第7話「レスキューファイアー」

 惨憺たる有様であった。


 ドワーフの里カーナと言えば刀剣の名産地として広く知られた土地である。小さな里であるため流通の総量こそ他のドワーフ都市に及ばないものの、その独特の製法で作られた剣の品質は白金級プラチナランクの葬送者もお墨付きを与えるほどであり一種のステータスにすらなっていた。

 特に『とある名』を代々襲名する棟梁ドワーフの作品は名声高く、剣としてではなく一個の美術品としてすら評価されている。

 リタリエも訪れたことこそないものの、カーナ産の武器については幾度となく伝え聞いていた。


 そんな有数の鍛冶町が――見るも無残に破壊されている。


 家々はことごとく崩れ落ち、吹きすさぶ寒風の前にその残骸を晒している。かつて勢いよく煙を立ち昇らせていたはずの鍛冶場も冷たく沈黙し、もはや気炎を上げることはない。

 道々にはいたるところに血痕がこびりつき、戦闘の壮絶を否応なしに連想させる。時には勇敢な戦士だったろう死体が、その得物と共にとこしえの眠りについている様も散見された。


 人の気配はなく、死の無常だけがこびりついた沈黙の町。


 それはまるで、あの日の故郷のようで。


「――リタ?」


 アキラに声をかけられ、リタリエはハッと我に返った。


「大丈夫か? 顔色良くないぞ」

「あ、ああ……すまない、少し……いや、なんでもない」

「……無理はするなよ」


 生存者を探そう、というアキラの言葉に無言で頷くリタリエ。二人そろって静かなカーナの町を歩く。沈黙が重苦しく二人の間に横たわっていた。



「……酷い有様だな」


 崩れた街を歩きながら、顔をしかめてアキラが呟く。


「……ああ」

「でも、破壊規模の割に死体は思っていたより少ない。これならもしかすると……」

「! 待てアキラ、今何か聞こえた」

「え?」


 リタリエの耳がぴくぴくと動く。アキラには何も聞こえていないが、「こちらだ!」という先導するリタリエに従って走り出した。


「ここだ。この下から声がする」


 立ち止まったのは、倒壊した家屋の前だ。


「埋もれているってことか?」

「ならば、早く救出せねば」

「でもこの瓦礫は二人じゃ……」

「少し待て」


 リタリエがぶつぶつと何かを唱え始める。呪文の詠唱のようにアキラには聞こえた。


「【ビルドアップ】」


 詠唱が終わると光がアキラを包む。全身に力がみなぎる感覚。試しに手をかけると、重そうな瓦礫がひょいひょいと持ち上がった。


「おお……」

「感心していないで、早く!」

「了解!」


 力を増強されたアキラが軽々と瓦礫の山を押しのけていく。やがて残骸の下に埋もれて呻き声をあげていた一人のドワーフ女性を発見した。二人で協力して引きずり出す。建材がいくつか腹部に刺さり、血がにじんでいた。


「酷い怪我だ……!」

「いや、意識もあるし見た目ほど酷い怪我じゃないはずだ。多分、適切な処置さえすればなんとか……」

「落ち着いているな。医術の心得でもあるのか?」

「……多少人体に詳しいだけだよ」


 スキル《人体理解》S。

 前世において人間を見れば殺す方法を考えてしまうような毎日を送っていたアキラは、自然と人体にも詳しくなっていった。

 何をどうすれば人間は死ぬのか。それをアキラは熟知している。裏を返せば、どこまでなら死なないかも熟知しているということだ。

 ごつごつとして背の低くずっしりしたドワーフの肉体は厳密には人間のものとは多少異なるが、大部分は共通していた。それならば、怪我の度合いも推し量れる。

 ただし、あくまで「死なない」方法に精通しているだけで、「助ける」ことは門外漢だった。彼に《医学》スキルの持ち合わせはない。

 出来るのは、死という結果から逆算して原因を取り除くことくらいだ。


「ええと、傷口をこのままにしておくと細菌が入り込んで死ぬ、から清潔な水で洗い流す……で、その際に破片を抜くと大量出血で失血死しかねないから縫合を……ああ駄目だ、縫合の道具も清潔な水もない。どうすれば……」

「いや、縫合の必要はない。水を探す必要もな」


 頭を悩ませるアキラをよそに、リタリエはぶつぶつと唱えながら大きな瓦礫を引き抜く。血が噴き出すのを手で押さえて、


「【ピュアウォーター】」


 虚空から生み出した清らかな水で傷口を洗い流した。そのまま詠唱を続けながら患部に手をかざす。


「【キュアー】」


 柔らかな光が溢れ、傷口がたちまち塞がっていく。荒かった患者の息は、徐々に落ち着いていった。


「……処置完了だ」

「凄いな、リタ。初めて見た、これが魔法か……」

「魔法ではない」


 思わず零したアキラの言葉に対し、リタリエはむっとした表情を浮かべる。


「魔法と言うのは魔獣たちが使う邪なる術、魔法術のことだ。そもそも彼らが魔獣となったのも元を正せば魔力などと言うものを利用しようとしたせいだ。私たちが使う法術は女神から授けられた法力を聖典の法に則って使う神聖法術であって、間違っても魔なる術と一緒では」

