第15話「Ouch!!」

 白金級プラチナランクのベテラン野伏レンジャーであるサージェ教官に曰く。


「いいですかぁ? 野伏ってのはパーティの生命線です。敵の発見が遅れれば、致命的な罠の存在に気付かなければ――それだけでパーティの壊滅は十分にありうるのです」


 野伏はパーティ全員の命を握っていると言って過言でない――彼女は語る。


 ではそんな野伏に最も重要なこととは何か?

 敵に見つからず気配を消す隠密性? 脅威をいち早く嗅ぎ付ける嗅覚? 危険を避ける身軽さ? それとも罠を解除する技術?


 そのどれでもない、とサージェ教官は言う。

 野伏にとって最も大事なもの、それは――。



「一に根性、二に根性!! どんなへとへとの状況下であっても、仲間を全滅の危機から救うために普段通りのパフォーマンスを発揮することですよおお!!!」



 そういうわけで、アキラはしごかれていた。


「無理……こんなん無理……」

「まだ喋れるってことはくたばっちゃいないようですねぇ。及第点です。褒美にあと10回スクワット追加してあげちゃいますよぉ!」

「勘弁してください……!」

「口から■■■(異世界スラング)吐くときは前と後に"サー"とつけろといったでしょうがぁ! 覚えてやがりますかぁ!?」

「サー……イエッサー……」

「声がちいさぁい! この■■■(不適切表現)がぁ!」

「サー! イエッサー!」

「元気がありやがりますねぇ! さらに10回!!」


(レンジャーはレンジャーでもこんなんレンジャー部隊の方じゃねーか!!!!)


 俺が思ってた異世界とちゃう!! と何故か関西弁になりながら、心の中でもはやお決まりとなった台詞を叫ぶアキラ。

 背中にずっしりとした重石の重量を感じつつ、今にも倒れそうな顔で腕立て伏せを強行する。


(刑務所より……いや、絞首刑より辛いかもしれん……)


 死刑囚ジョークを内心で呟く。本人にとっては冗談ではないが。


 ちなみにだが、日嗣晃に従軍経験はない。

 大学卒業後の進路として自衛隊に行くことを検討してはいたが、卒業が叶わなかったのでその未来は存在しなかった。

 中学や高校卒業時点で行くことも考えてはいたが――両親との話し合いの結果、大学までは行くということになった。

 まさか動機として「人を殺したいから」とは言えなかったため、説得は出来なかったのである。


 とはいえ、今のアキラは多分自分が自衛隊に行くことはなかっただろうと考えている。

 専守防衛を旨とし武力行使が厳しく制限された自衛隊はアキラの殺人衝動にはそぐわないだろうし、武器が近くにあると敵より先に味方を殺しかねないからだ。

 自衛隊を経由して他国の傭兵やPMCへの就職も視野にいれて外国語の勉強もしてはいたが、それも今となっては無用の長物である。



 そういうわけで従軍経験も無ければ部活経験もないアキラにとってサージェ教官による鬼指導は非常に堪えるものであった。



 訓練プログラムはこうだ。


 まず最初に簡単な課題を与えられ、その解き方を覚える。

 そしてその後にふらふらになるまで肉体的にしごかれる。

 最後に、満身創痍の状態で最初の課題をこなす。


 この筋トレは体力向上を目的とするものではない。そんな一朝一夕で肉体が成長すれば苦労はないからだ。

 訓練の目的はサージェ教官が掲げるように『極限状態でも最大限のパフォーマンスを発揮できるようになる』ということにある。罵倒もその一環だ。

 技術や体力自体は後からでも向上させることが出来る――問題は現状のベストを、仮に戦闘直後であろうと発揮できるかだ。

 故にこういうプログラムを組んでいると最初に説明されはした。されはしたが――。


(ほとんど詐欺だろこんなん……!)


