第9話「刃」
眼前の光景に、リタリエはあの日を思い出していた。
「くそっ、まだ隠れていやがったか!」
親方が毒づく。
迫りくるのは、余力を残していたと思しき
およそ自然に手を組んだとは思えない、知性の低い野蛮な魔獣たち。
その旗頭と思しきは。
「わっ……るい! そっちまで手が回りそうに……ない!!」
アキラと激しい金属音の応酬を奏でる、異形の騎士。
死を告げるという不吉の象徴、
必死に奮戦するアキラの姿があの日の姉と――強く気高かった、憧れの姉と重なる。
同じだ。
複数の魔獣による混成部隊、それを率いる強大な魔獣。
ただ一人応戦する、強い人。
これはあの日と――リタリエの故郷が燃やされ、何もかもが奪われたあの日と同じだ。
自然と剣を握る手に力が入る。紅の双眸に憎しみが燃える。
……許しはしない。
贖いを。断罪を。
この身体ごと全てを燃やし尽くすような――業火の如き復讐を。
視界の全てが色を無くしてモノクロに染まる。それはあたかも、怒りの焔が世界を灰に帰したようだった。
激情のまま、リタリエは駆け出す。
一方アキラは苦戦を強いられていた。
(ああクソッ、馬はズルいだろ!)
戦闘において、高所というのはそれだけで有利だ。
この世には重力というものがあり、物体は高きから低きに落ちる。その法則はこの異世界でも変わりがなかった。
当然、その強力で単純な理に従う者は有利になり、逆らう者は不利となる。
馬上からの痛烈な振り下ろしは、それだけで十分すぎるほどに脅威だった。
ガギンガギンと、金属のぶつかる音が響く。
アキラもなんとか捌き切ってはいる。小振りの狩猟用ナイフでそれを成し遂げている時点で驚嘆に値するが……しかしそれで精一杯という様相だ。
その上、この膠着状態も限界が近い。
(まずいな……そろそろ保たない)
アキラが、ではない。
ナイフが、である。
元々戦闘用ではない得物……それをここまで酷使してきた。
だが誤魔化すにも限度というものがある。
実力ではなく。このままでは単純な武器の差で押し負ける。
そうしているうちにも捌ききれない斬撃が顔を掠め、腕を浅く切り裂いた。
鮮血が小さく噴き出す。
(……法術ってどんくらいの傷までなら治せるのかな)
聞いとくんだった、とアキラは後悔する。
治せるのなら腕の一本でも犠牲にして反撃は出来るが――確証のない状態でその賭けに出るのはあまりに分が悪い。
怪我は怖くない。
死ぬことすら怖くはない――というか既に一度死刑に処された身である。
覚悟なら前世で済ませている。
だが、ここで死ぬのは承服しがたかった。
まだ、やるべきことがある。
「――あ、やば」
耳をつんざく金属音。
ついに猛攻に耐えきれなくなったナイフが弾き飛ばされた。
徒手空拳のアキラに対し、首無騎士の大剣が振りかざされる。
すわ絶対絶命かと思われたその時。
「――【ゲイルスラッシュ】!」
後方から飛んできた風の刃が顔のない騎士に直撃し、その体を揺らした。
その隙を逃さず後方に飛び退ってアキラは距離を取る。
「アキラ! 加勢に来……」
「何しに来た!! 邪魔だ!!」
「じゃ――邪魔!?」
予想だにしていなかった言葉を投げつけられ、駆け寄ったリタリエが固まる。
「邪魔って言った!?」
「邪魔! 戻れ!」
「今危なかったよね!?」
「そこはありがとう! 助かった! それはそれとしてさっさと戻れ!」
「助けに来たのにその言いぐさはないんじゃないかな!?」
「助けに来た? 違うだろ」
リタリエの瞳をまっすぐに見つめると、アキラは告げる。
「リタが来たのは復讐のためだろ。目を見れば分かる」
「……」
大方、あの首無騎士が自分の故郷を襲ったやつと重なったんだろ、とアキラは内心をズバリ言い当てる。
「……ああ、そうだ」
リタリエは肯定した。
「そうだとも。だが、それの何が悪い? キミだって私の復讐に付き合ってくれると言ったじゃないか!」
「リタ」
アキラは静かな声色で言う。
「ここはリタの故郷じゃないぞ」
「……っ! 分かっている、そんなことは! それでも、私は――」
「いいや、分かってない」
アキラは、す、と指を指す。
その先に居たのは。
