャー関連スキルもきちんと習得出来ましたし、これで立派な野伏レンジャーですね~」

「教官……!」

「じゃあ今から最終試験と行きましょうか~」

「教官?」


 ちょっと待ってほしいのだが。


「スキルを身に着けることと、実践で使うのは別ですから~。実際に現場で使ってみないと~」

「サー、あの、今日の訓練終わったところで割とすごくへとへとなんですが、サー」

「ではちょうどいいですね~。『どんな状態でもベストを尽くせるようにする』が私の訓練方針ですから~」

「……」

「いいですね~?」

「サー、イエス、サー……」



「教官には逆らってはいけない」



ここ数日でアキラが学んだ、最も大きなことだった。




◆ ◆ ◆


 教官に案内されるまま歩き、へとへとの状態で辿り着いたのは街の外れだった。


「この街が魔法文明の遺構を利用して作り上げられたものだというのはご存じですね~?」

「ええ、まあ……」

「正確にはかつての人間都市の3/4ほどが再利用されておりまして~。こちらは再利用されていない区画になります~」


 眼前には、四角四面な印象を与える建物があった。

 昔はどうも真っ白だったような雰囲気がするのだが、蔦に覆われた今となっては判然としない。

 全体的な見た目から何らかの学術的な建造物だろうか、とアキラは推測する。


「アキラさんには最終試験として~こちらの遺跡に潜入してもらいます~」


 遺跡。潜入。その言葉にアキラの耳がぴくりと反応する。それはつまり。


「ついに俺もダンジョンデビューってことですか!?」

「は? 違いますが。何を言ってるんですか?」


 違った。


魔窟ダンジョンと遺跡は全く別物ですよ~?」

「そうなんですか……」


 別物らしかった。旧文明の遺跡とか結構ダンジョンになってると思うのだが、どうもこの世界でははっきりと違うものらしい。じゃあダンジョンってなんだ。

 考えるアキラにはお構いなく、教官は話を続ける。


「やることは簡単です。最奥部まで行って、そこにあるものをなんでもいいので取ってくる。それだけです~」


 ね? 簡単でしょう? とでも言いたげな教官だが、当然それだけなわけがない。


「トラップがあるんですよね?」

「なかったら最終試験にならないじゃないですか~。もちろん魔法文明の遺したトラップがバリバリ稼働中ですよ~」


 魔法文明ってすごい。改めてそう思った。耐用年数どうなってるんだ。


「ちなみに危険度は……」

「入る前からそんなこと分かるはずがないでしょ~? 心配せずとも、知人に腕のいい法術師がいますので~」


 それは暗に怪我の可能性を示してはいないだろうか? アキラは思ったが口には出さなかった。

 なんにせよ、スキルを実地で試すというのはアキラ自身やりたかったことでもある。へとへとであることを除けば躊躇う理由はない。


「了解です。どうせやらないって選択肢はないだろうし……最終試験、行ってきます」

「きっと大丈夫ですよ~。駄目だったら骨は拾ってあげますから~」

「出来れば骨になる前に助けてほしいんですが……」

「……さあ! いってらっしゃい~!」

「何で今黙ったんすか!! ちょっと!!!」


 突入前に不安にさせないでほしいと思いながらも、アキラは敷地に踏み込んだ。




 遺跡の中は案外綺麗なものだった。

 もちろん外観同様に内部もある程度植物に侵食されてはいたが、ジャングルのようにはなっていない。かと言って、いかにも廃墟然とした感じでもなく、案外片付いている印象だった。

 魔法技術によるものか、それともこうやって試験に使うということは定期的に人の手が入っているのだろうか。恐らくはその複合であり、他にも要因はあるのだろう。


 施設の中を、ゆっくりと進む。

 雰囲気から察するに、ここは何かの研究所のようだ。エントランスと思しき空間は特に目につくものもなく進んでいけたが、奥に進むにつれその足取りは慎重さを増す。

 建物の作りや扉の頑丈さ、そういった細々とした要素が集まって全体の雰囲気を形作る。厳重な様子から鑑みると、どうやらなかなかに重要な施設らしい。

 当然、鍵や罠も多いことになる。


「【トラップディティクト】……よし。【アンロック】……開いた。危険はなさそう……いや、これ多分床になんか仕掛けられてるな。踏むとまずそうだ……【フェザーステップ】」


 ここ数日で身に着けたスキル、それに伴う新アーツを駆使して進んでいく。

 アーツというのは本当に便利だとアキラは思う。


 スキルを習得することで使用可能になる不可思議な技術、それがアーツだ。

 スキルの延長線上のものではあるが、法力を基とするアーツは通常の物理法則をも凌駕した効果を発揮する。

 一番分かりやすいのが剣術系スキルのアーツ【ゲイルスラッシュ】だろう。通常あり得ない飛ぶ斬撃を実現するのは、法力の力によるものらしい。

 その利便性は戦闘系スキルに限ったものではない。例えば《罠知識》スキルのアーツ【トラップディティクト】は使用者が知らない罠も判別できるし、《罠解除》スキルの【アンロック】は解き方が分からない鍵も開錠出来る。


