第10話「Wildflowers」

 指揮官を失って崩壊した小鬼ゴブリン単眼巨人サイクロプス混成軍の掃討は速やかに済んだ。


 というか新しい武器を手に入れてウッキウキのアキラが満面の笑みを浮かべながらさっきまで命だったものをあたり一面に転がしていった。

 それはもうとてつもないはしゃぎっぷりだった。


「爺さん爺さん!! スゲーなこの剣!! マジでスゲーよ!!!」

「お、おう。そりゃ良かったわい」


 返り血まみれで語彙力ゼロの感想を述べるアキラに、剣を与えた当人すらちょっと引いていた。

 リタリエも引いていたし、パイラも引いていた。

 ニコニコ顔の本人以外全員引いていた。


 大きく伸びをして、深呼吸。


「そんじゃ終わったことだし片付け……は後でやるとして」

「ああ」


 リタリエは頷き、二人のドワーフを見た。


「まずは……里のみんなに、二人の無事な姿を見せに行こう」


 避難所まで急ぎ戻る。

 少々血なまぐさい凱旋は、抱擁を以て迎えられた。


「親方! 良くぞご無事で!」

「パイラも戻ってきてくれて良かった……!」

「心配かけたの。この葬送者さん二人のおかげじゃわい」

「あ、いや……二人を守ってたのはリタで、俺は好き勝手やってただけだし……そもそも俺はついノリで名乗っちゃったけどまだ葬送者じゃないし……それに勝てたのだってリタのおかげだし……」


 急に話を向けられたアキラは、大げさなほどに手を振ってしどろもどろに否定した。

 それを聞いた棟梁の目が細められる。

 ただし、その目が向けられたのはアキラではない。リタリエの方だ。



「リタ……と言いましたか。まさかとは思っておりましたが……その麗しい銀髪に、紅玉の瞳。やはりあなた様は、リタリエ姫だったのですね」

「――姫?」


 アキラの呆けた声。


「姫はお忘れでしょうが、随分と幼い頃、我が剣を献上に訪れた際に一度お目にかかったことがありまする。ご立派になられて……」

「リタ、姫だったのか?」

「……ああ、姫『だった』。もはやそうではない。エリニュスの里は滅びた。魔獣によってな」


 ざわ、と動揺がドワーフたちの間に広がった。


「エリニュスが……!?」

「そんな……エルフの里が滅びたなどと……」

「……落ち着け皆の衆」


 場を収めたのは棟梁の低い声だ。


「お悔やみを申し上げます、リタリエ姫。そして、そんな中で我らがカーナを救ってくれたことに感謝を」


 跪き、礼を言う親方ドワーフの姿に、他の者も追随する。


「……お気遣い痛み入る。だがどうか楽にしてくれ。私はもはや姫ではなく一人の葬送者。魔獣から人々を守るのは当然の務めだ」

「……本当に、立派になられましたな」


 老爺は感慨深げに目を細める。


「我が同胞への弔いは良い。それは私がもう済ませたし、これから済ませていくことだ。まずは……この里を守って散った戦士たちの弔いを。そしてその後は、魔獣たちの弔いを」

「仰せのままに。お前たち、やるぞ」


 棟梁の号令に、各々がスコップを掲げる。

 村総出での作業が始まった。




「いやしかし……」


 ドワーフたちの葬儀を終え、魔獣たちの骸に土をかける作業をしながらアキラが零す。


「どうした?」

「埋葬を手伝ってくれる仲間が居たら楽だな~みたいな話をここに来るまでにしたけど、こんな大規模にやることになるとはな……」

「……ああ、皮肉なことだ」


 せっせと土を掘りながら、会話は続く。


「私の故郷の事といい、最近どうも魔獣たちが活発化しているように思えてならない。何かの前触れでなければいいのだが……」


 難しい顔をするリタリエに、親方が声をかけた。


「それにしても見違えましたな、姫。昔はあんなにお転婆だったのに、まるで姉君のように凛々しくなられて……」

「もう姫ではないし、昔の話はやめてくれといったはずだぞ棟梁殿」

「リタってお転婆だったんだ?」

「そりゃあもう。口調もお淑やかとは程遠くってのう……」

「辞めてって言ってるでしょムラマサさん! アキラも乗っからないで!!」

「ふふふ、今でも時たま昔の口調が出るんですなぁ」


「待って、今なんて言った?」


「……? 昔の口調が……」

「いやそうじゃなくて爺さんの……」

「……ああ、もしかしてワシの名前を知らんかったのか?」


 それでは聞かせてやろう、と棟梁が見栄を切る。



「ワシこそはこのカーナの棟梁! 異界より降り立った伝説の刀工、より幾年を越えて名を受け継いだ当世一の鍛冶師――六代目ムラマサよ!!」



 

