第19話「ラック」

 疲労困憊で組合アライアンスに戻った教官とアキラを見て、帰りを待っていたリタリエは驚愕の声を上げざるを得なかった。


「アキラ!? どうしたんだそんなボロボロで! それに教官殿まで!?」

「リタリエさん~。確か神官クレリックでしたよね? すみませんが、回復お願い出来ますか~?」


 リタリエの前に辿り着いたところで、二人揃って地面に崩れる。

 致命的な傷は避けていたとはいえ、双方ともに戦闘で傷だらけだ。リタリエが法術で迅速に手当てをしてくれた。


「どうしたんだ、二人とも……私はアキラが野伏レンジャーの最終試験に向かったと聞いて待っていたのだが、何故こんなことに」

「いやー、その最終試験で運悪く死にかけちゃって」

「死!?」

「面目ありません~私の落ち度です~」


 治療を受けながら経緯を話す。


「なるほど……魔法文明の遺物が起動したと……」

「まさかこんなことになるとは~。あそこは何十年にも渡って使われてきた場所ですが、今後は閉鎖も考えないとですね~」

「俺のせいで申し訳ないなぁ」

「アキラさんのせいじゃないですよ~。全部あの■■■(耳を疑うほどの罵倒)な鉄くずが悪いんです~」

「!? 聞き間違いだろうか、とんでもない発言が聞こえたような……」

「あの■■■(およそ公共の場でするべきではない発言)がよ~」

「教官殿!?」


 ……本当に俺のせいじゃないのだろうか?

 リタリエと教官が話しているのをぼんやりと聞きながら、アキラは考える。

 今までずっと起動しなかったあのロボが動き出したのは、俺のせいじゃないか?

 俺が転移者ストレンジャーだから。俺が人間だから。

 もしくは。



 俺が、人殺しだから。



「アキラ? 治療は終わったぞ」


 声をかけられて、はっと現実に立ち返る。


「ああ、ごめん……ちょっと考え事を」

「そうか。それにしても大変だったな」

「まあ、こうしてなんとかなったし。リタを怒らせる結果にならなくてよかったよ」

「私が、怒る……? どういう意味だ?」


 リタリエは首をひねる。

 アキラは事も無げに答えた。


「いや、リタの目的に付き合うって言ったのに勝手に死んだら怒るだろ?」

「……」

「……リタ?」


 なんとなく嫌な沈黙を感じる。何か悪いことを言っただろうか。


「私が、怒ると思っていたのか?」

「え、いや、怒るだろ普通。勝手に約束破って死んだら」

「キミはなんでそう……」


 銀髪のエルフは大きく溜息を吐いて、言う。


「キミが死んだら、怒るより先に悲しいよ、私は」


 その言葉に、アキラはきょとんとした顔をした。


「リタは……俺が死んだら悲しいのか」

「当たり前だろう! キミは自分をなんだと思ってるんだ!」

「そっか……」


 アキラは少し考えこみ、やがてくしゃりと笑った。


「それじゃ、リタを悲しませないように気を付けないとな」


 その笑顔。

 その表情が酷く苦し気に見えて。

 リタリエは思わずアキラの顔に手を伸ばし――。



「お熱いことですねえ~」



 隣から聞こえてきた声に驚き、慌てて引っ込めた。


「アツアツのところ悪いんですが~」

「べっ、別にそういうわけじゃ……!」

「アキラさんに他に何か伝えることあるんじゃないですか~?」


 そう問いかけられ、リタリエははっとした表情を浮かべる。


「そうだった。アキラ、これを」


 ごそごそとポケットを探って取り出された何かを差し出され、受け取るアキラ。

 手を開くと、そこには黄金色に輝くバッジがある。


「ようやく葬送者認定が下りたぞ。これでキミも正式に葬送者――ランクは黄金ゴールドだ」

「おお……え!? いきなり黄金ゴールド!?」

「キミの実力と実績から言えばすぐさま白金級プラチナランクでもおかしくないんだが……」


 言うと、リタリエは自らのバッジを見せる。

 アクーナ入場の際に見せた時には銀の輝きを放っていたはずのそれは、アキラと同じ黄金の煌めきに変わっていた。


「半分ほどは灰銀級シルバーランクである私の功績だろうという判断をされてしまったようでな……何度も説明したのだが、『ご謙遜を』などと言われ私のランクも上がってしまった。成果を掠め取る形になってしまってすまない」