「もう亡くなった故郷じゃないから――まだ助けられる」
魔獣に囲まれつつある、ドワーフの祖父孫だった。
「――――っ!」
「まだ取り返しが付くんだ。復讐しか出来ないわけじゃない。だからさっさと戻ってくれ」
俺はこっち、リタはあっちだ。アキラは言い放つ。
「言っただろ。俺はリタの剣だって。だから――
「……すまない、頭に血が上っていたようだ。キミの言う通りだな」
あちらで二人を守るよ、とリタリエは踵を返す。
「ああ。こっちは任せてくれ」
「大丈夫か? 随分と苦戦しているように見えたが」
「なんとかする。リタの剣を信じろ」
「分かった。アキラを信じる」
言い残すと、リタリエは駆け戻っていった。
「……さて、と」
剣を信じろと言ったけど、こっちには剣がないんだよなーとアキラはぼやく。
首無騎士は今にも突撃をしかけようとしていた。無手で対峙するのは無謀だろう。
幸い、武器はそこら中に突き刺さっている。
首無騎士の突撃を転がって回避したアキラは、目についた刀に手を伸ばした。
「悪いけど借りるよ、爺さん!」
「待て、それは――」
何か言いかけたドワーフの言葉を無視して刀を引き抜く。
不思議と、しっくりくる感覚があった。
〔武器変更を確認。スキル《短剣術》SSをスキル《剣術》S相当にダウングレードして運用します〕
「融通が利いて助かるな!」
柔らかな女性のシステムボイスに返事をしながら、再び迫りくる首無騎士に対して刀を振るう。
大剣と刀がぶつかり合い、金切り声を上げる。突進の勢いで後ろに押されつつも、アキラは騎士の一撃を受け止めた。
「――! すごいな、こいつ」
その完成度の高さは一振りで分かった。
日嗣晃は刀剣鑑定家ではない。武器としての興味から知識はあれど、単なる学生から死刑囚になった彼に実物の刀剣に触れる機会はほとんどなかった。
だが殺人鬼として武器の良し悪しは使えば分かる。
これは最上級の武器だ。
人を殺すのに最適化されている。
思わず笑みが零れた。
これなら……もっと上手く殺せる。
そのまま数合、大剣と刀が打ち合わされる。使い慣れたナイフでない分、多少取り回しは難しい。だがそれを補って余りあるほどに、その刀は手に馴染んだ。
良い。実に良い。
これならもっと、もっと、もっと――。
喜色満面で振るわれる刀が、騎士の剣と再度ぶつかって――。
諸共に、粉微塵に砕け散った。
「なぁっ……!?」
思わずバックステップで距離をとる。何が起きた? あんな脆く砕け散るようなやわな刀じゃなかったはずだ。
騎士の方を見やれば、相手も困惑したように砕けた武器を見て(?)居た。
しかし、すぐに手元から黒い影がうごめいたかと思うと新しい剣が出現する。
「……そういうのずるいと思うんだけど!」
言いながら次の武器を探す。斧や槌は流石に扱えない。無性に目についた剣を取り、戦闘を再開。
その剣も、しばらく打ち合うと同じように敵の武器と相打ちに砕け散った。
「おいこらどーなってんだジジイ、あんたこの里一番の鍛冶師じゃねーのかよ!?」
◆ ◆ ◆
その様子をリタリエに守られながら見ていたドワーフは驚愕の声を上げる。
「あやつ、魔剣を使いこなしておる……!」
魔剣。あるいは妖刀。
卓越した《鍛冶》スキルの悪戯か、あるいは受け継いだ名の因果か……この里の棟梁が打つ武器に一定数で混じる、極めて危険な刀剣。
切れ味は申し分ない。硬度も素晴らしい。単に武器として見れば一級品以上の代物だ。
だが、その剣は――持ち主を喰らう。
法力を。そしてその精神を。果ては肉体を。
喰らって、蝕み、狂わせる。
あくまで噂ではあるが、亜人を魔獣に変貌させた魔剣もあるという話だ。
あまりにも危険すぎるため、卸すわけにも行かない。かといって砕くのも躊躇われる。
故に売れ残ったものと一緒に保管していて、今回防衛のために引っ張り出してきたわけだが……それらの危険な魔剣を、葬送者の男は難なく使いこなしていた。
いや、それどころか。
「剣の方が、あ奴の技量に耐えられておらん……!」
こんなものを見るのは、180年の長い人生で初めてだった。