「……村正ああああああああああああ!????」




◆ ◆ ◆


 村正。

 正宗と並び称される、史上最も有名な刀工名の一つである。

 伊勢国桑名を中心に活躍。その切れ味凄まじく、実戦刀として隆盛を誇った。

 また後世においては(ほとんど創作と言われてはいるが)その妖刀伝説も有名である。


「まさか村正の刀を砕いて回ってたとは……ここが日本だったら一体どんだけの値段に……」

「こっちとしちゃあ値もつかん厄介な代物を処分してくれて助かったんじゃがのう」


 親方こと六代目村正の話に曰く。

 数百年前この地に降り立った三代目村正が、近隣のドワーフたちの集まりに居つき、その凄まじい技量から皆から慕われ棟梁に推薦されて出来たのがこの里なのだという。


「カーナと言う地名も、三代目ゆかりの地から取ってつけられたもんじゃ」

「まさかカーナが桑名クヮーナだったとは……」


 ほとんど与太話だろ、とアキラは思った。


 三代目村正は村正の中で最も優れるという評判もある。なるほどそんな刀工が鍛冶を神聖視するドワーフたちの前に現れたら棟梁になるのも頷ける話だ。


「……あ、じゃあこの剣も村正ってことになるじゃん」


 アキラは自分の腰に差した双剣をぽんぽんと叩く。

 二振りの短剣は背面に吊るされ、腰で十字に交差している。両逆手の状態で引き抜きやすい設計の鞘で、アキラの強い要望でこの形状になった。

 何故両逆手なのかと言えば本人曰く


「かっこいいから」


 だそうである。



「村正に見合うようなかっこいい号つけなきゃだな~」

「……それは、重要なのか?」

「重要に決まってんじゃん! 日本刀にはかっこいい号が必要なんだよ!」


 へし切長谷部とかにっかり青江とかさぁ! と力説するアキラ。それは本当にかっこいいのか? とリタリエは思ったが口にはしなかった。男の子はこういうの好きだよな、と思うばかりである。


