第8話「鋼のレジスタンス」
「オラあああああ!!!」
ドワーフが槌を振るう。
「どっせええええええい!!!」
老爺が斧を振るう。
「どしたあああああ!!! かかってこんかああい!!!」
老ドワーフは吠える。
周囲には剣、刀、斧、槌、おそらく老いた鍛冶師自身がその手で作ったであろう数々の武器がまるで墓標の如く突き立てられている。
ただし、その墓標は製作者のものではない。彼を屠らんとひしめく魔獣たちへ向けたもの。
ドワーフはそれらを順番に手に取り、近づく魔獣を斬っては捨て、斬っては捨てる。
剣豪将軍と呼ばれた足利義輝の最期がこんな感じだったらしいよな……と歴史好き(人がたくさん殺されるから)のアキラは思った。
「ワシの名を、この武器で刻んでやらああああああ!!!」
「いやもうあの爺さん一人で良くない?」
「駄目よ」
「駄目に決まってるだろう」
「だってさぁ……」
ちらりと目線を向ける。三人の見つめる先で老人は「はははは昂って来たわいいいいい!!!」と気勢を上げていた。
気圧された魔獣たちが、距離を詰めかねている。
「強いってあの爺さん」
「確かにお爺ちゃんは昔葬送者してたとかで、そこそこは強かったらしいけど……」
「【グランドインパクト】! 【ツイスタースライス】!」
「いや今も全然つえーよ。めっちゃアーツ使ってるよ。見ろよ完全にビビってるよ魔獣共」
「でも、もう180歳も過ぎたお爺ちゃんだよ!?」
「いやそう言われても……」
ドワーフの平均寿命を知らないので何も分からなかった。
「お願い、早く助けてあげて……!」
「冗談だよ、流石に加勢するって。ただ、爺さんにまだ余裕がありそうだからもう少し状況を見たい。気になることがあって……」
「アキラ」
観察する態勢に入りかけていたアキラに、リタリエが声をかける。
「すぐに行ってやってほしい。仲間を亡くしたばかりで彼女は不安なんだ。私には分かる」
「ん、了解」
その要請に、アキラはあっさりと頷いた。
「すまない、何か考えがあるようだが……」
「いや、どうせはっきりまとまったものじゃなかったし……それに」
アキラはナイフを手に立ち上がって、笑いかける。
「リタの目的に付き合うって言っただろ。今の俺は、リタの剣だ。好きに使ってくれよ」
どの道、爺さんだけに独り占めさせるつもりはなかったけどな、という言葉は心の中だけに留めて。
日嗣晃は獲物で溢れる死地に飛び込む。
「助太刀するぜ、爺さん!」
老ドワーフを取り巻く魔獣包囲網に突っ込んだアキラは、その勢いのまま手近な小鬼の首を二三跳ね飛ばして彼の傍まで駆け寄った。
「なんじゃあ!?」
「通りすがりの葬送者(予定)だ! お孫さんの頼みであんたを助けに来た!」
「パイラか……余計なことを!」
言葉の内容とは裏腹に喜びが隠せていない老爺と背中合わせになり、小鬼と単眼巨人の軍団に向かい合う。
「アキラ! 私も……」
「いや、リタはそこでパイラのことを頼む。こっちは俺と爺さんでなんとかする!」
「小僧! ワシの斧捌きに着いてこれるか!?」
「爺さんこそ、目を回しても知らないからな!」
ドワーフと人間、この世界においては遥か遠い物語でしか存在しえなかった共闘が始まった。
◆ ◆ ◆
即席のコンビネーションは想像以上に上手く機能していた。
軽やかな動きで敵陣を切り裂くアキラが相手の態勢を切り崩し、
「今だ爺さん!」
「ぶちかます……【グランドインパクト】!」
そこにドワーフの大技が炸裂する。
あるいは、ドワーフの強烈な一撃に相手を引き付けておいて
「隙だらけだ――ぜ!」
その間隙を縫うように、殺人鬼の鋭い一撃が命を刈り取る。
正反対の二人は、だからこそお互いの領分を侵すことなく見事な連携を成立させていた。
(やっべえ……楽しい……)
傍目にはなかなかの窮地ではありながらも、アキラは喜びを感じていた。
学生時代に友人とした狩りゲーを思い出す。殺人ではずっとソロプレイヤーだったアキラだが、ここに来て連携の楽しさを味わえるとは。
(異世界最高!)