普通の刀剣も混じっているにも拘わらず、男は何故か魔剣妖刀ばかりを的確に手に取る。そしてその力に振り回されることなく使い、やがて耐え切れなくなった魔剣を瓦解させる。
一体どれほどの担い手ならこんなことが起きるというのだろう。
そしてそんな怪物に耐えうるほどの剣とは、一体――。
鍛冶師としての魂が震えるのを感じた。
「……エルフの嬢ちゃん」
「どうした、棟梁殿!」
「工房に戻って剣を
「お爺ちゃん!?」
祖父の唐突な発言に、パイラが素っ頓狂な声を上げた。
「何言ってんの!? 今どんな状況か分かってる!?」
「ああ、分かっとる。だからこそ、じゃ」
疲労でへたり込んでいた体を持ち上げる。疲れなど気にしていられない。
「あの小僧には、今、今まさに剣が必要じゃ。ワシが打つしかあるまい。それに……」
今なら生涯最高の一振りが出来る気がする。
老爺はそう零した。
「……分かった。私が守る。急ぐぞ」
「恩に着る。ほれパイラ、お前も着いてこい。七代目を継ぐ気なら見ておかなきゃならんぞ」
「着いていくけど……! ああもう、お爺ちゃんの鍛冶馬鹿!」
「はっ、なんとでも言え。どうせお前も直にこうなる。……ところでお嬢さん、少し気になるんじゃが、前に会ったことなかったかの?」
「……口説き文句か? 後にしてくれ、ご老体」
「そうじゃなくて確かに会ったことある気がするんじゃが……」
リタリエの援護の元、ドワーフたちは工房へ駆ける。
◆ ◆ ◆
「どーなってんだよ、マジで……!」
持つ剣持つ剣、ことごとくが砕け散る。
流石のアキラも疲れを隠せずにいた。相手の武器も破壊出来ているため、時間稼ぎにはなっているが……しかし大して有効打にはなりえていない。
相対する黒騎士も心なしかうんざりしているように見えた。それでも新たな剣を生成する。
一方、アキラの方はしっくり来る剣がなくなっていた。
刀剣自体はまだ残っているし、それらが一級品なのも分かるが……今まで振るってきたものたちと比べると劣るであろうことも察せられる。
その僅かな差は、疲労の蓄積してきたこの終盤では命取りになりかねなかった。
(と言っても背に腹は……ってとこか)
斧などの中にも呼応するものはあるが、それらの扱いには自信がない。諦めて適当な刀に手を伸ばしたその時。
「小僧ォーーーーー!!! こいつを使えェーーーーー!!」
老人の声が響き、二振りの剣が投げ渡される。
抜き身の剣を投げるという、あまりにも危険な所業。しかし双剣は引き寄せられるかのように、アキラの両の手に収まった。
どくん、と。
手にした瞬間、体中が震えるのを感じた。
それは歪な剣だった。
分類としては大振りの短剣になるだろうか。しかしあまりにも大きく、分厚い。例えるなら肉切り包丁のような重量感。
何よりも異様なのは、その形状。
まっすぐで美しい他の刀剣とは似ても似つかない。歪み、曲がり、鋭利に波打った禍々しい姿。
相対する
最高峰の鍛冶師がスキルとアーツを注ぎこんで鍛え上げた、研ぎ澄まされた殺意。
「生涯最高の一振りのはずが、二振りになっちまったわい……。小僧! それなら遠慮は要らん! 存分に振るえ!」
「ああ、これなら――」
双剣を手に、アキラは駆けだす。
何かを察した首無騎士が圧殺せんばかりの勢いを込めて大上段から剣を振り下ろすが、これを難なく
軽い。そして重い。
矛盾する二つの特性を内包する、不可思議の剣であった。
まるで生まれた時から体の一部であったように双剣を扱うアキラは、再度振り下ろされた大剣を打ち合うことすらせず二刀で両断。
そのまま次の剣を生み出そうとした手を切り落とす。
「――――ッ!!!」
首無騎士が、音のない咆哮を上げた。
――行ける。
バチバチと体の中で騒ぐ、回路が繋がったかのような感触。
〔スキル《短剣術》SS、新アーツを解放――〕
「――【ライジングフォールス】!!!!」
地から天へ、重力に逆らって振りぬかれる二振りの魔剣。
それはまるで蒼天を衝く逆さの滝のように奔流し、首無騎士を騎馬ごと両断する。
――空中に、目にも鮮やかな血の華が咲き誇り。
無貌の騎士は、ゆっくりと地に崩れ落ちた。
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