「どんなのがいいかな……鎧切村正……騎士切村正……デュラハン切村正……?」

「……桜とか、どうだろう?」

「え?」

「いや……」


 口を挟んだリタリエは、照れたように頬をかく。


「その……アキラがデュラハンを斬った時に飛び散った血が……不謹慎かもしれないが、桜の花が散るみたいに綺麗だったのでな。そこから名づけるのはどうかと思ったんだ」


 余計な口出しだっただろうか、と縮こまるリタリエに「全然! めっちゃいいじゃん!」とアキラは返した。


「馬も斬ってるし、ちょうどいいな」

「……?」


 馬肉を桜肉と呼ぶネタはこの世界では通じなかった。


「じゃあお前たちは桜花……いや」


 少し考えた後、訂正して。



「『血桜村正』と名付けよう」



 右が『爛漫』で左は『絢爛』な! とウキウキで名付けるアキラ。

 ここに魔剣の名は定まった。

 カタカタと鞘に納まった『血桜村正』たちが鳴く。


「……今動かなかったか、それ」

「魔剣じゃからな、動くことくらいある」


 魔剣を打つ、と決めて全霊で剣を打ったのは初めてじゃわい、と老爺は言った。


「おかげでとんでもないもんが出来ちまった」

「ありがとう爺さん! 恩に着るよ!」

「礼は要らん。だが小僧……気を付けることじゃ」


 六代目村正は厳しい顔で告げた。


「そいつはワシが打った中でも最高傑作の魔剣じゃ。正直どうなるかワシも分からん。制御を誤ればたちまち喰われるぞ」


 努々気を付けることじゃ、と警告するドワーフの言葉に、アキラは。


「あ、うん気を付ける気を付ける。マジありがとう。サンキュー」

「軽くない!? もう少しムラマサさんの言葉深刻に捉えた方が良くないかなぁ!?」

「刃物が危ないのは当たり前の話だし……」

「そういうレベルの話じゃないと思うけど!?」


 リタリエのツッコミに、変わんねーよとアキラは笑う。


「気を付けないと大怪我するのが剣だろ。精々上手く扱ってみせるさ」


 精々たっぷりこいつらに血を吸わせてやるよ。

 アキラの言葉に、村正は「……ま、ええじゃろ」と言った。


「どうもお前さん、魔剣とは相性がいいみたいじゃからの。そんな奴初めて見たわい」

「ま、差し詰め俺は選ばれし存在ってとこかな」

「本当に大した奴じゃな。もしや三代目様と同じように、故郷でも何か大きなことを成し遂げたのではないか?」

「……あーいや、成し遂げたというかやらかしたというか……」


 ごにょごにょと歯切れの悪くなるアキラを、二人が不思議そうに見つめていた。




◆ ◆ ◆


「もう行くのか」


 埋葬など諸々のことを終えて数日。

 リタリエとアキラはカーナの里を発ち、再び旅路に戻ろうとしていた。


「もうちょいゆっくりして行ってもいいだろうに」

「気持ちはありがたいが、私たちにはやるべきことがあるからな」

「いつまでもモグリの葬送者やるわけにも行かないしな」


 元気でな、と拳を突き出すアキラ。小僧もな、と村正は無骨な拳をぶつけた。


「アキラ!」


 そこにパイラが駆けつける。


「パイラも見送りに来てくれたのか」

「ああ。……その、ごたごたしてて言いそびれたから改めて言っておこうと思って。……助けてくれて、ありがとう」

「ああ、だから良いって良いって。実際守ったのはリタなんだから」

「ううん、違う」


 パイラは首を振って否定した後、アキラの目をまっすぐに見つめて改めて言う。



「お爺ちゃんが……この里が助かったのは、あなたのおかげだよ。ありがとう」



「――――」


 真っすぐな感謝を告げられたアキラは目を丸くして。

 それから、そっと目を反らした。


「ん、まあ……どういたしまして。爺ちゃんと仲良くな」

「ええ。武器に何かあった時はいつでも尋ねて。七代目村正が力になるわ」

「まだ継いでもいない癖に偉そうに」

「お爺ちゃんは黙ってて!」


 ワイワイと賑やかな祖父と孫娘に背を向け、アキラは「そろそろ行こーぜ」とリタリエに声をかける。


「……アキラ?」

「どうした?」

「……いや、なんでもない」


 促されるまま、リタリエはバイクに跨る。アキラも後ろに乗った。


「それではさらばだ、村正殿! カーナが受けた傷は大きい……だが、きっと立ち直ってくれると信じている!」

「任せてくだされリタリエ姫……いえ、葬送者リタリエ! ワシらはまだ生きとる! 生きとるから、頑張って見せるわい!」


 肩を組む二人のドワーフに柔らかな微笑みを向け、鉄騎は荒野を走り出した。




「……里、助けられて良かったな、リタ」

「ああ……アキラのおかげだ」

「リタまでそれ? 礼を言われるようなことは何も……」


 規則的な振動を届ける鉄馬の上、密着した二人は言葉を交わす。


「感謝されるのは、苦手か?」

「……そんなわけないだろ。得意なことで成果を上げて誰かに感謝される。こんなに嬉しいことってない。この世界に来て良かったって、心の底から思うよ」

「だったら、どうして」


 ――あんなに苦しそうな顔をしていたんだ?


 言葉は声にならず消え、二人の間に沈黙が横たわる。

 しばらく荒野にはバイクの鼓動だけが轟いた。


「そういえば」


 改めて口火を切ったのはアキラの方だ。


「聞いとこうと思ってたんだけど、法術の治療って腕とか斬れても治るの?」

「……無理だな」


 リタリエは答える。


「【キュアー】は肉体の回復力を強める法術だ。自然に治らない傷はどうにもならないと思った方がいい」

「そっか。じゃあ」

「ああ、気を付けて――」



「腕を犠牲にするときは、治らない覚悟でやることにする」



「……」

「リタ?」


 どうかしたか、の問いに何も、と返す。


 この男は何なのだろう、とリタリエは思う。

 変わり果ててはいると言え同族をあんなに楽し気に屠ったかと思えば――不意に苦しそうな顔や、自己に全くもって頓着しない側面も見せる。


 不安定で危うく、それでいて恐ろしく強い。

 あまりに捉えどころのない男。



 俺はリタの剣だと彼は言った。復讐のための刃になると。

 その言葉を思い返しながら、リタリエ・ティシフォーネ・エリニュスは自問する。



 鋭い刃は迂闊に扱うと悲惨な怪我を招く。


 私は、この危うくもどこか脆い剣を――上手く扱うことが、本当に出来るだろうか?




 復讐者とその剣を乗せた鉄馬は、荒野をどこまでも駆けていく。



〈第二章:刀と鞘 了〉

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