第二章 刀と鞘

第6話「STORM」

 「日本犯罪史上最悪の殺人鬼」「死神の擬人化」「顔のない怪物」「まだらの殺人者」「殺しの申し子」「キラーエース」「70人殺し」……多くの異名を持つ死刑囚、日嗣ヒツギアキラ


 彼は大学在学時の20歳頃から殺人を始め、22歳で卒業を待たず逮捕されるまでの僅かな活動期間で延べ73人もの人間を殺害した。一度に大量の人間を殺害する大量殺人ではなく、間隔を置いて殺人を繰り返す連続殺人としては異例の件数であり、確定判決での認定殺人数では堂々の一位に君臨する。


 特筆すべきは、そのターゲットが無差別だということ。これは文字通り全くの無差別であり、老若男女どころか強者弱者も問わない。被害者には赤ん坊から暴力団員まで含まれる。

 加えて犯行時間や場所、殺し方などにも全く法則がなく、逮捕後に本人からの証言で発覚するまでは同一犯の仕業とすら思われていなかった。

 シリアルキラーにしては殺人にこだわりがなく、ただ「殺せるときに殺せる相手を殺した」ような印象を受ける――とはとある犯罪心理学者の言葉である。


 これだけの凶悪犯罪を犯したにも関わらず、殺人犯としての彼の実情はほとんど明らかになっていない。彼は自己の弁護を全く行おうとせず、収監後も何かを語ろうとはしなかった。

 警察に対しては最後まで協力的だった一方で、遺族や社会には一切の謝罪はなく、かといって弁解もせず。ただ淡々と自らの行いの責が誰でもない自分自身にのみあることだけを認め、黙したまま絞首台へと上った。


 逮捕前の日嗣晃を知る人物たちが語る人物像は、前代未聞の殺人鬼とは全くと言って結びつかない、極々普通で善良な青年だ。

 家族仲も良好で友人にも恵まれ、およそこの世の悪というものから縁遠そうな青年だった彼が何故このような事件を起こしたのか、それについては今も議論が絶えない。


 そんな彼は死刑執行後、何の因果か異世界に転生し、そして今――



(異世界、サイコーーーーーーーーーーー!!!!!)



 めちゃくちゃエンジョイしていた。



 大量の小鬼ゴブリンの真っただ中に、リタリエとアキラはいた。

 町へ向かう道中で囲まれたのだ。

 無視することが出来そうにないほどの数で道を塞いでいたため、バイクを降りて臨戦態勢をとっている。


 通常ならば熟練の葬送者でも緊張する状況……しかしアキラにとっては僥倖に他ならない。

 殺人のボーナスステージ、摑み取り状態である。

 リタリエが居る手前口には出さないだけでそれはもう笑顔だった。彼女に背を向けていてよかったと思う。


「ひい、ふう……」

「28人だな」

「数えるのが早いなアキラ」


 人里も近いしこの数を放っておくわけにもいくまい、と言うリタリエからは気迫が漂ってくる。

 立派な志に少しばかりアキラに引け目が生じたが……やることはどうせ変わらない。

 精々、キリっとした顔をしておく。


「俺が前でいいよな?」

「ああ。道中軽く話した通り、私は本来神官。後方支援の方が得意分野だ。とはいえ小鬼程度なら多少数が来てもどうにか出来る……私のことは気にせずにやるといい」

「了――解!」


 言い終えるより早く、アキラは飛び出した。


 我慢できなかったのである。

 飛竜を殺して多少解消されたとはいえ、彼が逮捕されてから死刑執行までには6年ほど。

 日本の司法としては異例の早さでの死刑執行ではあるが、6年は普通に考えれば長期間と言っていい。

 貯まりに貯まった殺人衝動はたった一人の殺害では収まらず、むしろ半端に発散されたことで余計に刺激されていた。

 そこに来てのこの大量の小鬼ゴブリン。うってつけの相手である。

 食べ放題に空腹の大食いチャンピオンが放り出された。例えるならこうなる。

 もっともこの場合は食べ放題の方からやってきたのだが。


(さあ――殺して、殺して、殺してやる!!)