「別に気にしてないさ。それに、ランクが一緒なら同じ仕事にも行けるだろ?」

「あ、ああ。そうだな。多少のランク差なら問題なく同じ任務クエストに行けるが、ランクが揃っているに越したことはない」

「じゃあ問題ないな。こっちの方が都合がいい」

「欲がないな……」


 リタリエはそう言うが、アキラとしては別に名とか功績を上げることは目的ではない。

 ただ単純に魔獣を殺せればいいのだ。

 己の殺人衝動を発散出来さえすればいいのだ。

 自分は根っからの人殺し、悪逆非道の殺人鬼なのだからそれだけでいい。

 そう、日嗣晃はそういう人間なのだから。



「アキラさん、おめでとうございます~」


 パチパチパチと、サージェが拍手する。


「これで正式な葬送者、そして立派な野伏レンジャーですね~」

「教官……! ありがとうございます!」

「いきなり黄金ゴールドだなんて、物凄い快挙ですね~。私も最後の教え子がアキラさんで鼻が高いです~」

「いえいえそんな……最後?」

「ええ~。実はそうなんです~」


 ニコニコと温和に、サージェは笑う。


「ギルドからとある任務が来ておりまして~そちらに専念するために、教官のお仕事はアキラさんで最後にすることにしておりまして~」

「あ。時間がないから四日で叩き込むって言うのは、そういう」

「はい~。あくまで基礎の基礎しか教えられませんでしたが~。あとは弛まず研鑽を積んでくださいね~」

「はい!」

「……ふふふ~」


 教官は優し気な眼差しをアキラに向けた。


「頑張ってくださいね~。アキラさんは、きっと良い野伏レンジャーになれますよ~」

「そうですか?」

「ええ~。アキラさんは、人の為にこそ力を発揮できる方のようですから~」

「え……?」


 戸惑うアキラ。

 ハーフリングの教官は、慈しみすら感じる表情でアキラを見つめている。


野伏レンジャーというのは、仲間のために体を張る職業です~。他人のために動けるアキラさんには、ぴったりですよ~」

「俺は……そんな立派な人間じゃ……」

「私を死なせまいと頑張ってくれたでしょう~?」

「あれはただ必死だっただけで……」

「もう、口答えが多い教え子ですね~」


 めっ、とでも言うように、サージェ教官は言い訳をする唇に指を押しあてた。


「私が『野伏に向いてる』と言ったら向いてるんです。私の目に狂いはありません。意見するなんて1000年早いですよ。分かったら、返事」

「……サー、イエス、サー……」

「よろしい~」


ニコニコ顔で、指が離される。


「それじゃあアキラさん。これから葬送者として頑張ってくださいね~」

「はい! ありがとうございます、教官!!」

「アキラさんが白金級プラチナランクに上がって、一緒に任務クエストに行ける日を楽しみにしております~」


 だから早くランクが上がるよう、頑張ってくださいね~。

 冗談めかして、しかし本心で言われたであろう激励を受け、アキラは元気よく返事をする。


「はい! 早く教官と一緒に任務に行けるよう、精進します!」

「約束ですよ~?」

「ええ、必ず!」


 師弟は互いの顔を見合わせて、約束と共に満面の笑みを交わした。




 だが、その約束が果たされることはなかった。




 白金級プラチナランク葬送者、野伏レンジャー組合アライアンス教官であったサージェの遺体がとある魔窟ダンジョンの入り口付近で発見されたのは、それから僅か数日後のことだった。



〈第三章:地獄の蓋のすぐ傍で 了〉

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