第3話 「All Alone With You」

 濛々と土煙を上げながら、二人を乗せた鉄馬は荒野を走る。

 向かう景色は広大で、頬を撫ぜる風が気持ち良い。非常にいい気分だ。

 リタリエに密着する形になったことに戸惑いもあったが、いざ走り出すとそんなに気にならなかった。

 ……というか着ている鎧のせいで、特段柔らかさを感じるとかそういうことはなかった。

 むしろちょっとゴツゴツしていた。少し残念ですらある。

 腕を回したウエストは鎧に覆われていないので、その柔らかさにはやはりいささか照れてしまうが。


「しかしこの辺、本当に寂しいところだな」


 すっかり調子を取り戻したアキラが言う。遠くにちらほらと建物の残骸らしきものは見えるが、どれも本来の機能を全く果たしそうにない。たまに見えるそれと岩山以外は、植物さえも見当たらなかった。


「ああ、この辺りはかつての古戦場……魔獣と我ら亜人が互いを屠りあった場所らしい。その爪痕からか、すっかり不毛の土地になっているな」

「ふうん……」


 こんなに広大な範囲を戦場にしたとは、よほどの大規模な戦闘だったのだろう。バイクもあるくらいだし、魔法文明というのはかなり発展していたらしい。兵器も大規模な破壊を可能としたに違いない。


 どんな兵器が使われ、どんな戦闘が起きたのだろうとアキラは考える。彼は幼少期から戦争や兵器に関心があった。魔法を使ったという人間はどのような戦争をしたのか、非常に好奇心をくすぐられる。


 と、先ほどのリタリエの言葉には人間が含まれていなかったことに気付く。魔獣と亜人の戦闘と言うことは、ここでの戦闘は人間絶滅後に行われたのだろうか――。


「それにしても、全然魔獣と遭遇しないな……」


 耳に入ったリタリエの呟きに、浮かびかけた疑問は霧散する。


「やっぱり旅していると出くわすものなのか?」

「ああ、この近辺だと火蜥蜴サラマンダー鷲獅子グリフォンあたりが居てもおかしくないと思っていたが……」


 あたりを見渡しても、それらしき影はない。


「隠れているのかな」

「そうかもしれない。だとすると少し怖いな。居るはずの魔獣が居ないということは、何かがあるということだ」

「例えば?」

「より強大な魔獣が居て、そいつに怯えている……などが考えられる。もっとも、このエリアにそんな強力な魔獣が居るという話は聞いたことがないが」


 なんにせよ警戒するに越したことはないとリタリエは言うが、アキラとしては魔獣が出てきた方が都合が良いと思っていた。

 想定外のハプニングの際に活躍する自分の姿を見れば、リタリエも冒険者は諦めろとは言わないだろう。

 絶対にいいところを見せてやる、と胸の内で固い決意をする。




 何度か休憩を挟みつつ、バイクは進んでいく。どれくらい経っただろうか。時計がないこの場所では正確なことは分からない。

 ただ、日差しはそれなりに傾き始めていた。


「今日はこの辺りで休むことにしよう」


 リタリエが適当な大岩の影にバイクを停めた。

 周囲はまだまだ荒涼とした景色ではあるが、ちらほらと乾燥地帯に生息する植物が見えている。少なくとも全くの不毛の地は抜け出せたようだ。


 鉄馬の傍に二人して腰を落ち着ける。


「バイクだとあっという間だな……」


 万感の思いを込めてアキラは呟く。昨日までのように歩いていては、ここに辿り着く前に確実に死んでいた。リタリエが通りかかってくれなければどうなっていたことか。間違いなく命の恩人、いや恩エルフだった。なんとかして恩返ししたいものだ。