「分かった分かった、ごめんて!! 次から気を付けるから!」


 リタリエはどうも信仰に篤いらしい。宗教的な禁忌って大変だなと宗教意識の薄い国から来たアキラは思った。今度何が地雷かちゃんと聞いておこう。


「うう……助かった、の……?」


 そんなやり取りをしているうちに患者が鮮明な意識を取り戻した。


「安心しろ、もう大丈夫だ」

「誰……?」

「旅の葬送者だ。何があった?」


 ゆっくりとドワーフの体を起こしながらリタリエは問う。


小鬼ゴブリン単眼巨人サイクロプスが連れ立って襲撃してきたの……里もめちゃくちゃに壊されて……」

「連れ立って? 二種が?」


 妙だな、とリタリエは訝しむ。

 魔獣が別種同士で連帯することはほとんどない。基本的に我が強い魔獣たちは協力することに向いていないのだ。ごくたまに力の強い魔獣が弱い魔獣を無理やり従わせていることはあるが、単眼巨人サイクロプス小鬼ゴブリンを使役するほどの知能があるとは思えない。

 どこか引っ掛かりはしたが、その疑問はさておく。今は他に大事なことがある。


「それで、他の人は……」

「戦士の人は足止めに向かったけど……他は多分避難したはずよ。私は家の倒壊に巻き込まれて、逃げ遅れてしまって……」

「ということは、カーナの里は滅んだわけではないのだな!?」


 リタリエの顔がぱっと明るくなった。


「え、ええ。多分……」

「そうか、それは良かった……本当に……」


 感極まった様子のリタリエに、自分の境遇と重ねているであろうことを察したアキラだが、ここはあえて冷静に発言する。


「……リタ。里の人たちが避難してるって言うならこの人もそこまで届けよう」

「あ、ああ。そうだな、そうしよう。立てるか?」

「なんとか……」


 手を取って立ち上がらせる。一瞬肩を貸そうかと言いかけたアキラだったが、背の高さが違いすぎて普通に無理があることに気付いた。捕まった宇宙人みたいになってしまう。発言前に気付けたので沈黙する。幸い、立って歩ける程度には回復したようだ。法術ってすごい。


「どっち?」

「あっちの方だ」


 三人連れ立って歩く。破壊されたカーナの町は変わらず痛々しいが、生存者がいるというだけで随分マシに思えた。




◆ ◆ ◆


「パイラだ!」

「パイラがエルフと戻ってきた!」

「無事だったのか……!」

「駄目かと思っとったわい……」


 避難先は山の中腹にあった。

 元は坑道として利用されていたであろうそこは、しかし今は使われていないらしく、だからこそ避難先になったのだろう。

 穴の中には多くのドワーフが居て、アキラたちが連れてきたドワーフを見て大いに喜んでいた。


 ドワーフたちの数はそう多くはない。だが里の規模を考えればそこまで極端に少ないということもなかった。どうやらそれなりに逃げ延びれたらしい。

 年齢の見分けには自信がないが、老人や女性、子供に比べると成年男子のドワーフの割合は少なく見えた。恐らく少なからぬ人数が戦士として武器を取ったのであろう。


「旅の方……パイラを助けてくださり感謝いたします」

「礼は不要だ。葬送者として当然のことだからな」


 アキラもリタリエの横で頷いておく。正確にはまだ葬送者ではないが、なる予定には違いない。


「みんなも無事でよかった……」


 他のドワーフと抱き合って再会を喜ぶドワーフ女性――パイラという名前らしい――だったが、ふと何かに気付いたようにあたりを見渡した。

 

「……おじいちゃんは?」


 その言葉に、里のものたちがざわつきだす。


「なんだって? パイラと一緒じゃなかったのか?」

「と言うことは……もしや工房に?」

「まずいぞ、やつらあっちの方角に行ってなかったか?」

「なんてことだ、親方が……」

「まだ取り残されているものが居るのか?」


 ざわめきを切り裂いて、リタリエの凛とした問いかけが飛ぶ。

 

「多分私のおじいちゃん……この里の棟梁が……」

「よし分かった。アキラ」

「ああ、行こう。方向は?」


 飛び出そうとするアキラたちに、パイラが「待って」と声をかけた。

 

「私が案内する」

「え……?」

「お願い。おじいちゃんが一人で戦ってるなら、私が行かないと……次の棟梁を継ぐものとして」

「いやでも、傷も塞がったばかりだし……」

「アキラ」


 足手まといになる可能性を考慮して同行を渋るアキラを、リタリエが真剣な眼差しで見つめた。


「連れて行ってやりたい」

「……分かったよ。リタがそう言うなら」

「ああ、この子は私が守る」

「……ありがとう、葬送者さん!」


 せっかくここまで連れてきたのにな、などとぼやきながら、来た道を引き返し里外れの工房へ向かう三人。

 辿り着いた先で彼らが見たのは、

 

 

「どぉしたあ! かかってこんかい!!」



 小鬼と単眼巨人を相手取り、斧と槌を振り回して大立ち回りするドワーフの老人の姿だった。



「つえージジイだ……」

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