楽しみを感じれば感じるほどパフォーマンスが増す、アキラはそういうタイプの殺人鬼だった。
「小僧! なかなかやるな!」
老ドワーフが小鬼の頭部を潰しつつ褒める。
「ありがとう! 爺さんも凄いな!」
アキラは単眼巨人の腱を切り裂きながら返答した。バランスを崩して高度が下がった頭部を、ドワーフが横合いから吹き飛ばす。
「じゃがお前の実力に得物が見合っとらん! なんじゃそのチャチなナイフは!」
「間に合わせなんだよ!」
「そうか、そんじゃあ後でワシがお前さんに合ったやつを作ってやる! タダでな!」
「ありがたい、元々それが目的でこの里に来たん……だ!」
打ち上げる大槌に乗って飛び上がり、単眼巨人の眼前まで跳躍したアキラはきりもみ回転でその首を狙う。
〔スキル《殺人鬼》SSS励起確認。新アーツを解禁します〕
「【スパイラルカット】!」
新技が炸裂し、巨人は轟音を立てて地に倒れた。
「次が来るぞ!」
「分かってるよ!」
血生臭い剣舞は続く。敵はまだまだ途絶えない。
気力も体力も尽きておかしくないような状況だが、アキラの場合むしろ気力は充実していた。
体力についてもありがたいことにリタリエが遠方から法術で回復してくれている。
だからこそ、アキラは冷静に戦場を見渡すことが出来る。
(……やっぱりおかしい)
かつて趣味で学んだ《軍事》スキルAランクが違和感を告げた。
あまりにも統率が取れすぎている。
既にそれなりの数の敵は屠った。いくら敵が血気盛んとはいえ、逃げ出すものが増えてもおかしくない頃合いだ。
加えてこれだけ倒したのにも関わらず、敵の連携が崩れていない。穴を埋めるように流動的に陣形を変えている。
(こりゃどっかに指揮官でも居るな)
推察する。だがそれを確かめる術はない。流石に戦闘中の状況で悠長に指揮官を探せるほどの余裕はなかった。
先ほど観察していた時に見つけられれば良かったのだが……その時はまだ違和感の正体を分析しきれていなかったので今更言っても仕方がない。
「……ま、いいか」
あれこれと思索を巡らせたものの、結局アキラはそれを手放した。
結局のところ、やることは変わらない。
(全員――皆殺しにするだけだ)
勝利はアキラの欲するものではない。目的はあくまで殺戮のみ。
鋭い犬歯を剥き出しにして殺人鬼が口角を上げる。
白刃が閃き、小鬼の首がいとも簡単に落ちる。
おぞましき殺戮遊戯はなおも続行される。
どれほどの命が散っただろうか。
結局、状況が落ち着くまでには半時間ほどを要した。
「あー……流石にしんどいわい」
老人がどっかと音を立てて腰を下ろす。周囲は血だまりと死体の山、それに老人が地面に突き刺した武器たちによるあまりにも凄惨な光景が広がっていた。
「ふぅ……」
アキラも大きく息を吐く。ひとまず、目に見える範囲での敵は掃討されていた。
「おじいちゃん!」
状況が沈静化したのを見計らって、パイラが駆け寄ってきた。
「おお、パイラ。無事なようじゃな」
「こっちの台詞! 心配したんだから」
祖父と孫は抱き合ってお互いの無事を喜びあう。
「アキラ! 平気か」
「助かったよリタ。回復サンキューな」
「大したことじゃない。それより……」
リタリエは辺りの酸鼻に綺麗な顔をしかめた。
「よくもまあ、凌いだものだ……」
「爺さんのおかげだよ」
「七割ほどはアキラが屠っていたように見えたが……」
「それよりも、多分まだ終わってねーぜ」
「……ああ」
小鬼と単眼巨人、二種の死体が混ざって散らばる様を見る。
「恐らく、指揮官が居る――だろう?」
「なんだ、リタも気付いてたのか」
「……私の時と同じだからな」
「うん? それって――」
「おおい、小僧!」
質問は老爺の大声で中断された。
「なかなか筋がええのう! 若いもんにしちゃ感心じゃ!」
「そりゃどーも」
「戦闘中にも言ったが、そこの工房でこのワシ手ずからお前さんの得物を拵えてやるわい! とびっきり手に馴染む奴をな!」
「おお、それはマジで嬉しい――なっ!!!」
唐突に。
アキラが老ドワーフの体を蹴り飛ばした。
すっかり力が抜けていた鍛冶師の体は大げさなほど遠くに転がった。
突然の横暴に対し、何を、と孫娘が抗議するより早く、それは襲来する。
疾風の如き速度の黒い影。
それは先程まで老爺が立っていた地点でアキラと交錯すると、硬質な金属音を周囲に響かせた。
「……焦れた指揮官が満を持して登場かよ。もう少し休ませて欲しかったんだけどな」
剣を振り下ろすその威容。
その刃をアキラに受け止められたのは、大柄な馬に乗った鎧姿の騎士であった。
ただし、一目で分かる異常として……その鎧の上に収まるべき首が、虚空に置き換わっている。
死と不吉を形にしたような造形。
「
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