 しかしそもそも何をすれば恩返しになるのかが分からなかった。アキラはリタリエのことを何も知らない。出会ったばかりなのだから当然だ。


「……そういえば、リタリエは何で旅をしているんだ?」


 まずは相手を知ることから始めよう。そう考えたアキラはふと気になったことを質問する。

 不意に問われたリタリエは「そうだな……」と言葉を探すように大空に視線を彷徨わせて答える。


「……探し物があるんだ。それを見つけ出さないといけない」

「大事なものなのか?」

「ああ。とても大事な……大事なものだ。見つけなければ、私は人生を始められない」

「……何を探してるんだ?」

「……それは言えない」


 何やら事情があるようだったので、アキラもそれ以上は聞かなかった。「そっか」とだけ言って、隣で同じように空を見上げる。


「なら、俺もその探し物手伝うよ」

「え?」


 驚いてこちらの顔を見たリタリエに、にかっと笑いかける。


「どうせ行く当てもないしさ、旅は道連れって言うだろ? リタリエの旅に付き合わせてくれよ」


 探し物するなら、人手は多い方がいいだろ? アキラは快活に言う。

 リタリエはその言葉に対し俯いた。


「気持ちはありがたいが……遠慮しておくよ」

「どうしてさ」

「私の旅は……困難で危険なものだ。他人を巻き込むわけにはいかない」

「気にするなよ、どうせ拾われなきゃ落としてた命だ。恩返しさせてくれ」


(それに、どうせ既に一回死んでるしな)


 不謹慎に思われるかもなので、心の声は秘めておく。


「駄目だ」


 だがリタリエは頑固に首を横に振った。


「私はキミを次の町で下ろす。そこでお別れにしよう。キミはそこで仕事を見つけるといい。若いんだから何かしら見つかるはずだ」

「待ってくれよ、俺だってきっと役に立てるはずだ。そんな寂しいこと言うなよ」

「……そこまで言うなら」


 リタリエはおもむろに立ち上がった。


「試してみようか。キミが本当に魔獣を狩れるか」


 どうせ今日はそれを教えるつもりだったんだと彼女は言う。




 しばらく何かを探すようにうろうろと歩き回るリタリエだったが、やがて大岩の転がる荒野の一点で足を止めた。ワケも分からず付いて回っていたアキラも立ち止まる。


「多分、この辺りに居ると思うが……」


 言うと、リタリエはすっと剣を抜き放ち構える。

 居るというのは、もしや魔獣だろうか。アキラは警戒するが、周囲に何かが居るようには感じられなかった。


「……【ゲイルスラッシュ】」


 リタリエが呟き、虚空に向かって剣を振るう。

 素振りに見えた。だがそうではないことはすぐに分かった。

 少し先の大岩に何かがぶつかり、それを大きく揺らしたからだ。

 吹きあがった土煙の向こう側で、大岩に小さな斬撃痕のようなものが出来たのが見える。



「飛ぶ斬撃だーーーー!?」



 アキラの目が輝いた。


「何、今の!? どうやったの!?」

「どうって……《剣術》のアーツだが?」

「アーツ!?」

「アキラの世界にはアーツがないのか? スキルを修めると使える技のことだ」

「スキル!?」

「スキルもないの!?」


 どこから説明したものかな、とリタリエは悩む。自分にとって当然と思っていることを改めて説明するというのは難しいものだ。


「ええと……スキルと言うのは身に着けた技能や知識などのことだ。この世界では女神の加護により、一定以上の技量に達した事柄はスキルとして登録される。で、スキルを習得することでそれに関連したアーツを使えるようになり……先ほどのように斬撃を飛ばすなどの芸当も出来るようになるわけだ」