(大事なのはイメージだ)


 教官に言われた言葉を思い出す。

 法力の基本性質は「イメージ」を実現することにある。

 強固で具体的なイメージがあればあるほどアーツの精度と効果は上がる。それが故にまず先にスキル――技術や知識があって、アーツが使用可能になるのだと。


「究極的には、想像で世界そのものすら書き変えること。それが法力の深奥だと、一説には言われています~」


 イメージを作るのは、知識と経験、そして自信。

 三つが揃ったとき、アーツは物理をも超越する。


 そういうわけで、それらをものとするためにアキラはこの四日間徹底的にしごかれたのだった。



「そりゃあれだけのスパルタを乗り越えたら自信くらい付くよな……」


 罠を自分で解除しながらアキラはぼやく。

 とはいえアーツにばかり頼るわけにもいかない。アーツが法力を消費する以上、使用回数には限度がある。人によって法力の容量は違うし、厳密に数字化されるものでもないので感覚で計るしかないが――こういうのこそMPとしてステータス画面に表示してほしい、とゲーム好きだったアキラは思う――あまり無駄遣いをして肝心な時に使用できない、では困る。

 そのため、自分の知識と技術のみで対処できるものには出来るだけ手で対処した。


 怯えすぎではないかと揶揄されそうなほど慎重にアキラは歩を進めていく。

 時間は掛けすぎるぐらいで良い。通り一遍のスキルを身に付けたとはいえ、アキラは野伏としては新米もいいところ。慢心せず、一つ一つ確実に進んでいくことが大事だ。


 あとめっちゃ疲れてるからゆっくり休憩しながら行きたかった。



 静かな研究所内を一人進んでいると、警戒を続けながらも思考の余白では別のことを考えてしまう。

 トピックはこの世界について。

 思えばこの世界に転生してからやたらと体の動きが良かったのも、恐らくは無意識で法力がサポートしてくれていたのだろう。


(強固なイメージが実現する世界か……)


 だとすると、恐らく自分は大概の転移者よりも有利に違いない。

 アキラ以上に人間を殺した経験がある人物は――兵士でもなければ、そうはいないだろうから。


「……お」


 進むこと一時間半ほど。

 アキラは開けた空間に辿り着いた。

 ここが最奥だろう、と直感する。確認してもこの先はなさそうだ。

 アーツを駆使して危険を排除してから、注意して踏み入る。


 そのスペースには、大小さまざまな器具が存在した痕跡があった。

 ここが研究所だとしたら、一番重要な区画であることは間違いなさそうだ。

 何の研究をしていたのだろうか、気になって見渡してみるが残念ながらアキラには分からなかった。精々、何か工学系かな、ぐらいのぼんやりとした推察をするくらいだ。


(何でもいいから持ってけばいいんだよな)


 何にしようか。どうせなら確実にこの部屋にしかなさそうなものがいいだろう。

 そう思って探すと、部屋の中心ほどに何か輝くものがあるのを見つけた。

 手に取って拾い上げる。手に馴染むサイズの、薄いプレートだった。ロゴのようなものがデザインされている。


(このロゴ、どっかで見た気がするな……?)


 とりあえずこれにしよう。そう思ってポケットに入れた瞬間。



 ビーッ! ビーッ!

 あからさまな警戒音が耳障りに鳴り響いた。



『……の侵……検知。警備シ……作動』

「何もしてないのに!?」


 罠の類は全てサーチして解除したはずだったのだが、見落としがあったか。

 それにしても防犯システムまで稼働しているとは驚きである。もはや守るべきものもないだろうに。


『ガード……カ、排出します』


 研究所の建物が揺れ、壁が開いて何かが現れる気配。戦闘か。

 腰の血桜村正に手をかける。なんだろうと来い。この妖刀もカタカタと鳴いている。

 どんな敵だろうと、血祭りにあげてやる――。


 と。

 そこでふと、思考に差し込む言葉。



 警備システムでやってくる敵、魔獣なワケなくない?



 懸念は時を置かず眼前に姿を現す。


 錆色に光を照り返すボディ。

 鋭く硬質な、手と一体化した刃。

 無機質に赤く輝く、カメラアイ。


 どこからどう見ても――。



「ロボだこれーーーーー!!!」



 アキラの頬を汗が伝う。

 当然ながら、機械を血祭りにあげることは出来ない。

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