 あのふわふわ教官がここまで苛烈なしごきを行うとは思っていなかった。

 この世界に軍はない(それほどの規模の共同体がないという意味でもある)が、つい鬼軍曹と呼びたくなる。

 多彩な罵倒と血も涙もない冷徹な指導はどこから来たのか。


「よーし、充分へたばりやがりましたねぇ! それじゃあそこの扉の解錠をしやがりなさい! ヘマしたら鍵穴から香辛料が噴き出す特性仕様ですよぉ!」

「サー! イエッサ……ぎゃああああああ!!!!」

「なーに気を抜いた手さばきしてやがりますか、本番なら死んでやがりますよこの■■■(検閲済み)があ!!」


 そんなこんなで、地獄の特訓は続いた。




◆ ◆ ◆


「アキラー? なかなか降りてこないがどうし……うわっ死んでる」

「殺してはおりませんよ〜?」


 夕刻。アキラを心配して四階まで上がってきたリタリエが見たものは、屍のように床に突っ伏すアキラと、しゃがんでそれをつつくサージェだった。


「お連れさんですか~? どうやら動けない様子なので連れて帰ってもらっても~?」

「リタ……ごめ……」

「生きてるけど今にも死にそう……」


 満身創痍のアキラを、リタはおぶった。


「アキラさん、お疲れさまでした~。なかなか筋が良かったですよ~」

「サー……イエッサー……」

「明日からも頑張りましょうね~」

「……」

「返事」

「サー……イエッサー……」

「ではこれは今日のご褒美です~」


 言って、アキラの口に飴玉をねじ込む。


「これ一週間も続けられるかな……」

「そんなアキラさんに朗報ですが~。一週間もかける必要はありませんよ~。私の方も用事がありますので~半分の四日で仕上げてみせます~」

「本当ですか……!」

「つまり、通常の倍の密度で叩き込んでやるという意味ですが~」

「……ハイ」

「アキラさんは筋がいいのできっとなんとかなりますよ~。それではまた明日~」


 手を振られながら、二人はビルを後にした。


「……とりあえず宿に向かうぞ」

「リタ……」

「どうした、アキラ。本当に大丈夫か?」

「いい匂いする……」

「放り出されたいの!?」


 リタリエも訓練の後であり、つまり汗を相応にかいた後でもある。あまりにも無神経な発言であった。


「いや、露店の……」

「あ、ああ……なんだ、紛らわしい。てっきりおぶられてる身なのに運動後の私の匂いを嗅ぐなどと言う不埒な行為をしたのかと……」

「リタの匂いも悪くは……」

「本当に放り出すよ?」

「ナンデモナイデス」


 そうこうしている間に宿に着いた。部屋に入ると、アキラはベッドに投げ飛ばされる。心なしか、扱いが雑な気がした。


「ここが俺の部屋でいいの、リタ……」


 枕に顔をうずめながらアキラが聞く。


「あー……それに関してだが、一つ問題があってだな……」

「……?」


 首を傾けてリタリエを見ると、心なしか赤くなっていた。アキラを背負って歩いてきたからだろうか……と思ったが、どうやらそうではないらしい。


「二部屋取ることが出来なくて、だな……。同室だ」

「……マジ?」

「マジだ。まあ、どうせここまで二人で旅してきてすぐ傍で寝ることも多かったからな、今更だろう!」


 それに、とリタリエは続ける。


「……その調子だと、不埒な行いをする元気もないだろう。教官殿に感謝だな」

「俺はリタの剣だぞ、不埒な行為なんてするわけないだろう」

「割としていたような気がするんだが……?」

「ごめんなさい」


 許す、と寛大なところを見せるリタリエ。姫の器である。


「ともあれ、さっさと寝ることだ。明日も訓練だろう」

「はーい……そういやギルドの査定の方は?」

「それがなんだか別件で立て込んでいる様子だったからな……ゆっくりでいいと伝えてきた。訓練が終わる頃には分かるだろう、報奨金と……アキラの等級も、な」

「りょ~。じゃあ悪いけどもう寝るね……」

「ああ。すぐに寝ろ、さっさと寝ろ」


 言われるまでもなく、アキラの意識はすぐに闇の中に溶けていく。




 そしてなんだか窮屈な思いで目を覚ますと、眼前にリタリエの顔があった。


「なっ……!?」


 に、と叫ぼうとしたところで全身に走る激痛。

 筋肉痛だ。


「うぐううううううううううううううう!!!!!」


 痛みにのたうち回ろうとしたが、それは叶わなかった。

 これはどうも……がっつりホールドされている!?


「うるさ……」


 アキラが悶えているうちに、その悲鳴でリタリエが目を覚ました。

 寝ぼけ眼でアキラを見つめ、目と目が合う。


(……やば!?)

「ん~…………はっっっっ!!!!!!?????」


 状況を理解し、アキラをきつく抱きしめていた手を離すと、ベッド上から大きく飛び退った。


「いや、リタ、違」


「あああああああああああアキラこれはだな違くて、誤解で、ベッドが一つしかないから端で横になってたら久々にベッドで寝たものだからつい寝相で抱き枕を探しちゃってつまり私がアキラを襲ったとかそういうわけじゃないからーーーーーーーーっ!!!!!!」


「……あ、はい」


 相手の方が慌てていたため逆に冷静になるアキラ。

 ひとまずリタリエの方に原因があることを当人も分かっているようなので、お仕置きが下ることはなさそうだ。


「寝ぼけていたとはいえ本当にすまない……アキラも私みたいな歳の離れた女にこんなことされて不快だったろう……」

「? いや俺はむしろ綺麗なリタの顔を起きてすぐに眺められて役得だったと思ってるけど」

「キ、キミはまたそういうことを……!」

「あ、これもセクハラかな、ごめ――あだだだだだ!!!!」


 話がややこしくなりかけたところで筋肉痛がアキラを苛む。容赦はない。二人で寝れるサイズのベッド上を、ゴロンゴロンと転がり悶える。


「だ、大丈夫か……?」

「無理かも……」

「休んでもいいんだぞ……?」

「……いや、行く」


 苦痛を堪え、なんとかベッドから立ち上がるアキラ。


「随分きつそうだが、本当に大丈夫か!?」

「行く。こんなところでうだうだして、リタの足を引っ張ることは出来ない……剣として」


 よろよろと、不確かな足取りながらも歩き出すアキラ。《鋼の意志》Sは伊達ではない。


 朝食をとり、リタリエと共に組合へ向かう。相変わらず体は激痛を訴えてきてはいたが、もはや悲鳴を上げることはなかった。

 真っすぐ、強い眼差しで四階へ向かう。


 一刻も早く野伏レンジャーの技術を習得して、リタリエの役に立つ。

 そこには、固い決意があった。




「今日も地獄へよく来やがりましたねえ、この■■(禁止表現)が!! 昨日より苛烈に、お前を泣いたり笑ったり出来なくしてやりますよぉ!!!」

「……サー、イエッサー……」


 そしてその決意はすぐに挫けそうになっていた。

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