 今のは《剣術》スキルのアーツ、【ゲイルスラッシュ】……遠くのものを斬り裂く技だな、と解説。

 いくつかの異世界作品で見たやつだ……! とアキラは目を輝かせる。


「そんなの使えるなんて、凄いなリタリエ!」

「そう褒められると面映ゆい。私の《剣術》はまだまだランクが低いから全然大したことないぞ。達人ならあの岩くらい容易く斬っていただろう」

「いや十分凄いって!」


 興奮して褒めちぎるアキラ。ここまでは思っていたのと全然違ったが、ようやく異世界らしくなってきた。露骨にテンションが上がる。


「はっ、ということは……」


 何かに気付いたアキラは手をばっと前方に広げ、声高らかに叫ぶ。



「ステータスオープン!!」



 ……何も出なかった。

 二人きりの荒野に、アキラの声が空しく吸い込まれていった。


「……出ねーのかよ!」

「何をしてるんだ……?」


 困惑したリタリエの声に、羞恥心が刺激される。

 もうやだ。


「ステータス画面が出るんじゃないかなと思って……」

「ステータス画面なら手のひらに十字を書いて弾かないと出ないぞ……?」

「出るのかよ!」


 無駄に恥をかいてしまった。

 リタリエに言われた所作を行うと確かに半透明の画面が出現する。こういうのだよ、こういうの! とアキラは心の中で叫んだ。


 ステータス画面にはどうも名前と使用可能アーツ、習得しているスキルとそのランクしか記載がないようで、HPやMP、レベルと言った表示は見受けられない。シンプルなものだ。アキラは自分のスキルを見てみるが……。


「うーん……駄目だなこりゃ。役に立ちそうなものがほぼない」

「そうなのか?」

「ああ……《史学》B+とか《法学》Bとかあるけど、これ元の世界での話だろ? ここじゃあ役に立たないと思う」

「噂では、転移者は強力な固有スキルを持つとも聞いたが……」

「固有スキル……」


 アキラはスキル画面の下方に記されているそれを見て、苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「いや……これこそこの世界だとまるっきり役に立たないな。マジでダメ。本当に無駄。ない方がいい」

「そこまで……!?」


 チートスキルで無双とか考えたが、そういうわけにもいかないらしい。都合の良すぎる夢だったか。アキラは溜息を吐く。それにしたって、このスキルはあんまりだ。


「……で、見せたかったのってこれ? 確かにスキルは役立たないけど、それはこれから身に着ければ……」

「ああいや、そうじゃない。読みが外れたせいで話も逸れてしまった」


 もう一度別の岩に【ゲイルスラッシュ】を放つリタリエ。すると岩陰からウサギが顔を出した。


「ウサギだ!」

「ウサギ好きなのか?」

「ああ。犬とか猫も好きだ。動物ってかわいいよな」

「そうかそうか……【ゲイルスラッシュ】」

「何を!?」


 哀れウサギは風の刃を受けて吹っ飛んだ。

 瀕死のウサギを手に戻ってきたリタリエは、それをアキラに突きつけると告げた。


「今日の夕餉にする。

「え……」

「魔獣を狩るというのは、当たり前だが命を奪うということだ。ウサギも殺せないのに魔獣狩りになれると思うな」


 やってみろ、とナイフが差し出される。

 アキラはそれを手に取った。

 震えながら、その刃をまだぴくりぴくりと動いているウサギへと向ける――。




 無理だった。

 全然無理だった。

 結局、ウサギはリタリエが捌いた。



「おええ……」


 解体を見て岩陰で吐いていたアキラが涙目で戻ってくる。


「ごめん……俺動物が死ぬのってマジで無理で……」

「……優しいんだな、キミは」


 リタリエは慰めるように言う。


「キミには魔獣を狩るなんてことは向いてないよ。きっと、穏やかな世界から来たんだろう? 人里なら動物を殺さない仕事にだって就けるはずだ。そうするといい」

「ごめん……恩返ししたかったんだけど……」

「気にしなくていい」


 麗しい銀髪を揺らしながら、灼眼のエルフは爽やかに笑う。


「短い付き合いにはなるが、せめて町につくまでは共に――」


 そこでリタリエの長耳がピクリと動いた。

 同時に、アキラも何かを感じ取る。


「リタリエ、今――」



 言葉が終わるより早く、それは上空から飛来した。



 着陸の衝撃波が吹き荒れ、砂塵が舞う。二人は咄嗟に防御姿勢をとり、吹き飛ばされそうになるのを堪える。


 衝撃の中心には巨体があった。風が土埃を払い、少しずつその全容が明らかとなる。


 全身を覆う鱗。

 蝙蝠のような皮膜の翼。

 猛禽に似た鋭い鉤爪。

 矢尻の如く鋭い尻尾が地面を叩き、冷たく傲慢な爬虫類の瞳はこちらを見下ろす。


 舞い降りたのは。



飛竜ワイバーン……!」



 魔獣だった。

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