 まずは一番近くにいた一人の胸に、走り出した勢いのままナイフを突き立てる。

 何が起きたか理解が追い付いていないそいつに眼もくれずに刃を引き抜くと、すぐ傍の二体に接近、そのまま横薙ぎ。最初の一人が倒れるより早く、首筋に赤い線が入り血が噴き出す。

 アキラたちを襲おうと飛びかかるタイミングを見計らっていた他の小鬼たちは、あまりの早業に現状を認識出来ていない。

 あまりに隙だらけ。あまりにも無防備。

 捕食者は、それを見逃すほど甘くはない。



 小鬼ゴブリンは、魔獣の中では元々の人間としての特性を多く残している。

 残しているというよりは、人間の悪意的な一面がより増幅されたとでも言うべきか。

 力はそこまで強くないが、徒党を組み、武器を作って獲物を狩る狡猾で油断ならない魔獣である。

 彼らは基本的に(一部の強力すぎる魔獣を除き)どんなに強い相手でも最終的には勝てることを知っている。

 知っているからこそ、いつも下卑た笑みを浮かべて獲物を狩るのだ。

 自分たちこそが狩る側であるという優越感から。


 だがやはりその知恵は人間であった頃に比べれば衰えていると言わざるを得ない。

 これほどまでの外れ値への対応を全く想定していなかったのだから。

 いや……それを言うのはあまりにも酷だろうか。

 どの道想定したところで、対処の仕様もないのだから。


 あまりにも毒々しい赤をした嵐が吹き荒れた。

 惨劇を出来るだけ直接的でない言い方で描写するなら、こうなる。

 淡々と結果だけを述べるのであれば――全員殺された。

 あるものは首を切られ。あるものは目から脳をかき回され。あるものは頭頂が陥没して。あるものは頸椎が折られ。あるものは真っ二つになって。

 28人のゴブリンは、それほど時を待たずに惨殺された。


「……私が手助けするまでもなかったな」


 リタリエは構え続けていた剣を鞘に戻す。

 アキラの鬼神じみた動きがあまりにも凄まじく、後方支援の必要すら感じなかった。


(本当に……魔獣を前にすると圧倒的な強さだ。狩りの時とはまるで別人だな)


 ウサギの死体を前に吐いていた姿を思い出す。本当に同一人物とは思えない。


(これほどの力なら……きっと通用する。姉さまでさえ歯が立たなかった、あの魔獣に――)


 脳裏に浮かぶ惨劇の記憶。

 それと目の前の光景が少し被って見えたが、だからこそアキラの有用さを改めて実感するリタリエ。

 毒を以て毒を制す。他人の上に立つものとして時には必要だと、かつて教えられた心構えを口には出さずに復唱した。



 一方のアキラはと言うと。


(充実感……俺の心に充実感……)


 ご満悦だった。


 これほどの人数を一度に殺害したのは、ヤクザ事務所を襲撃して組員を皆殺しにした時以来である。

 それに比べれば戦闘の歯応えという意味では多少劣るものの、アキラは戦闘狂ではない。あくまで殺人狂である。たくさん殺せればなんでも良かった。


 大きく息を吐いて余韻を噛みしめたアキラは、表情を戻すと声をかける。


「リタ」

「……ん、ああ。どうした」

「埋めよう」


 埋葬の提案だった。


「そうだな……」


 リタリエは頷き、そして周囲を見渡す。


「……」


 時間がかかりそうだった。



◆ ◆ ◆


「……この調子だとその内に《埋葬》スキルが身に着くな」

「そのアーツ使えるようになったらもっと楽になるかな……」


 28人のゴブリンを埋葬して、疲れて座り込んだ二人はそんな会話を交わす。


「と言っても私たちの埋葬は我流だから身に着くか分からないが……」

「なんかそういうスキル覚えられそうなとことかあるの?」

「ちょっと分からないな……町に着いたら探してみるか」


 益体もない会話に思えるが、これから長い旅路になることを考えれば割と考慮が必要な事柄ではあった。


「っていうかわざわざそんなこと考えなくても旅の仲間増えたらその分楽になるんじゃないか?」

「私のバイクは二人乗りだが……」

「……併走できそうな種族って居る?」

「チーター種の獣人ライカンとか……?」

「そのあたりも町で探すかぁ……」


 そろそろ行くか、と休憩がてらの雑談を終えリタリエが立ち上がる。


「町と言えばさ」

「なんだ?」

「ちゃんとした武器も買いたいな」

「ああ……」


 アキラは変わらず、リタリエから借りた狩猟用ナイフを使用していた。

 それにしても凄まじい戦闘力ではあるが、とはいえ心もとないのに変わりはない。

 それに、アキラとしてはやはり自前の武器というものに憧れがあった。


「そういうことなら、寄り道をするか」


 アキラの提案を受けて、リタリエは言う。


「寄り道?」

「ああ。確かこの近くだったと思うが、ドワーフの里があるはずだと聞いている」

「ドワーフ!」


 ドワーフと言えば、鍛冶が得意なことで有名な種族だ。

 それはこの世界でも変わらないらしい。


「確か、凄く評判のいい職人がいるとか……どうせならそこで武器を作ってもらおう。ギルドへの登録などは、それからでも遅くはない」

「そうしようそうしよう!」



 ということで当初の目的を外れドワーフの里へ向かった二人だったが。



「これは……」

「嘘だろ、おい……」



 ドワーフの里は、壊滅していた。


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